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エピローグ 魔神殺し達の新たな日常


「今回ばかりは、さすがに死を覚悟したぞ」


 魔神討伐を終え、無事生還した日の夜。


 魔神相手に勝利したとは思えぬ沈んだ空気の中、代表で事情聴取を終えて帰ってきたユウが、よく冷えたエールを片手にため息をつきながらそうぼやく。


 その言葉に魔神討伐の場にいた人間は誰一人異を唱えず、何度も何度も首を縦に振っていた。


「そういえば、バシュラムさんとベルティルデさんはどこにいたんだ?」


「俺達は遺跡の入口近くだな。とりあえず回収できる冒険者を回収しておいたんだ。で、その後は、ベルティルデの精霊魔法で状況を確認しながら、すぐ動けるようにぎりぎりの場所で待機してた」


「中級魔神相手に、私達ができることなんてないようなものだもの」


「ベルティルデはまだいいぞ。俺なんて虎の子をユウに渡す以外のことは、何一つできなかったからなあ」


「でも、その虎の子のおかげでみんな助かったんだから、十分に役に立ててるわよ」


「それしかしてねえ、ってのにこの疲労感。正直本気で情けねえなあ……」


 ぐったりした様子でエールをあおるバシュラムに、何言ってんだかという視線を向ける一同。


 そもそもの話、今回窮地を脱する決め手となったエリクシル剤は、バシュラムのネームバリューと実績と人脈がなければ手に入れることができない貴重な代物だ。ここにいたのが深紅の百合だった場合、どう頑張ったところで逆転はあり得なかった。


「そういえば、嬢ちゃんは俺達と違って、ものすごく頑張ってたな」


「正直な話、ティファがいなければどうにもならなかった」


 バシュラムの言葉に、ユウが正直にそのあたりを認める。


 結果を見ればたかが武器一本の問題だったとはいえ、ティファがいなければ決め手に欠け、最終的にユウは切り札を切って相打ちに持ち込むしかなかったのだ。


 そのティファはというと、無茶な魔法の使い方をしたことで体力の限界を迎え、現在部屋で爆睡中である。


「とりあえず、今回の魔神殺しの称号は、俺だけでなくティファとバシュラムさんとベルティルデさんも対象に入るな。他に一緒にいた連中は、さすがに少々微妙なところだが」


「待って待って! 私達はエリクシル剤を届けただけよ!?」


「嬢ちゃんはともかく、俺達はさすがに違うだろうが!」


「エルファルド大陸での魔神殺しの定義は、魔神を仕留めるために必要不可欠な働きをした人材となっている。今回はバシュラムさんがエリクシル剤を持っていなければ俺は死んでいたし、ベルティルデさんがいなければ俺に届けることはできなかった。どちらも欠かすことのできない仕事をしてくれている」


「それ、薬さえあれば私達でなくてもできるわよ!」


「他にも、冒険者達が戦闘域に入らないように、危険を顧みずに誘導してくれたというのもあるし、何より精霊魔法でとはいえ、魔神の姿を直視したまま状況を観察し続けて必要なタイミングで介入できたというのは、並の人間では不可能だぞ」


 ユウの言葉に、どう反論していいか分からず戸惑うバシュラムとベルティルデ。


 それに対して、功労者に称号が行くのは当然とばかりに一つ頷き、エールをあおるユウ。


 ユウからすれば、バシュラムもベルティルデも、魔神殺しとなるための最低限の条件である、中級ランクがいる戦場にいても自分の力だけで生存を確保できる、ということを満たしている。


 本人達はピンと来ていないようだが、普通ならよほど運がよくない限り、精神防御を張っても直視するだけで命にかかわるのが、中級魔神というものなのだ。


「まあ、誰が魔神殺し扱いされるかは、この際どうでもいい。問題なのは、ティファの心が大丈夫かどうか、だな」


「さすがに、先生が一人、目の前で死んでるからなあ……」


「今回は、俺もそこまでの余裕がなかったからな……」


 そう言いながら、申し訳なさそうにエマに視線を向けるユウ。


 その視線に対して首を横に振り、小さくため息を漏らすエマ。


「アデラ先生のことは残念ですが、誰の責任でもありません」


「だが、上手くやれば助けられたのも事実だ。少なくとも、ティファはそれを自覚している」


「ユウさん、それは傲慢というものです。たった八歳の子供が、大の大人でも恐怖ですくむような相手を前に、完璧に動けるほうがおかしいのですから」


「それぐらいは俺もティファも分かっているさ。それでも、もっと上手くできたはずだ、と思ってしまうのはどうにもならん」


 ユウにそう言われ、力なく頷くエマ。死んだ教師のことに関しては、エマ自身あれこれ後悔していることがあるのだから、助けられる可能性があったうえで目の前で死なせてしまったユウとティファが、何も思わない訳がない。


「とりあえず、しばらくは修行以外のところでは、できるだけ甘やかすしかないな」


「そうだなあ。正直、あんな年の子供が背負うようなことじゃねえからなあ……」


「私達でも、結構きついもの……」


「なんにせよ、あまりはしゃぐ気分でも騒ぐ気分でもないから、飯を済ませたら引き上げるか」


「そうね。とりあえずランドルフさん、あんまりティファちゃんにダメージがいかないように、かといって必要以上に名誉の類をユウや私達に乗せないように、上手くやっておいてね」


「ああ、任された」


 ユウの言葉に同意しつつ、ランドルフに釘を刺すベルティルデ。


 ベルティルデの言葉に真顔で頷きながら、いつの間に撮っていたのか大量の写真を前に記事を組み立て始めるランドルフ。


 それを見て再びため息をつくと、いつになく苦いエールを飲み干して、やけ食いのように夕食をかき込むユウ。


「エマ殿に記者殿。向こうの状況が分からんのだが、これを口実に帰って大丈夫だと思うか?」


「情勢的な部分は分かりませんが、状況的によいと思いますが……」


「被害が被害だし、自分のほうからも連絡は入れておいたから、アルトに帰っても十日ぐらいは落ち着けると思うよ。というよりむしろ、明日ぐらいに帰らないと、記者がこっちに大挙して押し寄せてくるだろうからね」


「分かった。ではそうさせてもらおう」


 ランドルフの助言に頷き、心身ともに疲れ切った体を引きずって自室に引き上げ、上着だけ脱いでベッドに倒れ込むユウ。


 そのままティファ同様抵抗の余地もなく、深い眠りに落ち……、


「……ん?」


 数時間後。ふと意識が浮上した瞬間に、温かいを通り越して暑いの領域に入っている柔らかな何かがしがみついていることに気がつくユウ。


 ベッドの布団をめくってみると、いつの間に潜り込んできたのか、グスグス泣きながらしがみついて眠っているティファの姿が。


「やれやれ……あれだけのことがあったからな。今日は仕方がないか……」


 そう呟いて、珍しくティファのしたいようにさせるユウ。


 結局ティファは、翌朝になるまでずっとしがみついたままであった。












 そして、一カ月後。


「そうか、ついに無事進級か」


「はい!」


 なんだかんだで平穏を取り戻したユウとティファは、事件前のように朝から麗しき古硬貨亭で訓練前の軽い朝食を取りながら、いつものように前日に学院であったことを話していた。


「結局のところ、あの政権は何だったんだって状態で終わったよね~。前の選挙」


「おかげで、お金の心配はせずにすむようになりました」


「結局、リエラ殿もそのままの身分だったしな」


「でも、ノックスさんは除名処分になっちゃいましたし、なぜかベルトナム君も謹慎させられて落第してます」


「あのお嬢さんに関しては、本人が魔力封印も除名処分も受け入れているからな。子供故に半分は親の監督責任、残り半分は元議員のおじの罪ということになったから刑事処罰はなかったが、前歴として記録には残る。除名による放校ぐらいなければ、逆に本人の更生の足かせになる」


 ユウの言葉に、そんなものなのかと首をかしげるティファとカレン。


 正直なところ、魔神戦で徹底的に心が折られている様子を見ていたティファは、もう十分に報いは受けていると考えており、その後の処分の内容はどうでもよかったりする。


 一方、カレンのほうは、起こした罪に対して処分が軽すぎるんじゃないかという気がして釈然とはしないが、感情論で話を進めると碌なことにならないのは分かっているため、その思いはとりあえず飲み込んでおく。


「ベルトナムとやらに関してはよく知らんが、まあ、いろいろあったのだろう」


「ねえユウさん、そう言っちゃうと、大体のことは当てはまっちゃうよね?」


「そうだな」


 カレンの突っ込みに納得し、ティファが食べ終わったのを見て、水を飲み干し立ち上がるユウ。


「それで、結局ティファちゃんと同室になっちゃってるけど、それっていつまで?」


「さあな。寮のほうも何やら問題が出ているらしいし、最低でもそれに片がついてからだろう」


「なるほどね。ティファちゃん、ユウさんの抱き心地はどうかな~?」


「えっと……、とっても……、安心できます……」


 カレンにからかわれて、恥ずかしそうにそう告げるティファ。


 さすがに子供故に同衾がどうとかいう意識は一切ないのだが、この年になって大人に添い寝してもらわねばならない、というのは恥ずかしいらしい。


「カレン、仕方がないことでそうやってからかうのは、よくないぞ?」


「あ~、うん。ごめんね、ティファちゃん」


 ユウにたしなめられて、大真面目に頭を下げるカレン。


 そう、あの事件以来、ユウとティファは麗しき古硬貨亭の一室で同居していた。


 もともと、全寮制という訳ではないアルト魔法学院。運営のほうでいろいろ問題が発覚したこともあり、ティファが一時的に退寮することに特に問題は発生していなかった。


「まあ……なんだ、ゆっくり立ち直ればいい。俺とて、初陣のときはしばらく不安定だったしな」


「はい、ユウさん!」


 ユウの言葉に、嬉しそうに元気いっぱい返事するティファ。


 なんだかんだいって、師弟の絆は順調に深まっているのであった。



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