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異世界オレンジ国 とりかえばや物語  作者: 夢見るライオン
第二章 青年期 社交界デビュー編
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22、イザークとステファン

「アルル嬢の話は本当だと思う? ステファン」

 ロッテは待っていたステファンと共に馬舎に向かいながら、事の顛末てんまつを話した。


「うーん。話の筋としてはありえることだけど、ひっかかることもあるな」

「ひっかかるって?」


「なぜ、アルル嬢がそんな情報を知っているのかってことだよ。おそらく王宮でもほんの一握りの高官しか知らないトップシークレットのはずだ。いくら元公爵家の令嬢だとしても、一介の姫君が知るはずもない話だ」


「そして普通の姫君は政治的背景にまで理解が及ばないはずだしね」


 姫君ならば、シエル王太子が正妃を連れ帰ると聞いたなら、どのようなお輿入れで、式典のパーティにどのドレスを着ようかなどと考えるのが普通だ。


 良家の姫君たちは政治に口出しすることを可愛げがないと教えられ、すべてを夫にゆだねるのが淑女のあり方だと言われて育っている。政治を勉強したいなどと言えば、なんと不遜で可愛げのない女だと罵られるのが現状だ。


 そうして夫に煙たがられ遠ざけられたのが、まさにロッテの母アイセルだった。

 身分もフロリスの母より高かったが、息子も授からず正妻争いに敗れた。


 ロッテはその母の血をもろに継いだじゃじゃ馬で、良家の姫君の基準で比べたなら、王国中でも最下位だろうと自己分析していた。父のウィレムにしろ、ロッテにしろ、シエル様の後宮に上がろうなどという大それた希望など最初から持っていなかった。

 だから尚更、自分の名前が少しでも挙がることに驚いたのだ。


「彼女にはもう近付かない方がいいよ、フロリス」

「でも、続きがあるような事を言ってたのが気になる」

「だからってまた色仕掛けで迫ってきたらどうするつもりだよ。だいたい君は……」


 ステファンがいつものお説教を始めかけたところで、馬を並べる二人は目の前に立ちはだかる人影に気付いた。


「イザーク?」


 馬から降りて仁王立ちしている。

 遠目にも怒っているらしいシルエットに、ステファンは(もう一人面倒なやつが現れた)と心の中でため息をついた。


「おい! フロリス! どういうつもりだ!」

「どういうつもりって?」


「とぼけるつもりか! お前がアルル嬢と二人で小部屋に入ったのは知ってるんだ」

 ロッテはようやく何に怒っているのか気付いて、うんざりした。


「最初に言っといたよな。オレはアルル嬢狙いだって」

「分かってるよ。でもアルル嬢と話があっただけで、君が思うようなことはしてないよ」

 少しやばい雰囲気ではあったが。


「話ってなんの話だよ!」

「それは……話せないよ」


 そもそもイザークたちは、シエル様が間もなく戻ってくることも知らないはずだ。


「でもそんな色っぽい話じゃないよ。君が心配するようなことは何もない」

「そんな話を信じろって言うのか? ふざけるな!」


「そんなこと言われても、事実なんだから仕方ないじゃないか」


 イザークは悪いやつじゃないが、短絡的ですぐ白黒つけたがるのが面倒だ。


「決闘だ! フロリス!」


 予想通りの結末になった。


「バカなこと言わないでくれ。私は戻ったらすぐに二十一部隊の勤務があるんだ」

「二十一部隊の勤務って何だよ! お前らは北門の詰所にもいないし、一体どこで勤務してるんだ! 他の部隊のやつらはみんな何かおかしいって言ってるんだ」


 さすがに他の部隊も怪しみ始めた頃だ。


「オレは知ってるんだぜ!」

「知ってるって何を?」


 得意気に胸を張るイザークに、ロッテは尋ねた。


「先日のカタリーナ様の成人の儀で、二十一部隊が全員で後宮に入っていくのを見たヤツがいるんだ。それに後宮に出入りしているヤツも何人か見ている」


 なるべく人目につかないように出入りしているつもりだが、さすがに北門の詰所にいる部隊の者には見つかってしまう。仕方がない。そこまでは想定内だ。


「それでみんなは何て言ってるんだ?」


 どういう任務だと思われているのかが問題だ。


「正妃の塔に移られたカタリーナ様の警備だろ? 分かってんだぜ」


 認めるわけにはいかないが、イザークが気付いているぐらいだから、すでに周知の事実なのだろう。


「ずいぶんおいしい任務なんだろ? 他の隊員が知ったら文句を言い出すから内緒なんだってみんな言ってる」


「おいしい任務?」


 だが噂は思わぬ方向に向かったようだ。


「なんでも正妃の塔の詰所は竜宮城のような所だって噂だ。絢爛豪華な部屋では、美しい女官たちが細やかにもてなし、食べたこともないようなご馳走が次々に出されて、舞姫たちの踊りを見ながら飲めや歌えやで歓待されてるってな」


 ずいぶんいい加減な尾ひれがついたものだ。

 ロッテとステファンは顔を見合わせて、ぷっと笑った。


「な、何がおかしい! お前らばっかりいい思いしやがって!」


 確かに詰所の装飾は美しく、女官たちも美人ぞろいだが、決してイザークの思うようなおいしい任務ではない。むしろいつ殺されてもおかしくないような危険と隣り合わせの任務だとは、誰も気付いていないようだ。


「その上アルル嬢まで奪おうなんて許せん!!」


 勝手に勘違いして嫉妬しているイザークだが、魔法うんぬんの任務が洩れていないことに少し安心した。紫の塔の実体は、まだ王家周辺と中央に近い貴族にしか知れ渡っていない。


「じゃあ、こうしよう、イザーク。私は今度、アルル嬢のお茶会に誘われてるんだ。その時に君も誘うよ。そして君が二人きりで話せるチャンスを作ってみるよ」


「え? ホントか?」


 単純なイザークはすぐに機嫌を直して目を輝かせた。


「うん。それで許してくれるか?」


 ロッテが懇願するように尋ねると、根が素直なイザークはすんなり快諾した。


「お、おおよ。しょうがないな。だったら今日のことは水に流してやるよ」


 単純なやつで良かったと、ステファンは胸をなでおろした。

 だがそれで終わるイザークではない。


「じゃあさ、オレも今度お前を大浴場に案内してやるよ」


 こいつはまだ諦めてなかったのかとステファンは再び渋い顔になった。


「みんなにフロリスを連れて来いって言われてるんだ。アカデミーで一緒だったジルたちもいるぜ」

「ジル? 彼は今どうしてるんだ?」

 ジルはイザークの取り巻きの一人だった。

 西大公家に敵対心を持っていて、あまりいい思い出はない。


「まだみんな見習い騎士なんだ」


 アカデミーで一緒だった友人たちは、武官希望の者は見習い騎士で、文官希望の者は王宮の各房に配属されている。この三人ほど早い出世をしている者はまだいない。だから卒業以来疎遠になっていた。


「この間はテオなんかもアカデミーの連中と来てたぜ」


「テオ!」


 ステファンと共に仲良くしていた友人だ。

 二才年下のテオは、まだアカデミーで勉強している。

 卒業以来会えてなかった。


「未成年のテオたちは、入れる場所が制限されてるけどな」

「テオは元気にしてた?」

「ああ。でもフロリスとステファンが卒業して淋しがってたぜ」

「そうか。私も会いたいな」


 ステファンはここまでだと割って入った。


「悪いがイザーク、先日言ったように西大公様に大浴場の出入りは禁止されている」

 ロッテもステファンに続けた。

「うん。残念だけど、テオにまた会ったらよろしく伝えてくれ」


「なんだよ、真面目過ぎるのもしらけるぞ。西大公様は今はホーラントの領地に行かれてて留守なんだろ? こっそり行ったらバレないって」


 相変わらずイザークの誘いはしつこい。


「大浴場なら西大公家の屋敷にも立派なのがある。わざわざ外で風呂に入る必要なんてない」


「なんだよ、ステファンは堅物だな。そんなことじゃ姫君にモテないぜ」

「モテなくて結構」


 ステファンはつけいる隙もない調子で即答する。


「オレはお前たちがあまりに真面目でウブ過ぎて心配してるんだ」

「君に心配してもらう必要はない」


「いや、結婚する前にある程度女性慣れしておく必要はあるぞ。今度『飾り窓』に連れて行ってやるよ。いい店を知ってるんだ。ステファンだって興味あるだろ?」

「なっ!!」


『飾り窓』とはオレンジ国の歓楽街だった。

 ここで働く女性たちは、ショーウインドウに飾られる商品のように窓際に座って客寄せをするので、飾り窓と呼ばれるようになったのだ。

 

 ステファンは動揺のままについロッテを見た。

 そして二人の言い合いを困ったように見つめていたロッテと目が合って真っ赤になった。


「な、何言ってんだイザーク! 僕がいつ飾り窓に興味があるなんて言ったんだ!」

「言わなくても男なら興味あるだろ? 正直になれよ」

「フ、フロリスの前でなんてことを言うんだ!」

「なんだよ。フロリスだって男なんだから興味はあるはずだぜ、なあ、フロリス」

「フロリスに聞くな!! 殴るぞ、イザーク!」

「なに慌ててんだよ。どうしたんだよ、ステファン」


 仕方がないこととはいえ、フロリスを男だと思いこんでいるイザークは、ステファンが何にそんなに怒っているのか分からない。イザークなりに二人に良かれと思って言っているのだ。


「ステファン、もういいよ。イザーク、気持ちは嬉しいけど私はまだ当分結婚するつもりも、姫君と恋愛関係になるつもりもないから今は必要ない。だからアルル嬢のことも恋愛関係になることなんてないから、安心してよ」


 今回ばかりはロッテの方が冷静だった。

 いや、ステファンが動揺しすぎだ。

 イザークの言うように堅物すぎるんじゃないかとロッテも少し心配なぐらいだ。


「私は十七騎士になるまで恋愛はしないと決めているんだ」

 

 ロッテがフロリスでいられる期限内に十七騎士になれるかどうかは分からないが。


「ふーん。フロリスらしいと言えばらしいけどな」

 イザークはようやく納得したようだ。


「でも……ステファンは、私と一緒にいるからと言って同じにする必要はないんだよ」

「は?」


 ステファンは何を言うつもりかと、不機嫌に問い直した。


「いや、だから『飾り窓』に行きたいなら、イザークたちと行ってきても……あ、ちょっとステファン待ってよ! ステファンってば!」


 ロッテの言葉を半ばまで聞いたところで、ステファンはむっつりと先に行ってしまった。


 その夜、ステファンがフリッツを今までの最高記録食べたのは言うまでもない。


次話タイトルは「シエル王太子の帰還」です

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