第3話
「というわけで、この場所を新しい引越し先にしようか!」
「なにが『というわけで』なのか全くわからないよ!?」
リンネが亡霊人生を歩み始めて2日目。
今日は家から徒歩で、きれいな湖畔に来ています。
湖には波もなく、季節の花がたくさん咲いており、とても風光明媚で静かな場所です。
ここが魔物が出るらしい異世界にはまったく思えないね!
「荷造りとかするのかと思ったら、15分ほどお散歩しただけのこのどこが引越し!?」
「うん、僕の家はディアボロス魔王国の外れにあるからね、少し歩いただけでもう国境なんだよ」
「いや徒歩で国境越えとか、防衛的にどうなんですか? さすがにダメすぎません!?」
「それはもう少し歩いたら分かるよー」
手招きするジグの方にしぶしぶと歩いていくと、
ぐにょん。
「……いまなにか、不可解な感触が」
例えるなら、一瞬だけプリンの壁に激突してすぐ抜けたような。
「これが父王様の権能である『魔王結界』だよ。国境に張り巡らされていて、一度出た者は許可がないと再入国できないんだ。やっぱりすごいよねーディアボロス様は」
「なるほど結界……、ってそれじゃあ家に戻れないじゃないですか!?」
ジグも私も、手ぶらだ。
いや魔物のいる世界で手ぶらで外出って、その時点で危機感が無さ過ぎではあるが。
武道の経験0、運動は少しだけ平均よりできる程度の私が包丁とか持っていても役に立ちそうにないから、特に持ち出さなかったのだ。
「大丈夫だよ。見てて」
そう言うと、ジグは少し離れた場所に移動して
「ダンジョン、『召喚』!」
そう言った途端。なにもなかった空間に、突如巨大な魔法陣が出現した。
その中心からせり上がってきたのは、先ほど出かけたはずの一軒家。
数秒で家は地面からせり上がる様に姿を現わすと、湖畔地帯に何事もなかったかのように鎮座した。
「ほら、魔王は自分のいる場所にダンジョンを移動させることができるのさ。しかもこれは魔王ポイントがいらない」
「おおー! 魔法使いみたい!」
「魔法使いじゃないけど、僕は一応魔王だからね」
そういえば、アイテム収納を除けば私が魔法を見るのは初めてだ。
ジグのことを料理上手な普通のお兄さんだと思いかけてたけど、魔法を使えるなら少なくとも人間ではないんだね。
……魔王様には、やっぱり見えないけど。
「うん、ディアボロス魔王国からはギリギリ出てる」
「およそ10メートルほどしか出てないけれど」
「もし魔物が出ても、急いで逃げて別の場所に家を建て直せばいいね」
「前提から全力で戦わないスタイルなのだけど」
「なによりここ、すごく良い場所だよね。風も気持ちよくて湖の水も透きとおってるし、リンネもそう思うよね?」
「確かに素敵だけど、魔王の居住地の選定基準としてはどうかと思うよ!?」
もっと敵から攻められにくいとか、そういう基準で選んだらどうなんだ。
しかも、ジグも私もろくに戦えないのに。モンスター出たらどうするんだ。
「リンネは真面目だなぁ」
「いや魔物とか見たことないから分からないけどたぶん死ぬよ!?」
魔王様がこんなゆるふわだから魔物もおとなしいし大丈夫……なんて、都合がいいことがあればいいんだけど。
はじまったばかりの第二の人生、リスクは避けたい。
「ここはディアボロス魔王国に近いから危険な魔物は少ないよ。それに、そこに水路があるのが分かる?」
「水路……、って、あの整備された洞窟みたいなの?」
「そう、王都に繋がってる水路には魔物除けの術がかかっていて、スライムみたいな弱いモンスターしか出なくなってるんだ。だから、何かあったらあの中に逃げ込めば良いんだよ」
「それなら一安心……なのかな?」
魔王の結界。そのすぐそばには凶暴な魔物が少ない、穏やかな湖畔地帯。
湖から清浄な水を引くために、魔王国の王都につながる水路があって。
その水路の中は、確か結界がもろくて、少数の人間なら魔王に見つからずに通れる。
…………ん? 私、なんでそんなことを知っているんだろう。
「あ、思い出した」
突然脳裏に蘇った、前世でやっていたあるゲームの記憶。
ディアボロス魔王国は人類にとっての『敵国』で、勇者によって滅ぼされる国だ。
悪逆の魔王の治める邪悪な国を勇者たちは滅ぼし、人に仇なす魔族は一匹残らず聖なる光によって消滅する……。
…………あれ?