第4話 発動体の前加工と冬のバカンス 3
「わー、広いです!」
「うむ。これだけの雪原を見るのは、三年ぶりぐらいか」
真っ先に何もないだだっ広い空間を提供してくれる施設に入ったティファとユウが、その感動的なまでに何もない雪原に、そんな感心の声を上げる。
午後一時過ぎ、昼食を終えたユウ達は、ティファの魔法の試射やトレーニング環境の確認のため、ユウ達は当初の予定通りリゾート施設の新施設に来ていた。
なお、内容が内容だけに、ミルキーとロイドは同行していない。
来てもやることがない上、先ほどと違い見学していても得るものが何もないからである。
「お気に召していただけましたか?」
「ああ。因みに、現在はどれぐらいの広さだ?」
「一辺百キロ、一万平方キロメートルの正方形の平原となっています。いろいろ試してみたところ、これが広さとしては限界のようでして」
「そうか。環境は外と完全一致か?」
「基本的にはそうですが、必要であれば別の季節に変更したり、地面を草原や湖、石畳、砂漠などに変更することも可能です。ただ、とにかく広い空間を作ることにリソースを注いだ施設ですので、山や森などを作ることはできません」
ユウの確認に対し、必要だと思われる情報をにこにこと告げるリゾートブロックの支配人。
それを聞いたユウが、一つ頷く。
「これだけ平らなら、派手に範囲魔法をぶっ放しても雪崩に巻き込まれるということもあるまい」
「それはいいんだが、ユウ。世の中には水蒸気爆発というものがあってだな」
「石畳や草原だと、場合によっては隕石が降り注ぐ。防ぎやすさを考えるなら、単純な爆発の衝撃と熱のほうが楽だ」
「それもそうか」
ユウの言葉に納得するバシュラム。
対物理結界に関しては、固形物がぶつかってこないほうが結界への負荷は低い。
ティファの全力を確認するという趣旨を踏まえると、対魔法結界のほうに多くのリソースを注ぎ込まねばならないのだから、副次効果を防ぐための対物理結界は弱くて済むほうがいいに決まっている。
「支配人。申し訳ないが使うのがほぼ確定で戦略級攻撃魔法になる都合上、場合によってはこの施設そのものがやられてしまうかもしれん。それでも試射をしてかまわないだろうか?」
「はい。きっとそういう用途で使われる方も多くなりましょうから、どの程度大丈夫なのか最初の段階で確認しておいたほうがよろしいでしょう」
「そうか、すまない」
支配人からの許可を得たところで、ユウの視線を受けリエラとベルティルデが念入りに防御結界を重ね張りしていく。
結界の準備が整ったところで、ユウがティファにゴーサインを出す。
「ティファ、命の危機を感じるギリギリまで魔力を放出して攻撃魔法を使え。言うまでもないだろうが、着弾地点は限界まで遠くだ」
「はい!」
ユウの指示に従い、規模の調整など一切せずに、ただただ威力を高めるだけに魔力をつぎ込んで無属性の魔法を発動させる。
できるだけ遠くに、というオーダーを満たすため、今回は正確に着弾地点を目視する必要がある地点指定型の魔法ではなく、うまくやれば地平線を超えて着弾させることもできる射出型の魔法を選んでいる。
ティファの頭上でどんどん大きさを増す無属性の炸裂型魔力弾。すでにティファどころかユウよりも大きくなっているが、それ以上に魔力の密度がひどいことになっている。
射出するという都合上、あまり大きくなると遠くまで飛ばせなくなるため、どうしても魔力の圧縮が必要になってくるのだが、その結果、空間の歪み方やら何やらが本当に無属性魔法なのかという異様な状態になっている。
そのまま魔力弾に魔力を注ぎ続けること数秒、ついに圧縮するのも注ぎ込むのも限界となる。
「発射します!」
「ああ、やれ」
ユウに指示され、限界いっぱいまで魔力弾を遠くに飛ばすティファ。
ティファの気合いに応えたかのように凄まじいスピードで飛び出した魔力弾は、雪原のほぼ中央に着弾してその破壊力を開放する。
外と違って地面が完全に水平であるため、約五十キロ先で起こったそのカタストロフィを、ユウ達もしっかり見ることができてしまう。
「……衝撃、来るぞ!」
「おう!」
もはや言葉で表現できる範囲を超えた大破壊に、ユウとバシュラムはただそれだけを言って雪原に埋まるように伏せる。
それに倣い、その場にいる全員が雪に埋もれるように伏せた。
その直後、広い空間と結界によって減衰されてなお十分な威力を持った魔力波が、彼らの上を蹂躙しながら通り過ぎてフロアの終端に当たって跳ね返る。
跳ね返った魔力波と爆心地から流れてきた魔力波がぶつかり合って干渉し、さらに周辺空間を蹂躙しながら飛び回る。
ユウ達が立ち上がれたのは、着弾から三分後のことであった。
「……よく、この空間が無事だったものだな……」
「……どうやらぎりぎりで踏みとどまったようです」
「……よくぞこれだけの広さと強度を両立させてくれた、って感じだな」
空間が完全に凪いだところで、そんなことを言いながら立ち上がるユウと、リゾートブロックの支配人、バシュラム。
「……魔力圧縮が入っていたとはいえ、予想以上にとんでもない威力でしたね……。……この威力を見る限り、外で使うのであれば出力が二割でも普通に使うのは危険です……」
「……使うとしたら、結界を張って隔離して、その中に叩きこむ用途しか無理そうね……」
間違いなく地図が書き換わるレベルの破壊力に、腰が抜けそうになりながらもどうにかそうコメントするリエラとベルティルデ。
予測していたとはいえ、実際に見るとまた話は別である。
「ティファ、魔力量はどうだ?」
「今ので八割消費です。それ以上は注げませんでした」
「ふむ。現在の魔力量は?」
「大体半分くらい回復しました」
「……そうか」
ティファの報告を聞き、いろいろなことを察してしまうユウ。
暴走させずに魔力を注ぎ込む必要がある以上、実際には自然回復した分の魔力も投入されているだろうから、ティファの総魔力量の八割より多くの魔力が使われているのは間違いない。
その状態でこれなのだから、専用の術式でも組まない限りは百パーセント魔力を消費するような魔法は使えない。
そもそも地上にいる限り、この破壊力の魔法を使える状況など存在しないことを踏まえると、専用の術式を組んでまで出力を追及する意味はない。
「……全力ではないにせよ、事実上の上限を確認できただけよしとするか」
「そうですね。とはいえ、予想はしていましたが、やはりティファの全力魔法は使用不可ということで封印しておくしかなさそうですね」
「もしくは対単体用で、発剄のように相手の内部だけで完結し余波が出ない類の魔法を開発するか、だな」
「どうしてもティファの全力を活かしたいというのであればそれしかなさそうですが、残念ながら魔神以外のありとあらゆるモンスターは、そこまでの攻撃力がなくてもちゃんと倒せてしまうのですよ」
「分かっている。トライホーン・ドラゴディスのようなタフなやつを、手間をかけずに仕留められる程度がせいぜいだ」
リエラの指摘に、むっつりと頷くユウ。
言っては何だが、ユウですら一部例外を除き、魔神以外のモンスターはほぼすべて単独で仕留めようと思えば仕留められるのだ。
そしてその一部例外はこちらからちょっかいを出さない限り脅威にならない連中ばかりで、そもそも仕留める意味自体が薄い。
対魔神用に調整でもしない限り、ティファの最大魔力を利用する魔法は出番がないのだ。
「あの、わたしの全力って、使い物になりませんか……」
「そもそも嬢ちゃんに限らず、全力で魔法使う機会なんてまずないけどな」
「そうなんですか?」
「おう。結局それに頼る羽目になった時点で、モンスターを仕留めても生還できないことのほうが多いしな」
何やら悪い思い出でもあるのか、バシュラムがしょんぼりしているティファにそう告げる。
そもそも、アルトガルーダやトライホーン・ドラゴディスを仕留めるときですら、全力で魔法を使う人間はほとんどいなかったのだ。
乾坤一擲の勝負に出なければならない状況というのは、それだけ少ないものである。
「それはそれとして、今回の魔法に、ブルーハートは余計なことをしていないか?」
「えっと、こっちに流れた感じはなかったので、多分大丈夫だと思います」
「そうか。……そのままおとなしくしていてくれるのであれば、わざわざ試す必要もないか」
「やるのであれば、発動体として完成させてからのほうがいいでしょう」
ティファの答えを聞いて出したユウの結論に、リエラがそうアドバイスする。
先ほどのリュックの件を考えても、ブルーハートには魔法の規模や威力を抑える系統の制御機能はない。
必要以上に派手に大火力な魔法に魔改造するのが目に見えている。
いや、火力だけならまだいいほうで、そこに加えて致命的な特殊効果を付加する方向で魔法を魔改造された日には目も当てられないことになる。
わざわざ目に見えている地雷を踏む必要などないだろう。
「ならば、他の施設も一通り確認するか。ついでに軽く訓練して、施設のポスターも撮影だな」
「そうですね、よろしくお願いします」
ユウの宣言に同意し、手配のために出ていくリゾートブロックの支配人。
なんだかんだで、訓練と撮影で三時過ぎまで時間を使うユウ達であった。




