第1話 無限回廊・夏-3
「ふむ。これがチュートリアルダンジョンというやつか」
受付で登録を済ませ、ダンジョンに侵入したユウが、妙に警戒をにじませながらそうつぶやく。
「どうしたのよ。普段よりむっつり顔がひどいわよ?」
「少々説明しづらいが、どうにも気に食わん空気でな」
ユウの様子に目ざとく気が付いたミルキーの問いに、態度を変えずにそう答えるユウ。
ユウの答えを聞いて、ティファも一段階警戒度合いを上げる。
「おいおい、おっさん。こんな入口でそんなにガチガチに警戒してたら、最後まで持たねえぞ~」
そんなユウ達を見て、一緒に入ってきた駆け出しの少年が馬鹿にしたように言う。
無限回廊にあるほかのダンジョンと違い、チュートリアルダンジョンは同時に入れる人数に制限がなく、まったく無関係の人間が中で鉢合わせすることもある。
この少年に関してはそのパターンで、たまたま入るタイミングが近かったため入口フロアで一緒になってしまったのだ。
「ふむ……」
少年の言葉を無視して、真剣な表情で気を薄く広げて探知を始め、一つ頷いて気の密度を上げるユウ。
あまりにも真剣なユウを見て、アルベルト達も自分達なりに入口フロアを調べ始める。
ティファに至っては探知魔法の詠唱まで始めており、何もしていないのは、からかってきた少年と、その手の技能を持ち合わせていないミルキーとロイドだけである。
「バッカみて~」
完全に無視された少年が、心底馬鹿にしたようにそう言い捨てて立ち去る。
「それで、何かありそうなの?」
立ち去った少年を生温い目で見送ったあと、ミルキーが状況を確認する。
ミルキーに問われたユウが、一つ頷いて入口すぐ横の壁の前に立つ。
「何かあるとすれば、ここだな」
「この向こうって、普通にダンジョンの外じゃないの?」
「残念ながら、そのあたりの常識は大抵ダンジョン内では通用せん」
位置関係を考えれば普通はそうなるはずのミルキーの指摘に対し、ある種の諦めが入った表情でそう答えるユウ。
そのまま、軽く壁を殴って音を調べる。
「……この音だと、中は空洞っぽいな……」
ユウがたてた音を聞いて、シーフのジュードがそんな結論を口にする。
「なあ、ユウさん、ジュードさん。空洞なのはいいんだけど、それで何かありそうなの?」
「ぶち抜いてみなければ分からん。が、別段何もなくてもそれはそれで問題はない」
「俺としては、こういう思わせぶりな空洞には、できるだけ何かあってほしいところだけど……」
ロイドの質問に対し、聞くまでもないことをあっさり言ってのけるユウとジュード。
とはいえ、珍しくやたら警戒心をあらわにしているユウを見る限りは、恐らく何もないということはなさそうだ。
「ティファ。お前の魔法に何か反応があるか?」
「分かりません。ただ、魔力の通り方から推測すると、壁の厚みより空洞のほうが大きい気はします」
「ふむ。だったら、そうだな。ミルキー、ザッシュ、レティーシア。防御魔法を全力で展開。アルベルトとジュード、ロイドの三人は安全圏へ退避。ティファはいつでも攻撃できるよう、最弱の魔法を準備しておけ」
「状況的にアルベルトさんとジュードさんはしょうがないにしても、俺も何もしなくていいのか?」
「ロイドはいざという時のための余力だ。次に同じ状況になったらミルキーと交代してもらうから、今回はミルキーとティファのフォローのために待機しておけ」
「了解」
ロイドが納得したところで、防御魔法組の魔法が発動。
それを確認したユウが、壁に発剄を叩き込んで粉砕する。
その直後、壁の向こうから開いた穴と同じぐらいの大きさの何かがユウに飛び掛かって弾き飛ばされ、ティファのアローというには極太すぎる過剰な威力のライトアローにぶち抜かれて消滅する。
「なかなか悪趣味なやり口だな」
「えっと、今のは何だったんでしょうか?」
「すまん。とっさに弾き飛ばしたから、確認しそびれた」
何やらドロップアイテムを残し、跡形もなく消滅した正体不明のモンスター。
それについて、何とも間抜けなやり取りをするユウとティファ。
余裕で二人並んで戦闘ができる幅と大人の身長の倍近い高さを持つ穴。
そこを半ば塞ぐ大きさだった巨大なモンスターを確認する前に仕留めてしまった師弟に、乾いた笑みを浮かべるしかないアルベルトパーティと、どこか達観した様子を見せるミルキーとロイド。
そんな中、レティーシアが渇いた笑みを張り付けたままユウに声をかける。
「というか、ユウさん。正直な疑問なのだけど……」
「なんだ?」
「ここって、私達みたいないわゆる駆け出しや若手が、ダンジョンに初挑戦する前に勉強もかねて挑むダンジョンなのよね?」
「話を聞いた限りではそうだな」
唐突に前提条件を確認してきたレティーシアに対し、怪訝な顔をしつつとりあえず肯定しておくユウ。
それを聞いたレティーシアが、本題を切り出す。
「この隠し方って、私達みたいな駆け出しにどうにかできるものなのかしら?」
「駆け出しという観点で言えば、一応俺もそうなるのだがな」
「言い方を変えるわ。冒険者になる前に戦闘やダンジョンに関わる経験は訓練以上のことをしていない私達のパーティみたいな駆け出しに、どうにかできるものなのかしら?」
「何とも言えんところだな。この空洞自体はそれほど凝った隠しかたをしているわけではないから、気が付くやつは気が付くだろう。が、ぶち抜けるかどうかは、どんな攻撃手段を持っているかによるから何とも言えん」
レティーシアの質問に、正直にそう答えるユウ。
壁の強度から推測して、モールなどの大型鈍器をメインウェポンにしている人間がいれば、ぶち抜くこと自体は難しくないだろう。
が、逆に盗賊の七つ道具に含まれているような、釘やくさびを打ち込むのに使う程度の小さなハンマーでは、どれほど馬鹿力だろうとヒビ一つ入れることはできまい。
「一応確認するが、ザッシュは衝撃系の攻撃魔法はどの程度使える?」
「フォースブラストやエアハンマーぐらいまでは使えますけど、その上のフォースエクスプロージョンはまだ無理です」
「ふむ。お前の魔力がどの程度かを知らんから何とも言えないが、この壁を余裕をもって粉砕するには、少しばかり足りないか?」
「はい。正直な話をするなら、この厚みをぶち抜くには多分、魔力の半分ぐらい使いますね」
「やはり、そんなものか」
ザッシュの自己申告を聞き、やはりと頷くユウ。
実際のところ、神官系や魔法使い系がいないパーティなんて珍しくもないので、ザッシュの実力が駆け出しとして普通なのかどうか判断するのは難しいところだ。
が、少なくとも、こんな出だしで魔力の半分を消費するなるとと、この先の探索が厳しくなることだけは間違いない。
恐らくパワー型の戦士が鈍器で物理的に粉砕するにしても似たようなものであり、場合によってはさきほどティファが仕留めたモンスターにやられてしまう可能性もあることを考えると、駆け出し向けとは言い難い仕掛けである。
「そもそも俺からすると、このダンジョンが本当に初心者の教育に向いているのか、それ自体が疑問なんだがな」
「そうなんですか?」
ここまでの一連の要素を受け渋い顔でそう言ってのけたユウに対し、不思議そうな表情でティファが問う。
「ああ。ティファもトルティア村のダンジョンを経験しているから分かるだろうが、そもそも入ってすぐが安全地帯というのが気に食わん。たとえ入った時点でモンスターがいなかろうと、そのうちどこかから紛れ込んでくるのが普通だからな」
「言われてみればそうです!」
「安全地帯があるダンジョンというものもないわけではないが、その場合はもっとあからさまに安全地帯と分かる何かがあるのが普通だ。こんな風にその手の特徴もなく、ひっかけのような隠し通路まであるのに安全地帯と確定しているなど、ダンジョンそのものに対して間違った認識を植え付けるための罠だとしか思えん」
「たしかに、トルティア村のダンジョンもそんな感じでした!」
ユウの言葉に、トルティア村のダンジョン内部を思い出して納得するティファ。
とにかく早く攻略することを目指したため利用はしなかったが、トルティア村のダンジョンにも結界が張られて飲料水まで湧き出ている、あからさまに怪しい休憩スペースが存在していた。
そのスペースは結界の範囲を示すように四隅に杭が打ち込まれ、中央には結界の触媒となる水晶
が浮かんでいたのを覚えている。
正直な話、あれがなければ本当に安全地帯なのか、安全地帯だとしてもどこまでがそうなのか、ティファにはとても確信を持てない。
「さすがに間違った認識を植え付けるための罠ってのは考えすぎじゃない? って言いたいところだけど、あれを見ちゃうと否定しきれないわね……」
「そもそもの話、たとえ安全地帯だと分かっていても、ダンジョンの中であそこまで気を抜くこと自体が言語道断だがな」
「てかさ、普通に考えて、一番警戒しなきゃいけないのって入った瞬間とフロアを移動するときじゃないの?」
「だよなあ……」
ユウ達を馬鹿にして立ち去った少年をネタに、そんな感想を口にするミルキーとロイド。
このダンジョンはそういう風に作られていると受け付けの際に説明があったし、インフィータに来る前にリエラも同じことを言っていたが、だからといってそれを鵜呑みにして無警戒で進んでいくのは、あまりに警戒心がなさすぎる。
さらに言うならば、あくまでも安全だと言われているのはこの入口フロアだけの話で、そこから一歩外に出た瞬間に待ち伏せ不意打ちがないとは誰も言っていない。
それらすべてを踏まえると、たとえどんなダンジョンであれ、入った瞬間とフロアの移動時は常に警戒しなければとても生き残れないだろう。
「それはそれとして、ユウさん。この先に進むってことでいいですか?」
「別に俺としてはどちらでもいいが、せっかく見つけた隠し通路を調べない、というのは冒険者失格なのだろう?」
「そりゃ当然っすよ」
質問に質問で返してきたユウに対し、はっきりそう断言するアルベルト。
隠し通路や隠し部屋など、隠しとつくものは冒険者の大好物だ。
それはたとえ駆け出しであろうと同じことであり、見つけるだけ見つけて放置などありえない話である。
それ以前に、ここまで好奇心をあおるように隠し通路が出現してしまうと、冒険者ではない普通の人間でも無視するのは難しい。
この時点では、先ほどティファによって仕留められたモンスター以外に目立った危険がないのだから、まったく調査なしというのは心情的にあり得ない話である。
「ならば、調査を進めよう。いい機会だから、罠の調査はジュード、お前がやれ」
「おう! の前に、悪いけど魔法使いチームはセンスマジックを頼む」
ユウに指名され、気合いを入れて調査に入る前に、まずは変な魔法がかかっていないかの確認を頼むジュード。
その流れに、妙に上機嫌な様子でにやりと笑うユウ。
どうやら、ジュードがユウの仕掛けたひっかけに引っかからなかったのが嬉しいらしい。
「ジュード、二十メートル先までは特に大きな魔力はありません」
「二十メートルまではザッシュさんと同じ。そこから三十メートル先までは魔力が凪いだ状態で、三十メートル先から五十メートルぐらいまでは、まだら模様を描くように変な魔力があるわね。ロイドは何か気が付いた?」
「魔力パターンはミルキーが探知した通りのことしか分からない。この通路の先がどういう地形になってるかが分からないから、ちょっと何とも言えないところだな」
ジュードの要請を受けて、次々にセンスマジックの反応を報告するザッシュ、ミルキー、ロイド。
続いてティファが報告しようとしたところで、ユウに止められる。
「すまんが、俺が許可するまで、ティファの探知系魔法には頼らないでほしい」
「ああ、一瞬で丸裸になるから、なんの訓練にもなりはしないものね……」
「そういうことだ」
待ったをかけた理由を一瞬で察したミルキーの言葉を、大真面目に肯定するユウ。
そういうことならば、と本人を含む全員が納得する。
「で、この先は魔法的な罠とかは大丈夫そうなんだよな?」
「ええ。ただ、物理的な罠は分からないから……」
「それが俺の仕事だろ?」
注意しろと言いかけたミルキーをさえぎって、慎重な足取りで通路の調査を始めるジュード。
入口すぐの警報トラップを発見して解除し、壁や床に開いている何かが飛び出してきそうな穴をすべて粘土で塞ぎ、床や天井を長い棒で軽く押しながら一度奥まで進み、大丈夫そうだと判断したところで他のメンバーを呼び戻す。
「この通路、びっくりするほど大量の罠が仕込んであったぜ……」
「本当に大丈夫なの? 見落としはない?」
「見落としがないとは断言できないが、仮に見落としてたり解除をミスってたりしても、物理的なダメージに関しちゃ肌が露出してる部分に当たらなきゃまず大丈夫なはずだ」
「それ、間違いでしたじゃすまないけど、どうなの?」
「仕掛けてあるのが全部小口径のニードルショットと、落とし穴って言うのもおこがましい深さと大きさの穴だからな。念のために防御力向上の魔法をかけておけば、普通は刺さったりしねえよ」
「普通は、ねえ……。もし大丈夫じゃなかったらどうするのよ?」
「最弱クラスのニードルショットも防げない魔法なんて、何の役にも立たねえ」
レティーシアの追撃を、そうばっさり切り捨てるジュード。
実際問題、この通路に仕掛けられているニードルショットは、防具屋に売っている一番防御力の低い防具でも貫通できない、どころか下手をすれば普通の冬服でも刺さらないかもしれない程度の威力しかない。
ジュードが最初に言ったように、どうしても防具でガードできない場所に当ててかすり傷をつけることが目的の罠で、ばね仕掛けの簡単な構造で少ないスペースに密集して設置できることが最大の売り、という代物だ。
それすら防げない防御魔法は、さすがに防御魔法としてはまったく使い物にならないだろう。
「ただ、ニードルショットはそれでもいいけど、毒ガス系統が調べようのない場所に仕込んである可能性があるから、そっちの対処をレティーシアに頼みたいんだが、いいか?」
「それは私の役目だからいいんだけど、調べようのない場所ってどういうところよ?」
「一番典型的なのは天井の隅の裏側とかだな。ここだと天井がかなり高いから脚立でも持ち込まなきゃ直接確認できない上に、トリガーに特殊な光を使われると俺の持ってる道具だけじゃ判定できないんだよ」
「そんな罠もあるの……」
「あるんだよ、残念ながら……」
うげっという表情のレティーシアに対し、ジュードがげんなりした表情を隠そうともせずに言い切る。
どうやら今の技能を身に着けるまでの間に、いろいろあったらしい。
最近はマリエッタにもしごかれているから、その時にもこの手の罠で痛い目を見ているのかもしれない。
「……とりあえず、毒ガスに関しては分かったわ」
「おう、頼む」
ジュードの言葉に頷き、毒に対する耐性を強化する補助魔法アンチポイズンと、マヒに対する耐性を強化するアンチパラライズを全員にかけるレティーシア。
所詮は駆け出しが使う初級魔法なので完全に防げるわけではないが、致死量が極めて少ない種類の毒を摂取しても解毒魔法が間に合う程度には耐性を得られる。
これ以上となると今のレティーシアではとても使えないし、実のところ魔法が絡んでいない罠に対処するだけなら、これで十分である。
なので、ベテランでも基本的にはこの二つに精神系状態異常に対する耐性を強化するレジストメンタリティの魔法を足す程度で済ませている。
「にしても、ジュードが対処してるの見てて思ったんだけどさ。こんな入口付近にあんだけびっちり罠仕込んである通路って、絶対俺達みたいな駆け出しの手に負えないような何かが仕込まれてる気がしないか?」
「言わないで下さいよ、アルベルト……」
「そうよそうよ。そういうのを旗を立てるっていうのよ」
空気を読まないアルベルトの言葉に、ジュードから頼まれていた魔法をかけていたザッシュとレティーシアが抗議の声を上げる。
恐らく、別にアルベルトが言わなくても結果は変わらないだろうが、こういうのはゲン担ぎみたいなものだ。
たとえ全員が同じ予想をしていても、あえて口に出さないのが冒険者として長生きする秘訣なのである。
「あの、ユウさん」
「ん? なんだ?」
「ユウさんの場合、こういう状況ではどうしていました?」
丁寧に技を調べて対処をしていたジュードや、その後のアルベルト達のやり取りを黙って見ていたティファが、せっかくだからと己の師匠に今までの経験について話を振る。
鉄壁騎士団は団員全員が罠を発見するための心得は持っているが、解除するための技能を持ち合わせている人間はほとんどいないというのは、ユウ自身が言っていたことである。
その上で多くて四人程度でダンジョン攻略を行っていた、という話だから、こういうびっちり罠が仕掛けられている状況でどうやって対処していたのか気になったのだ。
「ふむ、そうだな。はっきり言ってティファがこのまま順調に技を身に着けた場合以外には参考にならんやり方だが、それでもいいか?」
「はい」
「分かった。とはいっても、大したことではなくてな。単純に龍鱗で身を守って、落とし穴と釣り天井以外は無視して進むだけだ」
「えっと、それって、ニードルショットみたいな罠はいいとしても、毒ガスとかは大丈夫なんでしょうか?」
「ダンジョンの罠で発生するのより、魔神の周囲半径五十メートル以内の環境のほうが何十倍もきつい」
「えっと、そうなんですか?」
「ああ。少なくとも俺は、ダンジョンの罠や地形効果として、去年最初に仕留めた魔神がばらまいていた毒素を超える猛毒を見たことはないぞ」
不思議そうに首をかしげるティファに、そう断言してのけるユウ。
それだけなら単にユウが経験していないだけでは、という指摘も可能だが、現実問題として魔神が半径五十メートル以内に与える影響というのはかなり強烈なものだ。
場合によってはダンジョンすら崩壊させかねないものであり、そこまでではなくても単なる罠や地形として用意してしまうと、少なくともダンジョン内にボス以外のモンスターは存在できなくなると考えたほうがいい。
結果的に、ユウ達鉄壁騎士団の団員が無効化できないようなえげつない毒は存在できないのである。
ユウはそこまではっきり理解しているわけではないが、経験則として恐らく自分達が耐えられないような地形や罠は、ダンジョン自体がもたないだろうと推測している。
「……とりあえず、私達じゃ絶対真似できないのだけは分かったわ。ただ、その話を聞いて思ったんだけど、今後ティファ達と行動するんだったら、私とロイドも龍鱗を張れるくらいまでは鍛えたほうがいいのかしら?」
「それを教えること自体はやぶさかではないが、現状を踏まえると基礎鍛錬と気を感知する訓練で、最低でも半年はかかる。それでもいいか?」
「どうせ多分、その半年が死ぬほどきついんでしょうけど、どう転んでも後悔するのは目に見えてるんだし、鍛えてもらう方向で。ロイドもそれでいいわよね?」
「ああ、毒食わば皿までってね。今後も走り込みはずっと続けるんだから、教えてもらえることは全部教えてもらったほうが得だろう」
ミルキーに話を振られ、そう答えるロイド。
正直な話をするなら、ユウの課してくる鍛錬はそれはもうきついので、絶対必要というわけではないことを上乗せでやるのは避けたい。
が、そうやって逃げた結果、大事なところで対処できなくて後悔するのは目に見えている。
ならば、やっぱやめとけばよかったと後悔しながら鍛えてもらったほうがよほどましであろう。
「あと、どうやら誤解があるようだから一応言っておくが、龍鱗にはマグマなどの物理的な環境ダメージを防ぐ能力はあっても、毒ガスなんかを防ぐ機能はないぞ」
「えっ!? そうなの!?」
「だったら、どうやって毒を防いでるんだ?」
「気功で底上げはするが、単純に体を鍛えて耐性を強化しているだけだ。せいぜい眠っているときなどの意識がない状態でも気功が維持できるよう鍛える以外、難しいことも変わったことも一切していない」
「「はあ!?」」
「さすがにお前達をそこまで鍛える気はないが、龍鱗だけで大丈夫だと思い込まれても危険だからな。念のために今のうちに言っておく」
ユウが暴露した、鉄壁騎士団の耐性についての真実。
それを聞いて絶句するミルキーとロイド。
毒ガスに役に立たないのであれば、やはりそこまで鍛えてもらう必要はなかったのではないか。
早速そんな後悔を二人して抱いているのは言うまでもないだろう。
「……いいなあ……」
「先に言っておくが、これ以上弟子をとるつもりはない」
「分かってますよ。だから羨ましいんです」
ユウに鍛えてもらえることが確定したミルキーとロイドを、心底羨むアルベルト。
毎日ティファを見ているのだから、ユウの指導が並大抵のものではないことくらいよく分かっている。
だが、基本我流で鍛えるしかないアルベルトとしては、どれほど厳しかろうと理にかなった指導を力量に合わせて行ってもらえるのは、それが血反吐を吐くほどの内容だろうと羨ましくてしょうがないのだ。
「だが、そうだな……。ティファ達のように毎日付きっ切りというわけにはいかんが、たまになら全員まとめての手合わせぐらいは付き合ってやる。それで納得してくれ」
「十分です!」
あまりに羨ましそうにするアルベルトを見て、何やら思うところができたのかそんなことを言うユウ。
ユウの申し出に、考えるまでもないと嬉しそうに飛びつくアルベルト。
その話に、レティーシアが思わず複雑な表情を浮かべてしまう。
どんな思惑があるにせよ、たとえティファ達の片手間であってもユウに指導してもらえるのはありがたいことは間違いない。
が、これまでの言動を見る限り、バシュラムならともかくユウに限っては、情にほだされてこんな申し出をすることなどありえない。
ユウにとってメリット、それもティファを指導する上での何かがあるのだろうが、それが何なのかが分からないのが怖い。
「とりあえずその手の話は後にして、行くんならさっさと行こうぜ」
「そうですね。いつまでも入口でまごまごしていると、晩ご飯を食べそびれちゃいそうです」
「……だな」
何となくいろんな意味で不穏になりつつあった空気をかえるべく、ジュードがそう提案する。
その提案に控え目に、だが茶目っ気をもって同意するティファ。
ティファのかわいらしい言葉に和みつつ、確かにあまりまごまごしていてもしょうがないとジュードの隣に並ぶアルベルト。
他のメンバーもそれに倣い、慎重に隠し通路に踏み込んでいく。
こうして一行は、本当に初心者向けのチュートリアルなのかと小一時間ほど問い詰めたくなる隠しダンジョンへと挑戦することになったのであった。




