プロローグ ユウ
「俺、アイアンウォールをやめようと思うんだ」
「なんだよ、藪から棒に」
剣と魔法、そして機械文明の世界・テルラシア。三つの大きな大陸と二つの小さな大陸、十の列島が人間種族の主な生存圏となっている世界。
この世界で最大の国家であるベルファール王国。
そのベルファールで最強の呼び名も高いクリシード公爵領私設騎士団、通称アイアンウォールの本日の任務である地竜・ドラゴサウルスの群れの討伐。それを終えて獲物を解体中のこと。
百メートルを超すドラゴサウルスが次々と処理されていく中、自身も先頭に立って解体作業を続けていたユウ・ブラウン百騎長が、同じ獲物を解体していた同僚のゲイルにそう告げていた。
「別にいきなりってわけでもない。前々から考えていた」
「いや、そうだろうとは思うんだが、聞かされたほうからすれば、なんでこのタイミングで普通に雑談するノリでそれを言ってくるんだ? とはなるぞ」
「あ~、そいつは悪い」
そんな緩い会話を続けながらも、解体の手は止めない。
何しろ、仕留めたドラゴサウルスは百を超える。出動した騎士の三倍近い数がいるのだから、手を止めている暇はない。
百八十センチを超える長身のユウが派手に剣を振るってアバウトにバラし、切り落とされた部位のうち使えるものがあるところを、やや小柄なゲイルが細かく解体していく。
その役割分担で、目の前に山と積まれているドラゴサウルスは、すさまじい勢いで解体が進んでいた。
「しかし、こいつらの解体は面倒くさいよなあ」
「まあなあ。多少は経費の削減になってるとでも思わなきゃ、やってられない」
「ユウ、お前はまだいいよ。適当にばらすだけだからな。俺なんて抉り出し担当だから、ある程度丁寧にやらにゃならんわ、返り血や返り脂でえらいことになるわでたまったもんじゃねえぞ」
「前回のバルファモルスは俺がその役だったんだから、今回お前なのは単に順番だろ?」
「そうなんだが、せめてこいつらが食えればなあ……」
剣の風圧で一切返り血その他を浴びぬよう解体してくユウを、羨ましそうに見つめるゲイル。元の色であるダークグレイを保つユウの髪と違い、ゲイルの彼の髪は青い返り血やら細かい肉片やらで形容しがたい色合いになっている。
「この手のモンスターに関しちゃ、正直ちまちまと経費削減狙って素材剥ぐより、一気に焼き払っちまったほうがいいと思うんだがなあ」
「お館様のポリシーに反するから、そうはいかんだろう。諦めて、経費削減に励むぞ」
彼らがぼやくように、このドラゴサウルスは大多数の生き物が消化できないため、基本的に食用にはならない。そのため、一部の素材が武器や消耗品の材料になる以外は使い道がなく、それ以外の部位は浄化の炎で焼き払い、灰を適当に肥料にするぐらいしか処理する方法がない。
下手に死骸を放置すると、こいつらを捕食できるもっと厄介なモンスターが集まってくるので、仕留めて終わりというわけにもいかない。
デカいだけに戦闘能力も高く、かろうじてとれる素材ももっと安くて簡単に手に入る代替品があると来ている。
正直、こんな手間をかけて解体するぐらいならとっとと焼き払ってしまいたいのだが、アイアンウォールでは仕留めた命に対し敬意を払うという意味で、使えるものはどれほど価値が薄くても必ず回収していくことを義務付けられている。
なので、今回のように大きめの群れが日頃の生息地を大きく離れ、そのまま街に突っ込んでいくルートで暴走するなどのことがない限り、できるだけ相手にしたくないモンスターの筆頭として名前が挙がっているのだ。
余談ながら、今回の任務は、クリシード公爵の領内ではない。別の貴族の領内にある街での出来事で、その貴族の持つ私兵だけでは対処できなかったため、たまたま近くまで合同演習に来ていたアイアンウォールの一部隊が直接の対処を受け持ったのだ。
合同演習に参加していた他の貴族の兵士や騎士は、この群れに追われて暴走した小物の対処に回っている。素材食材的な実入りはそちらの方が大きいが、そういった意味でそんな役割を担当した分は、ちゃんと現金で補ってもらう契約になっている。
「で、前々から考えてたってのは分かるんだが、何だってやめようと思ったんだ?」
「限界が見えてしまったから、といったところか」
「限界、ねえ。『秘伝』がどうやっても撃てるようになれないって分かっちまった、ってやつか?」
「ああ」
「だろうと思った。俺らが限界感じるなんて、それしかないからなあ」
「違いない」
解体を終え、浄化の炎で死骸を焼き払いながら、ゲイルの言葉に苦笑を浮かべるユウ。
武術の秘伝技など、そうそう使えるようにはなれないから秘伝なのだ。それぐらいは言われずとも分かっているが、ユウをはじめとしたアイアンウォールの団員が言う撃てるようになれないは、少々意味合いが違う。
「あんな撃ったら自分が死ぬような技、副長とかはどうやってぶっ放してるんだろうなあ」
「それが分かれば限界なんざ感じなかろうし、俺だってやめるなんて言わん」
「まあなあ」
アイアンウォールの団員が仕込まれる武術は実によくできていて、皆伝レベルまで技を身に着けると、誰でも秘伝と呼ばれている究極の技を撃てるようになる。だが、撃てるようになることと使いこなせることは別な話であり、ほとんどの団員は使った瞬間に相手もろとも消滅してしまう領域止まり。いくら鍛えても普通に使えるようになるのは一握りであり、その壁を越えることは難しい。
それだけに効果は絶大で、発動すれば九割の相手は確実に消滅させることができ、なおかつ叩き込んだ相手以外には一切影響を及ぼさないという反則じみた性能を誇る。
広大な公爵領を守る、世界最強の呼び声も高いアイアンウォール。その五千人の団員の中でもせいぜい両手両足の指に足りぬ人数しかまともに使えない秘伝。それを扱える者はまさに無敵ともいえるだけの戦闘能力を見せる、まさに団員達の究極の目標であり手の届かない永遠のあこがれでもあるのだ。
そもそも、アイアンウォールで採用されている『神龍闘技術』と呼ばれる武術自体、この秘伝を撃てる体を作ることを目的としたものだ。
気の扱いと生き物としての肉体、および精神を鍛え上げることに特化したこの武術、汎用性は高いが実用になるには相当体を鍛え上げ、反動に耐えられるようにならねば常に故障に怯える羽目になる。
ゆえに山一つ吹き飛ばすぐらいの威力であれば無傷で耐えられる、そんな体にならなければ基礎すら終わらず、見習いを卒業すれば必然的に鉄壁の肉体を得てしまうのである。
「で、うちに居れば大多数がぶち当たるような壁だけが、やめたい理由じゃないんだろ?」
「……まあ、そうだな。うまく言えないんだが、俺、ここに居なくてもまったく問題ないな、と思ったら、なんとなく、な」
「そりゃまあそうだろう。そもそも騎士団なんて、トップであるお館様以外は全員替えが利く存在じゃなきゃまずいんだしな」
「そうなんだがな。ヨゼフやマリアンみたいに、自分の命を使い捨てても何も残せない、と思うと、少しばかり嫌気が差した、というか……」
「ああ、なるほど。確かに、命をチップにして守ってる領民とかが、どんな人達でどんな風に思ってるか、なんてことは俺らの立場にゃ伝わってこないしなあ」
「ああ。それにな、ここは『魔神殺し』しかいない集団だが、世界を見渡せばうちの半分もいない国のほうがほとんどだ。だったら、いてもいなくても変わらないここにしがみつくより、そっちに移ったほうが役に立てるんじゃないか、って思ってしまった」
「そこはまったくもって否定できねえなあ……」
ユウの本音を聞き、ゲイルがため息交じりに肯定する。そのあたりことは、ゲイルも何度か考えたことがあり、一時はユウのように本気でアイアンウォールを抜けることも検討した。
ユウとの違いは単純で、自分がいなくなっても騎士団としては困らないが、副団長達は大いに困るということを知る機会があったからだ。
ユウは気がついていないことだが、アイアンウォールの階級の一つである百騎長は、軍隊で言うところの中隊長とそこそこ上の階級になる。そのランクの人間が抜けると、組織の改編と再訓練が結構大変なのだ。
三年ほど前、魔神災害と呼ばれるこの世界最大最悪の災害の中でも特に大規模なものが起こり、その後始末をやっているうちにそのあたりの事情に触れたため、ゲイルは定年か殉職までここに居座ることを決意したのである。
何しろその災害、原因となる『魔神』と呼ばれる高次元生命体を仕留める際にアイアンウォールに大きな被害が出て、総勢五千のうち二割近い人数が死亡、もしくは再起不能になり、特に百騎長クラスは部下を守るために半分が殉職している。ユウが口にしたヨゼフやマリアンも、この時に自ら捨て駒となって戦死した。
総人口三十万人ほどの国が、その土地ごと地図から消えた災害だ。むしろその程度の被害で済んだことは行幸ではあるが、生き残った人間からすればそんな言葉で済まされてはたまったものではないだろう。
「で、やめるのならやめればいいが、やめてどうするんだ? その言い方だとベルファールからは出ていくつもりなんだろうが、どこに行って何をするつもりだ?」
「そうだな。クリューウェル大陸に渡って、冒険者でもやろうかと思っている。貯めた金と退職金で十年ぐらいは食っていけるだろうし、冒険者ならここで叩き込まれた技能で最低限のことはこなせるだろうしな」
「ああ、なるほどな。向こうはこっちより厄介な陸戦型モンスターが多いって話だし、俺らの技ならある程度は需要もあるか」
ユウの計画に、まあ妥当なところかと頷くゲイル。
実際のところ、他所を知らぬ彼らは魔神災害に対処できる『魔神殺し』の希少性は認識していても、自分達がその中でもどの程度とんでもないかという自覚はない。
周りを見れば掃いて捨てるほど同レベル以上がいれば、そうなるのも仕方がないところであろう。
そもそも、普通の国は単独で魔神を仕留められるクラスの魔神殺しなどまず存在せず、彼らがルーチンワーク的に鼻歌混じりにしとめるような相手ですら数人がかりで仕留められるかどうか、というのがせいぜいだ。
はっきり言って、一人いれば普通にその地域の戦力バランスが崩壊しかねないのが、アイアンウォールの一般隊員である。
一般隊員でもそのレベルなのに、中隊長クラスのユウやゲイルが他国に流出するなど、本来なら絶対に認められるものではないのだが、抜けられて人員のやりくりに苦労することにはなっても、敵対されたところでまったく障害にならないのが、彼らの一番恐ろしいところであろう。
「で、クリューウェルに渡るのはいいとして、どの国に行くんだ?」
「トライオンにするつもりだ。ベルファールから近いし、公爵領からも直行便があるからな」
「まあ、うちからだったら、普通はそうなるか」
ユウの計画に、何度も頷くゲイル。世間知らずの計画というわけでもないので、一安心といったところだ。
「まあ、最大の壁は、ラムフェス副長殿の引き留め工作を振り切れるかどうか、だろうがな」
「……そうだな」
一番の難関をゲイルに指摘され、ユウがうなる。普段はともかく、切迫した理由のない長期の休職や退職となると、ものすごく手ごわくなる上司が一人いるのだ。
「どっちにしても、その話ができるのは任務終わってからだ。原因究明に行った別動隊が戻ってくるまでに、合同演習とドラゴサウルス討伐の報告書を終わらせちまうぞ」
「ああ。これが最後の任務の予定だ。手ぬかりなくやるさ。しかし……」
「何か気になることがあるのか?」
「俺、別動隊のほうに志願したんだが、なんで蹴られたんだろうな」
「そりゃお前、いろいろ思い詰めてて必要もないのに秘伝ぶっ放して相打ちに持ち込もうとしかねない人間を、別動隊になんか出すわけないだろう。理由はそれぞれ違うが、うちはお館様も団長も副長達も、全員そういうの大っ嫌いだからな」
「……別にそんなつもりはないんだがな」
自殺志願者のように言われ、憮然としながら最後の処理を進めていくユウ。完全に焼き尽くされ、広範囲に散らばったらドラゴサウルスの灰を風魔法で集め、ダンプカーの荷台に載せていく。
「さて、別動隊も戻ってきたことだし、連中の報告聞いて報告書仕上げてとっとと帰投するぞ」
「ああ」
戻ってきた別動隊を見つけたゲイルにせかされ、ユウはダンプの車列に指示を出してからその場を離れる。
ベルファールを支配したい隣の小国が、いらぬことを考えて自滅したらしい、というよくある話を調査結果として聞かされて、面倒くさそうにその内容を報告書にまとめて任務の後始末を終える。
「さて、あとはお前さんがうまく抜けられるかどうかだが、この報告書の後でだと、副長殿はいつもにまして手ごわそうだぞ~?」
ゲイルのからかうような言葉に深々とため息をつき、報告と退職申請に向かうために転移魔法の詠唱に入るユウであった。
☆
「この報告を持ち込んだその口で退職申請って、どんな嫌がらせですか~……」
報告書とセットで口頭での報告を終え、そのままの流れで退職したい旨を告げたユウ。そんなユウを涙目になりながら上目づかいで見上げ、アイアンウォール副長エレノア・ラムフェスが引き留め工作に入った。
エレノアはアイアンウォールの副長という肩書がまったく似合わぬ華奢で上品で儚げな淑女で、絶世のとまではいかずともめったにいないぐらいには美人である。すでに三十路に入って久しい女性だが、外見だけを見ると十代後半にしか見えない。緩やかに波打つ華やかなプラチナブロンドの髪とグリーンの瞳は、着飾らせればどこぞの貴族の令嬢と言っても誰も疑わないほどの輝きを持つ。
このビジュアルで秘伝を普通にぶっぱなし、今日相手にしたドラゴサウルスの群れぐらいならパンチ一発、もしくは剣の一振りで殲滅するだけの戦闘能力を誇るのだから、外見詐欺もいいところである。
趣味は料理。それも作るだけでなく食べさせるのも好きで、食って死なないなら何でも食えが合言葉のアイアンウォールにいたとは思えないぐらい美味しい料理を作る。
逆に弱点は、このビジュアルで胸のサイズが中途半端なことと壮絶に音痴なこと、三十路に突入しているのにいまだに浮いた話が一切ないことだろう。
「そうでなくても忙しいのに、最近どこもかしこも余計なちょっかいをかけてきて、国軍の手を取られるしわ寄せがこっちに来てること、ユウさんだったら分かっていますよね……?」
「そ、それはまあ……」
「そうでなくても三年前のあの件で、所属十年以上のベテランが一気に減って大変なんですよ? 百騎長だってようやく穴埋めが終わったばかりで、上に立った経験のない子達が多いからベテランのフォローがないと危なっかしくてしょうがないのに、今ユウさんに抜けられたら回りませんよう……」
かなりガチで泣きが入っているエレノアに、微妙に押され気味になるユウ。本気でかつ本格的に困っているのが分かるだけに、強くは出られない。
「で、でも、別に俺一人抜けたぐらいなら、部隊にそんなに影響はないはずですが?」
「そりゃ、軍隊なんですから、誰が不測の事態で欠けてもフォローができる体制にはしています。だからと言って抜けられて困らないわけじゃないんですよ!? そもそも、フォローができるっていうだけで、どの団員も完全に変わりができる人材はいないんです!!」
涙目どころか涙声になりながら、アイアンウォールがひそかに抱える問題を大声で叫ぶエレノア。一領主が専業の騎士として抱える人数としては破格の人員を誇るアイアンウォールだが、実のところ任されている仕事を考えると、五千というのはかなりぎりぎりの数だったりする。
それだけに、特化とまでは言わないものの各団員の結構得意分野の差が大きく、誰かが一人でこなしていた任務を、他の人間がやると三人必要になるというパターンが結構多い。
見習いを卒業し正規の団員になった五千人は全員が全員何かしらそういう要素を持っており、そのあたりの特性をうまく使いこなすことで、どうにかぎりぎりの人数でも団員に無理をさせずに任務をこなしていた。
なので、本人はいてもいなくても変わらないと思っているユウにしても、いなくなればしばらくは結構な影響が出るのは間違いなく、その分エレノアの仕事も増えるのだ。
「……ですが、やはり俺は……」
「分かってます、分かってますよ……。顔を見れば、ちょっとやそっとの窮状を見せた程度で考えが変わるわけじゃないことぐらい……。それだけ本気でやめようとしている人を無理に引き留めても、いいことなんてありません……」
「じゃあ……」
「ただ、すぐにっていうのは困るんです! そうでなくてもうちの団員は育成が難しいのに、たった三年で無理に千人分の欠員を穴埋めしたから、部隊行動に関してはどうしても指導が行き届いてません。後任への引継ぎと来月見習いから昇格する新人の研修、それが終わるまでの三カ月だけ、三カ月だけでいいので力を貸してください!」
「……それくらいなら。ですが、延長と言われても困りますからね」
「分かってます。そんな詐欺みたいなことするなんて、ただのパワハラ上司じゃないですか。どうしても信用できないっていうなら、今のうちに退職金とかそのあたりの手続きを済ませておきます。辞めた後どうするか予定はありますか?」
「トライオンで冒険者になろうと思ってます」
「だったら、首都アルト行きのチケットも手配しておきましょう。これはこっちの都合で無理を言うお詫びですので、飛行機のチケットは団の予算使って、ファーストクラスで押さえておきます」
ファーストクラスなんぞという大層なものを手配されてしまい、思わず驚きの表情を浮かべるユウ。正直、団の都合で三カ月延長される分、給料と退職金に若干色を付けてくれればありがたい、程度は思っていたが、そこまでしてもらえるとは思ってもみなかったのだ。
因みに、最初に軽く触れたとおり、この世界は意外と科学技術が発達している。化石燃料ではなく魔導系燃料を使った内燃機関や発電設備が発達し、動力はそれらとゴーレム技術の組み合わせで賄われている。日常生活で使われる洗濯機や冷蔵庫などは、魔導技術を使った魔道具ではなく、家電製品のほうが普及しているくらいだ。
また、交通手段も豊富で自動車だけでなく鉄道もあり、さらには飛行機なども普通に存在してはいるのだが、飛行機はベルファールのあるエルファルド大陸ではほとんど飛んでいない。
海岸線から十五キロほど内陸を飛ぶと、魔神と大差ない戦闘能力を持つドラゴンだのキロメートル単位の全長を持つ鳥型モンスターなどに好奇心だけでちょっかいをかけられ、もれなく墜落してしまうからだ。
なので、エルファルド大陸では飛行機は主に大陸間の移動に使われ、都市間の移動は自動車かモンスターの生息域を避けて通された高速鉄道を使うのが一般的である。
ただし、ベルファールの隣国で同盟国でもあり、世界第二の大国であるライクバーンには竜騎士だけで構成された騎士団が存在し、アイアンウォールと並ぶ数少ない航空兵力として活躍している。
「あと、規定で退職者に貸与されていた装備はすべて回収となりますので、その代わりとなる装備を購入できる程度の費用は退職金に上乗せしておきます」
「ファーストクラスまで手配していただいたんですから、そこまでしていただかなくても……」
「いいんです。怪我でも体力の限界でもないのに十五年もいた職場から離れようと決意させてしまった無能な上司の、せめてもの餞別です」
「ラムフェス副長のせいではありません。あくまで、自分の心の問題です」
「でも、ユウさんの悩みを大体のところで察していたのに、結局手をこまねいていてやめる決意を固めさせてしまったんです。しかも、そんな人に泣きついて、もはや無関係になる組織の今後のために三カ月も余分に拘束するんです。すごいトンデモ上司です」
自分の行いを自虐的にこき下ろすエレノアに、かける言葉も見つからず沈黙するユウ。心情的にはともかく、やっていることは事実なのでフォローの言葉も上滑りしそうだ。
「……まあ、そういうわけですので、申しわけありませんが明日から三カ月、あなたが見習いから今までの十五年、このアイアンウォールで培った技と心、それからアイアンウォール魂を可能な限り後輩達に叩き込んでください」
「了解しました。ユウ・ブラウン百騎長、明日より最後の奉公として、新米達に己の持てるすべてを叩き込めるだけ叩き込みます」
エレノアの要請に、背筋を伸ばして敬礼で応えるユウ。これで終わっていれば話は美しかったのだが。
「でも、退職を撤回したくなったらいつでも撤回していいんですよ? というか、今からでも撤回しません?」
「副長、いろいろ台無しですよ……」
「だって、勤続十年以上のベテランって、今はもうほとんど残っていないんですよ!? しかも、ユウさんの場合はクリューウェルに渡っちゃうから、二度と会えない可能性だってありますし! 実務的にもいろいろ困ってますけど、心情的にもものすごく寂しいんですからね!?」
「いやだから、それをこのタイミングで本人に言うと、いろいろ台無しですって……」
最強の騎士団の副長と百騎長だというのに、いろいろと締まらないエレノアとユウであった。