閑話 鉄壁騎士団にて
「……また、ユウからか。辞めて一年で三通目って、さすがに魔神の出現率高すぎやしないか?」
当番として部隊に届いた手紙や書類を確認していたゲイルが、各種伝達事項に混ざっていたユウの手紙を見て顔をしかめる。
他の退役者なら近況報告の可能性もないではないが、ユウに限ってはそんなまめなことをするなどあり得ない。
連絡してくるとしたら魔神がらみか、それに近いくらい厄介な何かが起こった時だけであろう。
実際、過去二回も普通に魔神の出現と討伐の報告であり、そこに近況らしい内容は一切なかった。
せいぜいが、弟子にとった少女が魔神討伐の際に一緒にいたことが分かる程度である。
そんな無精者がわざわざとんでもなく値が張る国際便の速達で送り付けてきた手紙など、魔神関連かそれと同レベルで厄介なこと以外にありえない。
そう思いつつ、開封して中身を改めると……、
「弟子の指導について相談とか、マジかよ……」
ゲイルの想定外の内容が記されていた。
「一体、どういうことだ?」
冒頭に書かれていた内容に半ば思考停止しつつ、茫然とつぶやくゲイル。
人付き合いという面ではとっつきにくいところが多大にある男ではあるが、あれでひそかに指導者としては鉄壁騎士団でもトップクラスの実績を持っている。
本人の専門はあくまで近接戦闘だが、飛び道具や魔法攻撃に適性がある見習いも、どころか直接戦闘に関わることが少ない支援型の騎士も他の指導教官より上手に育て上げていた。
今残っているトップクラスの部隊には必ず二人以上ユウの教え子が混ざっていると言えば、その有能さは伝わるだろう。
そんなユウが育て方に困っている弟子。間違いなく一大事件である。
「……こいつは、早いところ副長殿に話を上げておいたほうがいいな」
ユウからの手紙を改めてじっくり確認し、そう結論を出すゲイル。
「しかし、半年程度の間隔で魔神が出現した挙句に戦略級の魔力量を持つ子供とか、トライオンはどうなってんだ、マジで」
ユウの弟子についてのあまりに笑えない状況に、ゲイルが苦い顔をしつつ大急ぎで書類をまとめてエレノアの執務室へ向かった。
☆
「副長殿、おられますか!?」
「はい。開いてますので入ってきてください」
数分後、エレノアの執務室。
返事に対して食い気味に入室したゲイルを出迎えたのは、ようやく書類仕事から解放され、疲れ切った表情でお茶を飲んでいたエレノアであった。
なお、彼女が現在飲んでいるお茶は、深めに焙煎した大麦を粉にして濃い目に入れ、ミルクと砂糖を入れた、麦茶ラテとでもいうのがふさわしいものである。
コーヒーや紅茶などに含まれる眠くなりにくくなる成分がほぼ入っていないため、夜遅くまで書類仕事をすることも増えたエレノアの最近のお気に入りだ。
「……なんだか物々しい感じですが、何かありましたか?」
慌ただしく入ってきたゲイルを見て、いやな予感にその秀麗な顔を引きつらせるエレノア。
正装で着飾ってきっちりメイクまで施した時は女神とまでうたわれることもある美貌も、そういう表情をするとどことなく間抜けな印象になるのが興味深いところである。
「すぐにどうって話ではありませんが、早急に対処すべきだと判断せざるを得ない案件が飛び込んできました」
「……ゲイルさんがそこまで慌てるとか、一体何があったんです?」
「ユウの弟子が、半ばコントロール不能な状態で、戦略級の魔力を持っています」
「…………は?」
「ユウの弟子が、半ばコントロール不能な状態で、戦略級の魔力を持っています」
「いえ、あの、繰り返していただかなくても……。というか、事実なんですか、それ?」
「本人が、わざわざ相談を持ち掛けてきています。あれはそういう冗談は言いませんし、そもそもよほどでないと、弟子の育成なんていう個人的なことで気まずい思いをしてこちらに連絡を取ることなんてできない男ですよ」
「あ~……、確かにそうですね……」
ゲイルの指摘に、思い当たる節があると同調するエレノア。
ユウの人となりを考えれば、魔神関連以外でわざわざ連絡を取ってくること自体が異常事態だ。
「それで、半ばコントロール不能、ということですが、どういう状態なんですか?」
「詳しくは後程やつが送ってきた手紙を見ていただくとして、簡単に言うなら絞る方向での量的なコントロールがほとんどできていない上、術式や魔法回路が変質するそうです」
「……それ、ものすごく危険じゃないですか?」
「はい。一応魔法の制御自体は完璧にできているそうですが、消費量の問題と変質の問題については実質手詰まり状態で、一切解決の目途が立っていないようです」
「それで、こちらに相談ですか……」
「そのようですね。正直、ユウの手に余るのも仕方ないでしょう」
「ユウさんが育てたアイアンウォールの団員達を見てるとそうは思えませんけど、一応本業は物理型の前衛ですからね~……」
ゲイルの説明を聞いて、遠い目をしながら正直な感想を告げるエレノア。
ユウの専門ではないからこそ手詰まりになってはいるが、逆にユウでなければここに到達する前に暴走させていたかもしれない。
少なくとも、これだけの危険人物を野放しにすることになっていたのは間違いない。
そう考えると、ユウが師匠になってくれてよかったと言えなくもない。
「とりあえず、概要は分かりました。ただ、私も戦略級となると専門外です。申し訳ありませんが、魔法部隊の方にも連絡を入れてください」
「分かりました」
「団長と他の副長には、私から声をかけておきます。場合によっては、御館様とお嬢様にも力をお借りすることになるかもしれません」
「あ~……、そうですね……」
「できれば、それは最後の手段にしたいんですけど、今手紙をちょっと読んだ感じ、お弟子さんの年齢がちょっと……」
「うちには十歳未満の子供を仕込んだ記録はありませんからねえ……」
「恐らく、御館様はあっちこっちでやっているでしょうけど、ね」
ため息交じりのエレノアの言葉に、苦笑を浮かべることで答えるゲイル。
何しろ、クリシード公爵家当主、アイン・クリシードは血のつながりのない隠し子が多いことでも有名な人物だ。
あっちこっちから拾い集めて面倒を見ている孤児を隠し子と言い張るのはどうか、という気がしなくもないが、そこに突っ込むと後継者である長女・マリーネの存在を否定することになるので下手なことは言えない。
なお、アインがあっちこっちで十歳未満の子供を鍛えているだろうという、その最大の根拠がマリーネである。
というより、あまり外部に言えないことではあるが、鉄壁騎士団自体が、マリーネの存在を誤魔化すために魔神災害に特化した舞台として設立されたという経緯を持っている。
「つうか、手っ取り早いのは間違いなく、御館様にお嬢様をどうやって育てたのか教えてもらうことなんでしょうけど……」
「それはもう、本気で最後の手段にしたいです。というか、せめてこのティファさんというお嬢さんがどのような人物かを見極めてからでないと、怖くてできません」
「そりゃそうでしょうね。っと、あんまり話し込んでるのもよろしくないので、ちょっと連絡回してきます」
「はい、お願いします」
そこで我に返ったゲイルが、あまりのんきにしていられないと、来た時同様慌ただしく立ち去る。
お互い書類整理の疲れもあって油断するといつまでも話し込んでしまいそうになるが、ユウの弟子の件は、派遣する人員の選定をはじめとしたさまざまな要素を踏まえると、あまりのんびりしていられる案件ではない。
というより、ベルファール王宮からの許可やトライオン政府との調整を考えると、今日明日くらいには人員を選定しておかないと、いざというときに動けなくなりかねない。
対処のための人材を送り込むことになるかはともかく、弟子の人となりと状況を確認するための人材は、できるだけ近いうちに出しておかなければならない。
「まあ、ユウさんが人柄に問題なしと判断したのであれば、そちらの方は大丈夫なんでしょうけど……」
そう言いつつ団長及び副長に手早く連絡を入れ、ため息をついて手元の資料を再度精査するエレノア。
「トライオンにはほとんどうちの伝手がないのが、こんな形であだになるとは思いませんでした……」
「まったくだな」
「あら、ヘルメス。早かったですね」
「内容が内容だからな。とりあえず、エレノアに悪い知らせだ。恐らく、うちの部隊からトライオンへの派遣は、最低でも一月以上はかかると思っておけ」
アイアンウォールの表向きの団長、ヘルメス・アーガイルの言葉に、本日何度目か分からない引きつった表情を浮かべるエレノア。
その表情のまま問い返そうとしたところで、ヘルメスがいかめしい表情で理由について簡単に解説をしてくれる。
「大した話ではないが、トライオン共和国はつい最近、大統領と政権が両方とも同時に変わったばかりだ。そうでなくても政権が変わってしばらくはごたつくところに、知っての通り前政権があれだったからな。当面は後始末に必死で、そういうまともな外交はできんだろう」
「あ~……、そうでした……。というか、ユウさんの手紙にもそのあたりのことが書いてました……」
「まあ、逆に言えばお忍びでも御館様やお嬢様がトライオンにいけなくなった、ということでもあるが……」
「あの人達、その気になったら国境も何も関係ないじゃないですか……」
「まあ、な」
何の慰めにもならないヘルメスの言葉に、思わず全力で突っ込んでしまうエレノア。
エレノアのツッコミに、ユウと大差ないくらいのむっつり加減で重々しく頷くヘルメス。
「まあ、御館様はあれで基本面倒くさがりというか、滅多なことでは自分から動こうとはしないからな。元団員からのSOSとはいえ、ぎりぎりまでは介入などしないだろう」
「ねえ、ヘルメス。知ってます?」
「何がだ?」
「そういうのを、巷で流行ってる物語では『旗を立てる』っていうんですよ?」
エレノアの指摘に、むっつりした表情のままそっと目を逸らすヘルメス。
ベルファールでもトップテンに入る戦闘能力を持つはずの二人は、鉄壁騎士団の主要メンバーが揃うまでの間、そんな感じの現実逃避が多分に入ったじゃれ合いを続けるのであった。




