第1話 無限回廊・夏-2
「知ってることもあるかもしれないが、とりあえず一通り説明するな」
宿の食堂。全員が食事を注文したところで、バシュラムがそう切り出す。
「といっても、ほとんどのことはチュートリアルダンジョンをクリアしたら分かる、というよりそっちのほうが分かりやすいことなのだけど」
初体験組が身構えたところで、ベルティルデがそんな注釈を入れてくる。
それを聞いたミルキーが、肩の力を抜きながら首をかしげる。
「ほとんどは、っていうことは大体無限回廊関係のことなんでしょうけど、それ以外に説明が必要な話ってあるの?」
「この町自体のことがいくつか、な。あと、チュートリアルダンジョンでは教えてもらえないルールもいくつか説明しなきゃならん」
「やっぱり、全部ダンジョン一個でってわけにはいかないのね」
「そういうこった」
バシュラムの言葉に、一応納得するミルキー。
短期滞在でも知っておくべき独自ルールや風習というのは、案外そこに住んでいる人は誰も教えてくれないものである。
「まず、この迷宮都市インフィータについてだが、ここはありとあらゆることが無限回廊中心で回っていてな。無限回廊の踏破状況によって、受けられる行政サービスが変わってくる」
「と、いうと?」
「さすがにアルトで誰もが受けられるような行政サービスは問題ないんだがな。陳情や手続きに時間がかかる事柄に関しては、深くまで踏破している人間のほうが優先される」
「ふむ。賄賂の代わりに踏破度合いが使われている、と考えればいいわけか」
「非常に人聞きの悪い言い方だが、やってることはそんな感じだな」
「別にここに住むわけではないし、『一層も踏破してない人間は宿に泊まることも食料を買うことも許さん、その辺の草でも食ってろ』とか言われない限りはどうでもいい部分だな」
ユウのなかなかぶっ飛んだ見解に、思わず苦笑するバシュラム。
実はこのインフィータが軌道に乗り始めたころ、実際にそうなりかけたことがあった。
さすがにそこまでいくと町そのものに先がないので、当時のトップクラスが介入してその手の動きをすべて叩き潰したが、なんだかんだで当時の名残はあちらこちらに残っていたりする。
「ユウが言うほどの状況じゃねえが、行政サービス以外にも踏破状況が影響することはあちこちにある。俺らに直接関わってくるのは、宿の取りやすさと取れるランクだな」
「そうね。私とバシュラムが引率している、ということで、この人数でも割とあっさり宿を押さえられたものね」
「値段もだいぶ値引きしてもらえたしな」
補足とばかりに、踏破度合いが影響してくる実例を出すバシュラムとベルティルデ。
それを聞いたティファが、不思議そうに首をかしげる。
「あの、バシュラムさん。質問いいですか?」
「ん? なんだ?」
「普通に考えると、深いところまで潜って帰ってこれる人のほうが、稼ぎは大きいんですよね?」
「絶対そうだとは言い切れねえが、基本的にはそうなるな」
「稼ぎの大きい人を優遇するのって、その分稼ぎの少ない人がきつくなるんじゃないでしょうか?」
「そのあたりはいろいろあってなあ。俺もここに住んでるわけじゃねえからあんまり詳しくはないが、今回俺達がやったみたいに後輩を安く泊まらせてやったりとかすると、税金の面で優遇されたりいろいろメリットがある仕組みになってるんだよ。宿や店も、ある程度安心して取引できる客が増えるわけだから、少々値下げしてもメリットはあるしな」
「むしろ、店側はそういう人を連れてきてくれることを期待してる部分が大きいみたいね。今回も、ティファちゃんを含めて八人、無限回廊初挑戦の人を連れて行くって言ったら、普段よりかなり値引きしてくれたもの」
「そうなんですか」
店のメリットを聞いて、そういうものかと納得するティファ。
それと同時に、商売というのは難しいものだと思い知り、そのあたりは深く追及しないことにする。
「あと、もう一つ質問ですが、どの階層まで潜ったとか、どうやって分かるんですか? 堕ちた遺跡の時は、そういうのを管理できそうな手段って全然なかったと思うんですけど」
「そっちについては、無限回廊特有のシステムがあってな。無限回廊の場合、入るのにダンジョンそのものに登録する必要があるんだ」
「登録?」
ティファの質問に対するバシュラムの答えに、誰よりも早くユウが食いつく。
任務で多数のダンジョンに潜ってきただけあってか、無限回廊特有の要素については誰よりも気になっているらしい。
「どういう理屈かは知らねえが、無限回廊に関しては、他のダンジョンと違ってダンジョンに登録しないと中に入ること自体出来なくてな。その際に、登録したことを示すこういうカードが発行される」
「……つくづく、よく分からんダンジョンだな」
「ああ。因みにこのカード、持ち主を選ぶタイプの装備とかと同じで、仮に落としたりしたとしても勝手に手元に戻ってくる。他人が同意なしで持ち主から取り上げることができるのは、持ち主が死んだときだけだ。その同意ってのも、言葉に出して明確に意思表示が必要でな。つうわけで、お前達に貸してやるから、どんなもんか交代で見とけ」
「……便利なのか不便なのか分からんな」
「だろ? ついでに言うと、こいつは装備類と違って、一時的に貸し出すことはできても、譲渡することはできねえ。だから、このインフィータでは身分証代わりにも使ってる」
「そういう面では、便利なのかもしれんな」
貸し出されたバシュラムのカードをしげしげと観察しながら、身分証としての利用に関してそうコメントするユウ。
そのそばでは、バシュラムのカードの色を見た深紅の百合が、顔を驚愕の色に染めている。
「えっ? バシュラムさん、もしかして百層越え? ってことはベルティルデさんも!?」
「ああ。つっても一度だけだし、その時の攻略者特権は別のやつが持っていったんだけどな」
深紅の百合を代表してのアイネスの質問に、あっさりそう答えるバシュラム。
その言葉に、深紅の百合だけでなくアルベルトパーティやミルキーとロイドもざわめく。
それもそのはずで、百層を突破した冒険者は現在まででわずか三パーティ、総勢十五人だけ。
そのうちまだ活動しているのは一パーティだけである。
いわゆる伝説の人物の一人なのだから、驚かないわけがない。
バシュラム達の百層越えに大して反応していないのは、当事者以外ではすごさがよく分かっていないユウとティファだけである。
「その攻略者特権持ってったやつってのが今の町長だ。百層越えの功績と攻略者特権を使って、ここに大規模な迷宮都市を作る許可をもぎ取ってな」
「それでこれだけの都市を作れたのだから、手腕はありそうだな」
「だな。まあ、俺は六十層以降の攻略者特権こそ取れなかったが、八十五層でアルヴェイユを、九十八層でディヴァインハルバードを手に入れた。もっとも、どっちもレプリカだがな」
「さすがに、オリジナルがダンジョンなんぞから出てきたら大騒ぎだから、そこは仕方があるまい」
ユウの言葉に、違いないと頷くバシュラム。
実際、どちらもオリジナルは国宝であり、その本来の力は魔神だって仕留められるものだ。
レプリカが出てきていること自体おかしな話なのに、オリジナルが出てきたら性能以外の理由でも大騒ぎになることは間違いない。
「そういえば、前々から不思議だったことがあるのだけど、いいかしら?」
驚きから立ち直ったミルキーが、アルヴェイユやディヴァインハルバードの話になったところで、手を挙げて質問する。
「なんだ、ミルキーの嬢ちゃん?」
「アルヴェイユやディヴァインハルバードは絵とか写真とかが出回ってるから分からなくもないんだけど、それ以外の物でも無限回廊で手に入った武器とかって、名前や本物かレプリカかが分かっているものが多いわよね?」
「ああ、どうやってそれを調べてるのか、って話か」
「ええ。何か方法があるのかしらって、ずっと気になってたのよ」
「無限回廊で産出した装備やアイテムは、特定のアイテムで名前と性能の鑑定ができるんだよ。外から持ち込んだもんは無理だけどな」
「「えっっっ!?」」
意味不明としか言いようがないバシュラムの説明に、揃って間抜けな声を上げるミルキーとロイド。
特に装備品の場合、鑑定という行為で分かるのは、いつの時代に作られたどういう様式の物とか、魔法や呪いがかかっているかどうかとか、非常に腕のいい魔法使いがアナライズをかけても、かかっているエンチャントが大まかに分かるぐらいが限界だ。
それ以外となると、有名な人物の作品や銘が刻まれている武器の場合、名前や出自が分かることもあるのがせいぜいである。
少なくとも、ダンジョンドロップの名前と性能が詳細に鑑定できる技術など、現在どこにも存在していない。
そんな会話をしている間に、各人の注文した料理が運ばれてくる。
「まあ、意味が分からないだろうな。俺達も初めて来たときは意味不明だったし」
「あの、それって変なことなんですか?」
「あ~、アルベルト達は、ダンジョンそのものの経験がほとんどなかったんだったか?」
「実は、ダンジョンに入るのは今回が初めてです」
アルベルトの言葉に、そりゃそうかと頷くバシュラム。
アルベルト達はユウより一年長く冒険者稼業をしているに過ぎない。
ユウのような前歴でもなければ、普通冒険者歴二年や三年でダンジョンに潜る経験などなかなか得られない。
今年で八年目の深紅の百合ですら、学院の依頼で堕ちた遺跡の表層を駆除する以外でまともにダンジョンを攻略したのは四年目に入ってから。無限回廊は五年目に初挑戦である。
そう考えれば、アルベルトがダンジョン初体験なのは、珍しくもなんともない。
「偶発ダンジョンや堕ちた遺跡なんかだと、ドロップアイテムや宝箱で出てきたアイテムは、基本的に完全に正体不明の物でな。薬類は腕のいい魔法使いがアナライズの魔法をかければ大雑把な効果ぐらいは分かるんだが、装備とか道具の類は、まったくの正体不明で手に入るんだよ」
「じゃあ、それってどうやって性能とか分かるんですか?」
「基本的には呪いがかかってるかどうかだけ調べてから、周囲に人がいないところで使ってみるしかねえな」
バシュラムの言葉に、思わず絶句するアルベルト達。
いくらなんでも、やっていることがリスキーすぎる。
「驚いているところ悪いけど、別段珍しいことでもないっしょ」
あまりに大げさに驚くものだから、思わず見かねたマリエッタが突っ込みを入れる。
マリエッタに突っ込まれ、ギギギ、とでも擬音をつけたくなるような動きで首を動かすアルベルト達。
そこに、フィーナが追撃を入れる。
「言っちゃったらなんだけど、普通に店で買える装備品だって、実際に装備して使ってみなきゃ威力とか使い勝手とかは正確には分からないよね。ドロップ装備なんて、それよりもうちょっと情報が少ないだけの話よ?」
「そうそう。ポーション類だけはちゃんとアナライズで正体を確認しておかなきゃダメだけど、それ以外は呪いの有無だけ確認しておいて、あとは冒険者らしく実地で試さないと」
「ここの装備だって、結局のところ最終的には自分で試して確認したこと以外は当てにならないんだから、大した違いはないって」
「つうか、その程度のことでビビってたら、無限回廊の十層以降は突破できないぞ?」
フィーナの追撃にユナが乗っかり、さらにミュリエッタが正論で反論を潰し、ヴァイオラがインフィータでの現実を突きつける。
「まあ、店にしろドロップにしろ、最低限の目利きはできないと外れつかまされて、結局死ぬ思いすることになるけどね」
そんな仲間達の様子に苦笑しながら、サクッとトドメを刺すアイネス。
残念ながら、この先冒険者としてやっていくには、深紅の百合が告げたもろもろは避けて通れない話である。
「因みに、分かってるとは思うけど、装備関係に関して一番重要な役目になるのはレティーシアよ」
「……呪いの判定と解除のため、ですよね?」
「そう。ちゃんと、そのあたりの修業はしてる?」
「むしろ、そこを一番徹底的にやらされました。でも、修行終わってから解呪の機会がないから、練習は続けてても、腕は落ちてるかもしれません」
ベルティルデに問われて、レティーシアが正直にその事実を告げる。
レティーシアの宗派では、ヒーラーは自身が動けなくなることこそ最も避けねばならないという教えで、他者の治療より自身が呪いや沈黙、マヒなど魔法を使えなくなったり行動不能になったりする状態異常を食らわないこと、および食らった場合に最優先で治療することを重要視して訓練している。
無論、他人の治療を軽視するわけではないが、ヒーラーが倒れては終わりという理由で、低コストでの自己回復や防御強化などを一番徹底して教えられたのだ。
そのあたりの関係もあって、行動不能状態や魔法の使用不能状態を即座に解除する技がレティーシアの宗派の独自技能となっている。
体に負担がかかるため乱発できない上、回復力を上げたり魔力消費を抑えたりする技能に関しては他の宗派に劣るが、乱戦などでは最も生存率が高い宗派となっている。
「とまあ、話がそれまくったが、ここまでの話をまとめると、だ。この町じゃ、踏破度合いに応じていろいろメリットがもらえて、それ自体はこのカードで管理する。カードはダンジョンに登録すれば自動的に発行される。あと、無限回廊で産出されたアイテム類は、同じく無限回廊で手に入る鑑定アイテムで詳細鑑定ができる、ってところか」
「ほか説明してないのは、ダンジョンの登録はチュートリアルダンジョンを含めた無限回廊の各ダンジョンで可能、魔石系統は申請なしなら町が買い上げ、無限回廊は五層ごとに転移ゲートがあって、最後に到達したところまでゲートで一気に行ける、っていう感じね」
「なるほどな。登録料やダンジョンへの入場料は必要なのか?」
「入場料は必要ないが、登録料は取られる。一人二千五百トロンだな」
「高いとも安いとも言い難い値段だな」
「絶妙だろ?」
登録料に対するユウの感想に、バシュラムがにやりと笑ってそう告げる。
ユウがアルトに来た日、ティファが行った書類の代筆が千トロン。非課税となる年収が百八万トロンで、この金額では食っていけない。
この辺りの値段を踏まえて考えると、登録料二千五百トロンは毎回払うには高すぎるが最初の一回だけだとすれば少々安すぎる気がしなくもない。
こうやって判断に困る時点で、バシュラムの言うように値付けとしては絶妙なのだろう。
「他に何かあったか?」
「えっと、攻略者特権で作られた施設がいろいろあるっていう話があったと思うんですけど、その話は全然出てません」
「おっと、そうだったな。つっても、俺達に関係しそうなのはさっきの湖とチュートリアルダンジョン、役所、訓練所ぐらいだな。ティファの嬢ちゃんは素材集めがメインの目的だから、生産施設に行く機会はあるかもしれんが」
「生産施設、ですか?」
「おう。溶鉱炉から織機、各種工作機械にフラスコとかみたいな細かい機材まで、おおよそ何でも揃ってる、職人にとっては夢のような施設だ」
「へ~」
バシュラムの説明に、心底感心するティファ。
一次産業や二次産業は、とかく設備投資に金と労力がかかる
それだけに個人でやるにはその投資が重くのしかかってくるが、バシュラムの言う通りならばそのあたりの負担を一気に解決してくれる、確かに夢のような施設ということになる。
「他にもいろいろあるが、大部分は碌でもない施設だからな。若いのが金もねえのに手を出すとカモにされるだけだから、関わらないようにしろよ」
「そうそう。特に賭博系はえげつないのが多いから、あんた達は絶対触っちゃだめよ」
バシュラムの警告に乗っかり、アイネスが追い打ちで釘をさす。
その引くほど真剣な顔と眼力に押され、ビビりながら頷くアルベルト達。
もともとそちら方面に興味がないユウや、賭博というものを悪いもの、怖いものと認識している学生組はそりゃそうだ、という態度である。
「とりあえず、ここで説明できることはこんなもんだな。これ以外に関しては、実際に体験したほうが早い」
「そうか。ならば、さっさと飯を食って、そのチュートリアルダンジョンとやらに挑戦するか」
「はいっ!」
ユウの言葉に、元気よく同意するティファ。
そのティファに引っ張られるように、食事のペースを上げる未経験組。
こうして、ユウ達はついて早々、昼食もそこそこにダンジョンへと挑むのであった。




