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第7話 トライホーン・ドラゴディス






 トライホーン・ドラゴディス発見の翌朝。アルト南東門の外。


「それでは、結界を張ります!」


 トライホーン・ドラゴディス討伐作戦決行、その合図となる結界の展開をティファが告げる。


 ティファの可愛らしい声が響き渡ると同時に、軍と冒険者の混成部隊に参加している者達の表情が引き締まる。


 これから始まる大仕事に対する緊張感は、ティファの詠唱に合わせて徐々に高まっていた。


「アウルフォーデ!」


 魔法詠唱の最後の一言がティファの口から飛び出し、膨大な魔力がアルト全域を包み込む。


 ティファの魔力の約半分を使い、アルト全域を五重に覆う強固な結界は完成した。


「……また、ものすごく頑丈そうな結界だな……」


「でも、重ね張りしただけで全部初級結界なので、そんな大した防御力は……」


「これが大した防御力がないのであれば、大抵の結界は紙防御だな」


 バシュラムの呆れと簡単のこもった感想に対し、謙遜なのか本気なのか、大したことはないと言いそうになったティファ。


その言葉をぶった切り、ユウが淡々と事実を指摘する。


「ここまで頑丈だと、たかがレッサードラゴンの物理攻撃ごときでは、傷一つつかんだろうな」


「そうですね。一応対物理結界なので、魔法攻撃ならまだ可能性はありますが……」


「本当に対物理結界なのかと言いたくなる程度には、魔法防御もあるようだからな」


 ユウの指摘に、苦笑しながら同意するリエラ。


 理屈の上では、十分な魔力があれば、どんな大規模な魔法でも制御が簡単な初級魔法ですべて賄える。


 そんな、机上の空論だと思われていた現象が次々と目の前で起これば、第一人者としてはもはや苦笑を浮かべるしかない。


「そういえば、一回の詠唱で全部の結界を一気に展開したみたいなのだけど……」


「リエラ先生が術式を組んでくれました。詠唱がちょっと長くなる代わりに、五枚別々に展開するよりコストも制御難易度も低くなるんです」


「へえ、そうなの?」


「はい。それでも、やっぱりアルトは広いです。今ので魔力が半分くらいなくなりました」


 ティファの告白に、コストを落としてなおティファでも魔力を半分も使う魔法、ということと、この規模、この強度でも半分で済んでいるということ、二重の意味でリエラをガン見してしまうベルティルデ。


 普通なら、儀式魔法で再現するような規模なのだ。


「細かいことは気にしてはいけませんよ、ベルティルデさん」


「……そうね」


 リエラにそうとぼけられて、まあいいかと考えるのをやめるベルティルデ。


 ティファの魔法がおかしいのは、いつものことである。


「それじゃ、あたし達は仕事してくるね」


 結界が安定したのを確認し、マリエッタが軽い調子でそう告げて、借り受けた車両に乗り込んで出発する。


 それを見送った後、ティファが小さく首をかしげて疑問を口にする。


「魔導大砲を当てるのに足止めが必要、というのは分かるんですけど、いくら相手が大きくてもここからでは見えませんよね? どうやって、相手の位置を確認するんでしょうか?」


「マリエッタが、足止めのついでにガイドビーコンをトライホーンに取り付ける」


「それ、マリエッタさんは大丈夫なんでしょうか?」


「あいつに渡したカラミティバインドは、年に一個しか用意できないとっておきだからな。うまく踏ませた後なら三十分は身動きできねえから、それぐらいは余裕でできるだろうよ」


「三十分!? それだけ動きが止まれば、どんな相手でも倒せそうです!」


「おうよ、と言いたいところだがな。あれだけの図体だと、三十分で仕留めるのはちと厳しくてな。デカい上にレッサードラゴンとくると、やっぱりタフさも並大抵じゃねえ」


「だから、魔導大砲を当てるために三十分のバインドを使うんですか」


「ああ。つっても、今回は早期発見ができたから魔導大砲が使えるが、ここから目視できる距離になってようやく発見できる、ってことも珍しくなくてな。そういう時はこっちも準備がまったく整ってないから、結局バインド使って足止めすることにはなるんだが」


 ティファの疑問に、この後の戦闘で使う道具を確認しながら丁寧に説明してやるバシュラム。


 鉄壁騎士団でもあるまいし、普通はレッサードラゴンの首を一撃で落として始末する、なんて真似はそうそうできない。


 相手の巣穴に突撃して、というのであればそれぐらいは何とかできる手札を持つ冒険者は結構いるが、相手がその力を十全に振るえる広い野外となると、なかなかそうはいかないのだ。


「あと、念のために言っとくと、魔導大砲をブチ当てても一撃で仕留められるわけじゃねえからな」


「え? そうなんですか!?」


「ああ。あれは破壊力こそ強力だが、案外ああいう頑丈なデカ物にはダメージが伸びないところがあってなあ。雑魚の大群を一発で処理する、って面ではそれこそリエラ殿ですら足元にも及ばないほど強力で効果的なんだが……」


「まだまだ開発途上の技術ですからね。砲身の強度をはじめとして、どうしても今以上に威力を伸ばせない問題が積み重なっています」


「そもそも、魔導兵器は魔力をチャージできれば誰でも使えるのが特徴だから、究極的には熟達した魔法使いが行う大規模儀式魔法には勝てないのではないかしら?」


「それどころか、恐らくはティファがきちっと制御した上級攻撃魔法にすら、どうやっても届かないでしょうね。まあ、これはどちらかというと、ティファがそれこそ千年に一人と言っても足りないぐらい希少な人材だという面が大きいのですが」


 大げさな割に、案外弱い魔導大砲。それに関して、そんな言い訳じみた説明をするリエラとベルティルデ。


 実際のところ、トライホーン・ドラゴディスに対して三十分以内に出せるダメージ、という観点で見れば、魔導大砲はバシュラム達の切り札を全部まとめて叩き込むより強力ではある。


 どちらかといえばこのケースに関していえば、魔導大砲が弱いのではなく、レッサーと言えどドラゴンはドラゴンである、というほうが正しいのだ。


「さて、あまり話をしていても邪魔になるし、俺達もそろそろ行くか。ティファ、半分も一度に魔力を使ったのは初めてだが、体調などに問題はないか?」


「はい。結界魔法だったからか、特に反動とかはありませんでしたし、魔力も七割くらいは回復してますし」


「……そうか」


 ティファのその返事に、一瞬だけではあるが珍しいことに、よく見れば一般人にも分かるぐらいひきつった表情を浮かべるユウ。


 この結界で魔力消費が半分で済んでいることは驚きでも何でもなかったが、半分も消費した魔力が、維持費を払っているのに十分少々でもう七割まで回復しているというのは、さすがのユウでも驚くのを超えて引くレベルだったようだ。


 しかも、表現の綾で正確には伝わっていないが、実はティファが回復したと言っている魔力は、最大量の七割ではなく消費量の七割。最大魔力量からの比率では八割以上まで戻っている。


 ここまでくると、ティファ自身が魔力を生成しているというより、地脈か何かから魔力の流れの一部がティファを通り道にしているのではないかという疑いが出てくる。


「まあ、ティファが問題ないというなら、さっさと行くか」


「はい!」


 いろいろ出てきた思うところを飲み込み、ティファを抱えて空を舞うユウ。


 こうして、トライホーン・ドラゴディスと偶発ダンジョン、二つのトラブルに対する二面作戦の幕が上がるのであった。






      ☆






「しかしまあ、近くで見るとデカいわ……」


 三十分後。アルトから十五キロ地点。


 車両を降りて相手を見上げ、苦笑交じりにぼやくマリエッタ。


 食事中のトライホーン・ドラゴディスは、話に聞いていた印象を超えて大きく見えた。


「それで、どうするの、マリエッタ?」


「食事中にちょっかい出すとかやめときたいとこだけど、本気でどうしようか?」


 ミュリエッタに問われ、困った顔でそう返すマリエッタ。


 ドラゴン云々に関係なく、ご飯の邪魔をすれば怒り出すのは当たり前の話だ。


 このタイミングでちょっかいを出してブレスだの電撃だのを連打されれば、難易度が上がるなんて話ではなくなってくる。


「寝てたら楽だったんだけどねえ……」


「あの……、大丈夫なんでしょうかこれ……」


「大丈夫って?」


 元気に動き回って食事を続けるトライホーン・ドラゴディスを見ながらうなるマリエッタに、アルベルトが不安そうに声をかける。


「そんなこと言って様子見してる間に、あいつが俺達まで餌認定して襲い掛かってきたりは……」


「ああ、それは大丈夫。あのサイズのドラゴンになると、人類なんて食いでのない生き物は餌として認識しないから」


 納得はできるが安心はできない、実に身も蓋もないマリエッタの説明。それを聞いたアルベルトの顔が引きつる。


「まあ、食う食わないに関係なく、自分達以外の生き物には見境なく襲い掛かるような気が荒い種族もいるにはいるけど、トライホーン・ドラゴディスはそういうタイプでもないし」


「とはいっても、絶対襲ってこないとは言い切れないんだけどね」


 マリエッタの気休めのような言葉に対し、ミュリエッタが持ち上げて落とすように、重要ではあるがアルベルト達にとっては余計な一言を付け加える。


「因みに、どんな種族でもこれやったらまず確実に襲い掛かってくるっていうのが、寝込み襲う、食事を邪魔する、進行方向をふさいで攻撃的なやり方で邪魔する、の三つね」


「つまり、今回は基本、襲われるようなことをするって認識でいいわけね?」


 ミュリエッタのもったいぶった説明に対し、バッサリ結論を言い切るレティーシア。アルベルトと違い、その表情はすでに覚悟を決めている。


「そりゃ、そうなるでしょ。最低でも進路妨害はするわけだし」


「ただ、食事中は餌にされてるモンスターとかからも攻撃が飛んでくる。っていうか、逃げようと抵抗してるのに巻き込まれるから、厄介なのよね……」


 そう断言するミュリエッタに、マリエッタが問題点を捕捉する。


 言うまでもない話かもしれないが、今回に関しては寝込みを襲うのが最も難易度が低く、今手を出すのが最も危険である。


「だから、早めに済ますに越したことはないとはいえ、今手を出すのは愚策もいいところってわけ」


「……薬とか魔法とかで眠らせるのは……できないかあ……」


「効く薬があるんだったらとっくに渡されてるだろうし、ティファならともかくあたし達が使える魔法だと、攻撃系はともかく状態異常系はレジストされて終わりじゃない?」


「私も、言ってすぐにそのことに気がついたわ……」


 現状に対する結論を口にしたマリエッタに対し、思いついたことを告げて厳しい指摘を受けてトホホという顔でがっくりするレティーシア。


 ここまで強大な相手だと、自分達程度では搦め手でどうにかするのも難しいようだ。


「こうしてみると、ティファさんって本気で規格外ですよね……」


「それが全然うらやましくないのも、逆にすごいと思うけどね」


 アルベルトのパーティメンバーの一人、魔法使いの少年ザッシュの言葉に同意しつつ、正直な本音を漏らすレティーシア。


 これまでティファが背負ってきた、そして今後とも背負う苦労を考えると、たとえドラゴンや魔神を単独で倒せるだけの力と引き換えでも、まったくうらやましくは思えない。


 というよりむしろ、そんな過剰な才能は要らないから、もっと気軽に自身の能力を振るえるほうがはるかに幸せそうな気がしてならない。


「……それで、マリエッタさん、ミュリエッタさん。さすがに、ここでぼんやりあれを眺めてるだけ、ってことはないんだろう?」


 実のない話に終始しそうになったところで、アルベルトのパーティ最後の一人で、男スカウトであるジュードが大事な質問をしてくる。


 因みに、約二年前にはもう一人、女性の魔法剣士がメンバーにいたのだが、いろいろ問題を起こしまくった結果アルベルト達四人が満場一致で追い出しにかかり、麗しき古硬貨亭をはじめ何軒かの冒険者の酒場から出入り禁止を食らい、今では完全に縁が切れている。


「そりゃもちろん。とりあえず、あれの食事をとっとと終わらせるために、あんた達とミュリエッタで適当にこの辺のモンスターを狩るなり追い立てるなりして、あいつの餌にしちゃって」


「こういうのは人海戦術でやるのが一番早いからね~。というわけで、迅速に動く。言うまでもないかもしれないけど、できるだけ大きい獲物を追い立ててね。最低でも私達より大きいやつ」


 ジュードの質問を聞いたマリエッタとミュリエッタが、にやりと笑って返事をする。


 二人の言葉に、唖然とするアルベルト。


 そんなアルベルトとは逆に、その手があったかという表情を浮かべるレティーシアとジュード。そこまで知恵が回らなかったザッシュは、経験の差を痛感しつつ少しばかり悔しそうである。


「で、あいつが満足した後は、マリエッタが仕事を終えるまで、周りのモンスターが邪魔しないように間引いたりとか向こうにいかないよう牽制したりするのが私達の仕事。間違っても、あれにちょっかい出したりしないようにね。当然、流れ弾を至近弾でとかもってのほか」


「えっと、フォローってそういうことだったんっすか?」


「当たり前じゃん。それだって十分に危険だけどね」


「そもそも、あれにちょっかい出す形でのフォローなんて、ミュリエッタでもほとんどできないんだからさ。普段組む機会も滅多にないような相手になんて頼めるわけないし、バシュラムさん達も、それくらいはわきまえてくれてるしね」


 フォローの内容を聞いて驚くアルベルトに対し、裏話をばらすミュリエッタとマリエッタ。


「あれに直接手出ししない形でのフォローは、問題ないんですよね?」


「そりゃね。何かいい方法があるの?」


「マリエッタさんに速度向上と水上歩行の魔法をかけて、あいつの進路に底なし沼を出す、とか大丈夫でしょうか?」


「底なし沼って、水上歩行で行けるの?」


「はい。僕の技量じゃ、せいぜい十秒ぐらいしか持ちませんけど……」


「うーん、惜しいけど、タイミングがシビアすぎてダメかなあ」


「せめて、三十秒あれば採用できるんだけどねえ……」


 ザッシュの提案を軽く検討し、残念そうな表情を浮かべるマリエッタとミュリエッタ。


 トライホーン・ドラゴディスは四足歩行なので、泥沼を作るのは実に効果的だ。


 が、マリエッタが足を取られたら終わりなので、持続時間十秒ではリスクが大きすぎて厳しい。


「速度向上だけかけてもらっていい? 速く動ければ、それだけリスクは下がるし」


「はい」


 マリエッタの要求に、素直に頷くザッシュ。


 どうやら、自分でも十秒では無理だと思っていたらしい。


「じゃあ、軽く感覚つかみたいから、一回加速かけてもらっていい?」


「はい!」


「じゃあ、私も体力持続回復をかけさせてもらうわ。ちょっとの間、アルベルトとジュードは周囲の警戒をお願いね」


 マリエッタの要請にザッシュが嬉しそうに応じ、レティーシアが乗っかって有用そうな補助魔法をかける。


 その際、アルベルトとジュードに指示を出すのも忘れない。


「了解」


「しかし、本当に俺達って、格上相手にできることほとんどないよなあ……」


「役割分担とはいえ、少し悔しいものはあるな」


「まだ、そこそこ索敵能力があるジュードはいいよ。俺なんて、それすら大したことないんだから」


 レティーシアに役割を振られ、素直に従いながらも自分達のふがいなさにぼやくジュードとアルベルト。


 基本的に相性の問題が大きいとはいえ、実力不足も大きな原因だと分かってるだけに、内心忸怩たるものがある。


「ぼやかないぼやかない。こういう状況で戦士とかシーフとかにできることがほとんどないってのは、別にあんた達に限った話じゃないし」


「マリエッタだって今回たまたま役目をもらっただけだし、それだって囮をやる意味があるからやらせてもらえるだけだから、ね。いずれチャンスもあるだろうから、腐ってないでお仕事お仕事」


 魔法をもらって慣らしをしているマリエッタと、それに付き合いながら周囲のモンスターをざっと確認しつつ、新米達にそうはっぱをかけるミュリエッタ。


 先輩達にそうけしかけられて、気分を入れ替えて己の役目に没頭するアルベルトとジュード。


 アルベルト達に引っ張られるように、日頃の三倍は集中してモンスターを探すレティーシアとザッシュ。


 そんなこんなで十分後、待ち望んでいたトライホーン・ドラゴディスの食事終了の時間が訪れる。


「あら、寝ちゃったね。チャンスなんじゃない、マリエッタ?」


「そうね、大チャンス。あんた達、『持ってる』んじゃない?」


 食事を終え満足したようで、見事に寝入ったトライホーン・ドラゴディス。


 それを見て、にやりと笑いながらそんなことをアルベルト達に言うマリエッタ。


 なお、マリエッタが言う『持ってる』とは、冒険者達の間でよく使われる言い回しで、運がいいとか光るものがあるとか運命的な何かがあるとか、そういった感じのニュアンスである。


「さて、せっかく寝てるんだし、起こさないように慎重に、かつ迅速にお仕事を済ませてきますか」


「どの程度神経質な感じか分からないから、気をつけてね」


「分かってるって。……よし、補助魔法もOK。じゃ、行ってくる」


 そう、軽い調子でミュリエッタ達に告げ、滑るような動きで気配も足音も見事に殺してトライホーン・ドラゴディスに近づいていくマリエッタ。


 五分後、トライホーン・ドラゴディスの背中にビーコンを固定し、足の裏にカラミティバインドを取り付けて、マリエッタは戻ってくる。


「さて、お仕事完了。大急ぎで戻りましょ!」


「了解!」


 戻ってきたマリエッタと合流し、すぐさま転送石で帰還するミュリエッタ達。


 さらに十分後、ようやく目を覚ましたトライホーン・ドラゴディスに対し、魔導大砲が容赦なく直撃するのであった。






      ☆






「……始まったようだな」


「……みなさん、大丈夫でしょうか?」


「何とも言えんが、あれだけ準備をして挑んでいるのだ。惨敗などということはあるまい」

 魔導大砲がトライホーン・ドラゴディスに着弾した、ちょうどその頃。トルティア村郊外に出現したダンジョンの入口である、露骨に怪しい門の前。


 ようやくダンジョンアタックのための事前準備が終わり、いざ本番、というタイミングで伝わってきた衝撃に、アルトを守るための戦いが始まったことを知るユウとティファ。


 鉄壁騎士団のような特殊な集団ならともかく、まだ人間の範疇に収まる冒険者達のチームが都市の防衛という条件であれだけの大物と戦うのだ。

 いくら一流が何名も参加しているといったところで、一人も被害を出さずに済むわけがないことぐらいは二人とも重々承知している。


「心配なら、大急ぎでこのダンジョンを攻略すれば間に合うかもしれないぞ?」


「そんなこと、できるんですか?」


「常識的なやり方でやれば無理だが、頭の悪いやり方で雑に強引にやればできなくもない」


「頭の悪いやり方、ですか?」


「ああ」


 ユウが何をさせようとしているのかが理解できず、思わず首をかしげるティファ。


 そんなティファに対し、ユウがとんでもないことを言いだす。


「やること自体は簡単だ。素材だの宝箱だのの回収をすっぱり諦めて、とにかく大火力で片っ端から吹っ飛ばしていけばいい」


「……それ、いいんですか?」


「収入を諦めるなら、問題ない」


 ティファの戸惑い交じりの疑問に、きっぱりとそう言い切るユウ。


 その理屈に、少しばかり唖然とするティファ。


 言わんとすることは分かるし間違ってはいないのだろうが、納得してしまっていいのかどうかが悩ましい。


「あの、正直、その発想はなかった感じですけど、それっていいんですか?」


「別に、ダンジョンすべてをきちっと攻略せねばならんという決まりがあるわけではないからな。隅々まできっちり攻略したほうがメリットが多いから常識になっているだけで、それだけの価値がなければ雑にやったところで誰も困らん」


 サクッとひどいことを言い出したユウに、そうかもしれないと納得してしまうティファ。


 そもそも、偶発ダンジョンの場合、誰も発生したことに気がつかなかった結果、モンスターがあふれてスタンピードが起こってしまった、という話もよく聞く。


 その場合は素材だの宝箱だのを気にする余裕もなく、雑で強引な攻略を行わなざるを得ない。


 今回はそのパターンの派生だと思えば、別に何の問題もないのではないか。


 そんな考えを持ってしまうあたり、ティファは完全に師匠の価値観に染まっている。


「普通なら、そう簡単に取れん手段ではあるが、な。恐らくダンジョンが発生する際に付近のモンスターや生き物を取り込んだのだろう。せいぜい亜種がいる可能性が高い程度で、中身はこのあたりの討伐対象と大差ない」


「……確かに、中にいるモンスターの気配は、この近辺に出没するものとそんなに変わりません」


 ユウに言われ、昨日できるようになった地脈に自身の気を通すやり方で内部の様子を確認し、その言葉に同意するティファ。


 ユウもティファも当たり前のようにやってのけているが、出入口の機能が完全に封印されている門だけがぽつんとある状況で、ダンジョン内部の様子を探るにはかなり特殊な手段が必要となる。


 こんな簡単にできるようなことではない。


「幸いにしてティファの火力なら、ここに発生しているモンスターごとき、一撃で仕留められる。普通なら最大のネックである火力の問題が解決しているから、後はやるかどうかだけだ」


「そうですね。でも、ダンジョンってわたしが本気で魔法を使っても大丈夫なんでしょうか?」


「ダンジョンコアを破壊しない限り、天井が崩れるようなことはない。それに、ダンジョンコアを破壊した場合、不定形ダンジョンを除いて通常空間に復帰することになるから、崩壊に巻き込まれて、というようなこともない。少なくとも、今回のダンジョンはそうはならん」


 ユウの説明を聞き、それならばと気合いを入れるティファ。


 どうせこのあたりで手に入る素材など二束三文だという事実も、ティファがためらいを捨てる後押しとなっている。


「魔法の準備はいいか?」


「はい!」


「では、最後の封印を解いて入口を開く。向こうにはぎっしりモンスターがいるから、即座に粉砕しろ」


「はい!」


 ユウに注意事項付きの指示を出され、元気に返事をしながら一気に魔力を練り上げるティファ。


 さすがに先ほどアルトを覆った結界に比べれば規模も消費魔力量も落ちるが、一人の人間が一発の攻撃魔法に使うには前代未聞に近い量の魔力が注ぎ込まれる。


 その圧倒的なエネルギー量を蓄えた攻撃魔法は、ユウが門を開いたと同時に、間髪入れず飛び出そうとしていたモンスターに牙をむいていた。


「ライトニングボルト!」


 ティファが選んだ魔法は、初級の単体攻撃用魔法・ライトニングボルト。いわゆる電撃である。


 これを選んだ理由は簡単で、察知している気配を一発で殲滅できてかつ、効果時間が終わった後の影響が最も少なそうだったからだ。


 ファイアーボールやフロストバイトなどだと、灼熱地獄か酷寒地獄となって、今の服装で入るのは危険そうだ。


 かといってウインドアローやアクアスプラッシュ、ストーンブラストなどでは足元がすごいことになって歩けなくなるのでは、という懸念が強い。


 貫通力はすごいが内部で広がりづらいライトアローは殲滅力に疑問が残る。


 そういった消去法でライトニングボルトが選ばれたのである。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 ライトニングボルトが着弾するとほぼ同時に、中から盛大な悲鳴が聞こえ、ティファの体に何かが流れ込んでくる。


 その何かは、悲鳴が上がるたびに、物音が一つ途絶えるたびに、ティファの体に流れ込んでは消えていく。


 そのなにかは、おおよそ十秒ほど流れ込み続けていた。


「……よし、入っても安全だな」


「はい!」


 ティファがライトニングボルトを放って三十秒後。


中からモンスターの気配や物音がすべて消えたところで、念のために慎重に中の気配を探り、侵入可能となったことを宣言するユウ。


 ユウの宣言を受け、あとについて慎重に中に入っていくティファ。


 ダンジョンの中は、地平線が見えるほど広大な草原となっていた。


「……あの、ユウさん……」


「見た目に騙されるな。見た目ほど、このフロアは広くはない」


 ユウに言われ、気配を探った後探知魔法を使うティファ。


 ライトニングボルトがモンスターを塵一つ残さず消滅させていたことにより、目視範囲に気配が一切ないことも、広さを強調することになっていたようだ。


 探知した結果分かったのは、この草原は見た目よりはるかに狭く、実際にはトルティア村の住宅地部分と同じぐらいしかないということであった。


「あっちこっちに壁みたいなものがあります」


「ああ。ダンジョンというのは、往々にしてこういうことがある。もう少し場数を踏んで慣れれば、最初に気配を探った時に感じた広さと食い違っていることは、すぐ分かるようになる」


「……あっ」


 ユウに突っ込まれ、ようやくそのあたりの齟齬に気が付くティファ。


 ちょっと注意すればすぐ分かるようなことに対して気が付かなかったことに対し、あまりのうかつさに思わずうつむきそうになる。


「どうせいつものように気にするだろうから先に言っておくが、初見で実際の広さに気がつかない、というのは新米の通過儀礼のようなものだ。別にティファがうかつだから気がつかない、とかそういった性質のものではない」


 多分そこでへこむだろうな、と察したことを、先回りして説明するユウ。


 この状況でへこまれると危険だし、そもそも面倒で仕方がない。


「……初めてだと、誰でも引っかかるものなんでしょうか?」


「見た目だけなら俺ですら壁があるようには見えんから、視覚に頼る割合が高い種族や職業なら、まず間違いなく最初の一回は引っかかる」


「そうじゃない職業や種族も存在するんですか?」


「ああ。といっても、種族に関してはどうにもならんから気にするだけ無駄だし、引っかからん職業など精霊使いぐらいだ。しかも、そういう連中ですら、どういう形で壁が存在しているのかは、さすがに近寄らねば分からん」


 ティファの疑問に、そう説明するユウ。


 そのまま話を切り上げて、最もモンスターの気配が濃い方向に向かって速足で歩き出す。


「見た目ほど広くはないといっても、普通のダンジョンの一部屋よりは圧倒的に広いからな。バシュラムさん達の援護に回りたいのであれば、大急ぎで敵を始末してコアをあぶりださねば、いつまでたっても終わらん」


「そうですね、急ぎましょう!」


「普通に歩いて移動すると時間がかかりすぎるし、走ると無駄に体力を消耗する。俺が抱えて飛んでいくから、お前は索敵と排除に専念しろ」


「分かりました!」


 ダンジョンの広さという現実的な問題に直面し、現時点では割とどうでもいい問題をすべてどこかに投げ捨てて速やかにダンジョンを攻略する方針を固めるユウとティファ。


 早々に終わらせたところで出番などないだろうが、あまりちんたら攻略を進めるのもどうか、という点で師弟の考えは一致している。


もっとも、素直にバシュラムを手伝いたいティファと、変に余力を残そうとした結果間に合わなくて後々ティファが気にすると面倒だと考えるユウとでは、相当意識に温度差があるのだが。


「……これが、このダンジョンの壁ですか?」


「ああ。遠くから見れば壁に見えんのも、無理はなかろう?」


「……はい。この絵、近くで見ても景色そっくりです。写真でも、ここまで精巧なものは見たことがありません」


 ようやく到着したフロアの端、隣のフロアと隔てる壁を見て、正直な感想を口にするティファ。


 ダンジョンの壁は、目の錯覚で草木がわずかにそよいでいるように見えるほど巧妙な絵で擬態されていた。


 恐らく空気の流れとモンスターの気配がなければ、壁だと気づかずに進もうとしてしまうだろう。


 それぐらい、見事に擬態していた。


「えっと、この木とあの木の間が通路でいいんですよね?」


「ああ。それにしても、また大量に湧いているな……」


 隣の部屋でスタンバイしている大量のモンスターに、思わず呆れたようにコメントするユウ。


 大抵のことではこういった感情を見せない彼が、取り繕う気も見せずに言い放つのだから、どれほど尋常ではない数のモンスターが沸いているか想像できるだろう。


「あの、ユウさん……」


「まだ三カ月も経っていないのに、これだけの数が湧くのは普通なのか、気になったのだろう?」


「はい……」


「普通なら、数年は経たんとこうはならん。たぶん、ここの地脈とトライホーン・ドラゴディスが通ってきている地脈がつながったのが原因なのだろう」


「他の地脈とつながると、ダンジョンの成長がおかしくなるんですか?」


「必ずしもそうとは限らんが、レッサーとはいえドラゴン種が地脈の上を歩くと、あちらこちらにかなりの影響が出るからな。ダンジョンが妙に活性化して、必要以上に大量のモンスターを発生させていても不思議ではない」


「そういうものですか?」


「ああ。まあ、今さら原因を気にしても意味はない。このタイプのダンジョンはコアまでの道を引っ張り出すのに、一定以上のモンスターをしとめる必要がある。ガンガン狩るぞ」


「はい!」


 ユウの言葉に、気合いを入れてそう返事を返すティファ。この時、今回に限ってはユウが一匹もモンスターを仕留めていないということに、まったく気が付いていない。


 その後もフロアを見つけてはティファが宝箱から何から何まで魔法の一撃で一掃、というルーチンを繰り返すこと約二時間。


 ようやく、ボスのいるフロアを発見する。


 ボスのフロア、その最奥部に鎮座していたのは……、


「……ユウさん、もしかしてあれ……」


「トライホーン・ドラゴディスだな。もっとも、劣化コピーもいいところだが」


 まさかのレッサードラゴン。トライホーン・ドラゴディスであった。


 もっとも、ユウが指摘したように、本物に比べるとみて分かるレベルで大きく弱体化している。


 特にひどいのがそのサイズで、本物は全長で五十メートル、全高で十二メートルは超えているのだが、ここのボスは三分の一あるかないかしかない。


 気を探るとその差はもっと大きく、もはやレッサードラゴンのくくりになど到底入れることはできないぐらい、このトライホーン・ドラゴディスは弱体化されていた。


 無論、それでもちゃんとした装備がなければ、深紅の百合クラスはもちろんのこと、下手をすればバシュラムでも危険な程度には強い。


 問題なのは、そんなものがユウとティファの相手になるわけがない、ということであろう。


「これでは、手間をかけて仕留める価値もないな。ティファ」


「はい!」


 トライホーン・ドラゴディスはそもそも攻撃する機会すら得られずに、初級攻撃魔法一撃であっさり仕留められる。


「コアが出たな」


「これがダンジョンコアですか……」


「ああ。昨日少し話をしたように、ここはお前の生まれ育った地脈だからな。お前が壊すといい」


「はい、分かりました」


 ユウに従い、適当な魔法でダンジョンコアを破壊するティファ。


「……結構簡単に壊れるんですね」


「偶発ダンジョンのコアは、意外と脆いからな。しかし、楽はさせてくれんか……」


「これは、宝石ですか?」


「ああ。恐らくだが、これで発動体を作れ、ということだろう」


「えっ?」


「さっきも言ったように、ここはお前が生まれ育った地脈で、コアを破壊したのもお前だからな。まず間違いなく、これはお前のためのものだ」


 ユウに断言され、そういうものなのかと一応納得しておくティファ。


「さて、予想より早く終わったことだし、さっさと戻るか」


「はいっ! 急ぎましょう!!」


 どうにも達成感とかそういったものが得られないこともあり、バシュラム達の援護をするために急いで戻ることにするユウとティファ。


 結局、今回ユウが最後の最後まで移動と索敵以外何もしなかったことに、すべてが終わった後でも気がつかないティファであった。






      ☆






「せえい!」


 バシュラムのハルバードがうなりを上げ、トライホーン・ドラゴディスの体を大きく浮かす。


 アルトの物見櫓から双眼鏡で確認できる最も遠い草原。そこでトライホーン・ドラゴディスと接敵してから約二時間。


 普段ならそろそろ昼食、という時間帯まで激闘は続いていた。


「ふん!」


「そおりゃ!」


 バシュラムが作った隙を逃さず、次々と追撃を入れるベテラン冒険者達。


 各々が持つ、ジャイアントキリング特化の装備による必殺の一撃が絶え間なく叩き込まれる。


 その怒涛の勢いで、ついにトライホーン・ドラゴディスは全身をひっくり返される。


「バシュラム! そろそろ一旦下がれ!」


「おう!」


 ゼファーの呼びかけに答え、速やかに離脱するバシュラム。


 バシュラムが下がったタイミングに合わせて、砲撃班から怒涛の如く攻撃が降り注ぐ。


「今回は、今までになくいいペースだな」


「ああ。だが、まだまだようやく弱ってきたって程度だから、油断はできん」


 砲撃班の攻撃に加え、リエラが放った大技により、ついに前足が一本使い物にならなくなったトライホーン・ドラゴディス。


 それを見てのゼファーの言葉に、険しい顔のままバシュラムがそう返す。


 確かに、今回は今までで一番早く相手の足を潰せた。


 それなりに負傷者は出ており、すでに三割ぐらいは戦線から退いているが、それでも死者がまだ出ていない時点で例年よりかなり優位に進んでいる。


 だが、まだトライホーン・ドラゴディスは、切り札ともいえる大技をどちらも温存している。


 それを使う前に仕留めることができる、などとはどうしても思えない。


 この手の大物の討伐は、ある程度の深手を負わせてからが本番なのだ。


「嫌な予感がする。いつでも全力で防御できるように準備して戦ったほうがいい」


「……バシュラムもそう思うか?」


「ああ」


 何とも言えない不穏な気配に、お互いの見解の一致をみるバシュラムとゼファー。


 具体的にどういうところが、とは言えないが、このままだとヤバいのだけは間違いない。


「……っ! 前衛は今すぐ後退! 全員、全力防御だ!」


 レッサーとはいえ、ドラゴンである誇りを体とともに深く傷つけられたトライホーン・ドラゴディス。そいつの目に宿る怒りと憎しみの色を見て、バシュラムが大声で全体に指示を飛ばす。


 バシュラムの指示を聞いて、大慌てで後退する前衛達。砲撃班もダメージより後退支援に攻撃の目的を切り替える。


 接近戦を行っていた前衛が全員退いたところで、支援班が大規模な物理防御結界を展開し全員に雷撃耐性の防御魔法をかける。


 それを待っていたのか、それともチャージに時間がかかったのか、全員の防御態勢が整ったタイミングで、トライホーン・ドラゴディスの全身からすさまじい威力と数の雷撃が飛んでくる。


「ぐっ!」


 結界に阻まれ、さらに雷撃耐性の魔法と自身で準備した防御手段を重ねてなお、膝をつくほどのダメージを通してくる一撃。


 それに思わずうめきながら、手に持ったハルバードを地面に突き刺してアース代わりにし、なんとか踏みとどまるバシュラム。


 恐らく、今までであれば耐え切れなかったであろう重い一撃だが、なんだかんだでバシュラムもここ一年の出来事をきっかけに自身を鍛えぬいている。


 もしユウが不在の時に魔神と戦う羽目になったら、ということを想定して行ってきた修行は、見事に成果を上げていた。


「……そう簡単に、やられると思うなクソトカゲ!」


 全身のしびれを振り払うように、気合いの声を上げるバシュラム。


 そのバシュラムの感情に呼応するかのように、手にしたハルバードが輝き始める。


 バシュラムの一番の切り札である、神聖武器ディヴァインハルバード。


 日頃は発動条件の厳しさと大きすぎる威力のせいでめったに使わない、その真の力が解放された瞬間であった。


「! バシュラム! まだだ!」


「ちっ! レッサーつってもドラゴンはドラゴンか!」


 バシュラム同様勝負を決めるべく切り札を発動させようとしていたゼファーが、警戒を促す叫びを上げる。


 それに即座に反応して、構えを変えるバシュラム。


 いつの間にかトライホーン・ドラゴディスは、満身創痍のその体を起こし、口を大きく開けてブレスを吐き出そうとしていた。


「バシュラム、伏せろ!」


「いや! あれは伏せた程度じゃ無意味だ! それに、これはチャンスでな!」


「チャンスだと!?」


 バシュラムの言葉に、伏せるのも忘れて叫ぶゼファー。


 そんなゼファーの反応を無視して、バシュラムがベルティルデに向かって叫ぶ。


「ちっと分の悪い賭けに出る! ベルティルデ、悪いが全力で援護してくれ!」


『分かったわ!』


 バシュラムの呼びかけに答え、即座にいくつもの精霊魔法を発動するベルティルデ。


 あくまで自分に歯向かおうとする小物に痛くプライドを刺激され、さらにブレスの威力を上げようとエネルギーを収束させるトライホーン・ドラゴディス。


 突きの構えを維持しながら、わずかな動きも見逃すまいとトライホーン・ドラゴディスの様子を見続けるバシュラム。


 喉がひりつきそうな緊張感の中、次第にバシュラムの周囲から音と色が消え、世界の動きがゆっくりになっていく。


(……来るか!?)


 音も色も消えた世界で、トライホーン・ドラゴディスの首がゆっくりと反り返る。


 その様子に焦りと恐怖を覚えつつ、必死になって相手の動きを睨み続けるバシュラム。


 そんな中、ついにトライホーン・ドラゴディスは限界まで威力を高めたブレスを吐き出した。


(……来た! いや、まだ早い!)


 出力を高め圧縮し収束させ、すでに雷撃ではなくプラズマの域にまで達したブレスが、バシュラム達を飲み込み焼き尽くそうとスローモーションで近づいてくる。


 そのプレッシャーに負けて攻撃を放ちそうになり、精神力を総動員してこらえるバシュラム。


(……まだだ、もう少し!)


 そのまま、自分がハルバードを突き出す時間に技が形になるまでのわずかなタイムラグ、ブレスの収束度合いと角度。


 そういったものを極限の恐怖の中で冷静に見極め、最適なタイミングを計る。


 少しでもタイミングが早ければブレスをぶち抜けず押し負けてしまい、遅ければ自分達に届くブレスを散らしきれず相打ちとなる。


 チャンスは一瞬。やり直しはきかず、ミスすれば全滅。


 その一瞬を、ついにバシュラムはベテランの嗅覚でかぎ取った。


(今だ!)


「ぬおおおおおおおおおおおおお!!」


 ブレスの角度、位置、収束度合い、すべてが条件に一致したタイミングを見切り、バシュラムが大声で吠えながら大きく踏み込んでディバインハルバートを突き出す。


 ディバインハルバードの穂先が変形し、そこから光の槍がぐんぐんと伸びてブレスと衝突、押し合いながら拮抗する。


 ブレスと光の槍が衝突した瞬間、重い手応えがバシュラムに伝わる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおりゃああああああああああああ!」


 もっとも、こうなることはバシュラムも承知の上。


 伝わってくる手応えが変わったのを確認し、すぐに気合いを上乗せしてさらに槍を突き出す。


 バシュラムの意をくんで、光の槍を太く長く伸ばすディヴァインハルバード。その代償に、バシュラムの体から急速に体力や精神力といった様々なエネルギーが奪われていく。


 バシュラムから大量にエネルギーを奪った光の槍は、容赦なくブレスを貫いてトライホーン・ドラゴディスの頭部を打ち砕こうと伸びていく。


 そのままトライホーン・ドラゴディスを仕留めるかと思いきや、ドラゴンも意地を見せてさらにブレスにエネルギーを注ぎ込み、押し返し始める。


「くっ! さっさとくたばりやがれ!」


 どちらも余力らしい余力などないまま、互いの命を懸けた押し合いはバシュラム優位の位置で再び拮抗する。


「ちっ! バシュラムをやらせるか!」


 このままではまずいと判断したゼファーが、バシュラムをフォローするために先ほど使いそこなった切り札の準備に入る。


 支援班からも、バシュラムに対して次々に回復魔法や補助魔法が飛んでくる。


 だが、それでもドラゴンの命がけの意地というやつは、伊達ではない。


 もう少し、そのもう少しが押し切れない。


「相手とバシュラム、どっちの体力が先に尽きるかは微妙なところね……」


 分の悪い賭けと言われた時点で離れたところからの支援では間に合わない、と踏んで、砲撃班の位置からバシュラムの隣まで下りてきていたベルティルデが、険しい顔でそう告げる。


 その後ろには、今回いろいろ活躍を見せた深紅の百合のメンバーも。


「どうにかフォローできない!?」


「下手に手を出して相手の射線がずれたら、その時点でこっちの被害も尋常じゃなくなるわよ!」


「かといって、相手の射線がずれないようにっていうと、もろバシュラムさんの邪魔になるし……」


 ヴァイオラの焦りを含んだ言葉に、アイネスが問題点を叫びマリエッタが頭を抱える。


 きっとリエラなら何か一つぐらいやれる手段を持っているだろうが、彼女は先ほどの耐雷撃型物理結界の反動ですぐには動けない。


 若手冒険者のパーティとしては頭一つ抜けた実力を有する深紅の百合といえど、こういう時に何かするには、修羅場経験も手札も少なすぎた。


 それでも何かないかとヴァイオラが叫ぼうとした瞬間、ユナがポツリとつぶやく。


「ブレスってことは息だから、一瞬だけでも呼吸を乱すことができれば、もしかしたら……」


「「「「「「「それだ!」」」」」」」


 ユナのつぶやきに、深紅の百合だけでなくゼファーとベルティルデまで声をそろえて賛同する。


 そのまますぐにでも試せる行動は試すべし、と思いつく限りの手を尽くす。


「スリープ!」


「風の精霊! あいつの首を固定して、周囲の空気を薄くして!」


「上手く喉を狙えば!」


「バシュラムさん、もうちょっと頑張って! リカバー!」


 そんなふうにほかのメンバーがやかましく妨害を始めた後も、淡々と黙々とトライホーン・ドラゴディスと押し合いを続けるバシュラム。


 その集中力は、実に大したものである。


 エリクシル剤をバシュラムに使ったり、少しでも相手の集中力をそごうとしたりと、周囲が必死になって状況をよくしようとあがくこと一分半。


 状況を変える決め手となったのは、またしてもユナであった。


「物は試し! ペイン!」


 相手に痛いという感覚だけを与える特殊な神聖魔法・ペイン。


 そこそこ魔力消費量が多い割に効果が不安定なこともあり、基本的に試練もしくは処罰の時ぐらいしか使わない魔法である。


 それがたまたま通じたらしく、一瞬びくりと痙攣してブレスが止まる。


 その止まった一瞬で、バシュラムが放っていた光の槍がトライホーン・ドラゴディスの頭部を直撃、粉砕した。


「人間舐めるな、クソトカゲ」


 一瞬立ち眩みを起こして膝をつきそうになり、根性でこらえてそう吐き捨てるバシュラム。


 その言葉に、周囲の冒険者や軍人から大歓声が上がる。


 そこへ、ティファを抱えたユウが空から降りてきた。


「……うう、間に合いませんでした」


「まあ、あの広さのダンジョンだからな。ああは言ったが、最初から間に合うとは思っていなかった」


「……うう。あんなに強引に時間短縮したのに……」


 そんなどこかとぼけた会話をしながら、バシュラム達の近くに歩いていくユウとティファ。


 そんなユウとティファに、ベルティルデが戸惑いながら声をかける。


「ねえ、ユウ……」


「ん? 早すぎると言いたいのか?」


「ええ。昨日あなた、ダンジョンの規模的に明日まではかかるだろう、と言っていたでしょ?」


「収入を諦めて焦土作戦で片っ端から焼き払えば、このぐらいまでは何とか短縮できる。というよりむしろ、ティファの火力で片っ端からすべて焼き払って、移動は俺が抱えて飛び回って、それでもこれだけ時間がかかる規模だった、というべきか」


「収入を諦めて、って、素材はともかく宝箱も?」


「ああ。もっとも、コアからのドロップアイテムはあったから、まったくの無収入かというとそうでもないのだが」


 そこまで説明して、トライホーン・ドラゴディスの死体に視線を向けるユウ。


 頭部と前足一本しか損傷していないこともあり、なかなか解体が大仕事になりそうである。


「とりあえず、細かい説明はあとでする。俺はこれからあれを解体するから、ベルティルデさんはバシュラムさんを連れて先に帰って、体を休めつつ祝勝会の段取りでもしていてくれ」


「そうね。さすがに疲れたし昼食もまだだから、そうさせてもらうわ」


「ああ」


 いろいろ突っ込みたいこともあるが、正直本気で疲れていたこともあり、素直にユウの申し出を受けるベルティルデ。


 それを見送り、サクッと解体を進めていくユウ。


 この手のドラゴンの解体になれていたユウの存在もあり、日が暮れる前までにはアルトに運び込めるサイズまで解体が進むのであった。





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