プロローグ 戦い終わって-3
「リエラ殿と相談した結果、無限回廊へと素材集めに行くことになった」
その日の昼過ぎ。麗しき古硬貨亭。
声をかけようと思っていた人間が全員揃っていたのを見て、ユウが決定事項を告げる。
因みに、ティファを連れまわして買い物に回っていたカレン達だが、午前中の時点で大量の荷物ができてしまったため、昼食もかねて一度戻ってきている。
当然のことながら、この後も買い物に行く予定である。
「嬢ちゃんの宝石見た時点で予想はついてたが、また急な話だな」
「決まったのはさっきだが、行くのはティファが夏休みに入ってからだ。まだきちっとした期間は決めていないが、長くても夏休みが終わる一週間前には帰ってくる予定だ」
「なるほど。ま、それが普通か」
唐突なユウの話に突っ込みを入れ、必要な情報を引き出すバシュラム。
この時点ですでに、ユウとティファの引率をするつもりになっていたりする。
「夏休みってことは、あと一カ月半くらいかあ~……」
ユウの言葉を聞いて、少し難しい顔をするカレン。
ティファの肉体的な成長度合いを考えると、少し悩ましいところである。
「無限回廊のあたりって、子供用の服とか下着って売ってるのかな?」
「一応そこそこの規模の町があるから、多分探せば売ってはいると思うんだけど、どうかしらね?」
カレンの疑問に、ベルティルデが考え込みつつそう答える。
大量生産品による既製服が出回るようになって、まだ半世紀は経っていないぐらい。
アルトのような大都会ではもはや当たり前のように出回っているが、そうではない地域は現在でも服は自作というのが普通である。
その観点で見れば、無限回廊のある迷宮都市インフィータは規模的に微妙なところである。
さすがに服自体は売っているだろうが、ダンジョンを主要産業としている都市の性質上、ティファのような子供が着るサイズの服が選べるほどのバリエーションで売っているかとなると、かなり厳しそうである。
「最長で約一カ月滞在することを考えると、確かに服の調達は考えておく必要があるか」
「それもあるんだけど、ティファちゃん最近成長期に入ったみたいだから……」
「ふむ、なるほど……」
カレンの言葉に、チラッとティファを確認して頷くユウ。
子供なので大きくなるのは普通だと流していたが、考えてみればここしばらくは背丈の伸びがよくなっている気がする。
デリケートな要素なのであえて確認はしていないが、この分では他の部分も成長を始めている可能性は高い。
「ティファが成長期に入ったってことは、ミルキーは抜かれてんじゃないか?」
「わ、私だってちゃんと育ってるわよ!」
「まあ、育ってるよな。やっと念願の百四十センチを超えたもんなあ、二ミリだけ」
「たった二ミリでも超えたことには変わりないでしょ!?」
成長期と聞いて、早速ロイドがミルキーをいじる。
そのやり取りを聞いていたカレンが、小さく苦笑しながらミルキーを安心させるように情報を告げる。
「とりあえず、百四十センチあるんだったら、まだティファちゃんより大きいから安心して」
「まだって言葉が全然安心できない……」
カレンの不吉な言葉に、ぶすっとした表情でミルキーがそう返す。
どうにも言い方から察するに、数値上は一応誤差の範囲でミルキーのほうが背が高い、とかそういう話でしかないような気がしてならない。
そんなある種定番となったやり取りだが、ミルキーの態度に不穏なものを感じたティファが、どう反応すればいいかとおろおろし始める。
そんなティファを放置して、バシュラムが話を進める。
「まあ、そのあたりは置いとくとして、だ。ユウ、念のために確認しておきたいんだが」
「なんだ?」
「さすがにお前と嬢ちゃんだけで行くってことはないだろうが、他に誰に声をかける予定だ? ダメだと言われても俺達はついていくつもりだが、それだけじゃ手が足りんだろう。あと、そっちの二人は連れていくのか?」
「そのあたりも今から話そうと思っていたところだ」
バシュラムの問いかけに、重々しく頷きながらそう告げるユウ。
バシュラムにそっちの二人といわれて、思わず体を固くするミルキーとロイド。
何となく他人事のような気がしていたが、よく考えればユウの場合、容赦なく自分達を連れて行こうとしてもおかしくない。
「まず、バシュラムさん達には当然来てもらうつもりだった。他には可能であれば深紅の百合とアルベルト達もだな」
「深紅の百合は分かるとして、アルベルト達もか?」
「ああ。今後のことを考えるなら、毎回ベテランであるバシュラムさん達だけに頼るのもどうかと思ってな。それに、アルベルト達に関しては、火力以外の面ではティファとレベルが近いから、まとめて鍛えるにも都合がいい」
「なるほどな。ミルキーとロイドはどうするんだ?」
「基本的には連れていく方針だが、ティファと違ってそっちの二人は身内が何というか分からん。なので、今日帰って話をしてもらって、許可が下りれば連れていく予定だ」
「まあ、妥当なところだな」
ユウの方針を聞いて、そんなところだろうと頷くバシュラム。
逆に、ユウの方針を聞いて顔を曇らせるミルキーとロイド。
なんだかんだ言って、ミルキーもロイドもリエラの縁者なので、実家は名家でありながら冒険者的な気質も持ち合わせている。
魔神殺しとアルトの英雄が引率する時点で、二人の家族が反対することなどありえない。
夏休みは基礎鍛錬だけで済むと思っていたのが、今まで以上にみっちりしごかれることが確定してしまったようだ。
「……ロイド、覚悟は決まった?」
「……微妙」
「夏休みまでに、覚悟を決めるわよ」
「しかないなあ……」
「というか、早いか遅いかだけって割り切れば、少なくともある程度安全が保障されてる分、今回のほうがましよ」
明らかに身の丈に合っていない予定に対し、不安を押し殺して覚悟を決めようとするミルキーとロイド。
そんな悲壮感漂う二人をよそに、深紅の百合がはしゃいだ声で相談を始める。
「せっかく夏場に行くんだから、いろいろ用意しとかなきゃね」
「でも、メインの目的考えたら、そんなに遊ぶ余裕あるかなあ?」
「ユウのやることだから何とも言えないけど、あたし達以外にもバシュラムさんやアルベルト達も行くんだから、一日ぐらい骨休めに使える日もあるっしょ」
まるで遊びに行くかのようなアイネスの言葉にフィーナが一応疑問を口にし、マリエッタが根拠なく大丈夫だと言い切る。
「あいつら割と都合のいいこと言ってるが、実際のところどうなんだ?」
「俺とて休息の重要性ぐらいは認識している。正直、無限回廊に遊べるようなところがあるかは知らんが、不測の事態がない限りは潜って連続で十日、一度潜ったら一日二日はダンジョンに潜らない日を作るつもりだ」
「だとよ」
ユウから言質をとったバシュラムに対し、深紅の百合から歓声が上がる。
「それはいいのだが、深紅の百合が喜ぶような遊び場の類はあるのか?」
「それに関しては、行けば分かるから楽しみにしとけ。こういうのは全部教えちまうのも無粋だからな」
「そうか、分かった。バシュラムさんがそういう以上、害はないのだろうから、当日を楽しみにしておく」
「そうしとけ」
不思議そうに首を傾げつつも、バシュラムの忠告に従って深くは追及しないことにするユウ。
深紅の百合のはしゃぎように、先ほどまでとは違う意味で不安を覚えるティファ達魔法学院組。
そんな中、先ほどまでのミルキーやロイドとは別方向で暗い顔をしているのがアルベルトのパーティである。
「俺らの今の蓄えで、旅費が足りるかなあ……」
「難しいところだな……」
「かといって、お金がないから不参加です、は通りそうにないですよ……」
「……死ぬ気で稼ぐしかなさそうね……」
まだまだ分不相応なダンジョンアタックの話に、頭を抱えながらそう結論を出すアルベルト達。
それを見かねたバシュラムが、提案のために声をかける。
「行き帰りの費用は出してやるから、その後の滞在費その他はダンジョンのドロップから回収な」
「えっ? いいんですか?」
「後進を育てるのもベテランの役目だ。それに、深紅の百合やジェームズなんかにも、同じことをしてるからな。お前さん達だけやらない理由も特にない」
「バシュラムさんはお金持ちだから、それくらい甘えちゃえばいいよ」
バシュラムの言葉に乗っかって、アルベルト達の背中を押すカレン。
実際、バシュラムはすでに、働かずに死ぬまで豪遊できる程度の財産を持っている。
単に、働かなければ堕落するが、今更他の仕事も無理があるという理由で冒険者稼業を続けているだけだ。
そういう状況なので、趣味や道楽とまではいわないが、アルベルト達のような新米や若手を鍛えるために金を使うのは、彼が冒険者として生きるモチベーションになっているのである。
「……えっと、バシュラムさんに甘えてもよろしいですか?」
「おう。その代わり、できるだけ早いうちに自力で行けるようになってくれよ?」
「「「「はい! 頑張ります!」」」」
カレンに背中を押され、おずおずとバシュラムの申し出を受けていいのか確認するレティーシア。
レティーシアに対してにやりと笑いながら、そうはっぱをかけるバシュラム。
バシュラムにはっぱをかけられ、レティーシアだけでなくアルベルトのパーティ全員が声を揃えてそう宣言する。
「ユウのほうはどうする? お前自身はともかく、嬢ちゃん達の分はこっちで持っても問題ないぞ?」
「ありがたい申し出だが大丈夫だ。俺のほうも、アルトガルーダ二羽とリープウルフで、何年か修行に専念しても問題ない程度の貯えはできているからな」
「そうか。なら、今回はお前に花を持たせる」
アルベルト達の費用の問題が解決したところで、ユウにどうするか確認するバシュラム。
いくら規格外でも、経験年数という観点で見ればユウもアルベルト達と大差ないのだが、さすがにこちらはそれほど問題はなかったようだ。
「ただ、伝手もなければ状況も分からんから、宿の手配その他は甘えてしまってもいいか?」
「おう。それぐらいは任せとけ」
ユウに実務的な面で頼られ、笑顔で引き受けるバシュラム。
「それにしても、いいな~」
「純粋に遊びに行くだけなら、カレンの嬢ちゃんも誘うんだがなあ……」
「分かってるよ。私だって仕事があるから、そんな夏休み丸々とか開けられないし。ただ、たまにはティファちゃん達と泊りがけで遊びに行ったりしたいなあ……」
「そのうち、そういう機会を作る」
カレンの反応を見たユウが、一応そんな約束をする。
情操教育などという言葉とは無縁のユウではあるが、何となくティファの課題解決にはこういったことも必要なのではないかと直感したようだ。
「あの、ユウさん……」
話がまとまったところで、今まで口を挟むにはさめなかったティファが、おずおずと声をかけてくる。
「どうした?」
「あの、私のために、こんな大勢の人に動いてもらっていいんでしょうか……?」
「と、いうことだが、そのあたりはどうだ?」
ティファの恐縮しきった言葉を聞き、ユウがその場にいた全員に話を振る。
それを聞いた関係一同が、口々に思うところを述べる。
「俺に関しては、これが生きがいみたいなもんだからな。まあ、ティファの嬢ちゃんだから他の連中より特別扱いしてる部分はあるが」
「むしろ、もっと関わらせてほしいくらいよね」
「まあ、図に乗って当たり前のようにたかりだしたら考えるが、な。ティファの嬢ちゃんの場合、もっと図々しいぐらいでちょうどいい」
「てか、ティファのために何かするのって、あたしらにとってはもはや権利でありご褒美みたいなもんだしね」
バシュラムとベルティルデの言葉に、我が意を得たりとばかりにマリエッタがそう言い切る。
同じようなことを言おうとしたアイネスが、先を越されて口をパクパクさせているのが印象的だ。
「ティファちゃんのことだけでなく、前回攻略できなかったところにリベンジするっていう面でも、ちょうどいい機会だしね~」
「そうそう。むしろ、あたし達のほうがティファちゃんに、口実に使わせてほしいってお願いしたいぐらいだし」
バシュラム達の言葉だけだとティファが納得しないとみて、自分たちの事情も口にするユナとアイネス。
無論、ティファの素材集めより優先順位は下がるのだが、そこは言わぬが花であろう。
「俺達だって意地があるっす。ティファみたいなちっちゃい子が頑張ろうって時に、せっかく指名してもらって行きたくないとか、カッコ悪いことはできないっす」
「まあ、ない袖は振れないから、バシュラムさんに支援していらだけなきゃ意地を張ろうにも張れなかったけど……」
「行きたくても行けないのとビビって行きたくないって言いきるのとは、雲泥の差があるんじゃないか?」
「だな。どっちも情けねえことに変わりはねえけど、意地を張る気すらないってなると、冒険者としては終わりだ」
「ティファさんのほうが僕達より強いとはいえ、心配は心配ですしね」
一応パーティのリーダーだからと少しだけ格好をつけたアルベルトに対し、自虐的な言葉で自分たちを落とすレティーシア。
それに対するアルベルトの煩労に、ジュードとザッシュも同調する。
「まあ、そういうわけだからティファ、あんたは黙ってみんなの厚意に甘えればいいのよ。それとも、私達に先輩らしいこともさせてくれないわけ?」
「そうそう。アルベルトさんじゃないけど、俺もミルキーも、一応年上としての意地みたいなものがあるからさ。残念ながら、ミルキーは年上に見えないけど」
「やかましい!」
せっかくきれいにまとめようとしたミルキーの言葉を、いつもののノリで茶化して台無しにするロイド。
そんないつものやり取りに、ユウとティファ、およびネタにされたミルキー以外の全員が思わず吹き出す。
「そういうことだ、ティファ。こういう時は子供らしく、付き合ってくれることに礼でも言って素直に甘えておけ」
「はい! みなさん、ありがとうございます!」
ユウに諭され、満面の笑顔で関係者全員に礼を言うティファ。
そのティファの例に、実に嬉しそうに頷く同行者達。
こうして、ティファ達の夏休みの過ごし方が決定するのであった。




