第4話 発動体の前加工と冬のバカンス 4
「で、施設のほうはどうだったの?」
「アルトでは無理そうな訓練がいっぱいできて、楽しかったです!」
「そう」
リゾートブロックのコテージ。
そこの喫茶店では、スキーを滑り飽きて休憩していたミルキーが、撮影準備待ちのティファと一緒にお茶をしながらだべっていた。
「まあ、訓練はいいんだけど、この時間からスキーとスケートで撮影って、ちょっと無謀じゃない?」
「そうなんですか?」
「スケートはともかく、スキーは着替えたりするのに結構時間がかかるもの。ここは夜に滑るための設備も充実してるみたいだけど、撮影って観点ではどうなのかしらって」
「スキーって、そんなに着替えに時間かかるんですか」
「この服――スキーウェアって言うらしいんだけど、これ見れば分かると思うけど、結構がっししりたつくりだからね。靴も特殊な構造になってるし、普通の服を着るよりは時間かかるわね」
「へ~……」
ミルキーに言われて、スキーウェアとやらをしげしげと観察するティファ。
確かに、革鎧ほどではないにしても、がっしりしたつくりになっている。
ウェアの下がどうなっているかは分からないが、着替えるのに普通の服より手間がかかるのはなんとなく理解できた。
「スケートは靴だけは専用の特殊なものだけど基本普段着でいいし、着替えて滑れるようになるまでって考えると、スキーは時間的に結構シビアじゃないかしらね」
「ですので、今回はスキーウェアでの撮影は見送ることにしました」
ミルキーの言葉に、ブティックのオーナーが割り込んで答える。
それを聞いたミルキーが、やっぱり、という表情を浮かべる。
「そもそも私どもの店は、スキーウェアが主力というわけではございません。それに、お洒落という観点でみましても、普段着に使えないスキーウェアではなくいくらでもコーディネイトできるスケート用のファッションのほうが美味しいですし」
「でしょうね。で、声をかけに来たってことは、撮影の準備ができたんでしょ?」
「はい。ティファ様をお借りしても、よろしいでしょうか?」
「ええ。そろそろロイドが力尽きて戻ってくるでしょうし、あいつが休憩したら見学に行くわ」
「ありがとうございます。では、ティファ様、本日はよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします!」
オーナーに声をかけられ、元気に返事して更衣室へ移動するティファ。
それを見送ったところで、入れ違いでロイドが戻ってくる。
「ちょっと休憩したら、スケート場のほうへ撮影見学に行くわよ」
「了解。しかし、ちょっと張り切りすぎて腹減った……」
「だと思って、軽いものを頼んでおいたわ。出てきたらさっさと食べて、見学に行くわよ」
「へいへい」
付き合いの長さゆえか、いろいろ見透かして段取りよく準備を進めているミルキー。
そのミルキーの対応にロイドが感謝と呆れの混ざった声を上げたタイミングで、サンドイッチセットが運ばれてくる。
「晩ご飯もあるし、これくらいでいいでしょ?」
「だな。で、ミルキーも食うか?」
「一つだけもらうわ。私もずっと滑ってたから、ケーキだけだと足りなかったのよね」
そう言って、野菜と卵のサンドイッチをひと切れ取るミルキー。
肉気が強いものを選ばないのはロイドへの配慮か、それとも体重に対する不安からか、それは追及してはいけない。
そのまま、黙々とサンドイッチを食べて紅茶を飲むミルキーとロイド。
若い胃袋の力により、出てきて五分と経たずにサンドイッチは姿を消した。
「じゃあ、私はお茶もなくなったから行くけど、ロイドはどうする?」
「これ飲み終わったら行くわ。つってもまだ熱いからもうちょっとかかるだろうし、先に行っててくれ」
「了解」
そう言って軽く手を振り、、喫茶店から出ていくミルキー。
因みに、本日のティファ達の飲食やスキーウェアなどの費用はリゾートブロックのオーナーが支払うことになっており、そこにはミルキーとロイドの分も含まれている。
「さて、どんな感じかしらね」
スケート場に到着したところで、ティファを探しながらそうつぶやくミルキー。
スケート場は家族連れが多く意外と混みあっていて、スケートをしている人の家族なのかスキーウェアを着た人も結構いる。
おかげでミルキーもあまり浮かずに済んでいるのだが、その分小柄なティファを探すのはなかなか大変であった。
「……あら、可愛い」
ようやく発見したティファを見て、思わずそんな言葉がミルキーの口から飛び出す。
ほんの少し大きめのセーターを着てマフラーで口元を隠したティファは、同性の目から見ても実に可愛らしかった。
何が可愛いと言って、、申し訳程度に袖から出た指でマフラーをつかみ、恥ずかしそうに口元を隠して上目遣いで見つめてくるのが可愛い。
基本的に狙いすぎてあざといレベルのポーズではあるが、ティファの場合は元が控えめすぎるので、むしろそれぐらいでちょうどいいぐらいに見えてしまう。
「やっぱり、ティファはちゃんとお洒落しないと、年がら年中制服か採取用の服ってのはよくないわね」
「本当に、そうですね……」
小物をあれこれ取り換えて、指定されたポーズで撮影されているティファを見ながら独り言を漏らしたミルキーに、いつからいたのかリエラが同意の言葉を口にする。
「リエラおばさま!? いつのまに!?」
「ちょうど今、というところですね。それにしても、ユウ殿は除きますが……私達大人はティファの才能をありとあらゆる意味でまったく引き出せていない気がしますね……」
「むしろ、この方面はユウさんのせいで余計にダメになってる気がするんですけど……」
「否定はできませんが、そもそもユウ殿がいなければ、ティファは生きていたかどうかすら怪しいのが難しいところです……」
リエラの葛藤を聞き、複雑な表情を浮かべてしまうミルキー。
残念ながら、ティファがユウに弟子入りしてから魔神殺しになるまでについて、ミルキーは詳しいことをほとんど知らない。
一応話として一部始終を聞いてはいるのだが、ただ聞いただけでは実感が伴わないため、知っているとは言い難い理解度でしかないのだ。
そのことを自覚しているだけに、この件については何も言えないのである。
「ねえ、リエラおばさま、私一つ思ったんだけど」
「どうしました?」
「ティファをファッションに目覚めさせるには、ユウさんに褒めてもらうのが一番じゃないかしら? っていうより、他の方法だと、ティファがファッションも頑張ろうって気にはならないと思うのよね」
「……そうでしょうね。ユウ殿にそういう感性があれば、話が早いのですが……」
「ユウさんだものねえ……」
そこまで言って、同時にため息をつくミルキーとリエラ。
ユウはユウで非常に偏った人生を送ってきており、戦闘能力や生存力は必要以上にあるが、世間一般の常識的な要素が壊滅的である。
余暇時間の趣味ですら、訓練や戦闘でのパフォーマンスを上げるために必要なものだと認識しているのだから、いろんな意味で救えない。
一つだけ希望があるとすれば、本人自身もそのあたりについてひどく歪んでいることを自覚している点だが、三十路も遠くない男が今さらそのあたりを改善しようとするのも、それに周囲が期待するのも無謀というものであろう。
「そろそろ滑るみたい」
「ティファは体幹がしっかりしていますし、初体験といえどいきなり派手に転倒したりはしないでしょう」
「と思うんだけど、ティファって時々変なところでポンコツだから……」
と、ミルキーが言い終わる前に、ユウを発見したティファが嬉しそうに氷の上を移動しようとして見事にバランスを崩し、転倒する直前でユウに救助される。
「……ユウさんのやることだから今さら驚かないけど、氷の上で十メートルくらい離れてたってのに、一瞬で移動してピタッと止まるとか、どうやったらできるのかしら……」
「そういう歩法でもあるのでしょう。そもそもスキーもスケートも雪や氷の上をロスなく高速で動く手段と認識してそうな人ですし……」
「それ、こっちに来た初日に言ってたわね……」
「やはりそうですか……」
ミルキーの密告に、ため息交じりに正直な感想をそう漏らすリエラ。
「まあ、ティファが楽しそうなので、余計なことは言わないでおきましょう」
「ただ、リエラおばさま、スケートであれだと、スキーでも何かやらかさないかしら……」
「そうではありませんよ、ミルキー」
「えっ?」
「何か起こるのが普通ですので、この場合は何も起こらないといいな、と言わなければいけません」
リエラの言葉に、己の未熟さを悟るミルキー。
そんな中、ティファの実に楽しそうな表情が次々と写真に収められていく。
その後、三十分ほどスケートの撮影が続き、日が落ちてきたのでポスター関連の撮影は終了。
せっかくだからとナイターでのスキーに移る。
「えっと、こんな感じですか?」
「そうそう。じゃあ、もうちょっと高いところから滑り降りてみましょうか」
素人に対する教え方、という点において一番真っ当だったミルキーが、ティファにスキーを教え始めてから三十分。
基本の滑り方や止まり方、安全な転び方などを教え終わったところで、一度普通に滑ってみることに。
なお、ユウの教え方だと他のお客さんがいる場所で滑るのは危険すぎたため、今回は見本を見せた時点で教育係から外されている。
「はい。……これくらいかな?」
「そんなもんだけど、ものすごい違和感で注目集めてるから、スキー板履いたまままっすぐ斜面歩いて上るのは控えなさい」
「はい、でも、それってどうやれば……?」
「ああ、もう。教えてあげるから、いったん滑ってきなさい」
「はいっ! ……あっ!」
ミルキーに言われて滑り降りようとして、何かにつんのめって顔面から雪に突っ込みそうになるティファ。
普通にかなり致命的な転び方なのだが、そのまま顔面から突っ込んでいくなどという普通の結果にならないのがティファだ。
どういうわけか猛烈な勢いで縦回転を始め、一気に転がり落ちていく。
「ちょっ!? あぶないっ! っていうか、いったい何がどうなればそんなことになるのよ!!」
猛烈な勢いで転がり落ちてきたティファを必死で回避しながら、思わず全力でそんな突っ込みを入れてしまうミルキー。
結局ティファは何かに衝突したりする前にユウの手によってあっさり救助され、予想外のことが起きかねないからと、ずっとユウと一緒にスキーをたしなむ羽目になるミルキーであった。




