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プロローグ ティファ

「ごめんなさいね、ティファ……」


「先生は何も悪くないです……」


 クリューウェル大陸はトライオン共和国。その首都アルトでもっとも格式高き魔法の学校、アルト魔法学院の学長室では、学院長リエラ・フォスターと去年までの特待生であるティファ・ベイカーが、暗い顔でため息をついていた。


「わたしに、もっとちゃんと才能があれば……」


「いえ。ティファに才能がないのではありません。恐らく、アルト魔法学院で教える制御方式があなたの魔力の質とかみ合っていないだけです」


「でも……、わたしがほかの人よりダメなのは事実です……」


 どん底まで落ち込んでいるティファの言葉に、悩ましそうにうつむくリエラ。


 規則であり、またトライオンの政府や学院に寄付してくれている有力者達からの厳しい追及があったからとはいえ、まだ八歳になったばかりの少女を事実上切り捨てねばならぬ、というのは、教育者としても年長者としても忸怩たる思いである。


 そう。ティファはちょっと前に八歳になったばかりの、まだ小さな子供なのだ。アルト魔法学院の最低入学年齢は六歳であり、彼女は現在は二年生。二カ月後には三年生に進級する。


 きらきらと輝くハニーブロンドとアメジストを思わせる大きな紫の瞳が魅力的な整った容姿と、大魔法使いと名高いリエラに匹敵しうる莫大な魔力を持つティファ。


 普通ならば将来を約束されている少女なのだが、残念ながらその膨大な魔力を自分の意思で動かすことができず、肝心の実技の成績が壊滅的ですっかり落ちこぼれていた。


「せめて、あなたを親元に帰してあげることができれば、まだよかったのですが……」


「でも、わたし達みたいな庶民がここに集められるのって、ちゃんと魔力を制御できないと、いずれ暴走させて周りをめちゃくちゃにしちゃうから、なんですよね?」


「……それも理由の一つではあります」


 類まれな吸収力と勤勉さで、学院で教えられている魔法関係の座学を全て知識として身に着けているティファ。


 そのことを感じさせる回答につくづく惜しいものを感じ、栄養状態が悪化してなお美しさを損なわない少女のハニーブロンドを見ながら、もう一度深いため息をつくリエラ。


 すでに奨学金の大部分をカットされており、ティファは学生寮でもまともに食事をさせてもらえない状態になっていた。


 さすがに寮の食堂を切り盛りする料理人達も鬼ではないので、奨学金をカットされて食費を払えなくなった子供達には、こっそり端材や屑野菜を使った賄い食を食べさせてはいる。が、学生寮とて予算はぎりぎりなので満足な質と量の食事とはいかず、料理人達は心を痛めながらも、泣く泣く飢え死にしないぎりぎりの食事を与えて誤魔化している。


 もっとも、すべての支援を打ち切られ、実家にも一切の余裕のないティファの場合、下手をすると明日からはその飢え死にしないぎりぎりの食事はおろか、寮に住むことすら許されず追い出されかねないところまで追い詰められているのだが。


「なんにせよ、アルトの就労年齢に達していない子供をこちらから呼び寄せておいて、素質に問題があったからと言って学費の補助を打ち切り、その癖魔力封印などの措置を取って親元に帰すこともしない、というのはあまりにも非道な行いです。そう主張したのですが……」


 リエラの主張は学院の理事にも、補助金周りの制度を大幅に変更した議員達にも届かなかった。


 そう、議員である。トライオンは共和国という名前の通り、議会制民主主義による統治を行っている。そのため、定期的に政権や政治方針が変わるのだが、今回は特に変化が大きかった。


 というのも、一昨年の中頃に起こった時空変動と、その影響で誘発されたモンスターの大量発生に、時の政権も野党第一党も対処に失敗して、常にない被害を出してしまったのだ。


 幸いにして発生した規模の割には死傷者の数は少なかったが、国民に発生した財産的な被害は規模相応であり、その責任を取って議会は解散、大統領も首相も退任を余儀なくされてしまった。


 結果、今まで泡沫政党でまともに政治に関わったこともないような、それもやたら偏った主張をする政党が大勝してしまったのだ。


 そういう連中がトップに立つと、ろくなことにならないのは世の常である。トライオン共和国の新政府もお約束のように、理屈や実情、制度が作られた背景などを無視していろんなところの予算をばっさばっさと切り始めた。


 アルト魔法学院も国の機関であるため、予算をはじめとしたさまざまな部分で政府とのかかわりを避けることができず、補助金全カットや特待生制度及び奨学金制度の要件の厳格化といった形で新政権の暴走の直撃を受けている。


 言うなれば、ティファは自分のあずかり知らぬところで政変に巻き込まれ、そのしわ寄せをもろに受けてしまったのだ。


「国というのは、一度決まって実行してしまったことはすぐに変更できません。ですが、あなた達にはそんな大人の勝手な事情は関係ありません。ですので、本来なら、私が特に条件が悪いあなたの面倒を見るべきなのですが、あなただけという訳にもいかなくて……」


「はい……」


 心底申し訳なさそうにするリエラに、あきらめの表情で頷くしかないティファ。


 自分が突出して悪い立場に追い込まれているのは知っているが、他の特待生も割と似たような状況なのも知っている。


 筋で言うのなら、負担を減らすために今すぐ首でもくくるべきなのだろうが、年のわりにとてつもなく賢くて達観しているティファと言えども、さすがにまだ死にたくない。

「ですが、国の勝手な都合で餓えることを強制されている子供を前に、何もせずに手をこまねいているなど、大人としてそんな恥ずかしい真似をするつもりはありません。国が子供という最も弱い存在を押さえつけるのであれば、我々は賢者の学院の一員として、その知恵で現状に立ち向かいましょう」


「えっ? でもそんなことしたら先生が……」


「立ち向かう、といっても、何も正面からぶつかるわけではありません。幸いにして、すべての予算を取り上げられたわけでも、すべての寄付を断たれたわけでもありません。それに、実習と言い訳が効く範囲であなた達にお金を稼がせるために、すでにいくつかの民間組織とも協力体制を構築しています」


「えっと、それってかなりすごいことなのでは……」


「大したことではありませんよ。なぜならティファ、あなた自身にも相応以上の努力を求めるのですから」


 リエラの厳しい表情に、思わず身構えてしまうティファ。働かざるもの食うべからずなので、努力することには異存はないが、そんな生っちょろい覚悟で足りるのかどうか、どうにも不安が募る。


 が、ティファに限って言えば、これより状況が悪くなるなら、もはや死ぬしかない。『足りるのかな』ではなく、『やって見せる』しかないのだ。


「あの、先生。わたしはどうすれば……」


「あなたには、学院に実験で使う素材を納品するお仕事をしてもらいます。その中には私的に使う物もありますので、そういったものは各教員が報酬に色を付けた上でポケットマネーで発注することになっています」


「フィールドワークの講義でやったことを、自分の力だけでやればいいんですね?」


 やるべきことが分かり、顔を明るくするティファ。その反応に、リエラがやや慌てた様子で付け加える。


「自分の力だけで、ではいけません。どう言いつくろったところであなたは八歳、しかも現状身を守る手段を何一つ持っていません。さすがに門番が外へ出してはくれないでしょう」


「えっと、じゃあ誰かと一緒に行かなきゃいけないんですよね。……もしかして、さっきの民間組織が協力してくれる、っていう話は……」


「ええ。当面、あなたに直接関係する話で言うと、いくつかの冒険者の酒場で費用負担なしで冒険者を雇えるように交渉してきました。正確には費用負担なし、ではなく、年間契約で何人か手隙で信用できる人に護衛してもらえるよう手配をした、ということになりますが」


 リエラの言葉に、ティファの大きな瞳がきらきらと輝く。


「冒険者さん達が協力してくださるんですか!!」


「ええ。ですが、あなたはまだ子供です。冒険者の酒場に向かうのは遅くても昼前までにしておきなさい。帰るのが遅くなりますし、夜の酒場にはどうしても質の悪い酔っ払いが出て来ますし」


「はい。お酒飲んでる人にはできるだけ近づきません。お隣のケヴィンおじさんも、お酒飲むと乱暴になりましたし」


 お隣のケヴィンおじさんという人物に首をかしげ、すぐにティファの実家の隣人であると察するリエラ。


 正直なところ、冒険者の酒場なんて場所に出没する質の悪い酔っ払いというのは、そんな生やしいレベルではない。が、そのお隣さんの時点ですでに引いているティファに、わざわざ追加で脅す必要もないだろう。


「それで、今日はまだこちらの仕事の準備ができていませんので、あなたがお仕事できるのは明日からとなります。協力を依頼している冒険者の酒場のうち、もっとも近くにあるのは『麗しき古硬貨亭』になります」


「あの、今からご挨拶に行ってはいけませんか?」


「……そうですね。よく考えれば、向こうにもちゃんと紹介しておかなければいけませんね。ですが、今日は手が空いている教員がいません。私も、この後同じ説明をあと何人かにせねばなりませんし」


「……あの、わたしだけじゃなくて、他の子も一緒に説明すればよかったのでは……」


「さすがに、あなたほど追い詰められている生徒は他に居ません。明日からの待遇がどうなるか、についてはかなり違いがありますし、下手に一緒に説明して、まだ大丈夫と思われても困ります」


「……なるほど」


 リエラの説明に、かなりへこみつつ納得して見せるティファ。自分以上に追い詰められている出来の悪い生徒などいない、と言われればそりゃもうへこむ。


 そんなティファとは違う意味で、内心大いにへこむリエラ。もう老境に差し掛かる歳だというのに、協力要請を通した冒険者の酒場に世話になる生徒達を紹介するという当たり前の事を、ティファに言われるまでまったく思いつかなかったのだ。


 いくら理不尽で過酷な状況に置かれた教え子を助けることに頭を悩ませ続けていたと言えど、そんな常識的な事を見落とすのは、年寄りとしては非常に痛い。


「どうせ明日以降は一人で行かなきゃいけないので、とりあえず今日も一人で行ってきます」


「……そうですか。では、紹介状を書きますので、少し待っていてください」


「はい。ありがとうございます」


「いえ。こちらこそ、気が利かなくてごめんなさいね」


 そう言いながらも、奇麗な字で手早く紹介状をしたためるリエラ。それを封筒に入れてティファに渡すと、ティファが嬉しそうに受け取って一つ頭を下げ、軽やかな足取りで退室していく。


「……国一番の賢者などと言われていても、実態は国家の理不尽に抵抗する知恵も力もなく、理不尽に巻き込まれた子供をまともに救い出すこともできない情けない老人に過ぎない、か……」


 ティファが退室したのを確認し、ため息とともにそう自嘲するリエラ。歳を重ねるにつれ、体とともに影響力の面でも衰えていっているのをいやでも自覚せざるを得ない。


 もはや、自分では生徒を守り切れない。少なくとも、学院長としての仕事をやりながらでは無理だ。体力も時間も到底足りない。


 そろそろ後継者を指名して学院長の職務を引き継ぎ、表舞台からは引退する時期なのだろう。


「……誰に引き継ぐにしても、まずはこの混乱で追い込まれた子供達を、最低限飢え死にさせずに教育できるようにしてからですね」


 ティファほど追い込まれている生徒は他にはいないが、それでも来季から寮費および食費の補助が完全に打ち切られてしまう生徒は数名いる。


 彼らにも仕事を与え、寮費と食費を学校やリエラが負担できる口実を作らなければならない。


 全員がティファのように冒険者を雇って、というレベルの仕事をする必要はないが、数名は様子を見ながらそういう仕事を振る必要があるだろう。


「……昔の制度を凍結状態のまま残しておいて、正解でしたね」


 かつて存在した、生徒に学費を稼がせるための様々な制度。国が補助金を出すようになってから利用する必要がなくなり、一時は廃止が検討されたものの、念のために残してあったシステム。


 その復活のための手続その他に奔走したことを思い出しながら、今後食い詰める可能性が高い生徒達に紹介状を書き、やってもらう仕事をリストアップする。


 年長者としてできるであろう精いっぱいのことを進めながら、子供達がこの難局を乗り越えられるよう、少しでも立派にたくましく育つことを祈るリエラであった。

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