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第2話 バカンス 3



「今になって恥ずかしくなってきた……」


 翌日、十時前。


 湖の前にあるコテージで水着に着替えたカレンが、パーカーで必死に前を隠しながらそんなことをぼやく。


 すでにミルキーとロイド、エレナはよさげな岸辺を探し当てて遊び始めており、コテージの周辺にいるのは深紅の百合だけである。


 恐らくミルキー達は、ポスター撮影に巻き込まれないよう、撮影が終わるまで近寄ってこないだろう。


「カレン~、往生際が悪いぞ~?」


 そんなカレンを、堂々と水着姿をさらしたマリエッタがからかう。


 さすがシーフ系と言えばいいのかか、マリエッタの水着はカレンのビキニとは比べ物にならないほど大胆なものである。


「そもそも、エロ目線はあっちが全部持っていってくれるから、カレンにはそんなに注目集まらないんじゃない?」


 そう言いながら、ミュリエッタがフィーナとユナを指さす。


 そこには、男達の視線を誘蛾灯のように引き寄せる、実に男好きする女体が。


「あそこまで行きつくと、大胆なビキニも清楚なワンピースもあんまり変わらないわねえ……」


「フィーナは分かっててわざとやってる感じがあるけど、ユナはアレが素だからなあ……」


 そう言いながら、呆れた目でいろんな男に貢がせているフィーナとユナを見守るアイネスとヴァイオラ。


 わざとらしいぐらいきわどいビキニを着ているフィーナはともかく、麗しき古硬貨亭で一番グラマラスな体を清楚な白いワンピースの水着に押し込んだユナは、むしろそのせいで無駄にエロい感じになっていることに気がついていない節がある。


 その結果、清楚な顔立ちやホンワカした雰囲気とワンピースの水着によって強調された爆乳とのギャップにより、非常にチョロそうに見えてしまうのである。


 これで二人して男性経験ゼロなのだから、なかなかに詐欺くさい話である。


 なお、貢がれた食べ物類の大部分は、主にアルベルト達のパーティの胃袋に直行する。


「あれ? そういえばティファちゃんは?」


「カレンちゃんがうだうだやってる間に、ベルティルデさんが拉致ってひたすら愛でてるわよ」


 カレンの問いに、フィーナ達とは反対方向で戯れているバシュラム達を目で示しながらそう答えるアイネス。


 フィーナ達とは違い、孫娘を溺愛する祖父母という雰囲気全開で、非常にほのぼのとした空気が流れている。


「あと、聞かれる前に答えておくと、ユウは他の客に迷惑が掛からない場所を探しに行ってる。なんでも、結構派手に暴れるらしいよ」


「へえ……」


 アイネスの言葉に、どことなく遠い目をしながらそう相槌を打つカレン。


 何をするかは分からないが、どうせ常識やそういうものをどこかに放り投げたことをやるに決まっている。


 水上を走る方法などと言って、右足が沈む前に左足で水面を蹴り、左足が沈む前に右足で、みたいな無茶を言い出しても驚くに値しない。


「……よし。あんまりうだうだやってると遊ぶ時間が無くなるから、覚悟決めてさっさと撮影を終わらせてくるよ」


「ほーい、がんばれ~」


 ようやく覚悟が定まったカレンを、そんな軽い感じで送り出すマリエッタ。


 物心つく前から客商売をしているだけあってか、一度腹をくくってしまえば人前で見られながらの撮影にも前向きな態度になるところが頼もしい。


「おまたせ、ティファちゃん。そろそろ写真撮ってもらおうか」


「はい!」


 カレンの呼びかけに、笑顔でそう応じるティファ。


 そのまま仲良く、カメラマンの誘導に従い写真映えするスポットへと移動する。


「それでは、お願いします!」


 軽い打ち合わせの後、カメラマンの合図に合わせてポーズをとったり、軽い水の掛け合いを始めたりするカレンのティファ。


 腹をくくったカレンの堂々とした自然な態度に引っ張られるように、ティファも年齢相応の自然な愛らしい笑顔を浮かべる。


「カレンさん!」


「ん?」


「えいっ!」


 撮影途中、何を思ったのか、突然カレンを巻き込むように湖にダイブするティファ。


 その勢いに巻き込まれて、盛大に水しぶきを上げながら湖に倒れこむカレン。


「ちょっ、やったなー!! そりゃっ!」


「はう!?」


「もう、いつの間にこんなことするようになったの? そんな悪い子にはこうだ!」


「わわっ? ごめんなさい!」


 ティファのいたずらに、笑顔で反撃するカレン。


 カレンの反撃を楽しそうに受けるティファ。


 そのまま二人は、撮影であることを半ば忘れて水遊びに興じ始める。


 それを待っていたとばかりに、ガンガン写真を撮りまくるカメラマン。


 その後、カレンがバテるまで一時間ほど、二人の水遊びは続いた。


「ごめん、ちょっと休憩!」


「カレンさん、大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫……。ちょっとバテただけだから……」


 砂に足を取られて盛大にすっ転んだところで、肩で息をしながら笑顔でカレンがそう宣言する。


「いい写真がいっぱい撮れましたから、今回の撮影はこれで終わりにしましょう!」


 それを聞いたカメラマンが、こちらも笑顔でそう告げる。


 もっとも、カメラマンの仕事はこれで終わりではない。


 ここから先は、ティファ達のプライベート写真を撮りまくる仕事が待っている。


「終わりということは、ここからは自由時間ということでいいか?」


 そこに、唐突にユウが声をかけてくる。


「えっ? ユウさん? どこ?」


 ユウの声を聴いて岸辺を見渡すカレンだが、どういうわけかどこにもユウの姿が見当たらない。


「嬢ちゃん、あっちだあっち」


 ユウの姿を見つけられないカレンを見かねて、撮影を見学していたバシュラムが渋い顔で湖を指さす。


 バシュラムに教えられて振り向くと、いつものように姿勢のいい立ち姿で湖面に立っている水着姿のユウが。


「えっ? ええ? えーーーーーーーーーーーー!?」


 まるで普通の地面に立っているかのようなそのナチュラルな立ち姿に、思わず絶叫してしまうカレン。


 冷静になって考えれば、今更ユウが水の上に立っていた程度では驚くに値しないのだが、その姿があまりに凄まじいインパクトだったため、ついオーバーに反応してしまったのだ。


 そもそも、ウォーターウォーキングというそのままズバリの効果がある魔法も存在するのに、ただ水の上に立っているだけで妙なインパクトがあるあたり、さすがユウとしか言いようがない。


「それで、聞くまでもねえことかもしれねえけど、そいつはどういう理屈だ? 魔法は使ってねえみたいだが、水面ギリギリを飛んでるとかそういう感じか?」


「いや、今回は水面に浮かんでいた枝や葉、水草、藻などを足場にしている」


「……わざわざそんなことをする必要があるのか?」


「別になくても水の上ぐらいは歩けるが、単純にこのほうが燃費がいい」


 そう言いながら、すたすたと歩いてくるユウ。


 途中妙に大股になっていたり軽く飛び跳ねたりしているのは、恐らく足場がなかったからだろう。


「それで、ユウさん。もしかしてティファちゃんにそれ、教えるの?」


「一応はな。ウォーターウォーキングの魔法を覚えたほうがはるかに効率的なのは間違いないが、魔法が使えない状況で水に落ちたときの対処として、身に着けておくに越したことはない」


「いやまあ、そうだけど」


 ユウの主張を一応認めつつ、なんとなく釈然としないという様子を隠そうともしないカレン。


 そもそも、水辺で戦闘をする機会自体、普通の冒険者にはそれほどない。


「なあ、ユウ。どうせティファの嬢ちゃんは布製の防具しか身につけないだろうし、泳げるようにっつうか、水に浮けるようにするだけでいいんじゃないか?」


「無限回廊をどこまで攻略する必要があるか分からん以上、水上や水中でまともに動けるようにしておく意味はあるはずだ」


「言わんとしてることは分からなくもないけど、順番的にはまずウォーターブリージングとウォーター・ウォーキングを覚えてから、泳ぎ方をはじめとしたその手の訓練をするべきじゃない?」


 ユウの考えに理解を示しつつも、順番的にはそこじゃないだろうと指摘するバシュラムとベルティルデ。


 なお、ベルティルデが言ったウォーターブリージングという魔法は、水中で呼吸ができるようになるというものだ。


 もともとはどちらも精霊魔法なのだが、先人達の血のにじむような努力により、仕組みがまったく違う普通の補助魔法で同じ効果を持つ魔法が開発されている。


 もっとも、魔力効率や持続時間は精霊魔法のほうが圧倒的に上なので、精霊使いの優位性が損なわれることはない。


「てか、そもそもティファちゃんって、泳げるの?」


「泳いだことがないので、泳げません!」


「よくそれで、私にダイビングアタックできたね……」


 カレンの素朴な疑問に対し、やたら明るくきっぱりと泳げないことを宣言するティファ。


 その返事に、思わず全力で呆れてしまうカレン。


 いくら浅い場所とはいえ、泳げないのに湖に飛び込むなど怖いもの知らずにもほどがある。


「聞いている感じだと、やっぱり泳ぎ方を教えるところからじゃねえか?」


「ふむ……。ならばまず準備段階として、内気功と龍鱗で水中や毒ガス地帯でも呼吸を維持する方法からいくか」


「……おい、普通に泳ぎ方を教えろよ……」


 やたら超人的なスキルを仕込みたがるユウに対し、疲れたように突っ込みを入れるバシュラム。


 それを無視して、ティファを招き寄せる。


「ティファ」


「はい」


 呼ばれて素直にユウのもとへと移動するティファ。


 手の届く位置まで来たティファの額に、軽く人差し指で触れるユウ。


 その様子に、当人達より周囲の緊張感が高まる。


「今から気を流し込んで、水中で呼吸を維持する方法を教える」


「はい」


「できたと判断したら湖に放り込むから、落ち着いて気の制御を維持しろ」


「分かりました!」


 いきなり無茶苦茶なことを言い出すユウに対し、やたら素直な返事をするティファ。


 その様子に周囲がハラハラする中、一分ほどティファの額に指をあてていたユウが、一つ頷いて指を離す。


 さらに三十秒ほどじっと様子を見ていたかと思うと、突然ティファを抱え上げて豪快に水の中に放り込む。


「わわっ!?」


 いきなり湖に放り投げられ、思わずパニックを起こすティファ。


 事前に言われて覚悟は決めていたものの、そもそも投げられた感覚すらないまま宙を舞ったため、さすがに落ち着きを保てなかったようだ。


「ちょっと! いったい何やってんのよ!?」


「水中戦の訓練だが?」


 いきなりティファを湖に投げ込んだのを見て、ミルキーが怒鳴りながら走ってくる。


 そんなミルキーに、いつもの仏頂面でそう言い切るユウ。


 その間も、万一に備えてティファの水没地点から目を離さない。


 ちゃんと足が付く深さだったこともあり、ティファは十秒ほどじたばたしたあと、無事に立ち上がって脱出した。


「ティファ、大丈夫!?」


「……かなりびっくりしました……」


「というかユウさん、もうちょっとやりようなかったの!?」


「ああいう緊急事態の時に落ち着いて維持できねば、使い物にならんからな」


 水から上がってきたティファに、心配そうに駆け寄るミルキー。


 それを見守りながらユウを非難するカレン。


 カレンの非難に対し、分かっていると言いたげに理屈を告げるユウ。


 そういう問題じゃないとカレンとミルキーがかみつきかけたところに、凄まじい爆弾発言が飛び出す。


「そもそも、鉄壁騎士団だと眠っているときに、鎖で縛られて水に叩き込まれるぐらい日常だったからな。さすがにそこまでは求めんが、最低でもあれぐらいの扱いでないと、とっさの時の対処は身につかん」


「……鉄壁騎士団がおかしいのは今に始まったことじゃないからいいとして、私としては覚えたばっかりの技でそういう訓練させること自体、無茶苦茶すぎるって言いたいんだけど……」


「二日しか時間がないのだから、荒行になるのは仕方なかろう?」


 あまりにえげつないことを言い出すユウに、一瞬言葉に詰まりながらもなんとか反論するカレン。


 それに対し、身も蓋もない理由を口にするユウ。


 さらにユウに文句を言おうとしたところで、ティファが駆け寄ってくる。


「ユウさん。次はうまくできそうなので、もう一度お願いしていいですか?」


「ふむ……。だったら俺が投げ込むより、水の上を走る練習と一緒にやったほうがよかろう」


 ティファの気の流れを見て、そう提案するユウ。


 普段のランニングでずっと龍鱗を展開していた成果か、ティファは着水した時点で途切れていた内功を、約二秒後に再発動させていたのである。


「水の上を走る、ですか? そんなことができるんですか?」


「ああ。やり方はいろいろあるが、まずは基礎中の基礎、足が沈む前に踏み出すやり方での練習からだな」


「はい!」


「まずは見本を見せる」


 そう言って、人がまったくいない湖の中心に向かって走り始めるユウ。


 一切水しぶきを上げずに結構なスピードで走るユウの姿に、ギャラリーからどよめきが起こる。


 そのままユウは二十メートルほど走ると、慣性も何もかもを無視してピタッと制止し、ティファのほうへと向き直った。


「今見せたとおりのやり方だ。まずはやってみろ」


「はい!」


 ユウの言葉に従い、元気よく湖の上を走るティファ。


 驚くべきことに、まったくの初見だというのに、ティファは完全に足首がつかる深さになってから十三歩も湖面を走ってのけた。


 ティファの体格と足の動かし方の関係上、歩幅が小さいので走ったのは大した距離ではないが、それでも驚異的な記録といえよう。


「あわっ!? わわわっ!? わっぷ!」


 足運びを失敗して前に倒れこみ、そのまま水没するティファ。


 が、まだ浅い場所だということもあり、すぐに立ち上がって再挑戦する。


「ねえ、ティファ……。そんなに頑張んなくても……」


「何となく、できそうな気がするんです」


 三度目の水没で見かねたミルキーの言葉をきっぱり拒否し、湖に向かって走り出すティファ。


 挑戦するたびに走る距離が伸び、水没の仕方も豪快になっていく。


 何度もミルキーやカレンに止められながらも昼食の時間までチャレンジを繰り返し、そのたびに水没すること二十数回。


 最終的にティファは走行距離二十メートルまで記録を伸ばすと同時に、完全に水中で呼吸する技法をマスターしていた。


「ふむ。この感じなら、昼飯のあとは泳ぎの練習をしたほうがいいか。勝手に浮き方を覚えたようだから、それほど手間もかかるまい」


「何度も言うようだが、どう考えても順番を間違えてるぞ」


 訓練の順番や内容がおかしいユウに対し、言うだけ無駄と知りつつバシュラムがジト目で突っ込みを入れる。


 どうせティファのことだから、数回落ちれば普通に水中呼吸をマスターするのは考えるまでもないことだが、それでも足が付かないところで沈んで溺れたらと思うと気が気でない。


「今回に限って言えば、俺が重視しているのは技能の習得ではなく、突発事態でも龍鱗をはじめとした気功系の技を途切れさせなくすることだからな。極端な話、滞在中に泳げるようにならなくてもまったく問題ない」


「あのなあ……」


「正直に言うと、ティファ以外ならこんな教え方はせん。ティファなら俺の意図を察したうえで、教わったことの原理を自力で理解して勝手に応用するからな。他の人間ならともかく、ティファに限っては習得より経験を優先すべきだと俺は考えている」


「だからって、泳げないって分かってる子供を水の中に何度もたたきこむのは、見てるほうの心臓に悪いぞ……」


 バシュラムの文句を聞き流し、昼からのことを考えるユウ。


 ティファに関しては、あとは泳ぎを教えるだけでいいとして、ミルキーとロイドも少しくらいは揉んでおいたほうがよさそうだ。


「よし。ミルキー、ロイド。昼からはお前達も何度か湖に放り込む。本気で溺れそうなときはちゃんと救助するから、水に落ちた際に慌てずに立て直す練習をしろ」


「「ええええええええええええ!?」」


 ユウが口にした予定に、ついつい全力で抗議の声を上げてしまうミルキーとロイド。


 正直な話、その手の特訓はティファのを見ているだけでおなかいっぱいである。


「あのさ、ユウさん……」


「心配せずとも、せっかくカレンが来ているのに、訓練だけで一日潰すつもりはない。すまんが、最長で一時間ほど、訓練に時間をくれ」


「はいはい。ティファちゃんのスイッチが入っちゃってるし、それくらいは諦めるよ」


「あっ、ごめんなさい、カレンさん……」


「いいよいいよ。私達もあんまり体力ないから、ずっと遊びとおせるわけじゃないし」


「ならば、ティファ達の訓練はカレン達が休憩している隙間時間に行おう」


「そうだね。そうしてくれると嬉しいかな」


 ユウの譲歩というか配慮に、にっこり微笑んでそう告げるカレン。


 カレンが休んでいる間に訓練となるとティファの休憩時間が無くなるのだが、そのあたりのさじ加減をユウが間違えるはずもないし、そもそも最近のティファはその程度でバテるはずもない。


「あの~、それって俺達はバテても休めないってことじゃ……」


「あ~……」


 巻き込まれ組を代表してのロイドの突っ込みに、カレンが思わず目を逸らしながらそんな微妙な声を上げる。


「まあ、ユウさんならちゃんと配慮してくれるって、多分」


「全然安心できないわ……」


 間違ってはいないはずなのに説得力のないカレンの言葉を、一言でばっさり切り捨てるミルキー。


「あの、ユウさん。ミルキー先輩とロイド先輩は……」


「言われずとも、オーバーワークにならん範囲でやる」


 ティファに不安そうに言われて、いつものむっつり顔のまま、実に心外そうに断言するユウ。


 結局、なんだかんだでこの日と次の日は、カレンやエレナ、深紅の百合などと遊ぶ時間がメインとなり、その隙間を縫うようにユウがティファやミルキー、ロイドをしごくことになる。


 その結果……


「……もうダメ……。私、体が動かない……」


「……奇遇だな……。俺もだよ……」


 筋肉痛にこそならなかったものの、まともに食事もとれないほど疲労困憊してしまうミルキーとロイド。


 エレナに至っては宿に帰った瞬間、ベッドにダイブして爆睡している。


 なお、言うまでもないことだろうが、ティファは割とあっさり泳げるようになった。


 もっとも、まるで水中を飛んでいるかの如く手足を動かさずに動き回る泳法を、泳いでいると言えるかどうかは意見が分かれそうではあるが。


「あの、大丈夫ですか?」


「……大丈夫じゃない……」


「……こうなるって分かってたのに、ついはしゃいじまった……」


 心配そうに声をかけてきたティファに対し、心底きつそうに自嘲気味にそう返すミルキーとロイド。


「二人とも私とそんなに変わらない体力っぽいから、もうちょっと鍛えたほうがよさそうだよね」


「……というか、いくら特訓がなかったっていっても……、……あんだけはしゃいで遊びまわったカレンさんが……、……なんで平気なのよ……」


「……エレナさんとか……、……完全に撃沈してるじゃないか……」


「お店の手伝いの成果、かな。あれで結構、宿屋の仕事って体力いるんだよね」


 ティファと同じくらいケロッとしているカレンに対し、思わず恨みがましくなんで平気なのかと八つ当たりをするミルキーとロイド。


 それに対して、しれっと事実を告げるカレン。


「カレンさん、いつも忙しそうに働いてますよね」


「まあ、やることはいくらでもあるからね~。リネン関係とウェイトレスは、あれでなかなかの重労働だし」


「お布団って結構重いですよね。シーツも数があると、かさと重さで運ぶのも大変ですし」


「うちは大型の洗濯機があるからいいけど、手洗いだと休む暇とか全然ないよ」


 意識の外に漏れがちな宿の重労働に関し、ティファとしみじみ話をするカレン。


 最近はタイミングが合えばティファが手伝ってくれるので少しは楽になっているが、親子三人の時はたまに地獄のように忙しくなることもあった。


「それで、今更の話なんですけど、こっちに遊びに来てて大丈夫だったんですか?」


「この時期は結構冒険者の人が遠征するから、一週間ぐらいは何とかなるんだ。手続き関係が減るだけでもずいぶん余裕が出るし、泊り客もちょっと少な目だし」


「それって、売上とか大丈夫なんですか!?」


「こういう時期のために、普段忙しく働いて蓄えを作るのが商売ってやつだからね。どんな業種でも繁忙期と閑散期はあるし~」


 心配そうなティファに対し、裏話の一部をこっそり披露するカレン。


 実際には普段より客の数が少ないだけでなく、事情を知っている常連達ができるだけ売り上げに影響を与えない形で協力してくれている。


 そのことを教えてもいいのだが、割と常日頃からティファとカレンのためにそういう気を利かせてくれているのが、麗しき古硬貨亭の冒険者だ。


 下手に教えてティファが変に察してしまい、そのあたりを気にしだしてはいけないので、カレンはあえて秘密にしておくことにしたのだ。


「なんにしても、このままじゃ後々厳しそうだから、ミルキーちゃんとロイド君はさらに追加で特訓決定?」


「いや、体力は一朝一夕で鍛えられるものでもないからな。急に訓練をきつくしても効果が出るわけでもないし、しばらく様子を見ながら少しずつ増やしていくさ」


 カレンの素直な感想に、意外にも優しいことを言い出すユウ。


 もっとも、ユウに関してはあくまで効率を優先してオーバーワークを避けようとしているだけで、思いやりとかそういった成分はあまり多くはないのだが。


「そういえば、ユウさん。私とエレナは明日帰るけど、ユウさん達はあとどれくらいここにいるの?」


「はっきりとは言えんが、夏場しか手に入らん素材は九割、予定から見れば七割から八割収集が終わっている。残りが集まるまでにどの程度かかるか次第、というところだが、今までの素材の出方を踏まえるに、よほど引きが悪くない限りは四日ぐらいで終わるだろう」


「そっか。ってことは、長くかかっても一週間くらいで帰ってくるってことでいい?」


「ああ」


 カレンの質問に、予想を交えた予定を告げるユウ。


 いつものユウなら、それで終わるなら先に終わらせる、という選択を取りそうなものだが、今回に関しては消耗品の補充その他で一日はつぶれることが分かっていた。


 どうせ休まざるを得ないのであれば、きっちり休んでティファ達を遊ばせてしっかり気分転換させたほうが、あとあとはかどると判断したのである。


 トータルの効率を優先しているという点ではユウらしいが、その手段としてバカンスという人情味あふれる選択肢を選んだ点は、どうにも違和感を覚えてしまうところである。


「ってことは、みんなが帰ってきてからも、夏休みはちょっとだけ残ってるんだ」


「そうなのか?」


「はい。一週間くらい、夏休みが残ります」


 カレンの言葉をユウに確認され、頷いて説明するティファ。


 一週間なので大したことはできないが、それでも帰ってからカレン達と遊べなくもない。


「ふむ。ならば、できるだけ早く終わらせてしまったほうがいいな」


「そうですね」


 妙にやる気を出したユウに対し、ティファが目を輝かせながら同意する。


 結局ユウ達がアルトに帰ったのはカレンが帰った三日後なのだが、


「ふむ。見たところ、全面水場だな」


「ユウさん。探知した感じ、中央付近は水深五メートルくらいあります。モンスターの反応はあんまり多くありませんが、一つだけ飛びぬけて強い反応があります」


「どうやら、このフロア全体がボスルームらしいな。どうせこの程度の陸地でまともに相手になどできん。ティファ、水中戦で仕留めるから、湖での特訓の成果を見せてみろ」


「はい!」


 素材の収取率が目標を達成した回に、最後のボス戦で水場のフロアを引いたことにより、バカンスなのか特訓なのか分からなかった湖での二日間がしっかり役に立ったのであった。




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