プロローグ
調子に乗って深夜に自転車かっ飛ばしてたら、おんぼろのブレーキが効かなくてそのまま道路に飛び出しました。
いやー、びっくりしましたよ。いつもの慣れた道だったし車通りも少なかったし。
まさか絶妙なタイミングで走ってきた3トントラックの目の前に飛び出しちゃうとはね!
自慢じゃないけどうちって結構田舎だしトラックなんて滅多に通らないんだけどね!
まぁそんなこんなで私こと佐藤凛音は、交通事故によって儚くも二十歳の若い命を散らしてしまったようなのです。
お父さんお母さん弟よ、先立つ不幸をお許しください。
あとトラックの運転手さん、マジでごめん。あの飛び出しは避けられない。大体私が悪かった。
「……で、ここってどこなんですかね?」
薄暗い石造りの部屋。
私の目の前には一人の黒髪の細身な青年が、目を白黒させて尻餅をついていた。
「……ファントムが喋った!?」
黒一色の髪色に、深い海を連想させる青の瞳を見開いている。年齢は自分とあまり変わらない程度だろう。
顔立ちは……薄暗くてよく見えないけど整った感じで、まぁまぁイケメンの部類だとは思う。
(……でも初対面で割と失礼なことを言われた気がするけど。ファントム?)
「うーん、間違えて別の魔物を召喚した? でも対価を要求してこないし……。君って下位悪魔とかじゃないよね」
「小悪魔系女子を目指していた時期はありますが、それほどのものではないかと……」
「髪の色も肌の色も文献通りの透ける様な白だからファントムであることは間違いない……のかな」
そう言いながら男性は、私の足下の魔法陣を検分して「おかしいなぁ」「何か間違えた?」などと呟いている。
……というか、ファントムって。
「亡霊って、もしかしなくても私って死んでます?」
「はい、間違いなく死んでますねぇ…」
ご冥福をお祈りします、と言いながら彼は手を合わせてきた。合掌。
って冥福できてないからこんなところにいるんじゃないですかー。
「あ、ご紹介が遅れました。僕は、『魔王』です」
「はぁ……」
召喚とか言われたから覚悟はしていましたが、魔王ときましたか。
なんという王道ファンタジー。
「今年の朔の月に生まれた新米魔王で名前はジグムント。ジグって呼んでくれると嬉しいな」
「私は佐藤凛音です。えーと……人間で大学生でした」
「リンネが名前でいいんだよね?それにしても異世界からの転生か〜全然知らない事ばっかりだなぁ」
ここがどこなのか、魔法陣って何だなどの押し問答をした結果。
少なくともこの世界は地球ではなく、魔法があって魔王や魔物などの人間以外の異種族が闊歩する世界だと言うこと、
それと私は現在、この魔王ジグの権能によって召喚された亡霊だということが分かった。
「まぁともかく、『ディアボロス魔王国』の端にある僕のダンジョンへようこそ! これからよろしくね、リンネ」
「よろしくお願いします、ジグ」
ディアボロス魔王国……それがこの国の名前らしい。
うーん、なんとなく聞き覚えのあるような。
でも地球の国ではないことは確かだ。そもそも魔王国って。中二病患者の治める国か。
それに、ダンジョンときた。
「魔王国の端の、ダンジョン?」
「そう、ダンジョン。君の世界には魔王とか魔物っていないんだっけ?」
「いないですね。伝説とか、おとぎ話上の存在です」
それは平和そうでいいね〜とのほほんと笑うジグ。
この人ほんとうに魔王なのだろうか。
「魔王は各自ダンジョンを運営して、そこを自分の国として治めるんだよ。もっとも、ディアボロス様みたいな大魔王になると、ダンジョンの外にも領土が広がってるけど。
僕のダンジョンは大体150㎡の2階建てってところかな」
「うん、見た感じ大体ひと家族住めるくらいの大きさの、一般的な一軒家ですよね。
素敵なリビングにシステムキッチンもあるし、ところでダンジョンってなんでしたっけ?」
「ありがとう!これすごい便利でしょ。僕の権能のひとつでね」
「褒めてねぇぇぇぇ!!!」
家の広さは3LDKといったところだろうか。
西洋風のレンガ造りのお家で、淡いクリーム色の壁紙と優しい緑色を基調としたインテリアで統一されている。小さな暖炉も備え付けられていて、カントリーな雰囲気を感じさせる。
リビングもキッチンも、あまりに普通のお家すぎて、始めに召喚された薄暗い地下室だけが完全に浮いている。
……ダンジョンっぽさが残ってるのはあの部屋だけでは?
「詳しくはまたゆっくり説明するし、ぜひ君の世界のことももっと教えて欲しいんだけど……」
「けど?何かあるんですか?」
「うん、お腹空いちゃったからご飯にしようか」
ガクッとコントみたいにコケそうになった。
なにこの魔王さま……。めっちゃゆるい……。