第1話 無限回廊・夏-1
「どういうことよ、これ!!」
迷宮都市インフィータに、ミルキーの叫び声が響き渡る。
夏休み初日。空港を出てすぐに、ユウ達は早くも迷宮都市の洗礼を受けていた。
「ふむ、あの辺りもすでにダンジョンの一部、ということか」
ミルキーが絶叫した原因である広大な湖を見ながら、ユウがバシュラムに問いかける。
ユウの見間違いでなければ、上空からは湖どころか大きな川すら見えなかった。
「驚いただろ?」
「ああ。モンスターは出てこないのか?」
「ああ。攻略者特権で作り出されたエリアだからな」
「攻略者特権で? また贅沢な使い方をしたものだな」
「無限回廊の場合、運と実力さえ伴えばいくつでも攻略者特権が得られるからな。どうせ居座るんだったらと、ここの現町長が冒険者時代に、六十層の攻略者特権で作ったんだよ」
「なるほどな」
バシュラムの説明に、納得したように頷くユウ。
そのやり取りを聞いていたティファが、不思議そうに首をかしげる。
「あの、ユウさん。攻略者特権って、何ですか?」
「一部の特殊なダンジョンにおいて、コアを砕いたときに得られる特権でな。攻略者の望みを一つだけ叶えてもらえることがある。無論、何でもかなうわけではないが、ダンジョンが大きければ大きいほど、難易度が高ければ高いほど、叶えられる望みも大きなものになる」
「それって、どういう理屈で望みをかなえてくれるんですか?」
「それについては、現時点では何も分かっていない。分かっているのは、一部のダンジョンは攻略した際にそういう役得があるということだけだ。俺はその手の特権にあたったことがないので、どういう形で望みを告げるのかとか、そういったことは何も知らん」
やたら堂々ときっぱり知らないと言い切るユウに対し、なるほどと頷くティファ。
ユウとて知らないことはいくらでもあることくらい分かっているので、特に失望したりとかはせずに知っていそうなベテランに話を振ることにする。
「バシュラムさんも、知らないんですか?」
「いや。俺も三度ほど、ここで攻略者特権を手に入れてるから、どういう風に聞かれてどういう風に答えるか、ってのは知ってる。が、ちっとばかり口で説明しづらいんだよなあ……」
「それに、ここの攻略者特権と他の攻略者特権が同じとも限らないし、私もバシュラムもここのしか知らないから、あまり詳しいことは教えてあげられないのよ」
ティファの当然ともいえる疑問に対し、困ったような表情で正直に告げるバシュラムとベルティルデ。
「えっと、もう一つ疑問があるんですが、攻略者特権ってダンジョンコアを砕いて得られるものなんですよね? でも、それならどうしてこのダンジョンは存続してるんでしょうか?」
「俺もここについては詳しくないが、リエラ殿の話によれば、この無限回廊というダンジョンは、構造的には無数の偶発ダンジョンが連結しているような形になっているそうだ。だとすれば、ダンジョンコアもいくらでもあるということなのだろう」
「そういうダンジョンって、よくあるんですか?」
「いや、恐らく極めて珍しい部類だろう。うちの古巣が潰したダンジョンの中にも、偶発ダンジョンが複数連結するケースは過去に二例ほどあったようだが、少なくとも固定されたダンジョンの中に常時偶発ダンジョンが発生しては連結しているダンジョンは他に聞いたことがない」
ティファの疑問に対し、自身の推測を告げるユウ。
とはいえ、ダンジョンについては、実質的に何も分かっていないに等しい。
そもそも固定化されたダンジョン自体、すべてが発見されているとは言い切れないし、実のところ偶発ではないダンジョンでダンジョンコアの破壊に成功したダンジョンは、現時点で一つも存在していない。
誰も知らないだけで、魔神がうようよいるようなダンジョンやダンジョンコアをどれだけ破壊しても復活するダンジョンがあっても不思議ではないのだ。
「まあ、ここの概要に関しちゃ、大体ユウとティファの嬢ちゃんが話してた通りだ。細かい説明は、宿に移動してからだな」
「そういえば、深紅の百合のお姉さん達がいませんけど、どこ行ったんです?」
「先に宿のほうに荷物運び込んでもらってる。俺やベルティルデもそうだが、あいつらもここの光景自体は見慣れたもんだからな」
宿に移動、という話になってのロイドの疑問に、バシュラムがあっさりそういう。
麗しき古硬貨亭に所属する冒険者達の場合、後輩や関係者が初めて無限回廊を訪れた際は、暗黙の了解でここの不思議を代表する空港出入口からの光景をしっかり堪能させることになっている。
深紅の百合はその伝統に従い、後輩達に代わってこまごまとした用事を済ませてくれているのだ。
「ここでの重要事項は、昼飯食いながら説明だな。その後は……、そうだな。時間的にちょうどいいから、初めて組全員でチュートリアルダンジョンをクリアしてこい」
「チュートリアルダンジョン、か。名前の通りだとすれば無限回廊の仕様を安全に体験できるダンジョン、というところなのだろうが、だとすれば至れり尽くせりだな」
「ここに拠点となる町を作るって決めた際に、立ち上げたやつの一人が攻略者特権で作ったんだ。ここにはそういう施設が結構あっちこっちにあるが、そのあたりも飯を食いながら説明する」
「分かった」
バシュラムの言葉に頷き、他のメンバーに移動を促すように荷物を担ぎなおすユウ。
その様子に、慌てて自身の荷物を確認して担ぎなおす他の新米組。
全員が移動できる状態になったところで、バシュラムが宿に向かって歩きだす。
「……質問したいこと全部ティファに先に聞かれて、まったく質問できなかったわ……」
「誰が聞こうと、別にいいんじゃね?」
「私達は本業の冒険者なのよ? いくら新米の域をまだ抜け出せてないっていっても、さすがに見習いにそういう面で負けてるのは情けないわよ……」
「考えすぎだって」
妙なことで落ち込むレティーシアを、せっせとアルベルトが慰める。
その様子を苦笑しながら見守りつつ、馬に蹴られたくはないのであえて何も言わないザッシュとジュード。
その横でティファがミルキーに話しかける。
「あの、ミルキー先輩」
「何よ?」
「ミルキー先輩も、あの湖のことは知らなかったんですか?」
「……誰も、教えてくれなかったのよ……」
「ミルキーが先に絶叫したので驚きそびれたが、実は俺も教えてもらってなかった」
「水着用意して行け、って言われたのが、一応気にはなってたんだけどね……」
「さすがに、こういう形だとはなあ……」
ティファの疑問に、遠い目をしながらそう答えるミルキーとロイド。
横を見ると、アルベルト達も『俺も俺も』という表情をしている。
「えっと……もしかして、初めて無限回廊に来る人には、このことは秘密にしておかなきゃいけないんでしょうか?」
「そういうことだな。嬢ちゃん達も気をつけろよ」
「あっ、はい」
バシュラムの言葉に、反射的に了解の返事を返してしまうティファ。
最初の時点で察していたのか、ユウのほうは言われるまでもないという態度である。
なんだかんだで、ティファ達も冒険者の大人げない遊び心の片棒を担ぐことになるのであった。




