第六話:深夜の来訪者 その1
終わった。
ちょうど学校に咲く桜と同じように、俺の恋が散っていく。
すでに抜け殻の様な白い顔をしながら、トボトボ歩いていつもの三倍の時間をかけて家に辿り着いた。到着出来ただけ良かったかも知れない。
家に付くとすでに夕食の準備が整っていた。
「悠司、お帰り〜」
「悠兄〜、昨日は桜井さん家に行ったんでしょ〜?どうだった、どうだった〜?」
「ただいま〜・・別に普通だよ〜」
適当に流して自室に向かう。
夕食だと声を掛けられたがすでに胸が苦しいので辞退させてもらった。
いつの間にか眠っていたらしい。
照明も点けていなかったので真っ暗闇で時間を見ると・・・十時。
帰って来てから放心状態だった俺はベッドに伏したまま声を殺して泣いてしまった。
「あ〜、これが失恋って奴なのか・・」
学校の屋上での事を思い出すと自然と目頭が熱くなってきた。
頭に霧の様な嫌なモヤを振り払うようにブンブンと首を振る。
――ぐぅぅ〜・・
「・・ハハッ、失恋しても腹は減ってくるんだな」と苦笑いした。
多分夕飯は取っといてくれてるだろうと、ベッドから足を伸し、立ち上がったその時・・
――コツッ
ん?今何か音がした・・
――コツッ
まただ。
窓から・・誰か外にいるのか?
俺の自室から家の前の通りを覗き込むと、そこには人影。
また何か投げようかと地面を探っているようだ。
少し前までは家の前もあぜ道で、手頃な小石もすぐに見つかったのだが、今はコンクリートが敷かれた為に中々お目当ての物を探せないようだ。
ようやく見つけたのか、地面に手を伸し『何か』拾い上げた。
そしてその影が・・
大きく振りかぶって〜・・投げた。
飛んで来た。
徐々に大きさを増していくソレは・・小石と呼ぶには忍びない大きさの石ぃ!!
――ガラッ!!
「んなもん投げる――っぐふ!」
なんとかガラスの直撃を免れたが、俺のお腹に命中。
――ゴトッ
よろよろと後ろに下がりながら横目で腹痛の対象を見る。
おいおい、これ当り所が悪かったら致命傷になるぞ!
「大丈夫〜??」
外から女の声が聞こえる。
聞き覚えのある、この声は・・
「ガラスに当たったらどうする気だったんだよ〜」
「え〜?あれぐらいなら大丈夫だよ〜」
一体いつから家の窓は強化ガラスになったんだよ。
改めて開いた窓から顔を出す。
そこに立っていたのはやはり岩崎さんだった。
なんでここに?しかもよりによって今一番会いたくない彼女が?
「降りてきてよ〜」
「え、あ、ああ!!待ってて!」
会いたくはない。
でも、家に彼女が訪ねてきてくれた事に喜び、胸を踊らせて最速で玄関に辿り着く。
一度、肺の中の空気を入れ替えてドアを空けた。
「ごめんね〜、遅くに〜」
ニコニコしながら玄関の前に立つ岩崎さん。
白いキャミソールにジーンズのホットパンツ。
私服姿の岩崎さんが見れるなんて!!
振られた事など忘れて、今この時が最高の瞬間だと思っていた。
「どうしたの?」
「ああ!!ご、ごめん」
ヤバい、見過ぎた。
でも、嫌な顔はしてない。
むしろ、頭を傾けて上目使いで、本当に「どうしたの?」って顔で見つめてくる。
もう、それだけでKOしてしまいそう。
「で、どどど、どうしたの?こんな遅くに」
「んっとね、今日学校で話した事なんだけど・・」
「今日・・学校・・」
「うん、ほらぁ〜、『美花と小松くんをくっつけちゃおう計画』――略して『美花と小松くんをくっつけちゃおう計画』!!」
「略してないしっ!!」
「にゃはは〜、期待通りのツッコミだよ〜! でね、その計画なんだけど・・・」
なんとか踏ん張って岩崎さんの用件を聞いたのだが、違う意味でKOされた。
今日の屋上の出来事がフラッシュバックしてきた。
「・・・美花はさぁ〜・・・」
――「美花の事。よろしくね〜!」
ああ、そうだよ。
俺はフラレてるんだ。
幾ら夜遅くに男の家に来てくれたとしても、それが覆るはずないじゃないか・・
「・・・だからクラスでぇ〜・・・」
――「ホント良かったよ〜、小松君が美花の事好きで!」
勘違いとはいえ、好きな人から別の恋を応援される。
これはどうゆう事を意味するのか・・・やっぱり岩崎さんは俺の事何とも思ってないって事だ。
「・・・もちろんみんなには・・・」
――「ね、だから美花には君が必要なのよ!」
美花はみんなに慕われてるじゃないか。
それこそ全国民の多くが・・。
なぜ・・俺なんだ・・。
俺は・・岩崎さんに・・必要・・と・・されたかった・・
「・・っていうのはどうかな?」
「ッ!!あ、ああ、いいと思うよ!」
しまった!殆ど話しを聞けてなかった。
トッサに何か適当に答えてしまった。
「じゃあ、それで行こう! ごめんね、こんな遅くに出てきてもらって」
「い、岩崎。 あのさ〜・・」
「じゃあ、明日ね!バイバァ〜イ!!」
「あ、お、おう!・・・って待て岩崎!!」
「ん?」
「あ、あのさ〜、もう一回その計画を教えてくれ」
「も〜、小松くんも心配性なんだから〜。 だからね・・・」
岩崎さんの計画はこうだ。
すでに仲のイイ二人だから多少強引でも二人はくっつくと推測。
俺が美花と交際していると言いふらし、強制的にカップルにさせる状況を演出。
その為にはクラスの全員の前で公認させなばならない為、皆の前で宣言。
(幸い、家のクラスには『親衛隊』が在籍しておらず好都合。)
契約書を作成し、口外させない様に制約をさせてから公表。
なんか所々抜けているが、悪くはない・・わけあるか〜!!
「ちょっと待てよ、そんなん幾ら俺が付き合ってるって言ったって誰も信じないぞ!」
「そうかな〜・・」
「それに必ず契約書を破るやつが出てくる。そうなったら俺の命や美花の仕事に影響が・・」
「いや〜ん!小松く〜ん、『美花』だって〜!!」
「い!いやいや、岩崎が言ってたから染っちゃっただけだよ!」
「ほんとかな〜・・・まぁ確かに小松くんの言う事も一理あるわね・・改良の余地がある・・」
そうだよ。
変な事すると今朝の二の前に・・・ってなんで俺は岩崎さんに協力してんだよ!むしろ止めさせなきゃ・・
「だから岩崎・・・悪い事は言わない・・そんな計画はやめろ・・」(俺と付き合うなんて美花も迷惑だろ?)
「うん・・そうだよね・・私が間違ってた・・止めよう!」
「うんうん」
「ごめんね・・今日はありがとう・・・じゃあ・・また良い案が浮かんだら相談するね〜!!」
えええぇぇ〜!!
そういう事じゃないよ〜!!
俺は計画自体止めろって言ってんの〜!!
「じゃあ、また明日学校でね〜!!」
「お、おい!岩崎っ!!」
「じゃ〜ね〜!!」
今朝と同じように砂煙りを巻き上げて去っていった。
はぁ〜。
彼女には振り回されてばっかりだな。
砂埃が収まるとすでに岩崎さんの姿は見えなかった。
振られた当日に、別の人と付き合う方法を考えさせられるとは思わなかった。
すでに空腹であった腹も気にならなくなり、もう今日は風呂に入って寝ようと思いながら玄関のドアを開けた。・・・その時―――
「今の、岩崎さん・・?」
背後から声を掛けられ振り向くと、桜井美花が立っていた。




