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9、王様の思惑


 翌朝、父ウィレムと共に馬車で王宮に向かった。


 朝は出仕の貴族の馬車が列をなす門も、西大公家の馬車は横道からすんなり通された。

 オレンジのチューリップが両脇に咲き誇る石畳が王宮まで続いていて、ロッテはその壮大な景色に心が弾んだ。


 西大公家の城も充分大きいが、王宮はケタ違いだった。


 しかも全面に見えているのは国の政務を司る議事堂で、王様達が暮らすオレンジハウスはその奥に更に堅固に守られて聳え立っているらしい。


「いつもこんなに人が多いのですか?」

 石畳の両脇には大勢の人々が立ち並んでいた。


「いや、今日は西大公家の子息の初出仕と聞いて、見物に来ておるのだ」

 馬車の向かいの席に座るウィレム公は上機嫌に答えた。


「わ、私を見るために王宮の人達まで?」

 人見知りのフロリスが怖がるのも無理はないとロッテは思った。


「たいした領土も持たない貧乏貴族達は、誰に取り入れば得かをいつも探っておる。

 大公家の後継の子息の資質は、誰にとっても興味の対象だ」


 西大公家の子息は王宮でも別格なのだ。

 まだ12才の子供を見ようと重臣達まで建物の中から外から見つめている。


「まあ、じゃが、お前は特に話題になってるがな。

 長年どこにも姿を見せなかったと思うと、この半年ですっかり国中の話題をさらってしまうほど皆が口を揃えて褒め称えておる。

 しかも王様直々のお声かけでの出仕だ。

 誰もがお前に注目しておる」

 ウィレムは我が息子が注目されているのが嬉しくてならない。


 ロッテには冷たい父だったが、フロリスでいる時の父は時折優しかった。

 この半年、集まりに参加するたび人気者になっていくロッテを、大公は自慢に思っていた。


 その完璧な立ち居振る舞いに父ですら女である事を忘れる事も多かった。


(これが本当にフロリスであったなら……)

 ウィレムがそう願わない日はなかった。


 

 馬車はやがて議事堂の横道を通りすぎ、奥のオレンジハウスへと向かった。


 森に等しいほどの広い庭園を過ぎて、二重の門で門番のチェックを受け、ようやく白亜にオレンジの彫刻が散りばめられた王様の住むオレンジハウスに辿り着いた。


「成人して役職がつくようになると、西大公の私でもオレンジハウスに入る事は滅多にない。

 公務見習いとして働く今が、最も王家の方々と近付けるチャンスじゃ。

 少しでも王様や王太子様の目につくような働きをせよ」


「はい、分かりました」


 ロッテはこの城の中に、あのシエル王太子様がいらっしゃるのかと思うと、心が浮き立った。


(王様とご一緒にお会い出来るだろうか……)


 会ったのはもう一年以上も前だが、昨日の事のように思い出す。

 結局、「考えます」と言った時の答えは出ないままに、王様のお召しで出仕する事になった。


(あの時の答えを求められたらどうしよう……)


 ロッテはまだ、シエル王太子のためなら人をも殺められるほどの覚悟はなかった。

 ただ、仕えたい人はシエル様以外いないとは決めていた。


 女のロッテを出仕させる事を躊躇う父もまた迷っていた。

 王様のお声かけがなければ、おそらくもっと月日は流れていたに違いない。


 ロッテには、今、王様に仕える事になったのは運命のような気がしてならなかった。


 ◇   ◇


 重厚な石造りで規則正しい窓の並ぶ議事堂と違い、オレンジハウスは白とオレンジの煌びやかな装飾がゴシック風で、正面玄関のファサ―ドからして華麗だった。

 

 王家の私的な住まいらしく、中庭を囲んで幾つかの棟に別れていた。


 たくさんの趣味のいい彫像で溢れ、列柱のひとつひとつにもため息の出るような彫刻が彫られている。

 廊下に飾られた絵画や置物にも、何度も目を奪われた。


 そしてあちこちに立つ衛兵はみな白地にオレンジのラインが入った衣装で、行き交う従者らしき人々もオレンジの入った衣装を着ていた。

 みな家柄のいい貴族らしく、執事や女官が歩く姿さえ優雅だった。


「ここで働く者は下働きの者でさえ確かな素性の者だけだ。

 お側にお仕えするのは家督を継がなかった貴族の次男坊以下か、未成年の子息だけだ」

 侍従の案内でウィレムが廊下を歩きながらロッテに耳打ちする。


「じゃが西大公の子息といえども出仕初日で王様にお目通り出来るなど、異例の特別扱いだぞ」

 大公の父ですら久しぶりのオレンジハウスに興奮しているようだった。



「ホーラント大公殿とフロリス小公子殿、お着きでございます」

 部屋の入り口で巻き毛の侍従が大仰に宣言すると、衛兵が両開きの扉をゆっくり開き、長い赤絨毯の先に数段高くなっている玉座があった。


 さすがに緊張しながら赤絨毯を進むと、父に倣って玉座の前でマントをはらい、片膝をつけて頭を下げた。

 ふぁさりと二人のマントが床に垂れると同時に右手の拳を胸に当てる。


 恭しく忠誠を誓う姿勢で待つ二人を、静寂が包んだ。


 お顔を直接見るのは失礼だと、視線を下げたまま歩いてきた。

 だが玉座の後ろに二人の男性が立っているのは分かった。


(どちらかがシエル王太子様だろうか……)

 鼓動が高鳴る。


(私の事を覚えて下さってるだろうか)

 期待で胸が張り裂けそうだ。


「顔を上げるがよい」

 穏やかな声が頭上にふりかかる。


 父がそっと顔を上げるのを見計らってロッテもゆっくり視線を上げた。


 そして……。


 途端に期待がしぼんでいくのが分かった。


(シエル様じゃない……)


 聞いていた年齢よりもシワが深く達観したような静寂を持つ王様の後ろで、緑地にオレンジのラインが入った衣装を着た二人の男。

 しかしいずれも王様と同年代かそれ以上の年齢の側近らしかった。


「ほう。これは噂に聞くよりも美しい小公子だ。

 澄んだ良い目をしている」

 王様は優しげに微笑んだ。

 栗色の髪は半分以上白くなっていた。

 そのせいで年齢以上に老けて見えたのだ。


「こたびは直々のお召しを頂き、恐悦至極にございます。

 フロリス、ご挨拶をせよ」


「はい。西大公家、嫡男、フロリス・フォン・デル・ホーラントでございます。

 今後は全身全霊で王様にお仕えさせて頂きます」


「うむ。本来ならそなたの年齢であれば王太子シエルに仕えるべきであろうが、あえて私の側仕えを命じる。馬番から最も近しい側近まで、2年ですべての仕事を覚えるがいい」


「え? 2年で?」

 ロッテが驚いたのも無理はない。

 そんなトントン拍子の出世など聞いた事がない。

 馬番だけを2年やる者もいるぐらいだ。


「お、王様……それは一体どういう事で……」

 ウィレムも驚いている。


「噂には聞いているだろうが、私は2年後の退位を考えている。

 弟のシエルが王になった時、王の日常に通じている側近が不可欠じゃ。

 そなたには王となったシエルを支える人材となって欲しいのじゃ」


「わ、私が……?」

 とんでもない抜擢だった。


 しかし、その後の王様の言葉はさらに驚くものだった。


「この王宮には魔女が住んでいる。

 わが王家を……シエルを……魔女から守ってくれ」


次話タイトルは「イザークとの再会」です

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