7、第二十一部隊の鍛錬
「そうか。カタリーナ姫がお命を狙われているのか。お気の毒に……」
ロッテは自室のベッドルームでいつものようにラピを通してフロリスと今日の出来事について話し合っていた。
「だから明日から私も魔法の使い方を練習するみたいなんだ。私に使えるのか不安だけどね」
「心配だな。魔法というのは、使うことによって命を消耗させるんだ。魔法使いが短命と言われるのはそのせいなんだよ」
「え? じゃあフロリスも命を縮めてるんじゃないの?」
「一日に使える魔力の限度というのがあるんだ。それを越えなければ命の消耗はない。強い魔法使いほどその限度が大きい。僕は毎日限度ギリギリの魔法を使って自分の限界を広げてるんだ。だから魔法はきちんとした賢者さまに習わないと命を縮めることになる」
「私も訓練次第で限界を広げられるかな?」
「うーん。おそらく普通の人は魔力なんて無いに等しいと思うから、命を縮めるだけじゃないかと思うんだ。いったいどんなアイテムで訓練するつもりだろう」
「今日もらったのは護身石と言われる紫の石だよ。ラピ、フロリスに見せてあげて」
ロッテは護身石を指でつまんでラピの手の平に乗せた。
ラピが手にしたものは、フロリスの元にいるピピの手に映って見える。
「護身石は知ってるけど……こんなに小さいの?」
フロリスが呆れている。
「うん。もっと大きい石もあったけど、私とステファンは新入りだからさ」
「こんな石じゃあ最初の一撃すら守れないよ。待ってて。僕が大急ぎで君の防御の下着を編むから。できれば少しだけでも僕の魔力を編みこんでみる」
「そんなことをしたらフロリスの魔力が減るんじゃないの?」
「大丈夫だよ。そうとなったらこうやって話すために使う魔力さえ惜しい。しばらくこちらからは連絡しないよ。急用の時だけ連絡して」
「うん、分かった」
ロッテが答えるのと同時にラピの姿が消え、緑の石が手の中に残った。
『精霊の道』での会話は、すべてフロリスの魔力を使っている。
ロッテの男性に見える下着も、賢者さまの魔力によるものだ。
「そういえば魔法を帯びると紫に色付くと言ってたけど、賢者さまの魔法はどちらかというと緑のものが多いよね。何か違うのかな」
魔法のアイテムには必ずその力の源となる魔法使いがいる。
この護身石も、どこかの魔法使いが石に力を込めたものだと言われている。
「この護身石はどこから手に入れたんだろう……」
ロッテはなにか引っかかるものを感じた。
◇
「カタリーナ様の警備につく時は、このリストシールドを身につけてもらう」
ルドルフ隊長は左手首を上げてみんなに見せた。
それは手首から手の甲を覆う金属製のものだった。
楯を小さくして手首に取り付けたような感じだ。
そして、その真ん中に魔法石がはまっていて、うっすら紫に色付いていた。
最初の訓練はその魔法防具の扱い方だった。
練習用の魔法石のはまっていない防具を使って、慣れることから始まった。
「このリストシールドには防護の魔法が組み込まれている。だが、現状で用意できたのは五個だけだ。しばらくはそれぞれに配給することは出来ないため、護衛につく時に交代する相手に受け渡してもらう」
隊員たちがざわついた。
唯一の武器となる魔法防具さえ、まだ数がそろってないのだ。
即席の部隊の危うさを露呈したような気がした。
その不安に答えるようにルドルフが再び告げた。
「心配せずとも、シエル様が王宮を出られてからフアナ姫が紫の塔を出たことはない。王太后さまに限ってはここ数年塔の外で姿を見たものはいない。しばらくは差し迫った危機に出くわすことはないだろう。シエル様が戻るまでに、人数分の防具をそろえるつもりだ」
隊員たちは少し安心したものの、戸惑いながら防具を左手に取り付けた。
「シエル様がお戻りになられるまでに警護の体制を整えておきたい。そのための急な部隊の発足だ。だから現状で危険に合うことはないだろう」
ロッテもルドルフの言葉を聞いて少しホッとした。
そして防具を装着すると、奇妙な訓練が始まった。
「このリストシールドはあくまで魔力を弾くためのもの。剣を向けてくる相手なら自分の長剣で戦えばいい。だが我々が対峙するのは、あくまで目に見えない攻撃だ。」
「……」
みんなオモチャのような防具を手に戸惑っている。
「ではどのような訓練をすればいいのですか?」
「フアナ姫の魔力は視線に乗せて攻撃されると分かっている。つまり視線を弾く練習だ」
「視線をはじく?」
みんな顔を見合わせて首を傾げた。
「つまり一方が魔法を使うつもりで相手を見る。その視線の先を見定めてリストシールドで防ぐ。それを交互に繰り返す鍛錬だ」
「なんだそれは。そんな気の抜けた鍛錬があるかよ」
剣の腕に自信のある騎士にとっては、子供だましのような鍛錬に思えた。
「気の抜けた鍛錬?」
しかし、ルドルフは細い目をさらに細めて、その騎士の前に歩み寄った。
そして……。
「!!!」
一瞬にしてルドルフの剣の先がその騎士の首をとらえていた。
「相手は視線で殺せる魔女だ。実戦ではこの剣よりも早くそなたの首を刺すことが出来るのだと覚えておくがいい」
「……申し訳……ございません……」
騎士は青ざめてルドルフに謝った。
「みんな魔女を相手にする危機感が足りぬ。護身石で防げるのは一度きりだと申したであろう。次の攻撃には、この防具で応戦せねばならぬ。そしてそれは剣より早い視線だ。いい加減な鍛錬では万が一の時は一瞬で息の根を止められると心せよ」
みんなは仕方なく、奇妙な鍛錬を始めた。
剣を打ち合う音もせず、相手の視線の先に左手の防具を動かす。
他の隊がこの鍛錬を見たなら、バカにされることだろう。
「へっへ、残念。今のはお前の脳天を見たんだ」
「うそつけよ。首だっただろ」
「右足、左足、ほれ右手、胸、今ので死んだな」
「早いって。視線より早くなんて動けるわけないだろ」
みんな少しやってみてから、すぐに遊び始めてしまった。
視線を防げなんて言われても、そんな戦いに現実味がない。
だが、ロッテだけはその魔法がどういうものか知っていた。
フアナ姫に頬を切られた日のことを思い出しながら左手を動かしてみる。
「ステファン、もっと視線をいろいろ動かしてみて」
一緒に組んでいるステファンに指示して、熱心に防具の有効な使い方を試してみる。
「視線を弾くなんて無理じゃないかな。剣より早いに決まってる」
「ううん、きっと防げるよ。視線を向けたからといってすぐに攻撃できるわけじゃないと思うんだ。魔法を込めるのに一呼吸分の空白の時間があると思う」
あの日、自分はシエル様を見つめていて、フアナ姫の視線がいつから自分に向いていたかは分からない。だが、思い返してみれば、少し前から視線を感じていたように思う。
「ステファンもやってみて。この感覚に慣れておけばきっと役に立つ」
ロッテとステファンだけが、実際のフアナ姫を意識して熱心に鍛錬していた。
午後からはカタリーナ姫を想定して、警護の実践をいろんなパターンで練習した。
王様の警護には慣れていても、姫君の警護はやはり勝手が違う。
近付き過ぎるわけにはいかないし、体に触れるのも失礼になる。
お顔を見ることすら無礼なことなのだ。
ヘタをしたら謹慎処分になってしまう。
同じくフアナ姫に対しても、目に見えない魔法に剣で攻撃するわけにはいかない。
先走って剣で傷つけでもしたら謹慎どころか処刑される場合だってある。
目に見えない攻撃に目立たぬ防具で応戦するしかないのだ。
近衛騎士にとってはどうにも気の乗らない訓練ばかりだった。
一日が終わると、みんないつもと違う疲れをどっと感じた。
「疲れたね、ステファン」
「うん。なんだか不安ばかりだよ」
二人で詰所と並んだ馬舎に自分の馬を取りにいった。
自分の馬といっても、ステファンは西大公家の馬を借りていた。
北の詰所の六隊の隊員用馬舎だが、二十頭ばかりの馬がいるだけだ。
十頭は北門用の馬で王の持ち物だ。
残りが個人の持ち馬だが、近衛騎士といえども馬で通える金持ちはそう多くはいない。
王宮近くに別邸のある貴族以外は、馬なしの寮暮らしだった。
だから他に馬舎で知り合いに会うといえば……。
「イザーク……」
まるで待ち伏せをするようにイザークが馬舎で待っていた。
次話タイトルは「イザークの誘い」です