第2話 バカンス-1
「ねえ、ユウ。そろそろ二日か三日、ダンジョンを休んでもいいんじゃない?」
インフィータに来てから十日後の午後二時過ぎ。ダンジョンから宿への帰り道。
本日のお供であった深紅の百合を代表し、アイネスがユウにそう提案する。
最初の二日で四十層までクリアした後、素材集めのターゲットを二十層から三十層に定めたユウは、十階層分のクリアを一周として毎日一周から二周のハイペースで繰り返し攻略していた。
「ふむ、そうだな」
アイネスの提案について、ユウが少し考えこむ。
さすがのユウとて、自分達が行っているダンジョン攻略の間隔が一般的なものではないことぐらいは自覚している。
が、ティファが割とケロッとしていることもあって、休みを入れるタイミングがつかめていなかったのだ。
「消耗品もそろそろ補充したほうがよさそうだし、明日から三日ほど、探索は休むか」
「そう来なくっちゃ!」
ユウの下した結論に、嬉しそうにアイネスが声を上げる。
別に毎日ユウ達の素材集めに付き合っているわけではない深紅の百合だが、さすがにティファ達が頑張っているときに自分達だけ遊ぶのは気が引けたのだ。
その点、バシュラムとベルティルデは実にうまく割り切っており、ちょくちょく飲みに出たりカジノに遊びに出たりしている。
無論、バシュラムが出入りするようなカジノは、客をカモにして破産するまでむしり取るような悪質な店ではない。
主な収入源を入場料と飲食物に頼っている、軽く賭けごとをたしなみながら社交を楽しむための店である。
なお、バシュラムもベルティルデも賭けごとは結構強い。
なので、いつも店が嫌がらない程度にコインを稼いでは、稼いだ分をそのままお菓子類に交換してティファ達にふるまうという、顔に似合わずスマートに楽しんでいる。
残念ながら、ユウはもちろん深紅の百合のメンバーもまだまだその領域には到達していないため、そういう面でもバシュラム達はみんなのあこがれだったりする。
「一応釘刺しとくけど、探索を休むだけで鍛錬はする、みたいなことは言わないでよ?」
「悪いが、基礎鍛錬だけは休むつもりはないぞ」
念のために突っ込みを入れたマリエッタに対し、ある種の信念すら感じさせる表情でそう断言するユウ。
ダンジョンの中で一泊、という状況になってしまうと日課は休まざるをえなくなるので、できるときにはちゃんとやっておかないとすぐに体がなまってしまうのだ。
そのあたりを理解しているらしく、ティファは当然という表情でユウの言葉に頷いている。
「あのねえ……」
「あ~、マリエッタさん。この脳筋師匠にその手のことを期待しても無駄よ。そもそも、休んじゃうと私達はともかくティファが落ち着かないでしょうしね」
風情も何もないユウにさらに苦言を呈しようとして、呆れと諦めの色をにじませたミルキーにたしなめられるマリエッタ。
ミルキーの言葉と、何よりティファ本人の反応に、苦い顔をしながらそれ以上何かいうことをやるマリエッタ。
その代わりに、という感じでミルキーが話を続ける。
「で、せっかく近くに大きな湖があるんだから、あそこで水遊びするくらいの時間はくれるんでしょ?」
「別に、日がな一日鍛錬するつもりはないからな。朝の鍛錬が終わったあとは好きにすればいい」
「決まりね」
「ただ、明日は体を休める意味も含めて、出かけるにしても消耗品の補充程度にしておけ」
「分かってるわよ」
言わずもがななユウの指示に、にっこり笑いながらそう返すミルキー。
さすがに、明日はあまりがっつりと遊ぶ気分にはなれないのだ。
「なあ、ミルキー。水遊びはいいんだが、本当に大丈夫か?」
「何よ? 私はちゃんと泳げるわよ?」
「そっちも心配なんだけど、ティファと一緒に水着になって、ショック受けない自信はあるか?」
「大きなお世話よ!」
本当に大きなお世話としか言いようのないことを言ったロイドを、まったくダメージの発生しないポカポカパンチで殴りまくるミルキー。
はた目には仲のいい兄妹か年の差カップルがじゃれているようにしか見えないが、これでもミルキーは割と本気で怒っているのは言うまでもない。
「えっと、ユウさんも一緒に来てくれますか?」
「……ふむ、そうだな」
そんなミルキーとロイドを見ながら、おずおずとティファがユウにそうねだってきた。
そんな可愛いおねだりを聞いたユウが、少し考えこむ。
「恐らく向こうの連中が思っている趣旨とは違うことになりそうだが、水の上でないと教えづらいことを教えるにはいい機会か」
「じゃあ?」
「ああ。せっかくだから付き合おう」
「はい!」
ユウの答えに、嬉しそうに声を上げるティファ。
そのやり取りを聞いていたアイネスが突っ込みを入れようとしたところで、この街にいるはずのない意外な人物と遭遇してしまう。
「あれ? カレンさん?」
「あっ、ティファちゃん。やっほー。今日はもう、ダンジョン終わり?」
「はい!」
そう。もうじき宿が見える、というタイミングで遭遇したのは、他でもないカレンであった。
「カレンさん、どうしてここに?」
「商店街の福引で、旅行券が当たっちゃってね。お父さん達は動けないし、かといって冒険者の人達に押し付けようにもペアチケットだからちょうどいい人がいなくてね。学校の友達で予定が空いてる子を誘って遊びに来たんだ」
ティファの当然の疑問に対し、カレンが事情を説明する。
それを聞いて納得しかかったところで、次の疑問がわいてくる。
「事情は分かったが、その友人とやらはどうした?」
「人生初の航空機で調子崩しちゃってね。今、宿でダウン中。っていっても、はしゃぎすぎてばてた、っていうのが正しいから、晩ご飯までには復活すると思うよ」
「なるほど。それで暇だから一人でぶらついていた、と」
「ぶらつくというか、気分がすっきりする飲み物でも差し入れしようかと思って、ちょっと買いに出てたんだ。宿の食堂で聞いたら、買いに行ったほうがいいのがあるからって言われてね」
「ふむ」
カレンが単独行動している理由に、一応納得するユウ。
宿で閉じこもっているには早すぎるが、本格的に何かするには遅すぎるくらいの時間帯。
カレンの性格上、いくら自業自得でのダウンと言えど、人を誘って遊びに来ておいて一人でうろうろするのも気が引けるだろうから、時間的にも口実的にもちょうどいい内容だろう。
「飲み物関係はあっちが充実してるから、一緒に行こっか?」
「あっ、うん。私はここのことほとんど知らないから、案内してくれると助かるよ」
ちょうどいいからと、フィーナがカレンを誘う。
カレンがフィーナの厚意をありがたく受け取ったところで、何となく全員で飲み物を調達して帰ることに。
「そーいや、カレンちゃんはどういう日程?」
「今日入れて四泊五日。宿泊券と航空券だけだったんだけど、結構大盤振る舞いだよね、って話しながら来たんだよね」
「へえ? こういうのも縁っていうのかな?」
「ユナさん、なんかすごく感心してるみたいだけど、何かあったの?」
「明日から三日ほど、ダンジョン攻略休んでちょっと遊ぼうか、って話になってたんだ。だから、ちょうどいいかな、って」
「お~」
ユナの説明を聞いて、目を輝かせるカレン。
行き先が行き先だけにティファ達と遭遇する可能性は考えていたが、まさか休みまで一致するとは思わなかったのだ。
「ってことだから、カレンちゃんも一緒にどう? 消耗品類の明日は買い出しだけの予定だけど、明後日と明々後日は湖で水遊びをするつもりなの」
「私達も湖に遊びに行くつもりだったから、是非!」
ユナの誘いに、にっこり微笑みながらそう返事するカレン。
それを聞いたティファが嬉しそうに、だが少し心配そうに口を挟む。
「あの、一緒に遊べるのは嬉しいんですけど、お友達はいいんですか?」
「それは大丈夫! もしティファちゃん達と会うことがあって、その時一緒に何かするってなったら自分も混ぜてほしいって、それはもううるさいぐらい言ってたから」
ティファの不安を、輝くような笑顔で一蹴するカレン。
その表情にほっとして、ほにゃっという擬音をつけたくなるような笑顔を浮かべるティファ。
そんな話をしている間に、飲み物の屋台がいくつか見えてくる。
どれがいいかとあたりをつけようとしたところで、いつの間に単独行動をしていたのか、ユウが器用にカップや瓶に入った飲み物を調達して戻ってくる。
「ユウってば、もう買ってきちゃったの?」
「ああ。選ぶ楽しみを奪ったのは悪いが、今日のダンジョンでの様子を見て決めさせてもらった。悪いことは言わんから、これを飲んでおけ」
「はいはい、了解。代金は?」
「勝手に買ってきたものだから、俺が持つのが当然だろう?」
ユウが独断で選んだ飲み物を受け取りながら、文句を言うでもなく事務的なやり取りを済ませるミュリエッタ。
ティファの食事を指導していることからも分かるように、ユウは体調や体質を見て食事内容を調整するのが実に上手い。
そんなユウが、悪いことは言わないからと差し出してきた飲み物だ、
これが飲みたいというものも特になかったこともあり、全員素直に受け取ることにしたのだ。
「カレンのは普段飲んでいるものにしたが、それでよかったか?」
「うん。友達の分はともかく、私は正直何でもよかったし」
ユウの言葉に嬉しそうに頷きながら、飲み物を受け取るカレン。
「それで、カレンはどこに泊まるんだ?」
「ホテル・インテグラだよ」
「と、いうことは同じ宿か」
「そういえば、バシュラムさんがこっち来るとき、いつもインテグラだったっけ」
「俺が知るわけがない」
「ああ、それもそっか~」
ユウの身も蓋もない言葉に、思わず小さく噴き出しながらそう返すカレン。
そのまま、ティファに振り返って声をかける。
「ティファちゃんティファちゃん。あとで遊びに行くから、ティファちゃんもうちの部屋に遊びに来てね」
「はい!」
カレンに誘われ、嬉しそうに返事をするティファ。
こうして、図らずも麗しき古硬貨亭の面々によるバカンスが実現するのであった。




