第2話
従僕。
魔王ならば必ず従えている配下の魔物のこと。
魔王の権能である『召喚』によって生み出される生物。
彼らは魔王の忠実な部下であり、魔王の王国であるダンジョンに暮らし、そこへ侵入してくる者の排除を主な役目とする。
高位の魔物に於いては、魔物の軍勢を統べる軍師であったり、魔王の影武者として働くこともある。
「と、いうところかな。」
教科書通りといった様子で説明したジグの顔をしげしげと眺める。
魔王ならば、必ず従えている部下。従僕。
「……ジグの配下の魔物って、私だけなんですか?」
どうりでこのダンジョンとかいう一軒家、ジグと自分以外に誰もいないわけである。
「うん、それどころか、僕は魔王としての徳が低すぎて全然『召喚』が成功しないんだ」
「はい? そんなことあるんですか?」
「魔王の徳は、敵や他の魔物の命を奪うことや、配下の魔物がダンジョンで増えていくことによって貯まるんだけど……。まぁ、見ての通り」
魔王の徳、つまり魔王ポイントでMPとか言っておけばいいだろうか。
戦闘経験0、配下の魔物1人では、MPが増えないわけである。
「亡霊ってゴースト系だと一番弱くて、普通の魔王ならコストほぼ無しで初めから何体も召喚できるはずなんだけど」
「え、私そういうザコモンスターなんですか! スライム的な?」
「うん、リンネはレベル1だし。スライムを召喚しても良かったんだけどねー」
半透明のぷよぷよスライムな華の二十歳女子大生。……とても嫌だ。
「人型で良かったです……」
「あはは、リンネみたいに話ができるなら人型で良かったよ。普通は亡霊って会話ができないから」
「そうなんですか?」
「うん、だから、初めての従僕が君で良かったと思ってるよ」
ジグがにこりと微笑む。
夜闇色の髪に、深海の青色の瞳。穏やかな人柄が感じられる優しそうな顔立ち。
線が細すぎて魔王様には見えないけど、大学にいたら女子に人気が出そうな、ちょうどいいくらいのイケメンさんだ。
(転生してこの人? 魔王? の配下になれたなら、悪くないかも。)
少なくともジグは美味しい食事とお風呂、暮らす場所も提供してくれるらしいのだ。
奴隷のように手酷くこき使われたり、エロ同人のようにアレでコレな扱いを受けたりはしないだろう。
うん、そういうのも異世界転生お約束だが、できれば私は平穏に暮らしたい。
そう、平和でのんびりとした異世界亡霊ライフ(?)を……。
「これから僕らはこの国を追い出されるのに、ひとりぼっちじゃ寂しいからね!」
「ちょっと待って今なんて言った?」
私の平穏な亡霊人生に、さっそく不穏なワードが!
「うーんとね、魔王は生まれたらできるだけ早く独り立ちして、別の場所に自分の国、つまりダンジョンを作らないといけないんだ。
でも、僕は全く戦闘もできないひ弱魔王だから、温情で父王様の国の端に置いてもらっていたのさ。
生まれた年の終わりまで、それ以降は保護せず敵とみなす、という約束でね 。」
「なるほど……。ところで、今年っていつまで?」
「今年は、明後日で終わりだね。同じ国に魔王は2人いらないから、3日後にこの国にいたらこのダンジョンはディアボロス魔王軍に攻められてしまうかな……」
「なんでそんなのんびりしてるんですか! ソファーに座ってココア飲んでる場合じゃないでしょ!?」
ジグのせいでこの家の中だけが平穏なゆるい空気に包まれている。
この、ごく普通の一軒家を魔王軍が攻めるなんて、かなりシュールな光景。
攻めるというか、1分持たないんじゃないか。火でも付けられたらそれで終わるのでは?
「だからダメ元でもう一度召喚を試したんだ。
結果として、やっと僕にも従僕ができたわけだ! 」
ニコニコと笑いながらリンネの頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫でる。
白い髪がぐしゃぐしゃと乱された。
「ちょ、従僕って言いながら子犬扱い!?これでも華の二十歳女子です!」
「そうなんだ? 僕はまだ生後9ヶ月だよ。君の方が年上なら敬語じゃなくていいのに」
「幼児には、見えないもの!!」
ジグの手から逃げ出し、乱れた髪を直す。
この魔王様は人のことペットか何かだと思っているようだ。
従僕ってそういうものなのか? 番犬みたいな?
でも、お言葉に甘えて敬語はやめることにしよう。
「それじゃあ、明日は次に暮らす場所を探しに行こう! お引越しだよ!」
にこやかに宣言したジグを見て、リンネは察した。
ダメだこの自称魔王の頭ゆるふわお兄さん。私がしっかりしないと……。