第三話:渾身の走り
翌朝、桜井さんに起こされた後、朝食と思われる黒い物体を差し出され「こんなもん食えるか〜!」と言ったのだが「作ってやってるだけ有り難いと思え〜!!」と言葉を乗せた拳が飛んできた。
しかたなく俺が適当に見繕って朝食を作り、それを食べて学校の支度をする。
さっき朝食の時に桜井は気になる事を言っていた。ただスクランブルエッグと食パンを焼いただけなのだが・・・「悠司はすごいな〜」と。
準備が整い、十階建ての最上階からエレベーターで一階へ。
オートロックの玄関を桜井の後に着いていく。
そこで俺は、
「さっきから気になったんだけど、桜井さんはいつもどんな飯を喰ってるんだ?」
「ん?・・ああ、『美花』でいいよ。お前とは長い付き合いになりそうだからな」
「どうしてそうなる?」
「『小松くん・・友達になってくれないの?・・しゅん・・』」
「いや、別に友達ぐらいないくらでも・・」
「そうか・・いや、私もこうゆう難しい生活をしているからな、本当の意味での友達なんて今まで居なかったんだよ。・・一つ教えてやろう!今の私が本当の私だよ。」
そう言ってニカッと白い歯を見せて笑う美花は、今まで見てきたオ上品な笑い方よりもずっと可愛く見えた。
そんな彼女を見て、不覚にもドキッとしてしまった。
もちろん、『おしとやかモード』なら普段からも可愛いとは思っていたのだが、『最強(恐)モード』の彼女で胸が高鳴ったのは始めてだった。
「私はいつもコンビニ弁当かホカ亭の弁当か、仕事で出るロケ弁だな」
「へ?」
いきなり話題が変わった為、反応が遅れて変な返事になってしまった。
「悠司が聞いたんだろう〜?普段の食事の事〜」
「あ、ああ!そうだった!・・・って毎日そんなもんばっかなのかよ!!」
「・・だって・・どうしても料理だけは上手くいかないんだよ・・」
「だからって育ち盛りのこの時期にそれはまずいだろう!!」
「いいんだよ!それでも腹は膨れるから!」
「いや!よくない!!今度家に来い!!ちゃんとしたモン食わしてやるから!!」
ん?勢いに任せて何言ってるんだ?俺?
よく考えたら女の子を自宅に呼ぶなんてまずいんじゃなかろうか?
言ってしまった後そんな事を考えていたら、ふいに後ろから声が聞こえた。
「おはよう〜!お二人さん!!」
振り返るとそこには俺の天使、岩崎さん。
「お、お、おは・・」
「『おはようございます。岩崎さん』」
突然の彼女の登場に口籠って挨拶しようとしている俺をよそに、すぐさま『おしとやかモード』に切り替える美花。
その身替わりは完璧ですよ。
「ん〜・・・」
「『どうされました?岩崎さん』」
「・・・小松くんが美花をお家にご飯の招待してる。・・・そんでもって美花の家から朝帰りならぬ朝登校・・・アヤシイ・・」
なに!?どこまで聞いていたんだ!!しかもマンションから一緒に出てきた所まで見られている!!
マズイ!!岩崎さんが良からぬ誤解を!!俺のイメージがぁ〜!!
「『い、岩崎さん、これには事情が・・・』」
「い、岩崎!何か誤解を・・」
「ん〜〜〜・・わかったぁ〜!!も〜美花ったらスミに置けないね〜」
俺と美花の声は岩崎さんに届いていなかった。
そして爆弾発言。
「美花と小松くんが付き合ってたとはね〜!!」
「違う!!」「『違います!!』」
「いやいや、そんなに照れなくても良いんだよ〜お二人さん。しっかし小松くんもやるね〜!!あの『桜井美花』を落とすとは!!」
「い、いや、岩崎、よ〜く聞け」
「皆まで言うな。私ゃ〜ちゃ〜んとわかっておるよ。こりゃあ大スクープだね!!早くみんなに教えなきゃっ!!」
いきなり爺さん言葉になったかと思うと、次の瞬間には砂埃を巻き上げ視界から消えていった。
非常事態だ!岩崎さんに誤解された揚句、クラスの皆にも言い触らされて、仕舞いには日本中の『桜井美花ファンクラブ』の会員達に絞め殺される!!
「ま、待て!!」
『おしとやかモード』の仮面が剥がれてますよ、美花さん。
岩崎さんを追って走りだした彼女を追って俺も走り出す。
「マズいな、岩崎さんの事だ、クラス中に知れ渡るのは遅くはないだろう。そうすると仕事にも影響が・・・」
「あ!もしかして週刊誌とかにも・・」
「ああ、間違いないだろう。そうなると私よりも悠司の方がヤバイだろう?」
この悲劇の被害は俺と美花のイメージが同じ様だと、併走しながら理解した。岩崎さんの想いは別にして・・・。
いつもは可憐な『桜井さん』。授業で走る事はあれど、こんな公道でしかも男と並んで走る姿は滅多にお目にかかれないよ。それに必死に追い掛けるものだから
「・・ハァ・・ハァ・・そ・こ・ど・け〜〜〜!!」
美花さん、仮面が仮面が・・
そんなこんなで何事かと奇怪な目で見る者や野次馬的に興味の目で見る者、『最強モード』の桜井に怒鳴られたり足蹴にされたりで、迷惑そうな目で見る者(嬉しそうな顔をする者も居たが)。
美花のマンションから歩いて十分で校門にたどり着くのだが二人の命と生活が掛かった渾身の走りで三分で到着した。息は切れ切れだが足を止める事なく走った結果は悪くないタイムを叩き出したが・・・
あの〜岩崎さん?貴女どんだけ早いんですか?
ついに一度も岩崎さんの後ろ姿を見る事が出来なかった。
「ハァ・・ハァ・・」
「ハァ・・ハァ・・」
二人共肩で息をしている。
「い、岩崎さん・・早過ぎよ!・・」
「・・美花!・・とりあえず仮面!仮面!」
「は?仮面?・・ハッ!!・・『小松くん、早く岩崎さんを止めましょう!』」
疲れ切っていた顔に見る見る生気が戻ってくる。
ようやく気付いたか。
「美花、早く校舎まで行くぞ!」
ギロッと横目で睨んで来た。あれ?仮面をしたんじゃ・・?
ゆっくりと近付き小声で
「・・皆の前では『桜井』にしなさいよね。口止め料出したんだから」と呟いた。
そっか、俺も合わせないと!
名前で呼んでるのがバレた日にゃ〜今と同じ様な羽目になる。了解した!!
「じゃあ行こう、『桜井さん』」
「『はい!』」
それからまたノンストップで教室まで走った。




