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第3話 無限回廊・冬 2



「ふむ、なるほどな」


 転移ゲートをくぐり、無限回廊の二十層に足を踏み入れた瞬間、環境の変化を感じ取ってユウが頷く。


 冬の無限回廊は、思わず驚くほど気温が下がっていた。


「確かにこの気温なら、薄手で丈夫かつ保温性が高い上着が必要になるな」


「平気そうな態度でそんなことを言っても、まったく説得力がないわよ」


 特に上着を着替えようとするそぶりも見せぬユウに対し、苦笑しながらそう突っ込みを入れるベルティルデ。


 それに対していつものむっつり顔のまま、ユウが反論する。


「このジャケットは防具も兼ねているからな。空調のエンチャントぐらいは付与してある」


「地味に高機能ね……」


「一応、古巣の制式装備だからな。ある程度はどんな環境でも使えるように設計されている」


「それで、年がら年中そのジャケットなのね」


「まあな。さすがに俺でも、暑いものは暑いし寒いものは寒い」


 常日頃から気温の変化にこたえた様子を見せないからくりはそれか、とベルティルデが納得しそうになったところで、小さく首を傾げたティファが不思議そうに口を開く。


「でもユウさん、ここの空港に降りた時はそのジャケット、着てませんでしたよね?」


「武装扱いで持ち込み検査に引っかかったからな」


「そんなに寒そうな感じはしなかったんですけど……」


「お前だって別にインフィータの気温程度、そう寒くはなかろう?」


 自分のことを指摘されて、言われてみればと納得するティファ。


 話の流れでユウが常にジャケットで暑さ寒さに対処していると思っていたが、自分が平気なのに師匠のユウが寒いと感じるわけがない。


 なお、そのティファは可愛らしいポンチョを着ており、ユウとは違う意味でダンジョンにそぐわぬ姿になっている。


 もっともそもそもの話、ティファの年齢でダンジョンに入っていること自体がおかしいので、やたらお洒落で可愛らしい姿でも大した差はない。


「で、さっきから黙ってるけど、お前さん達は大丈夫なのか?」


「や、やっと温まってきたわ……」


「ぼ、防寒具が全然機能しないとか、反則だ……」


「初回から百回に一回を引くとは、運がねえなあ……」


 バシュラムに心配そうに問われ、震えながらそう答えるミルキーとロイド。


 ミルキーとロイドの反応に、思わず哀れなものを見るような目を向けてしまうバシュラム。


 冬場の無限回廊は、時折侵入したタイミングで防寒具や保温の魔法の効果を一分程度の時間無力化してくることがある。


 この無力化というやつがなかなか性質が悪く、それまでに服や防寒具が体温などで蓄えていた熱も、根こそぎ消失させてしまう。


 百回に一回程度でしかない上に一定以上の精神力があれば抵抗できるものではあるが、メンバーの中では実力的に大きく劣るミルキーとロイドが見事に抵抗に失敗したのだ。


 因みに、抵抗するための難易度は階層が進むにつれて高くなり、実力的に適正である階層だと大体七割の確率で失敗するトラップであるが、今回挑んでいるメンバーは適正範囲の実力であるミルキーとロイドを除き、二十層なんてぬるいと断言する連中ばかりである。


 よほど運か体調が悪くない限り、他のメンバーが失敗することなどまずありえない。


「入口フロアにも、ちゃんと罠があるんですね」


「罠っていうほどのもんでもねえけどな。一応装備や訓練で魔法抵抗か状態異常抵抗を上げれば抵抗できるが、効果が薄い分、抵抗のしづらさだけは一級品なんだよな」


「まあ、この嫌がらせがあるのは今回みたいな普通のエリアの時だけで、氷河エリアとかそういうシャレにならないところでは起こらないみたいなんだけどね」


「そうなんですか?」


「ああ。妙な話だとは思うがな」


 何とも言い難い表情を浮かべながら、ティファにそう説明するバシュラムとベルティルデ。


 正直なところ、意味ありげな上に何とも中途半端な仕組みなので、何か大きな落とし穴がないか、来るたびに不安を感じているのはここだけの話である。


「なあ、バシュラムさん。この手の嫌がらせは、冬だけなのか?」


「一応は逆パターンが夏にもあるが、そもそも冷房や空調系の機能がある装備自体ほとんどねえからな。冬ほど極端に中の気温が上がらないせいか、食らってるって気づかない人間も結構多い」


「なるほどな。確かに夏場はアルトより少々暑い程度だったから、恐らく熱帯エリアでもなければ冷房のエンチャントや冷却石なんかの耐暑装備が機能していないことには気づきづらいか」


「そういうことだ。因みに、俺が知る限りでは、春と秋には防寒具も耐暑装備も無効化された実例は確認されてねえ。他のパターンで何かあるのかもしれないが、恐らく非常に地味で分かりにくくてしょぼい内容なんだろう」


「だろうな」


 ユウが気にしていることに対して、実に明快な答えを返すバシュラム。


 実際問題、春や秋だと、防寒具のような季節特有の気候に対する対策は特にない。


 必然的に、気候に関連した嫌がらせがあっても誰も気がつかなくなる。


 かといって、それ以外で何かと言われても、その時期に流行する類でこの手の嫌がらせに使えそうな何かも、特には思いつかない。


 恐らく、今後分かりやすい特徴を持つ季節性で軽めの流行病でも発見されない限り、春と秋にどんな嫌がらせがあるか発覚することはないだろう。


「何となく人為的なものを感じるのが気に食わんが、現状では特に実害もない。とりあえず、今は無視しておこう」


「いや、あるでしょうが実害が……」


「俺達が死ぬほど寒かったのは、実害に入らないのか……」


「別に今の気温が氷点下まで下がっているわけでもないし、一分やそこらで死ぬほど体が弱ければ、そもそも根本的にダンジョンの攻略などできんからな。体を温めなおす手間がかかるのは確かだが、その程度では実害とは言わん」


 ミルキーとロイドの抗議を、ばっさり切り捨てるユウ。


 いきなり防寒具が通用しなくなるのが危険なのは間違いないが、モンスターの攻撃には急激に環境を変化させる類のものも珍しくない。


 薄着になる夏場にいきなり不意打ちで氷点下まで下げられることもありうるのだから、一分程度で死ぬようでは話にならないのも事実だ。


 なお、現在のフロアは常緑樹が主体の森と冬でも枯れない種類の草が生い茂っている平原が組み合わさった、野外風のフロアとしては最もポピュラーな環境だ。


 こういうフロアは大抵、気温も冬場は外より寒く夏場は外より暑いが、温帯の範囲を超えるほどの差はない。


「夏場とは出現するモンスターが変わっているという話だから、今日はそのあたりの変化を確認することを重視する」


 サクッと実害云々の話を切り上げ、ダンジョンをゆっくり歩きながら今日の方針を宣言するユウ。


 一応事前にある程度の情報は得ているが、こういうことは自分の目で確認しないと事故のもとだ。


「そうね。まあ、言ったところで所詮二十層だから、そこまで警戒は必要ないけど」

「見た目と取れるアイテムが変わるだけで、強さや攻撃パターンがそんなに変わるわけじゃないからなあ」


 ユウの慎重な方針に同意しつつ、肩の力を抜かせるように軽い態度でそんな緩いことを言うベルティルデとバシュラム。


「そうなんですか?」


 その言葉に、不思議そうにティファが食いつく。


 事前に確認した資料では、そもそもモンスターの名前自体にまったく共通点が見当たらないものが多かったため、経験が浅いティファではその程度の違いしかないとは思えなかったのだ。


「ええ。大部分はクロヒョウがユキヒョウに代わるとか、フクロウがミミズクに代わるとか、そういう感じの変化ばかりなのよ」


「まあ、時々全然別モノってやつが混ざっては来るが、それもほとんどはいわゆるレアモンスターの類だからなあ」


「わたし達が見たものだと、フローラルリザードとかですか?」


「ちょうどそのあたりね。フローラルリザードは確か、スノーイーグルに入れ替わったと思うけど、どうだった?」


「スノーイーグルかサンドイーターかの二択だな。つっても、どっちもめったに出てこねえ上に、基本的には向こうから襲ってくるタイプじゃないからなあ」


「そういえば、フローラルリザードも、こちらが手を出すまでは襲ってきませんでした!」


 ベルティルデとバシュラムの解説に、夏の時のことを思い出しながら納得するティファ。


 フローラルリザードは花畑にひそみ、花のような香りをばらまくことでにおいをごまかしたうえで保護色で擬態する大型のトカゲだ。


 ダンジョンの外で見かけるフローラルリザードの性質を引き継いでか、ダンジョンで出てくる個体も基本的に自分から攻撃を仕掛けてこないが、出現した場合は巨体なので花畑での戦闘中にモンスターへの攻撃に巻き込んで反撃を食らう、という事故が高確率で起こる。


 なお、フローラルリザードはトカゲなので冬場は出てこず、その代わりとして高高度から吹雪に紛れて小動物を狩るスノーイグールと砂や鉱物を主食とする大型のモグラであるサンドイーターが出現するようになる。


 が、どちらも人間は餌ではないからか、攻撃しない限りは襲い掛かってこない。


「あと、ヘビとかトカゲの類は寒冷地仕様の特殊なやつと熱帯亜熱帯マップ以外、冬場には出てこないからな。その代わりを鳥とか獣がやってるから、出てくるモンスターの名前だけ見ると全然別モノっぽくなる、ってわけだ」


「トカゲはともかく、ヘビっぽい鳥って何よ……」


「ヘビの鱗が羽毛に置き換わった感じのやつがいるんだよ。因みに、毛皮になってるやつもいるからな」


「……なんか、どっちも不気味そうね……」


「ってか、ヘビとトカゲはいなくなるのに、虫はそのままってのも変な話だよなあ……」


 バシュラムの説明に、ビジュアルを想像して思わず顔をしかめるミルキー。


 ロイドも嫌そうな顔をしながら、同じように冬場の活動が激減する虫の類が減っていないことに突っ込みを入れる。


 それについてベルティルデが何かを言おうとし、即座に口を閉じて身構える。


「えっ? 何? 何なのよ?」


「もしかして、なんかヤバいのが出た?」


 ベルティルデだけでなくユウやティファ、バシュラムも身構えたのを見て戸惑いながらも、無意識のうちに防御魔法を重ね掛けしてできるだけ誰の邪魔にもならない位置へと移動するミルキーとロイド。


 ミルキーとロイドが比較的安全な場所へ移動したのを見計らったかのように、唐突に派手な魔法が飛んできてユウに迎撃される。


「ふん!」


 閃光系の範囲魔法を弾いて散らし、魔法が飛んできた方向へと一気に踏み込むユウ。


 一瞬で十数メートルの距離を詰めると、地面に向かって打撃を叩き込む。


 金属同士をぶつけたような甲高い音が鳴り響き、数秒後ユウが何かを拾い上げる。


「レアメタルスライムだ。殴った感触から言うと、クロムとモリブデンに若干のミスリルといったところだな」


「異常に硬くて当て逃げ専門みたいな逃げ足の速いやつを、よく逃がさず一撃で仕留められたな」


「有機物系スライムと違って、外皮が硬い分発剄が通りやすいからな。むしろ、金属系や無機物系のスライムのほうが仕留めやすい」


「属性攻撃や魔法が使える人間だと、物理も魔法も通りにくい金属系のスライムのほうが嫌なんだがなあ」


「有機物系スライムにうかつに発剄を叩き込むと、衝撃がコアに届く前に外皮が飛び散って悲惨なことになってな。焼き払うなり凍らせるなりすればいいのは確かだが、一手で終わらんことがあるのが面倒だ」


「そういうもんか」


 ユウの主張を聞き、軽く肩をすくめながら一応納得して見せるバシュラム。


 スライムはダンジョンに出没するモンスターの中でも極めて危険なモンスターの一種で、アメーバ状の流体の真ん中にコアがある魔法生物である。


 体を形成している物質によって性質は千差万別だが、総じて物理攻撃の効果が低く、毒や酸といった致命的な特殊攻撃を持っている。


 スライムは大別して有機物系と無機物系に分かれ、有機物系は総じて動きが遅くて魔法攻撃に弱く多彩な特殊攻撃を持ち合わせる。


 無機物系は粘液状の生物とは思えぬスピードに加え、物理攻撃だけでなく魔法攻撃への高い耐性と高い物理攻撃力を誇り、種類によっては大火力の魔法も飛ばしてくる非常に厄介なモンスターだ。


 相対的に倒しやすいのは有機物系だが、それとて一歩間違えれば装備が一瞬で使い物にならなくなり、魔法で仕留めても最後っ屁として毒ガスや酸性のしぶきなどをばらまく上にこれといっていい素材を落とすわけでもない。


 あまり好き好んで戦いたくはないモンスターの典型であろう。


 その中でもレアメタルスライムは最悪と言っていいスライムで、普通の無機物系スライムは半分以下に減衰されるとはいえ一応魔法も通用するのに対し、レアメタルスライムはレアメタルの特性かほぼ確実に魔法を無効化してくる。


 スライムなのに魔法が効かないだけでも最悪なのに、レアメタルの硬さと弾力ゆえに打撃は弾かれ斬撃は刃が負け、刺突はまともに刺さらない。


 魔法は無効化されるといってもディヴァインハルバードのようなアーティファクトまでは無力化できず、特定属性でしかダメージを与えられない魔神ほど絶望的な防御性能も持ってはいないが、ドラゴン系とは別方向でシャレにならないモンスターである。


 なお、非常に危険なモンスターであるレアメタルスライムだが、基本臆病者で初手に大魔法をかまして一目散に逃げるのが基本パターンで、生命力そのものは大して高くないためにダメージさえ通せれば意外とあっさり仕留められるという弱点もある。


「それにしても、こんな浅い層の入口近くに、レアメタルスライムなんて物騒なのが湧くことってあったかしら?」


「さあな。もともとどこの階層でもレアメタルスライムはめったに出てこねえから、少なくともレアモンスターなのは間違いないだろうが……」


「前々から出てきていたとして、ここを主戦場としている連中が勝てるとも思えん。恐らく何が起こったかも分からんまま全滅しているか、かろうじて初手を防いでも逃げられて原因を突き止められなかったかのどちらかだろう」


「ありそうだな、それ……」


「いやな話ね……」


 ベルティルデの疑問に対するユウの考察に、全員が納得しつつ、うへぇーといった表情を浮かべてしまう。


 全体的には冒険者にとって都合のいい仕様になっているのに、ところどころで油断させておいてこんな風に罠にかけてくるところが非常にいやらしい。


「てか、ユウさん。レアメタルスライムって、私の知ってる性質だと、魔法使いにとって天敵といってもいいわよね? だったら、ティファにとっても天敵になるんじゃないの?」


「普通に考えればそうなるのだが、そもそもティファの魔法が普通の魔法耐性で無効化できるのかどうか、それ自体が怪しい」


「……ああ、それもそうかもね……」


 ミルキーの不安そうな質問に対し、今までの実績を踏まえてユウがそんな疑義を口にする。


 それに納得するしかないミルキー。


 今まで普通の魔法だろうが付与魔法だろうが関係なく、使う端から訳の分からない変質を起こしてきたティファの魔法。


 あそこまで変質すると、普通の方法で抵抗して無効化できるかどうか非常に疑わしい。


 最近ではトルティア村のダンジョンで得たギフトの影響か、変質の仕方も有用だが妙に豪快なものばかりになっている。


「とはいえ、仮にもレアモンスターだからな。さすがにもう一匹いるとも思えんから、今回確認するのは難しいだろうな」


「主に俺らの安全のために、あんなのは一匹だけにしてほしいぞ……」


 ミルキーの疑問についてできるだけ早急に確認すべきだと認めつつ、実際には難しいだろうと判断するユウ。


 それに対して、切実な希望を口にするロイド。


 すると、ティファが少し困ったような顔をする。


「どうしたの、ティファちゃん?」


「えっと、あの、確かユウさんやロイド先輩の言ったような言葉を、巷の小説では『旗を立てる』って言うんですよね?」


「ティファちゃんもそこに気がついたのね……」


 重要なことに気がついたティファをえらいえらいと撫でつつ、いやな予感に遠い目をするベルティルデ。


 そもそもこの二十層はおろか、五十層くらいまでレアメタルスライムの出現は確認されていない。


 その理由が先ほどユウが考察した通りだとすれば、そもそも一匹しか出ないという保証すらない。


 レアメタルスライムしか生息していないフロアが存在している、そんな可能性すらあるのだ。


「……ふむ、お客さんだな。ティファ、結界と適当な攻撃魔法の準備」


「はいっ!」


 凄まじいスピードで集まってくる無機質な気配に、そう端的にティファに指示を出すユウ。


 ユウの指示を受け、大急ぎで複合結界を展開して攻撃魔法を準備するティファ。


 結界を展開してから十秒後、レアメタルスライムの大群が姿を現し、色とりどりの攻撃魔法が豪雨のごとく飛んでくる。


「さすがに、たかがスライムの魔法でティファの結界を抜くことはできんか」


「それはいいんだけど、こっちからもまともに手出しできそうにないわよ?」


「別に、それ自体はどうとでもなる。ちょうどいいから、まずはティファの魔法が通用するかどうかを確認するぞ」


「はいっ!」


 ミルキーの不安げな言葉を半ばスルーし、ティファに攻撃魔法を使うよう指示を出すユウ。


 ユウの指示に従って、まずはお約束のファイアーボールを普段使う魔力量で規模の制御をせずに叩き込む。


 規模の制御を一切しなかったため、ファイアーボールどころかファイアーストームと呼んですら足りない威力と範囲の炎が、レアメタルスライムの群れを焼き尽くす。


 炎が収まったあとには、二割ほど数が減ったレアメタルスライムがうぞうぞと蠢いていた。


「ふむ。通じはするが確実ではない、か」


「健在なやつにも一応多少はダメージが出てるあたり、さすがはティファの嬢ちゃんだな」


「ダメージは出ているが倒しきれていないとなると、属性相性か抵抗されたかのどちらかだな」


「抵抗されたんだったら、無傷のやつがいないとおかしい。全部にダメージが入っているところを見ると、恐らく属性相性で減衰されてるな」


 攻撃魔法の結果を確認し、そう結論を出すユウとバシュラム。


 スライム系は同じ種類でも育った環境や体の組成によって、特性が大きく異なる。


 それは魔法防御力や属性相性にも言えることであり、通りやすい属性と通りにくい属性が普通に存在している。


 もっとも、通りにくい属性といっても、無機物系スライムに関しては無効化できるほど特定の属性に強くなることはないので、一切ダメージを受けないということはない。


 それに対し、魔法が抵抗された場合は種類によってはその時点で無効化され、効果があるものでも一割未満まで減衰した上で魔法防御に弾かれる。


 いくらティファの魔法がとんでもない威力を持っているといっても、さすがに種族的に圧倒的な魔法防御を持つ無機物系スライムに対し、一割未満の威力で場合によっては属性相性によって減衰されたうえでダメージを与えるのは不可能だろう。


 そもそもレアメタルスライムに魔法が通じていること自体がおかしいのだが、ティファの魔法に関してはその程度いまさら突っ込むほどのことではない。


「ティファ。片っ端から魔法をぶち込んでいけ」


「はいっ!」


 一応ダメージは出ているからと、とにかく攻撃を続けるように指示を出すユウ。


 ユウの指示に従い、順次属性を入れ替えながら魔力干渉を起こさない間隔を維持しつつ切れ間なく攻撃魔法を叩き込み続けるティファ。


 その間も絶え間なく大魔法が飛んでくるが、ほとんどがティファの魔法に一方的に吹き散らされ、かろうじて届いたものも結界に阻まれて一切被害を与えられない。


 使える属性が一巡し、最後に無属性の攻撃魔法を叩き込んだところで、レアメタルスライムは一掃された。


「やっと終わったわね……」


「さすがに今回は、生きた心地がしなかったぜ……」


 完全に無力だったミルキーとロイドが、思わずその場にへたりこんでぼやく。


 たとえレアメタルスライム以外であっても、視界を覆いつくすほどの数のモンスターに襲われたとなれば、経験も浅く戦闘能力にも欠けるミルキーとロイドには非常にきつい。


 それが、ベテランでも一対一以外では相手にしたくないレアメタルスライムとくれば、生きた心地がしないのは当然である。


 むしろ、ティファの結界に守られていたとはいえ、パニックを起こさなかっただけでも称賛されるべきである。


「しっかしこう、今回ばかりは、ティファの嬢ちゃんがいてくれて助かったな。さすがにあの数相手となると、俺とベルティルデだけじゃ無理だ」


「まあ、ユウならどうとでもするんでしょうけど、私達だと防御がねえ……」


 ベルティルデの風の精霊を使った索敵にもモンスターが引っかからないのを確認したところで、ため息をつきながらバシュラムとベルティルデがぼやく。


 実のところ、二人がかりでなら十匹くらいまでは余裕で仕留められるバシュラムとベルティルデだが、数を数える気にもならぬほどとなると話は変わる。


 ベルティルデの防御魔法では何百発もの大魔法を防ぐことはできず、バシュラムの攻撃もせいぜい大振りの一回で三匹も仕留められれば御の字である。


 この時点で、数の暴力にあっという間に圧殺されるのは明白だ。


「どうやらこのフロアは、今のでモンスターを狩りつくしたようだ。ドロップアイテムを回収して先に進むぞ」


「はい!」


 残心を解き、さっさと先に進むことを宣言するユウ。


 それに元気よく答え、あっちこっちに転がっているドロップアイテムを回収し始めるティファ。


 もっとも、足腰と体力は鍛えられていても、腕力は年相応でしかないのが現状のティファだ。


 小石程度の金属塊や魔石はともかく、レンガブロックサイズになると手に余る。


「ううう……」


 うなりながらレンガブロックサイズの金属塊を動かそうとして、その重さに挫折するティファ。


 どうやら鉄よりかなり比重が重い金属が主成分となっているらしく、ティファの腕力ではびくともしない。


 それを見かねたバシュラムが代わりに持ち上げ、ドロップアイテム収納用に持ち込んだ自身のアイテムバッグに収納する。


 なお、この金属塊はすべて、レアメタルスライムの体組織なのは言うまでもない。


「数が無茶苦茶多いから、嬢ちゃん達は魔石とか片手で持てる大きさのやつを集めてくれ」


「はい……」


 バシュラムに重量物を肩代わりしてもらい、しょんぼりしながら小物を集め始めるティファ。


 そこに、最初から大きいものには目もくれずせっせと小物を集めていたミルキーが近づいていく。


「あのねえ、ティファ。誰も私達が重量物の回収で戦力になるなんて思ってないんだから、おとなしく数が多くて面倒くさいのをいっぱい集めましょ」


「でも、それだとなんだかさぼってるみたいで……」


「今回に関しては、私とロイドはともかく、ティファは何もしなくても許されるわよ。だって、基本的にあんた一人で殲滅してるんだし」


 ひたすらしょげているティファを慰めながら、見落としがちな場所に落ちている魔石などをせっせと拾い集めるミルキー。


 その奥では、握りこぶし二つ分くらいの大きさでなかなか重量がある金属塊を、ロイドがひいこら言いながら運んでいる。


「見て分かる通り、私達より普通に腕力があるロイドでもああなんだから、むしろ私達がああいうのを運ぼうとするとただひたすら邪魔になるだけよ。それに、細かいのもうんざりするほど散らばってるから、そういうのを小回りが利く私達が集めたほうが早く終わってみんな楽だし」


「そうですか?」


「そうよ。考えてもみなさい。バシュラムさんみたいな大柄な人が、あんな密集した藪の中に散らばってる小石を拾い集めるとか、心身ともにきついわよ」


 そう言って指さした先には、ティファやミルキーならかろうじて潜り抜けられる、という程度の隙間がある藪。


 ダンジョンの壁と同じ扱いなのか、ティファの魔法を受けてびくともしていないという違和感しかない状態なのだが、今は問題はそこではない。


 スライムがその藪に複数隠れていたらしく、結構大量に細かいドロップアイテムが転がっているのだ。


 ぱっと見ただけでもかなり奥のほうまで転がっているので、バシュラムのリーチでも手を伸ばして全部かき集めるというのは無理だろう。


「向こうにも同じような場所があったから、私達で手分けしましょう。ティファはどっちがいい?」


「えっと、じゃあ……、向こうにします」


 ミルキーに問われ、周囲の状況なども併せて比較するティファ。


 目的地周囲の広い範囲で回収が手つかずになっている、ということで、ミルキーがあとから示したほうを選ぶ。


「了解。持てないほど重い塊があったら、素直にユウさんかバシュラムさんに声をかけるのよ」


 そう言って、迷うそぶりも見せず藪の中に潜っていくミルキー。


 いくら体が通るといってもかなりギリギリの空間であり、体や髪のあちらこちらに葉っぱや茎、枝などが絡みつくのは避けられない。


 それを一切気にせず突っ込んでいくのだから、年頃の乙女の割にはなかなかの根性だ。


「……よし、がんばろう」


 ミルキーが藪に突っ込んでいったのを見届けてから、ティファが小さく気合いを入れる。


 その後一時間ほど、大人達が入れないような狭い場所を中心に落穂拾いを続け、ようやくすべてのドロップアイテムを回収し終える。


「もう、残ってないわよね……?」


「ここまでやったのだから、少々見落としがあっても気にしなくていいだろう」


 バシュラムが持ち込んだアイテムバッグが満タンになり、ベルティルデのも一割ほど占有するという圧倒的な物量に、思わず懇願するように確認するミルキー。


 そのミルキーの懇願に、むっつりした顔でこれ以上は必要ないと断言するユウ。


 バシュラムのアイテムバッグは、麗しき古硬貨亭の倉庫とほぼ同程度の容量を持つそこそこ大きなものだ。


 それを空の状態から満タンにしてまだ足りないほどの物量となれば、もはや少々取りこぼしたところで誤差の範囲である。


「ミルキー、ロイド。アイテムバッグの作り方は分かるか?」


「最近習ったから、一応は。私だと習ったばかりだから、できてもせいぜい容量が二倍、重量が半分っていうのが限界だけど」


「あれは基本的に付与自体はそんなに難しくないけど、回路設計が厄介なんだよな。あと、付与に使う素材が結構手に入りにくい」


「そうね。多分、回路設計と素材の準備をしてもらえれば、私でも付与そのものは容積十倍、重量二十分の一くらいまでは何とかなりそうな感じだけど」


「そのくらいまでは、回路の密度的にも俺ら見習いの技量で普通に成功はするんだよな。そこから急激に難易度が上がってくるけど」


「バシュラムさんのとか、絶対に無理よね」


「あれが作れるなら、一生食うに困らないって」


 唐突なユウの質問に、正直にそう答えるミルキーとロイド。


 アイテムバッグは付与魔法科の二年生半ばで習う内容で、本格的な回路設計を学ぶ第一歩、という位置づけにある。


 そのため、基本となる回路はかなり単純で、容積の倍率や重量の軽減率が低いうちはさほど難しくない。


 が、倍率が増えるにつれ指数関数的に回路設計が難しくなり、回路の密度と要求される魔力量が上がるため付与の難易度も上昇していく。


 しかも、容量を増やすだけではいずれ運べなくなるので、当然のごとく重量も容積に合わせて軽減率を上げていかなければならない。


 重量軽減率も増やせば増やすほど指数関数的に難易度が跳ね上がっていくため、容積と併せてあるラインを超えると急激に難しくなるのだ。


 そこに冷却や時間停止などの要素が絡み合うと、設計も付与も難易度が天井知らずになる。


 結果として、冒険者が要求するような荷車一杯分以上というアイテムバッグは凄まじい高級品となり、バシュラムとベルティルデが持ち込んだその数倍の容量を持つものは、一流冒険者でかつ成功者であることの証ともいえる代物になっているのである。


「で、ユウさん。アイテムバッグを作りたいの?」


「ああ。デビルバッファローの時も思ったが、そろそろアイテムバッグの一つや二つは用意しておきたい」


「私的にはむしろ、今までアイテムバッグを持ってなかったのが驚きなんだけど……」


「古巣ではその手のものは全部備品扱いで、個人での所有は基本的に禁止されていたからな。こちらに渡ってからは生活の見通しが立つまでに時間がかかったから、そのあたりの品物に手を伸ばす余裕がなかった」


 ユウの持ち物に関する意外な話に、思わず目を丸くするミルキー。


 その話を聞いていたバシュラムが、苦笑しながら補足をする。


「基本的にユウは近場で危険なモンスターを間引くのがメインだったからな。即席の容量拡張魔法でも間に合ってはいたわけだ」


「一応素材収集が目当てだから、前回の出発前に自分の分を購入するつもりだったのだが、ドロップでアイテムバッグが出る可能性もあるし、大人数で行くから分担すれば大した問題にならない、とバシュラムさん達に言われてな」


「まあ、ダブっても問題はないんだが、買わずに済むなら出費は抑えたほうがいいだろう? 実際、前回はそんなに問題にならなかったし」


 バシュラムとユウが口にした裏事情に、分からなくもないと納得するミルキー。


 ついでに、恐らく深紅の百合もユウとティファのために何か役に立ちたかったのだろう、という裏事情も察している。


 どうやら当人達も最初から予想していたようだが、正直前回の素材集めは、ダンジョン踏破という観点では深紅の百合に出番は無かった。


 荷物持ちと素材回収のための人手という役割がなければ、何のためについて行ったのか分からなくなるところだったのだ。


「とはいえ、いつまでも甘えるわけにもいかん。作れるのであれば、作っておきたいところだ」


「まあ、さっきも言ったように、容量倍率が低くて重量軽減がほとんど無いようなものは、そんなに難しくないわ。恐らく、ユウさんでも普通に成功するわね」


「さっき、素材が手に入りにくいと言っていたが、何が必要だ?」


「一番手に入りにくいのは無機物系スライムの魔石なんだけど、最高級品が一山いくらで叩き売れるほど集まってるし……」


「あとは何種類かの魔法生物のコアだな。っていっても、レアメタルスライムと違って、他のは季節関係なく普通に出てきてるみたいだから、今回もどれかは出ると思う。そもそも、前集めたやつと合わせれば、多分普通に作ろうと思えば作れるんじゃないか?」


「ふむ」


 ミルキーとロイドの言葉に、一つ頷くユウ。


 聞いている限りでは、素材自体は足りているようだ。


 問題があるとすれば、夏に集めた素材はすべてリエラに預けているため、現在手元にはないことだろう。


「ならば、今回の素材収集で揃ったなら、こちらの生産施設で一度、試すだけ試してみよう。まあ、今回のようなイレギュラーがなければ、三日も周回すれば冬場のノルマは達成できるだろうから、いいところ二回か三回試せれば御の字、といったところになりそうだが」


「あの、ユウさん。それって、また旗を立てている気がするんですけど、どうでしょうか……?」


 不吉なことを言い出すユウに、恐る恐るそう指摘するティファ。


 ティファに言われ、『そうなのか?』とばかりに他の面子を確認するユウ。


 ユウの視線を受けて、苦い顔で頷くバシュラムとベルティルデ。


 必死になって目を逸らすミルキーとロイド。


「……まあ、そうなった時はそうなった時だ。それに、ティファはどうにも時折、凄まじく引きが強いことがある。それを考えると、素材収集そのものに影響は出んはず」


「だから、余計なことを言うなって。っつうか、だべってると墓穴を掘りまくりそうだから、さっさと次のフロアに行くぞ!」


「そうそう。殲滅しちゃって入口が消えてるから、最低でも五つは踏破しないと脱出できないのよ? あんまりのんびりしてると、今日中に帰れなくなるわ」


 ひたすら旗を乱立されるユウに突っ込みを入れつつ、とっとと次のフロアへと移動するバシュラムとベルティルデ。


 残念ながら、ユウのセリフは半分だけ旗として成立していたようで……


「まさか、五フロア全部魔法生物系とはなあ……」


「ちゃっかり指定されてる素材も出てたみたいだから、素材収集そのものに影響は出ない、っていうのは旗として完全に成立してはいないみたいだけど……」


「……すまん」


 古今東西、メジャーなものからマイナーなもの、さらには伝説とうたわれた未確認のものまで、ありとあらゆると言っていいほどバリエーション豊かな魔法生物を五フロア分きっちり殲滅する羽目になる。


「あの、バシュラムさん、ベルティルデさん。わたし、一つ思ったんですけど……」


「なんだ、嬢ちゃん?」


「ティファちゃん、何か気がついたことでもあるの?」


「はい。今回って、多分魔法生物しか出てこないエリアに侵入してますよね?」


「まあ、そうだな」


「考えてみれば、レアメタルスライムの大群って時点で、普通の生物が出てくるわけなかったわね」


 ティファの指摘ともいえない指摘に、とりあえず同意はしておくバシュラムとベルティルデ。


 その微妙な反応に臆せず、ティファが思うところの続きを口にする。


「それで、こういうエリアの傾向って、どのタイミングで切り替わるんでしょうか?」


「大体はボスを一回仕留めるか十フロアクリアする、もしくはダンジョンを脱出したらだが……」


「今回はどうなのかしらね?」


「ここまで単一のカテゴリーで統一されてる事例は初めてだからなあ……」


 ティファの疑問に、何となく不吉なものを感じて遠い目をするバシュラムとベルティルデ。


「……気にしたところでどうにもならん。さっさと脱出するぞ」


「そうね。どうせ明日は普通にダンジョン探索だし、その時に分かるでしょう」


 バシュラムの主張に同意し、さっさとダンジョンを脱出するベルティルデ。


 その後、鑑定に出した魔石の数やレアメタルスライムの討伐数などで一悶着あったものの、この日は無事に探索を終えることができるのであった。




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