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異世界オレンジ国 とりかえばや物語  作者: 夢見るライオン
第二章 青年期 社交界デビュー編
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25、西の塔の詰所

 ロッテは落ち着かないままに西の塔の詰所に入った。

 やはりここも普段は女官長の部屋なのか、可愛い装飾だ。

 特に前任者がピンク色が好きだったのか、カーテンといいベッドカバーといい、ソファといい、ピンクを基調とした花柄だった。


 普通の近衛騎士なら居心地が悪いだろうが、ロッテは懐かしさを感じた。

 幼少期の子供部屋はこんな色合いだった。


 一通り部屋を確認したあと横長の窓から外を覗いて見たが、もちろん誰も通っていない。

 夜中だからか物音一つしなかった。


 そっとドアを開けて両開きのドアを見ると、二人の護衛官が門番のように立っている。

 こげ茶色の髪を高い位置で一つに結わえている。

 護衛官はみんな同じ髪形だった。


 騎士の服装だが、ひと目見てすぐに女性だと分かった。

 みんなスマートな体型で胸もお尻も控えめな大きさだから目立つというほどでもないが、やはり男性とは違う。背の高さや肩幅には、どれほど鍛えても抗えない性差がある。


 敏捷さに長けた質のいい筋肉は感じるが、男性に比べると華奢だ。


(私も賢者さまのベストを着けなければ、あんな感じに見えるのか)


 女性である現実を突きつけられるような気がする。

 今はまだ十五の少年らしさだと誤魔化せても、あと二・三年もすれば隠しきれなくなる。


 そして隠さず堂々としている護衛官たちが羨ましかった。

 彼女たちは女性であることを誇るように、化粧をして紅をさしている。

 そんな風に女性が活躍できる国があるのが新鮮だった。


 母がよく話してくれた世界中の冒険物語を思い出した。

 母の語る物語では、女性も海賊になったり商人になって世界を飛び回っていた。

 あれは母の創作した夢物語だと思っていたが、本当に世界にはそんな国があるのかもしれない。そう考えると終わりしか見えていなかった自分の未来が広がったような気がする。

 

 やがて朝が来て普段なら交代の騎士が来る時間になった。

 ルドルフ隊長がやってきて、ドア前に立つ護衛官に声をかけると、中から昨夜姫君の一番近くにいた護衛官が出てきて一緒に連れ立ってどこかに行った。


 たぶん詰所に入ってもいいか門の外で面接してるのだろう。


 だが、しばらくして戻ってきたのは、護衛官とルドルフだけだった。


 そしてルドルフ隊長はため息をつきながら詰所に入ってきた。


「ダメだった。次のグループは誰も許可してもらえなかった」

「えっ? そうなんですか?」


 二十一部隊は品行方正で美男子ぞろいだと噂されてると聞いた。

 アルル嬢もそんなような事を言っていた。

 それなのに一人も許可されないとは思わなかった。


「とにかく気に入られそうな者を何人か招集して昼までに面接する。次が決まるまで悪いがこのままいてくれ。外の警備は万全にしているから、ここまで不審な人物が入ることはまずない。ベッドで仮眠をとって休むといい」


 そうは言われても気になって眠れそうにない。


「あの……何が気に入らないのでしょう? 荒々しい男が苦手だというなら分かりますが」


 後宮専属の二十一部隊には、そんな獣臭い男はいない。

 それに姫君が極度の面食いだとしても、正直言って彼女の連れて来た護衛官たちは必ずしも美人揃いではない。

 一番側近らしい護衛官は確かに美しいが、他はいろいろだ。


「姫君独特の嗜好によるものだ」


「姫君独特の嗜好?」

 ますます訳が分からない。


「そなたはそこまで知らなくてよい。とにかく長期戦になる覚悟でここにいてくれ」

 ルドルフはそういい捨てて、行ってしまった。


 ロッテが途方に暮れていると、前の庭に大勢の人影が見えてあわてて外に出た。

 それは十人ほどの後宮勤めの女官たちだった。


「フロリスさま! 今朝は正妃の塔の詰所にいらっしゃらないと思ったらこちらにおいででございましたか」

「西の塔にどなたかいらっしゃってるのでございますか?」

「お食事を届けるように言い付かったのでございますが」

「こんなにたくさん。五十人分ぐらいありますわ」


 すでに顔見知りの女官たちが口々に言って首を傾げた。

 パンの入った大きな籠を持った者や、スープの鍋を二人で重そうに持っている者がいる。

 そのまま塔の中に持ち込もうとするのを、ロッテは止めた。

 近衛騎士の人選にあれほどうるさい姫君だから、女官といえども簡単に人を入れてはいけないような気がした。


「私もよく知らないんだ。とにかくここに置いていって下さい」 


「中までお持ちしますよ」


「ありがとう。でも大丈夫です」


 ロッテは丁寧に断った。

 女官たちは頷いて、西塔の入り口に食材を次々に置いていった。

 パンやスープに続いて、フリッツの大皿や肉料理らしい平鍋に新鮮なフルーツや飲み物までご馳走が並ぶ。そして最後の一人は大きなトレイに乗った一人分のセットを差し出した。


「こちらは詰所の近衛騎士さまにと言い付かって参りました」


 ルドルフ隊長は約束通りロッテの食事も用意してくれたようだ。


「ありがとう」


 笑顔で受け取ると、女官たちはポッと頬を赤らめ満足したように戻っていった。


 女官の姿が見えなくなってから、中の護衛官に声をかけると、ぞろぞろと出てきてあっという間にご馳走を運んでいった。

 護衛官たちはロッテに声をかける事もなく目もくれない。

 詰所の騎士にただ一人選んだ割には、そっけなかった。

 正妃の塔の女官たちの方が百倍親切だ。


 仕方なく一人詰所で朝食をとる。


「ステファンが心配してるだろうなあ。もしかして交代要員はステファンだったりして」


 その後しばらくすると、護衛官たちが食べ終えた鍋を入り口前に戻しに来た。

 もちろん詰所のロッテに声をかけることもなく淡々と運んでいる。


 そして外の女官たちが昼の軽食を持ってきた時に食べ終えた鍋を持って帰った。


 そんなやりとりが昼と夕食でも行われ、あとは用事のある護衛官が何人か出入りしただけで、退屈な一日が終わってしまった。

 夜にはまた面接するのか、ルドルフ隊長が護衛官を連れてどこかに行ったが、しばらくして戻って来ると、渋い顔で詰所に顔を出した。


「ダメだ。目ぼしい隊員を全員呼び寄せて面接したが、誰も許可してもらえなかった」

「ええっ? ステファンも?」


「ああ。ステファンも呼んだがダメだった」


 ステファンは堅物だけど、秘かに女性の人気が高いと聞いている。

 そのステファンがダメな理由が分からない。


「とにかくもうしばらく我慢してくれ。シエルさまの方からお願いして頂く」

「シエルさま……」


 思いがけない名前が出て、ロッテは胸が高鳴った。

 あまりに訳の分からない一日で失念していたが、シエル様は今この王宮にいるのだ。


 すぐ近くの王太子様の居所きょしょで寝起きしていらっしゃるのだ。

 そう思うだけで幸せな気分になった。


「シエルさまが……こちらに来られるのですか?」

「ああ。今夜にでも顔を出すとおっしゃってた」

「今夜……」


 それは王様の後宮へのお渡りのようなものと理解すべきなのだろうか。

 それとも目立たぬように夜半にお話に来られるということなのか。

 ロッテは戸惑いながら尋ねた。


「あの……私はどのようにお迎えすればいいのでしょうか?」

 後宮でのお出迎えの所作など近衛騎士が知るはずもない。

 

「いつもと同じでいい。詰所の前で膝をつき拝礼して見送るがいい」

「は……はい」


「その時に詰所の警備についても姫君に理解して頂けるよう話してもらうことにしよう」


「わ、分かりました」


 もしかしてお声かけ頂けるだろうか。

 私に気付いて下さるだろうか。

 ロッテは高鳴る胸を押さえながら、夜半を待った。


 ゆうべも眠ってないというのに少しも眠くならなかった。

 そして一番夜の闇が濃い深夜に、外を歩く大勢の足音でベッドから起き上がった。


 すぐに横長の窓から外を覗くと、黒にオレンジのラインの騎士たちが目に入った。


(側近の騎士さま……)


 先日数えた八人がそろっている。

 

(アベル様もいる)


 西塔の前に横一列に並んでいた。

 そしてその前には……。


(シエル様だ!)


 ロッテは弾かれるようにドアを開け、詰所の入り口にひざまずいた。


 シエルさまは側近に待機の命令をすると、ゆったりとした足どりで入って来た。

 目の前を通り過ぎていくオレンジの衣装。

 その後ろには二人の侍女が付き添っていた。

 黒地にオレンジのラインの侍女服は、シエル様に幼少より仕える専属の侍女たちだ。


 側近さえもここからは立ち入り禁止なのか、外に並んだまま待っているらしい。

 古参の信頼できる侍女二人が、この先のお世話をするのだろう。


 シエル様はひざまずくロッテに一瞬視線をやったものの、そのまま素通りした。

 そして女護衛官に侍女が何事か告げると、そのままドアを開いて入っていった。


 そっと顔を上げ、遠くに見える後ろ姿を見つめながら、ロッテはほんの少しがっかりした。


(全然気付いて下さらなかった)


 当然といえば当然の話だった。


(私は何を期待していたのだろう。詰所の騎士にお声などかけてくれるはずもないのに)


 それでも、やっぱりロッテは少し淋しかった。



次話タイトルは「シエル様との再会」です


誤字報告ありがとうございました。

趣向ではなく、嗜好と言いたかったのでした。

小さい『ゆ』が入るだけで全然違う意味でした。

直しておきました(^ ^)

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