第一話:桜井美花
はじめまして。猿も寝らと申します。
ラブコメ学園ものに初挑戦させて戴きます。
面白いと思ってくれれば幸いです。
どうぞお気軽にご評価お願いします。
朝食のパンを頬張りながらいつも決まってみている情報番組『スッパリ』を、まだ眠気から覚めない頭で眺めていると、新作映画の特集が始まった。
「悠司、ほら、桜井さんとこのお嬢さん出てるわよ〜」ミーハーで韓国ドラマ好きの母、陽子
「悠司はこんな可愛い子と一緒に勉強してるのか〜」就職して社会人1年目の兄、幸司
「でも母さんが一番だよ〜」朝から十、年下の母とイチャつく父、幸一郎
「桜井さんとはほとんど話した事ないよ」イチャつく父をシカトして答える俺、悠司
「悠兄じゃあ近付くだけ失礼ってモンよね〜」最近言葉遣いが汚れてしまった妹有希
我が小松家ではそれぞれが話を振るため、いつも聞き役に回される俺が毎朝右から左に受け流しているが、まぁ今回は話題に出た桜井美花のお陰で一貫した話しで助かった。父を除いて。
「桜井さんのお嬢さんは綺麗ね〜。悠司にもこんな彼女が出来ないかしらね〜。」
「でも確か俺の会社の社長令嬢なんだろ?そしたら桜井コーポレーションを乗っ取れるな」
「母〜さ〜ん、昨日は韓国ドラマばっかで一緒に寝てくれないんだもん、淋しい〜よ〜」
「母さん、朝っぱらから何言ってるの〜!?兄貴も話に乗るなよ〜」
「悠兄には無理無理〜」
色々と言ってくれて…。
そんなこんなで父さんと兄さんが会社に出ていき、少し後から俺と有希が学校に出た。
俺の通う学校は『私立自由の丘学園』。全国でも上位に位置する学校で、中学のお受験で冗談で受けてみたら受かってしまった。それでも無事今月には高等部に進級出来た。昨日入学式があって、今日は始めてのまともな登校日だ。ちなみに妹の有希は実力も伴って余裕で合格。現在中等部の二年生。大学もあり、今月の三月には幸司が卒業している。
学校の門をくぐると、「悠司、おはよ〜」と、肩を叩かれた。
振り向くとそこには男が二人。
長身のがっちりとした体型でいかにも“スポーツマンです”と分かる男が肩を叩いた、矢吹奏真と。ニコニコして女の子みたいな顔立ちの小柄な美少年、吉田真之介が並んでいた。
「おうはよう、奏真、シン」
「おはようございます」
彼等二人は中学からの一番の友達。何をするにも三人だった。もちろん有希は二人の事を知っている。何度か遊びにきたのだが…
「ん〜、有希ちゃんはいつ見てもかわいいね〜」
「そ、奏真さん!」
奏真は有希の事がお気に入りらしい。恋愛は大いに結構!だけど目の前で妹が抱き着かれ、頬ずりされて困った顔をしているのは見逃せないよね。
「こら、奏真!やめなさい!」
「ああ、お兄さん!」
いつ俺に弟が出来たんだ!
ギャーギャーと有希を取り合っていると、どこからともなくピアノの音色が聞こえてきた。
「桜井さんだね」と先程からニコニコ傍観者決め込んでいたシンが言った。
正直音楽には精通していない俺は何の曲を弾いているのか理解出来なかったが、とても心地よい音色だった。
男三人がピアノに聞き入っていると、ようやく有希が解放された。
「もう!じゃあね!」
「え、あ、ああ、気を付けてな〜」
「しまった!有希ちゃん・・・」
「はいはい、そろそろ僕達も教室行こっか」
手を振る者、笑顔を向ける者、涙目で追掛ける者達は有希が中等部の校舎に向かうの見届けた後、教室に移動した。
教室の前には人集りが・・・いつもはお揃いの法被を着た奴らだけなのだが、今日は朝からテレビ出演もあったため、五割増だった。
みんなのお目当ては桜井美花。
そらそうだ。他にこのクラスでこんなに人が集まる理由が無い・・・訳でも無い。シン目的で上級生のお姉さん方がいらっしゃるか。だがこんな人数が殺到する場合は桜井さん目当て。間違い無い。
お陰様で我ら三人と同じ教室の人間が中に入れず立ち往生した。
ようやくチャイムが鳴り、人がぱらぱらと捌けていく。
やっと教室のドアが通行可能になり教室の自席に座る。
隣の席に腰を落としながらシンが「相変わらず凄い人気だね〜」と桜井さんの方を見ながら言った。
「なんでも映画のヒロインやるからな〜」
「悠司、詳しいね〜。もしかして狙ってるの〜?」
「違うよ。今朝テレビでやってた」
「なるほど!道理で今日は人が多かった訳だ」
シンと話していると、間もなく担任が現れた。・・・あ、転んだ。
今どきパーティーグッズ以外ではお目にかかれない、丸い瓶底メガネを押し上げながら大きなお下げが二つ垂れ下がっている頭が揺れる。身長だけでは小学生か中学生にも見えるが、その大きな胸にはいったい何が詰っているんですか?
「え〜オホン。委員長〜」
「先生〜まだ学級委員を決めてませ〜ん」
「そ、そうでした!で、では私が・・『起立〜・・・』」
と号令をかける、来年三十路で巨乳で未婚で巨乳の天然娘で巨乳っ子こと俺達1ーFの担任、木下舞。
シン曰く「体は完璧だが、素顔が見れないから何とも言えない」だそうだ。事実、舞ちゃん(先生にちゃん付けってどうかと思うが、みんな言っているので)の素顔を見た人物はいなかった。ウチの学校の七不思議の一つである。
今日は授業はなく「では委員長を決めましょう」と意気込む担任をよそに、桜井さんを見る。
桜井美花。俺と同い年で、中学も同じ。その前から芸能活動をしており、世間では「天才子役」だの「スーパーアイドル」だの騒がれている。実際その通りだろう。なんせ彼女は成績では常にトップ。容姿も全国にファンクラブの支部がある事が証明してくれるだろう。
この前某シャンプーのCMに出た時には、なんの修正もしてなかったと噂される程、綺麗でツヤのある黒髪は腰まで伸し、身長、体型はまさしくトップモデルのそれと同じ。いや、それ以上だと言われている。(グラビアとか水着でテレビには出ないので立証はできないが・・)
特技など全てはわからないが、間違いなく『ピアノ』はできる。それも上級者だろう。
まぁ〜他にも、それこそキリがない程多種多様なハイスペックなのだが、それでもここまで人気があるのは彼女のその性格なのだろう。ここまで世間様とかけ離れて特種な彼女は高飛車になるどころか、おしとやかで謙虚な彼女。丁寧な仕草におっとりとした言葉遣い。まぁ男だったら誰もが夢見るお姫さまって所だ。
『じゃあ学級委員は小松くんと桜井さんに決まりました〜!』
容姿端麗・才色兼備、パーフェクトな桜井美花さんねぇ〜・・・ん?ちょっと待て!
「なんで勝手に決まってるんだよ!」
ガタッっと音を立てて急いで立ち上がった。
「悠司〜、さっき反対しなかっただろう〜?」と答えたのは隣に座るシン。
「だ、だからって〜!」そう呟き、力なく椅子に座る。
「でもクラス委員の相方は桜井さんだよ〜」と耳もとまでやってきたシンが呟く。
「あ〜そう。・・あ〜あ俺の平和な高校ライフがぁ〜」
机に突っ伏してうなだれる。桜井さんと一緒に居れるって事で本当なら喜ばしい、いや大変名誉な事なんだろうが、俺には本当にどうでも良かった。いや、強がりじゃないよ?理由は・・・
「じゃあ後は立候補で・・・」
「はいは〜い!私、体育委員〜!!」
「じゃあ岩崎さんは体育委員決定〜」
(・・舞ちゃん・・立候補って意味、わかってんのかな?)
担任の言葉を遮り速効で体育委員に大抜擢し、ガッツポーズを決め込む彼女、岩崎翔子。
彼女とも中学から同じ学校に通っている。一度同じクラスになった時にはあの明るい性格で強引にクラスを引っ張っていた。ただ、俺は一度もまともに話した事が無かった。彼女のあの太陽のような笑顔を見るとドキドキして緊張のせいで言葉が出なかったのだ。
これが恋だとわかったのは中学三年の体育祭。俺が百メートルリレーのアンカーで一等を取った時に喜びのあまり抱きつかれたのだ。
あの時から君を想うとドキドキして、君を見つけると必ず目で追ってしまうよ。
一通り決めるものは決め、配付物をもらい、お昼になると本日のお務めは終わった。初日なのでクラス委員の仕事もないようだ。
帰り支度を終えて、シンと奏真に声をかけると「僕、これからデート」――今日はどなたとですか?――「俺は部活だ」――もう部活決めたのかよ!――と断られ一人で帰るハメに。
下駄箱で靴に履き替えていると後ろから声が聞こえてきた。
「あ〜!小松くん発見〜!」
そ、その声は!!
ゆっくりと振り向くと、天使の様な笑顔をした岩崎さん。
と、
「小松くん、明日から一緒にクラス委員頑張りましょうね」
首を傾けニッコリ微笑む桜井さん。
と、
「誰だ」
「美花タンとお話しているぞ」
「これはいの一番で各支部に報告!」
『美花命』と書かれたハチマキを絞めた桜井美花親衛隊の皆様方。
その大御所にあっけに取られていると
「小松くん、じゃね〜」
「では、ごきげんよう」
「あ・・・」
岩崎さんと桜井さんは早々に行ってしまった。
おまけに親衛隊の皆さんも全員、律儀に俺を睨みながら付いていった。
残された俺は(やった!岩崎さんに声かけられた!!名前呼んでもらったよ〜!!)と心の中で阿波踊りを踊っていた。
(今日は学校も午前中で終わったから暇だな〜。・・・本屋にでも寄ってから帰ろう)
そう思い、学校の門から駅の方へ進んでいた。家まで遠回りしながら帰っている。
(岩崎さんと桜井さんって前から仲よかったもんな〜。・・・ん、じゃあ桜井さんとクラス委員で仲良くなれば岩崎さんとも自然と仲良くなれるのでは!)
名案だと思い、顔に出ないように注意しながら心ではニヤニヤと笑っていた。
すると突然、女の子の声で現実に戻った。その声の主はこの道の先にいた。よく見ると同じ学校の制服をきた女の子ががっちりした体の二人の男に絡まれていた。
「やめてください!」
「い〜じゃね〜か〜」
「俺らと一緒にどっか行こうぜ〜」
正直喧嘩などしたことがなく、人を殴るのにも抵抗がある俺は、見て見ぬフリをしようかとも考えたのだが、絡まれている彼女のネクタイが俺の物と同じ色。つまり同じ学年であることがわかった。
(これはもう見逃せないよね〜)
そう思い、揉め事の中心に近付いて行くと女の子の顔が鮮明になっていく。・・桜井さん?
「いいじゃね〜かよ!美花ちゃんは芸能界でHなことたくさんしてるんだろ〜?」
「そんな事してません!」
「俺らにもちょっくら教えてよ〜」
「やめて! 離してください!!」
「そこまでだ!」
そこまでだ!っていかにもな台詞にちょっと苦笑い。
「桜井さんを離せ!」
「あ〜?テメ〜誰だよ!」
「小松くん!!」
「どうする〜?やっちゃう〜??」
「そうだな、こんなガキに手間取ってらんね〜し」
ここまでの会話で、不良の一人が桜井さんを押えて、もう一人が前に出てきた。
「どうした?かかってこないのか?」
「このやろ〜!!」
赤い帽子をかぶった男に向けて走り出した。
勢いを付けてブン殴ってやろうと拳を握りしめ、振りかぶったその時、
――ドゴッ
男の脚が脇腹にヒットした。そうだよね。腕より足のほうがリーチあるもんね。
一瞬息が止まり、痛みが走った。
蹲って痛みに堪えていると、追い討ちが・・・
――ドスッ・・バキッ・・ドゴッ
「やめて!やめなさい!! 小松くん、にげて!!」
男の攻撃が止んだ。
う、動けない。かなり痛い。意識は辛うじて保っていれるけど・・
ゆっくり首を動かし、男の方を見ると桜井さんに向かって怒鳴っていた。
「うるせ〜!黙ってろ!」
「何を言っているの!止めるのは当然です!!」
「だから黙ってろって言っただろうが〜!!」
――パシーーン
乾いた音が聞こえた。ここから見ても分かる程桜井さんの頬が赤く染まっていた。
「これ以上痛い目ぇ見たくなかったら大人しくしてろ!」
「女の分際で喧嘩に口出すな!!」
「・は・・・さい」
「あん?」
「顔はやめなさいっつったんだよ!このクズがぁ〜!!」
はて?
この声は桜井さんの・・・でも“あの”桜井さんからは決して聞こえてくるはずのない言葉が聞こえてくる。と思った直後、
――ドサッ
桜井さんを叩いた帽子男が足下から崩れた。男が倒れた為、桜井さんの姿が良く見える。
片足を大きく上げて・・白パンツ?・・いやいや、ワイ字バランス?・・いやいやいや、これはハイキック。
その後も腕を掴んでいた男を投げ飛ばし、踵をみぞおちに喰らわせ止めをさした。
一部始終見ていた俺には、桜井さんがうら若き乙女が発してはならない罵声、罵倒の数々や、大人の男を軽々倒した姿に驚いていた。
スカートの埃を払い、優々と俺の方にやってきた。
「さ、桜井さん?」
「ヒッ!・・お、起きてたの?気絶してたんじゃ・・」
どうやら彼女は俺が動かないのを見て気絶していると思っていたらしい。
「お、終わった〜・・」と肩を落とし、がっくりとする女の子はまるでいつもの桜井さんではなかった。俺の知る中学三年間の中では・・・




