プロローグ 春休み
2巻部分を再投稿させていただきます。
正常に投稿されていることが確認できましたら、以前の投稿部分は削除させていただきます。
しばらくは分かりづらい表示となり、申し訳ございません。
「えいっ! えいっ!」
気合いの声と共に、巻き藁に添えた手のひらを押し込むティファ。
そんな必死さもむなしく、巻き藁は微動だにしない。
ユウとティファが出会ってから一年少々。
冬が終わり、肌寒さが緩んできた三月。
三年生の授業も全て終わり、四年生への進級を数週間後に控えたその日、いつもの公園。
ユウとティファは、幾人かのギャラリーを前に、いつもの訓練を続けていた。
「……なあ、ユウ」
「何だ?」
「嬢ちゃんがやってるあれ、何の訓練なんだ?」
何らかの技を使おうとしてはひたすら不発を続けるティファを見守っていたバシュラムが、師匠のユウに対して素朴な疑問をぶつける。
同じようにティファがやっていることが理解できなかったカレンも、何やら妙にわくわくした様子でユウの答えを待っている。
その横ではベルティルデが、可愛らしいものでも見るような目で、失敗しているティファの様子をうっとりして見ている。
「あれは発剄という技の訓練だ。技の作用や使い道はいろいろあるんだが、ティファの場合は至近距離に近寄られた相手を弾き飛ばして距離を開くための技として教えている」
「そんな大層な技に見えねえんだがなあ……」
「不発してるからな」
「いやまあ、そりゃそうなんだがよ……」
見れば分かるとしか言いようがないユウの台詞に、思わず突っ込むバシュラム。
バシュラムが言いたいのは、迫力が皆無なティファが練習していることと不発していることを差し引いても、そもそも技の挙動自体がそんなすごいものに見えない、ということである。
「本当にあんなやり方で、そんなことできるのか?」
「ああ。もっとも、口で説明できない感覚をつかまないと、何年修行しても使えない類の技ではあるんだがな」
「……そんな技を、限定的すぎる用途のために仕込もうとするなよ……」
さすがにティファが不憫になって、ついそんな突っ込みを入れてしまうバシュラム。
ユウがティファに仕込む技は、感覚がつかめなければ身につけられない類のものがやたら多い。
そもそも根本的な話、普通は至近距離に踏み込まれた時点で、魔術師だろうが何だろうが関係なく対処する前にやられている。
やられずに済む可能性があるケースなど、事前に防御魔法で徹底的に防御を固めていたり、踏み込んだ側がフルプレート相手にナイフで挑んだりなど、そもそも防御力をぶち抜けないのが確定しているケースのみだ。
普通に考えれば、至近距離に踏み込ませないような立ち回りを覚えさせたほうが効果的である。
効果の面でも教える順番的な意味でももっと後回しどころか、そもそも無理に教える必要もなさそうなことを、それもやたら手間がかかって効率が悪い方法で教えるあたり、ユウのずれっぷりは健在である。
「ねえ、ユウさん。本当にあれで、そんなすごいことできるの?」
「それは俺も疑問だな。ついでに言えば、仮に相手を吹っ飛ばせるとしても、単に吹っ飛ばすだけなら他にいくらでもやりようがあるだろう? いくらなんでも、効率が悪すぎやしないか?」
カレンとバシュラムの疑問に対し、ふむ、と一言漏らして考え込むユウ。
その間も、ティファはひたすら不発を続けている。
「そうだな。まず、バシュラムさんの疑問だが、ティファに関してはそれ以外の使い道がなさそうだというだけで、別に吹っ飛ばすだけの技というわけではない」
「……ますます訳が分からないんだが、吹っ飛ばした後マヒでも起こすのか?」
「できなくはないが、あまり本流ではない使い道だな。まあ、やってみせるか。ティファも、一応見ておくといい」
そう言って、公園の管理人に許可を取って目立たぬ位置に常備してある巻き藁を取り出して、比較的浅く地面に突き刺す。
「あまり深く刺して立てると後始末が手間だから、とりあえず深さはこれぐらいにしておく」
「おう」
「で、まずティファにやらせようとしているのが、こういう感じだ」
そう言って軽く巻き藁に手を添え、タイミングが分かりやすいようにあえて少し溜めを作ってから発剄を叩き込む。
次の瞬間、派手な音と同時に巻き藁が大きく吹っ飛ばされる。
その光景に、ユウとティファを除く全員の目が丸くなる。
「……マジで吹っ飛ばしやがった……」
「……巻き藁って、あんなに遠くまで飛ぶんだ……」
「……今、魔力は全く動いてなかったわよ……」
ユウがあっさりやってのけたことに対し、口々に思うところを述べるバシュラム達。
その横で、何やら真剣な顔をしながら今見たことを吟味するティファ。
「……よし!」
そのまま何やら思い付いたようで、一つ頷いて訓練を再開する。
先ほどと同じように巻き藁に手を添え、一見して先ほどと同じように手のひらを押し込む。
ミシリという小さな音とともに、巻き藁がかすかに揺れた。
「……あっ!」
「感覚はつかめたようだな。あとは練習あるのみだ」
「はい!」
ユウの言葉に、ティファが嬉しそうに返事をする。
やはり、できなかったことができるようになると嬉しいようだ。
「……結局、何がどうなったのかは分からねえが、嬢ちゃんも基礎はできるようになったってことでいいのか……?」
「まあ、そういうことだな」
「てかティファちゃん。見本見た途端にできるようになったんだけど、どうして?」
「えっと、ユウさんの筋肉の動きを確認して、頑張って真似してみました」
カレンの疑問に、笑顔でなかなかとんでもないことを言ってのけるティファ。
そもそも、服の上から筋肉の動きを確認するというのは、一流の冒険者でも簡単なことではない。
しかも、普通は確認しただけで真似などできるわけもないのだから、二重の意味でティファは異常である。
どうやら、一年かけて基礎を徹底的に仕込まれ、更に気の感知を練習しているうちに感知能力全般が強化された成果が出すぎているようだ。
「……魔神殺しなんだから当然なんだけど、ティファちゃんがどんどん人間離れしていくよ……」
「魔力量的には最初から人間の範疇に入るかどうかおかしかったのだから、これぐらいは今更だ」
着々と人間離れしていくティファの現状を嘆くカレンに対し、ユウが身も蓋もない事実を告げてトドメを刺す。
それを苦笑しながら見守っていたベルティルデが話題を元に戻す。
「それで、さっきのバシュラムの質問に戻るのだけど、吹っ飛ばす以外の用途って、どんなものなのかしら? マヒさせるのはできるけど一般的ではない、と言っていたわよね?」
「ふむ、そうだな。巻き藁を壊すのはもったいないから、何か別のもので……。ああ、このサイズの石なら分かりやすいか」
ベルティルデの質問に対し、物騒なことを言いながら片手には余る程度の大きさの石を拾い上げるユウ。
その行動に嫌な予感を覚えつつ、これから何をやらかすのかと注視する一同。
技の感覚をつかんだティファは何やら気がついていることがあるらしく、あからさまに顔が引きつっている。
「はっ!」
その場にいる全員から注目を浴びながら、軽く石を上に放り投げて、落ちてくるタイミングに合わせて横から掌打を叩き込むユウ。
普通ならば度合いはどうであれ横に弾き飛ばされるはずの石が、鈍い音を立てて粉砕された。
「こんな風に、内部に衝撃を集中させて、外に一切破壊力を漏らさずに叩き込むのが、もう一つの基本的な用途だ」
「これは……モンスターにも、通じるのか?」
「当然だ。生物だろうが無生物だろうが、形があるなら関係なく威力を発揮する」
「……基本っていうことは、応用もあるの?」
「ああ。単に、衝撃が入る場所とタイミング、それと入り方をコントロールするだけの技だからな。比較的単純なところでは、腹に叩き込んで背中にだけダメージを与えるとか、特定の内臓二つにだけ衝撃を浸透させるとか、そのあたりか。さらに上位の難しい技だと、衝撃を中で共鳴させて増幅し、外側に一切ダメージを与えず内臓や筋肉だけを完全に粉砕する、というものもある」
「……そんな技を、嬢ちゃんに教えるなよ……」
あまりにも物騒でグロい技に、顔をしかめながら苦情をぶつけるバシュラム。
「あくまで、そういう使い方もできるというだけだ。ティファがそんな用途で使う機会もなかろうし、そもそもそんな真似ができるようになるには何年もかかる」
「そういう問題じゃねえよ……」
ユウの返事に、駄目だこりゃと匙を投げるバシュラム。
使う使わないの問題ではなく、習得にやたらと時間がかかる上に無駄に物騒な技をいちいちティファのような子供に教えるのはどうなのかという話なのだが、何が問題なのかはどう頑張ってもユウには伝わらないだろう。
そのバシュラムの予想通り、明らかに分かっていない感じのユウが、わざわざティファに発剄を覚えさせる尤もらしい理由を口にする。
「バシュラムさんが何を問題視しているのかがいまいち分からんが、俺はあくまで、緊急事態に咄嗟に対応できる手段として、最善であろう技を教えただけだぞ?」
「どうせそんなところだろうとは思ってたがな、最善の手段っつうには物騒すぎるぞ?」
「どう使うかはティファ次第だが、いざという時に役に立つのは結局のところ、体で覚えるほど反復練習した技だ」
「その意見を全否定する気はねえが、もっとましな技はなかったのかよ……」
「発剄はさほど筋力がなくても使えるし、動作も小さくて力を溜める必要もないから即座に効果が出る。詠唱が必要な魔法と比較すれば、その差はさらに大きくなる。少なくとも、気功を関わらせずにこれより小さな動きですぐに出せる技を俺は知らん」
ユウの説明に、やはり言うだけ無駄だと思い知るバシュラム。
どこまでも鉄壁騎士団の常識やノウハウ、合理性に忠実に教育をしているだけのユウに対して、世間一般の常識や感覚を説明しても意味がない。
その教育方法が鉄壁騎士団でこれでもかというほど実績を重ねているだけに、どうにもバシュラム達普通のベテラン冒険者の言葉では説得力が足りないのだ。
そういう事情もあり、他のことならともかく、ティファの訓練内容に関してユウが他人の意見を受け入れることなどまずない。
「諦めなさい、バシュラム。一般常識を横に置けば、ユウは多分今、トライオンにいる誰よりも優秀な指導者よ。ただし、『戦士の』って単語が指導者の前につくけど」
「……まあ、嬢ちゃんさえ道を踏み外さねえのなら、他人の教育方針に口挟むのも不毛か……」
ベルティルデに諭され、諦めたように首を左右に振って現実を受け入れるバシュラム。
その隣では、カレンがそれでいいのかと言いたげな顔をしている。
「それはそうと、カレン。非常に今更な話だが、一つ聞いていいか?」
「えっと、何かな?」
「大した話ではないんだがな。いつもならそろそろ学校に行く支度をする時間だったはずだが、今日は行かなくていいのか?」
「いやもう、本当に今更だよね、それ……」
ユウの非常に今更な疑問に、ガックリしながらため息をつくカレン。
普通ならもっと早くに確認を取るべきことだろうに、もはや手遅れというしかない時間になってようやく気にするあたり、周囲に対する興味が薄いにもほどがある。
「すまんな。ティファがこの時間に通わないのはいつものことだったから気にしていなかったが、よく考えればカレンは普通に学校に通っていたはずだ、ということを今頃思い出した」
「まあ、ユウさんだったらそうだよね……」
「自分でそうし向けておきながらなんだが、ついティファの事情が特殊だということを忘れがちでなあ……」
「俺達ですら嬢ちゃんが行かないのが当たり前になってるから、ユウがそうなるのも分からんでもないなあ……」
ユウが白状した言葉に、バシュラムが思わず同意する。
そのティファとて、新学年になれば学院で新たに学ばなければならないことができるため、今までのようにはいかないのだが、それすら誰一人として意識していない。
やはり、約一年かけて定着させた習慣というのは強いものなのだろう。
「とりあえずユウさんの疑問に答えると、どこの学校も昨日から春休みに入ったから、三週間ほどは休みなんだよね」
「ふむ。ティファのほうもか?」
「はい。ただ、わたしの場合は普段とあんまり変わらないので、お休みだっていうのがあまりピンと来てません」
「そうだったのか。となると、さらに気になったのだが、ティファは里帰りしなくていいのか?」
「「「あっ……」」」
休みと聞いたユウの素朴な疑問に、言われてみればという感じで、カレンとバシュラム、ベルティルデの三人が声を揃える。
逆に、問われたティファのほうは、ユウのもっともな疑問にどう説明したものかと、困ったような笑顔を浮かべている。
「ユウさんから、すごくまともで常識的な指摘が飛んで来たよ……」
「しかも、それに俺達が気がつかなかったってのが凄まじくいてえな……」
「春休みだっていうのは分かってたのに、なんでそれを全く考えなかったのかしらね……」
普段とは全く逆の立場に立ってしまったことに、慄然とするバシュラム達。
別段、ユウの常識全てが世間の常識とずれているわけではないのだが、普段が普段だけに無駄にインパクトが大きい。
「ふむ。何か問題があって里帰りできないということか。家族と仲違いしているわけではないのだろう?」
「はい」
「だとすると、金か故郷まで移動する足の問題か?」
「はい。えっと、その、うちの村までってバスの便数が少なくて、しかもすごく高いんですよ。かといって、歩いて帰るにはちょっと遠くて……」
「ふむ」
ティファの言葉に、少しばかり考え込む様子を見せるユウ。
それだけだと何も分からないので、とりあえず確認のためにいくつか質問をする。
「遠いと言うが、どのぐらいの距離なんだ?」
「えっと、整備された道に沿って移動すると、バスで三十分ぐらいです」
ティファの説明を聞き、ふむ、と一言漏らすユウ。
バスで三十分というのは、一見して歩けなくもなさそうに見える距離だが、子供の足であることやモンスターの存在などを考えると、二の足を踏むのは確かだ。
今のティファは子供の足、などとは言えない健脚。それくらいの距離ならおそらく、大人と同じく四時間前後で到着できるだろう。
戦闘能力的にも道路沿いに出てくるようなモンスターなら十分対処できる。
だが、それを踏まえた上で、そのあたりの感覚がずれているユウをして、ティファに歩けと言うかどうかは微妙だったりする。
少なくとも、間違っても九歳の子供一人で行かせる気にはならないのだけは確かだ。
「隣村、という割には遠いな」
「直線距離だとそうでもないんですが、アルトとうちの村の間に挟まっている森が、切り開いてバスを通すにはちょっと問題が多い場所だそうで、迂回路を通るしかないって言ってました。わたしも、その森には絶対入っちゃいけないって何度も言われてましたし」
「なるほど。アルト周辺でも、ところどころ歩行者や車両にとっては厄介なモンスターが出現する場所があるから、その森もそういう類なのだろうな」
「そうみたいです。あと、森を迂回しようとするとちょっとした丘にも引っかかるようで、さらにそこも迂回して、って感じで、どんどん道が長くなったみたいです」
「丘というのは、時折強力なモンスターが湧くことがあるからな。うかつに街道を通すこともできんだろう」
ティファの説明で事情を理解したユウが、頭の中で周辺の地図と照らし合わせて、ティファの村が存在するであろう大体の位置を特定する。
「……ふむ。条件に合致する場所となると、大体あのあたりか」
「……今の話だけで、分かるんですか?」
「正確な場所までは無理だが、大体の位置はな。全部に足を運んだわけではないが、一応アルト周辺の地形は頭に叩き込んでいる」
「やっぱりユウさんはすごいです」
「いや、冒険者や騎士なら、地理の把握というのは基本だと思うのだが……」
尊敬の思いで目をキラキラさせるティファに対し、微妙に居心地の悪さを感じるユウ。
実際、自分が拠点としている都市およびその周辺の大まかな地理くらい、中堅以上の冒険者なら大体把握している。
本職であるスカウトやレンジャー、もしくはバシュラムやベルティルデのようなベテランでもない限りは、ティファの説明くらいで位置を特定できるほどではないのだが、それでもこのことに関しては、別段ユウの専売特許というわけでもない。
今回に限ってはせいぜい、一年でベテラン並みに地理を把握していることくらいしか、すごいと呼べる要素はなかったりする。
「バシュラムさんも、これぐらいは分かるのだろう?」
「まあな。駆け出しならともかく、本職か俺ぐらいのキャリアがあれば、その条件に一致する地域は一カ所しかないってのはすぐ分かるからな」
「そうなの?」
「ええ。というより、ある程度の地理の把握は冒険者として必須だし、長くやってるとそれ以上に詳しくはなってくるものよ」
ユウとバシュラムの言葉の真偽を問うたカレンに、ベルティルデが肯定しつつ補足説明をする。
「しかし、俺やユウの想定通りなら、嬢ちゃんの村はトルティア村だろう?」
「はい」
「だったら、やっぱり歩いていくのはおすすめしねえなあ」
地形やモンスター分布を思い浮かべつつ、バシュラムがそう結論を出す。
特にこの季節は、途中で迂回する丘陵地帯あたりに、足は遅いが戦闘能力が高いモンスターが出現する。
もしそれと遭遇したらと思うと、徒歩で行かせてしまうとティファと街道、双方を案じなければいけない状況になる。
「あのあたりには用がなくて一度も足を踏み入れていないのだが、どんなモンスターが出るんだ? さすがに俺の索敵範囲からは離れすぎていて、詳細が分からん」
「あ~、まあ、お前の腕からすれば大したのは出てこねえな。ただ、あの森はクロムバードが住み処にしてるはずだ」
「俺の知っているクロムバードと生態が同じなら森の外には出てこないから、近くに村があっても問題はないんじゃないか。もっとも、うかつに縄張りに踏み込んだ日には、それなりの防御力と速度がなければやられてしまうが」
「そういうことだ。だから森を切り裂いて最短ルートの道を作る、なんてことができねえんだよ」
ユウの説明に、同じものだろうと結論を出すバシュラム。
別名『開拓者殺し』とも呼ばれるクロムバードは、自分達の縄張りである森の中に侵入した余所者に対して、容赦なく群れで襲い掛かってくる鳥である。
時速二百キロを超える速度で地上を走っていても追いつかれ、普通の金属製の防具や装甲板くらいは軽々と貫通する嘴や鉤爪を持ち、挙句の果てに攻撃魔法まで使う厄介なモンスターだが、あまり高く飛べないこともあってか、魔神の襲撃でも受けない限りは縄張りの外には絶対出てこない習性を持っている。
この習性により、森の中にさえ入らないようにし、森が広がりすぎないよう縄張りの外ぎりぎりの伐採を続ければ、近くに村などを作っても安全なのだ。
「因みに前回帰ったのはいつ頃なんだ?」
「実は……お金も時間もなかったので、こっちに来てから一度も帰っていません……」
「一度もってことは三年も帰ってないってこと!? ティファちゃん! さすがにそれはよくないよ!」
「金銭面的なことが問題だってんなら、俺達でどうにかしてやるから、帰ったほうがいいぞ」
「そうね、こんなに小さいのに三年も帰っていないだなんて、よくないわ」
「えーと……わたしは別にそこまで帰りたいわけじゃ……」
微妙な空気に包まれてしまい、ティファが弁解するように言葉を発すると……、
「ふむ……そうだな。ティファ、せっかく休みなのだから、俺と一緒に里帰りするか?」
「「「「えっ?」」」」
いきなりのユウの提案に、皆の驚きの声が重なる。
「えらく驚いた顔をしているが、通うのは無理でも長期休暇なら帰れない距離でもないだろう? それなのに、親に顔も見せに行かないことのほうがよほどおかしくはないか?」
「驚いてるのはそこじゃなくて。ティファちゃんが帰るのは分かるんだけど、なんでユウさんも一緒なの?」
「専属で一年も指導をしているんだから、挨拶の一つぐらいはしておくべきだろう? それに、不可抗力とはいえ、二度も魔神との戦闘に巻き込んだのだ。そのことについても謝罪しておきたい」
何を当たり前のことを、と言わんばかりの態度で、カレンの疑問に今更といえば今更のような理由を答えるユウ。
その答えに、思わず何を言っているんだこいつは、と素で思ってしまうカレン。
「なんだか、半分くらいは結婚の許可をもらいに行く男の人みたいな動機ね」
「結婚の許可を取りに行く、というのは、こんな思い付きで唐突に動くものなのか?」
「思い付きで動いてるってのは自覚してるのかよ……」
ユウをからかおうとしたベルティルデの言葉に、大真面目に素朴な疑問をぶつけるユウ。
そのユウの言葉に、バシュラムが実に正しい突っ込みを入れる。
そんなユウ達のやり取りを、どことなく満更でもなさそうな感じで聞いているティファ。
ティファにとってユウは尊敬する師匠であり自分を拾ってくれた恩人でもある。だからといって、そういった思いが恋愛感情に発展しているかというと、そうではない。もっと正確に言うなら、恋愛感情と明確に呼べるほどの感情を持てるほど、ティファは心身ともに成熟していないのだ。
が、ユウに対する依存を日々深めているティファとしては、ユウと離れずに済みそうならどんな関係でも問題ないので、結婚を申し込まれるというのはある意味願ったりだったりはする。
俗に言う、『大人になったら先生のお嫁さんになる』というやつをもう少し深刻にすれば、今のティファの気持ちに近くなるだろう。
(もしかして、ベルティルデさんの言葉って、ティファちゃんに対しては藪蛇だったんじゃ……)
ティファの様子を見ていたカレンが、冷や汗を垂らしながら内心でそんなことを考える。
残念ながら、年長者であるユウ達はティファの様子に気がついておらず、なおも妙なやり取りを続けている。
「そもそもな、ユウ。どっちの理由も割と今更過ぎるから、やっぱりお前が嬢ちゃんの里帰りに付き合う理由にはならねえぞ?」
「まあ、あれは付き添いの口実みたいなものだ。いくら賢かろうと、さすがにティファ一人で里帰りさせるのは、いろいろ不安があるからな」
「そっちを先に言えよ……」
ところどころで一般常識を踏まえた発言をするユウに対し、疲れたように突っ込むバシュラム。
それを聞いたティファが、本人的にはかなり重要な質問をする。
「あの、ユウさん。アルトからうちの村までって、ものすごく運賃が高い上に早朝と夕方しかバスが出てないんですけど……」
「それに関しては、大した問題ではないな。森を抜けるルートならそれほど距離もないだろうから、ティファを抱えて飛べばすぐだ。これなら交通費もバスの待ち時間も不要だから、ティファが気にしている問題は解決するだろう?」
「ええっ!? ユウさんって空飛べるの!?」
「さすがに、大陸間を渡れるほどの航続距離はないが、ここから『堕ちた遺跡』ぐらいまでなら、ティファ一人抱えてモンスターを排除しながら飛んでも余裕、という程度の能力はあるぞ?」
「飛べるのは知ってたが、そんなに長距離飛べるのか……」
驚きながら大声で質問してきたカレンに対し、あっさりそう答えるユウ。ユウの答えを聞き、やっぱ魔神殺しってのはすげえな、という感想を前面に押し出しつつバシュラムがつぶやく。
最初の魔神の時に短距離とはいえユウが空を飛んでいるのを見ているため、バシュラムもベルティルデもティファを担いで隣村まで飛ぶ、という点に関してはさほど驚いてはいない。
が、さすがに堕ちた遺跡まで余裕で飛べるというのは予想外だったようで、そこには素直に驚きを示している。
因みに、アルトから堕ちた遺跡までは、直線距離で大体百五十キロちょっと。意外と近いと見るか、なかなかの距離と見るかは微妙なところだろう。
バスで四時間前後というのは、道が真っ直ぐつながっているわけではないことと、路面の問題で時速六十キロ以上を維持できないのが主な原因である。
歩いて二日ほどで到着できるのは、専用の歩道のようなものが整備されており、その途中に堕ちた遺跡直通の転移門が存在しているからだ。
「ティファが空を飛ぶのが怖いのであれば、バスで行くことも検討するが、どうする?」
「あの、ユウさん……鍛えれば、わたしもいずれ飛べるようになりますか?」
「ああ。このまま鍛錬を続ければ必然的に飛行能力は身につくだろうし、気功に頼らなくても普通に飛行魔法も存在しているからな」
「だったら、予行演習も兼ねて飛んでいってみたいですが、いいですか?」
「分かった。ならば手土産でも調達したら、今日早速行くか?」
「はい!」
周囲の人間が口を挟む間もなく、あっさり里帰りを決定するユウとティファ。
いつものことながら、あまりに急に話が進むことに対し、大慌てでカレンが口を挟む。
「ちょっ、ちょっと待ってよ! いくら何でも急すぎるっていうか、せめて事前に帰ることくらい連絡したほうがよくない!?」
「手紙は時間がかかるし、手紙も通信も金がかかる。それでは何のために交通費を節約するのか分からなくないか?」
ユウの反論に、そういう問題じゃないと言いたくなりつつ、どう説明すれば理解してもらえるか分からず言葉に詰まるカレン。
結局、自分ではユウを説得できないと判断し、一縷の望みをかけてバシュラムとベルティルデに視線を向ける。
「行くなら、気を付けていけよ。方向を間違えるんじゃないぞ」
「特産品とかあったら、お土産よろしくね」
「ああ、分かった」
「わたしの村ははちみつ棒が人気の一品なので、それをたくさん持って帰ってきますね」
カレンの気持ちを知ってか知らずか、そんな風にのんきにユウ達を送り出すような言葉を告げるバシュラムとベルティルデ。
「え? みんなそれでいいの!? いや、そうじゃなくって~!」
「なあ、カレンの嬢ちゃんよ。上流階級じゃあるまいし、普通は家に帰るのにわざわざ事前に連絡なんてしねえよ」
「そうそう。場合によっては、出した手紙が後から到着、なんてことも珍しくないしね」
まさかのバシュラムとベルティルデの意見に、今度こそ完全に沈黙してしまうカレン。
こうして、唐突にティファの里帰りが決まってしまうのであった。




