第4話 発動体の前加工と冬のバカンス 1
「お待たせしました」
「今日はわざわざ足を運んでもらって、本当に助かった」
「その言葉は、現在の状況を解決してからにしてください」
ユウとリエラが通信機でやり取りをした翌日。
ティファの宝石をどうにかすべく、約束通りリエラが朝一番の航空機でインフィータへと訪れていた。
「それで、通信ではあまり詳しい話は聞けませんでしたが、一体どういう状況だったのですか?」
「そうだな。まずは一昨日の昼のことから話したほうがいいか」
「一昨日、ですか?」
「ああ。恐らく発端はそこだと思うのだが、一昨日の昼、防寒具などを調達したあと、軽く慣らしの予定で二十層に侵入したのだが、そこがレアメタルスライムしか出てこないフロアでな」
「……早速、かなり予想外の話が出てきているような気がするのですが……」
「今まで前例もないのにこんなことを予想できるようでは、はっきり言って正気を疑うな」
「でしょうね……」
ユウの身も蓋もない意見に、思わず精神的にぐったりしながら同意するリエラ。
「それで、殲滅してフロアをクリアしたのだが、その後ゴーレムやガーゴイルを主体に、ひたすら魔法生物が出現するフロアが続いてな。二十五層のボスを仕留めた時点で結構な時間になっていたのもあって、その日は一旦そこで切り上げた」
「ユウ殿とティファが居てたかが二十層代でそれだけの時間がかかる、というのも驚きですが……」
「特殊なフロアだったのだろうな。次の日、再び二十層からスタートしたら二十五層までまったく同じフロアが続いていて、二十五層をクリアしたら今度はデーモン系しか出てこないフロアが続いたわけだ」
「それが、昨日言っていた話ですね?」
「ああ。その後の話は、昨日報告した通りだ。証拠と詳細に関しては宿に準備してある。詳細に関しては書類にまとめておいたから、あとで時間があるときにでも目を通してくれ」
「分かりました。ですが、その話は大騒ぎになりませんでしたか?」
「もっと深いところならともかく、二十層なんて浅い場所でこんな危険なフロアが発見されたのだからな。騒ぎにならないほうがおかしい」
リエラの問いに、渋い顔でそう断言するユウ。
今のところユウ達以外に遭遇した事例はないようだが、そもそも二十層代を主戦場とする冒険者には、レアメタルスライムを仕留めることは難しい。
恐らくそのエリアに遭遇した冒険者は一組残らず全滅しているであろうから、ユウ達のような特殊事例が他に出てこない限りは、遭遇事例が増えることはないだろう。
聞けば今年は三十層までのフロアで全滅したパーティは出ていないそうなので、相当低確率か何か条件を満たさないと遭遇しないかのどちらかなのではないかと推測されている。
「一応念のために言っておくと、昨日三十層をクリアしてからは、ダンジョンに一度も入っていない。なので、特殊なフロアがすべて終わったのかどうかも判断ができん。そもそも、三十で終わりとも限らん」
「難しいところですね。ただ、聞いている限りではいくつか違和感がありますので、ティファの宝石の処理や今日のお仕事、気分転換のバカンスが終わった後に一度、第一層からスタートしていただいてよろしいでしょうか?」
「……それは盲点だったな」
リエラの提案を聞き、そこまで考えていなかったことを正直に告白するユウ。
まだ特殊フロアへの接続が継続しているのであれば、最初の時点で何か変化があるはずである。
「ただ、どちらにせよ今日明日に確認は難しいだろうな。引き受けた仕事のこともあるが、そもそもアイテムバッグを作らねば、ドロップアイテムの回収が厳しい」
「そういえば、そんなことも言っていましたね」
「魔石と必要なものとレアリティの高いドロップアイテム以外は無視すればいいのかもしれんが、な。レアメタルスライムの体組織などは、重要度で言えば破片ですら回収すべき類だ。なかなか踏ん切りがつかん」
トルティア村のダンジョンでドロップアイテムを完全に無視するという暴挙に出た男とは思えない、実にけち臭い言い分。
だが、それをみみっちいとは、とてもリエラには言えない。
そもそも、回収したところで二束三文のトルティア村ダンジョンのドロップアイテムと、強力な装備や高性能な設備のためにいくらあっても足りないレアメタルを大量に含有したレアメタルスライムの体組織では、比較にもならない。
討伐難易度に対して割にあってこそいないが、いや、むしろ割に合っていないからこそ、完全放置などできなくて当然なのだ。
「そういえば、ドロップアイテムの回収が厳しいと言っていますが、どういう状況だったのですか? ゴーレムのドロップは、ミスリルなどの特殊なものを除けば基本的に無視しても問題ないものばかりだったと思うのですが」
「一番多かったのが、実はレアメタルスライムのドロップだった。その次にデーモン系の各種ドロップだが、単品で嵩が高かったのはネームドのデーモンが落とした装備一式だったな」
「……それだけ大量のレアメタルスライムを、どうやって仕留めたのですか?」
「ティファの魔法が普通に通ったからな。さすがに属性相性なんかの影響もあって、魔法一撃で殲滅とはいかなかったが、殲滅そのものには大して時間がかからなかった」
「もしティファの魔法が通じなかった場合、どうするつもりだったのですか?」
「俺が仕留めるつもりだった。レアメタルスライム千体ぐらいなら、少々手間がかかるが一応何とかはできるからな」
ユウの回答に、さもありなんと頷くしかないリエラ。
どうせ鉄壁騎士団にはレアメタルスライムなんて雑魚もいいところだろう、と予想できていたため、大して驚きはない。
とはいえ、鉄壁騎士団でもレアメタルスライムは手間がかかる相手だという点は、さすがに少々意外ではあったが。
「ああ、そうだ。大変厚かましい話だが、リエラ殿に一つ、お願いしても大丈夫だろうか?」
「なんでしょうか? 内容によりますね」
「無理なら断ってくれて結構だが、ティファの宝石の処理が終わったら、俺達にアイテムバッグの作り方を教えてほしい」
「作り方を教えるだけでいいのですか? 必要なら作りますよ?」
「今後のことを考えると、作り方を覚えておいたほうがよさそうな気がする。なので、作ってもらえるならそれはそれでありがたいが、作り方も知っておきたい」
「分かりました。では、指導もかねて一つ作りましょう」
「ありがたい、助かる」
頼みを快く引き受けたリエラに対し、心の底から頭を下げつつそう告げるユウ。
今後、どんなものが必要になるか分からないし、ユウ達にも生活費は必要だ。
物欲が薄いユウといえど、さすがに高値で売れるものを毎回のように諦めなければならないのは悲しい。
が、いくら親しく互いにいろんなことで依存しあう仲とはいえ、下手をすればそれだけで一生食っていける技術を現物込みで伝授してもらうのだ。
どれほど感謝しても、感謝しすぎということはない。
「そういえば、ティファの宝石は現在、どういう状態で管理しているのですか?」
「閉鎖された空間に置くとまずいという話だから、窓を開けた部屋に置いて全員で監視している」
「そうですか。そこまでとなると、手に負えるかどうかはともかく猶予はあまりなさそうですね」
「恐らくな。とはいえ、ティファの見立てだと、年内いっぱいは大丈夫だとのことだが」
「それはほとんど慰めになりませんね。今から対処を始めて、年内にすべてが終わる保証自体ありませんし」
ユウからもたらされた情報を、そんな風に切って捨てるリエラ。
現物を確認しないことには何とも言えないが、年が変わるまでに一週間ちょっとしかないのだ。
必要な素材があった場合、たった一週間ではそれが調達できるかどうかも分からない。
とても十分な時間とは言えないのだ。
「……なるほど、この魔力ですか」
「ああ。どうにかなりそうか?」
「現物をこの目で見て解析しなければ具体的にどうとは言えませんが、今まで集めていただいた素材で、最低限の対処はできそうです。念のために夏場に集めた素材を持ってきておいて正解でした」
そう言って、ほんの少しだけ表情を緩めるリエラ。
ユウ達を襲った予想外の事態は、リエラという頼もしい援軍のおかげで好転の兆しを見せるのであった。




