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異世界オレンジ国 とりかえばや物語  作者: 夢見るライオン
第二章 青年期 社交界デビュー編
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9、ヨルダン騎士


 ロッテは物陰に隠れてヨルダンが後宮から出てくるのを待った。


 しばらくすると胸のあたりを押さえながらヨルダンが出て来た。

 長い前髪で顔の表情は分からないが、ふらついている。

 今にも倒れそうな足取りでふらふらとこちらに歩いてきた。


「ヨルダン」

 ロッテが声をかけると、ヨルダンはハッと顔を上げた。


 初めて近くで見たが、前髪の間からグレーの瞳がのぞいている。

 年齢は分からなかったが思ったより若かった。

 町民騎士は出世の道が長いので年輩のものが多いと聞くが、ヨルダンは二十代前半ぐらいだ。きっと一番若い。


「こんな所でなにをしてたんだ? 今日も隊の訓練は休んでたよね」

「……」


 ヨルダンは黙ったままロッテの前を通り過ぎていく。

 無視するつもりらしい。


「元の隊に戻ったって噂もあるけど、まだ二十一部隊にいるんだよね?」

「……」

 追いかけて尋ねるロッテにも無視したままだった。


「具合が悪そうだけど、大丈夫? なにか病気なの?」

「……」

 足取りはふらふらしているが、歩く速度は早い。

 誰かに殴られでもしたのかと、ロッテは様子をうかがう。

 だが胸を押さえている以外、ほかにケガをしているところは無さそうだ。


「ケガしてるんなら手当てしようか?」

 ロッテがヨルダンの肩に手をかけると、体をねじって振りほどかれた。


「余計なことをするな」

 小柄な体のわりにドスのきいた低い声だ。


「いま後宮から出てきたよね。いったいなにを……」

 ロッテが言い終わるより早く、ぐいっと胸倉をつかまれていた。

 気付けば至近距離にヨルダンの顔があった。

 顔はどちらかというと童顔なのに、背筋が震えるような威圧感がある。


「命が惜しければ余計な詮索をするな」

「……」


 それだけ言うと、ヨルダンは投げ捨てるように手を離して行ってしまった。


 隊に戻ってステファンにこの出来事を話すと、また怒られた。


「僕がいない時にそういう危ないことをしないでくれ、フロリス。嫌な予感がするから、ヨルダンには近付かないと約束して欲しい」


 そう言っていたステファンだったが、最悪の事態が待っていた。


 帰りに護衛のグループ分けが発表された。

 約二十五人の隊員を五人ずつ五つのグループに分ける。

 そして交代しながらカタリーナ姫の護衛につくのだ。


 フロリスはステファンと離され、ヨルダンと同じグループになった。




 そしていよいよカタリーナ姫の成人の儀式が行われる日になった。


 王子の成人の儀は、大広間で大々的に行われるが、女君の成人の儀は後宮のオレンジサロンで粛々と行われる。本来ならそのあと後宮を出て教会で華やかな結婚の儀を行うので落差を感じなかったが、カタリーナ姫は結婚しないため、ひっそりと内輪の儀式だけを行う。


 出席が許されるのは後宮に暮らす者とその従者だが、今ではわずかな人数だ。

 王様は淋しくならないように音楽を奏でる楽団と踊り子を用意した。

 そして予備訓練のつもりで二十一部隊が全員で警備にあたることになった。


「いよいよ今日から仕事始めだな」

「ああ。カタリーナ姫ってどんな方なんだろう」

「初めての後宮だぜ。緊張するなあ」

「美女ぞろいって噂だぜ。侍女も貴族の未婚の姫ばかりだって話だし」


 朝早く詰所前に集まった二十一部隊の面々もさすがに緊張している。

 品行方正な騎士を選んだはずだが、やはり後宮というのは男のロマンを掻き立てるらしい。

 みんなそわそわと落ち着かない。


 カタリーナ姫は側室塔の奥深くに住まわれて、わずかな侍女に姿を見せるだけの深窓の姫君だ。

 成人の儀の後は、側室塔を出て、後宮の中心にある『正妃の塔』に住むことになる。

 後宮で一番位の高い姫君が住むので正妃の塔と呼ばれているが、以前にも王太女さまが立った時は正妃を側室塔に住まわせてここに住んだ。

 フアナ姫を後宮の第一の権力者にしないための方便でもあった。

 危険でも、カタリーナ姫に正妃の塔に住んでもらうことが重要なのだ。

 シエル王太子が戻ってきて、フアナ姫が正妃として立つ前に『正妃の塔』を確保しておかなければならない。おそらくそのためにシエルは留学という形をとって、婚儀までの猶予の時間を作ったのだ。


「今日の成人の儀には王太后さまとフアナ姫の欠席が決まっている。だが今日よりいよいよカタリーナ様が正妃の塔にお引越しされるゆえ、各々明日からの警護を意識してフアナ姫がいつ紫の塔を出てもお守りできるよう気を引き締めて配置につくように」

 ルドルフ隊長の号令と共に、隊列を組んでロッテたちは後宮に入った。


 北門を入ってすぐに衝立のように中を隠す『御用使いの詰所』がある。

 用のある者はここの女官に言付ことづけて、これ以上中には簡単には入れない。


 だが二十一部隊は、今日からここを通りぬけて仕事することになる。


「ルドルフ・フォン・デル・ヘルレさま。どうぞお入り下さい」

 両脇に十人ずつ並ぶ女官に見守られながら、まずは先頭のルドルフが詰所を通りぬけた。


「デニス・フォン・デル・ドレンテさま。お入り下さい」

 名前を一人一人確認しながら通りぬけるらしい。

 二十人の女官は顔を覚えるように言われているのか、穴があくほど凝視している。


「ヨルダン・ヴァン・エネーバさま。お入り下さい」

 ヨルダンの名前が呼ばれると、女官たちがざわついた。


「ヴァン・エネーバ? 酒屋の息子ってこと?」

「貴族じゃないの? 嫌だ、どうしてそんな人が」


 オレンジ国の名前は貴族ならフォン・デルのあとに領地の名前が付き、町民はヴァンのあとに職業が付く。エネーバは酒類の意味だった。

 貴族の名前でない者が混じっていることに、女官たちは不満そうな顔をしている。


「前髪を上げて下さいな。お顔が見えませんわ」


 女官の一人が言うと、ヨルダンがチッと舌打ちをした。

 その不遜な態度に、女官たちがまた不満そうにざわめいた。


「ヨルダン。前髪を上げろ」

 ルドルフに命じられ、ヨルダンは渋々前髪を持ち上げた。


「あら、意外に色男だわ」

「町人にしては悪くないわね」

 女官たちがコソコソと話し合う声が聞こえた。

 ロッテの位置からは見えなかったが、ヨルダンは結構色男らしい。


 顔を覚えろとも言われているのだろうが、久しぶりに見る大勢の若い男たちに女官たちも浮かれているのだ。その証拠に、フロリスの名が呼ばれた時も別のざわめきがあった。


「フロリスさまってあの?」

「西大公さまのご子息よ」

「お美しいって聞いてたけど、お噂以上ね」

「かわいい~。楽しみが増えたわ」


 ロッテは居心地悪く詰所を通りぬけた。


 女官たちの品評会のような品定めが終わると、ルドルフが全隊員を連れて、これから警備につく配置場所を説明して回った。


「ここがカタリーナ様の住まわれる『正妃の塔』だ。入り口は三ヶ所あるが現在は二ヶ所を閉鎖して正面からしか入れないようにしている」


 オレンジ国の後宮は、主要な建物は上に高い塔の形になっていた。

『正妃の塔』は四角形で後宮の中心に広く陣取っている。

『正妃の塔』の両脇に円筒形の『東の側室塔』と『西の側室塔』がある。

 その東西の側室塔との出入口を今は閉鎖している。


 歴代の王は、だいたい身分の高い正妃一人と王子を生んだ側室二人をこの塔に住まわせ、それ以外はその他の側室として扱われた。

 現王も過去には三つの塔に妃が住んでいたが、今は子と共に全員死んでしまい、残った側室たちは、その他の側室と子供たちの住まいである北西の建物に身を寄せ合って住んでいた。


 それというのも、北東の角に建つ、紫の塔を恐れてのことだ。

 元は王の母である王太后の住まいであったが、現王太后が住んでから徐々に紫に色付き、今では塔のてっぺんまで深い紫に染まっている。


 王様の住むオレンジハウスからも存在感をもって見えていた紫の塔は、後宮の中に入ると、ますます不気味に圧迫感を持って森の向こうにそびえ建っている。


「フアナ様はシエル様が王になられたら東の側室塔に移られると思われる。東の側室塔の向こうに見えているのが王太后さまの紫の塔だ。分かっていると思うが東側の警備に重点を置くことになる。配置としてはここだ」

 ルドルフは真っ先に東の出入り口に案内した。


 屋根のついた回廊が『正妃の塔』と『東の側室塔』の門扉をつないでいる。

 そしてアーチ型にレンガをくり抜いた門扉の入り口は、今は鉄製の扉で固く閉ざされていた。


「後で中に入るが、この内側に外からは見えぬように二人配置する」

 ここに二人、正面門扉に二人、正妃の塔内部に一人という配置らしい。


「だがまずは間もなく始まる成人の儀が行われるオレンジサロンの配置についてくれ」

 オレンジサロンの警備については昨日すでに発表されていた。

 いよいよ近衛騎士フロリスの初仕事だった。


次話タイトルは「カタリーナ姫との初対面」です

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