6、秘密の任務
ルドルフ隊長は前に立って、話を続けた。
「ここにいるメンバーは、各隊で最も口が固く品行方正な人物を私が選ばせてもらった」
隊員たちはお互いを確認するように顔を見合わせている。
確かにさっき近衛騎士全体を見渡した時は、荒くれ者や品行の悪そうな男達も大勢いたと思ったが、ここに集まる隊員たちは紳士的なタイプの男たちばかりだ。
だから新人のロッテたちも気さくに受け止めてくれた。
「品行方正であり、この北の詰所を与えられたということで任務に気付いた者もいるだろう。ヨルダン、答えてみろ」
ルドルフは全員を見渡してから、壁際に一人でポツンと立つ痩せた男に尋ねた。
「……」
銀髪の前髪が長すぎて顔がよく見えない。
背もあまり高くなく、ロッテより少し高いぐらいだ。
「あれは第五部隊にいた人だよ」
ステファンがロッテにこっそり耳打ちした。
「第五部隊ってことは貴族じゃなくて農民か町民ってこと?」
「うん。第六部隊は一人も呼ばれてないから、この中で唯一貴族じゃない隊員ってことになる」
一人だけとは、ずいぶん肩身が狭いことだろう。
前髪で顔を隠しているせいか、影があるというか暗い印象の男だ。
「どうした、ヨルダン。分からないのか?」
もう一度ルドルフに問いかけられて、ヨルダンは小さなため息を一つついて口を開いた。
「王様の唯一のお子さまであられるカタリーナ姫のための部隊でしょう」
「カタリーナ姫の?」
「どういうことだ?」
他の隊員は思ってもなかったらしく、動揺が広がっている。
そのみんなの疑問にもヨルダンが答えた。
「まもなくカタリーナ姫が十二才になられ、成人の儀が行われる。本来ならそれと同時に、しかるべき嫁ぎ先にお輿入れをされるのが王家の女君のならわしであったが、シエル様が王となられた時に王太女として立たねばならないカタリーナ姫は、嫁ぐわけにいかない。後宮の真ん中に一番地位の高い姫君として住まいを持たねばならぬでしょう」
「そうか。王様のご子息はみんな亡くなってしまわれ、シエルさまにもまだお子はおられぬ。そうなるとカタリーナ姫が王太女となられるしかないのか」
「過去にそのような例はあったがずいぶん昔のことだ。女君は嫁ぐまで後宮暮らしゆえ王太女さまとなっても後宮の中に住まいを持たねばならんのだな」
「だがそれでどうして特殊部隊を作らなければならないんだ? 今までだって後宮に住まわれていて、少しばかり広い部屋に移られるだけではないのか?」
隊員たちはそれぞれに思いつくことを口に出した。
「なぜだか分からぬか? ステファン、どうだ? お前はなぜだと思う?」
ルドルフは今度は一番後ろのステファンに尋ねた。
ロッテにはさっぱり分からない。
しかしステファンはすっと顔を上げて答えた。
「カタリーナ姫が王太女になられるということは、シエル様が王になられるということ。つまりはフアナ姫が入宮されるということです。現在紫の塔に住まわれているフアナ姫がカタリーナ姫のすぐ近くの側室の東塔に移ってこられることになるでしょう。本来正妃が住むべき場所を王太女さまに奪われて」
「あっ!」
全員がそれでようやく気付いた。
あの魔女と噂されるフアナ姫が自分より高い地位のカタリーナ姫にかしづかねばならない。そんな屈辱を、あの高慢なフアナ姫が黙って受け入れるはずがない。
(命を狙われていらっしゃるのか……)
ロッテは愕然とした。
まだ十二才にもならない幼い姫君なのに……。
「ここだけの話だが、過去にシエル様の側室に上がられる予定だった二人の姫君が突然亡くなっている。一人は王太后さまにご挨拶に行った直後。もう一人はシエル様に王宮の庭を案内されている時に。調査によると同じ時刻にその庭でフアナ姫を見た者がいるらしい。これがどういうことか、みな分かるだろう」
隊員たちはごくりと唾を飲み込んだ。
「だが、これまで王宮内で不審死したものを調べてみて分かったことがある」
「分かったこと?」
全員がルドルフの次の言葉を固唾を飲んで待った。
「殺すことができるのは姿を見ている時だけだということだ。相手を見ることによって初めて魔法なのか呪いなのか、その力が作動するということだ」
「見ることによって……」
確かにロッテも、フアナ姫に見つめられて頬の皮膚が切れた。
その後は会ったこともないので、特に危害は受けていない。
「じゃあ会わなければ……」
「そう。これまでは病弱を理由に王太后さまやフアナ姫の目に映る機会をとことん排除してきた。だが後宮で共に暮らすとなれば、そうもいかなくなる」
「確かに……」
「しかも自分より地位の高い姫君の存在は目障りとなることだろう」
「では私達はカタリーナ姫をフアナ姫から守るための秘密部隊だと……」
隊員たちは青ざめた。
剣の勝負や力ずくの戦いなら怯むつもりはない。
近衛騎士のプライドにかけて、どんな強い相手にも挑む覚悟は持っている。
だが……得体の知れない魔法が相手となるとどう戦っていいのか分からない。
しかも相手は王妃となられる姫君なのだ。
「みんなの不安は分かっているつもりだ。まずここにいる全員に魔法から身を守るアイテムを配ろう。護身石と言われるものだ」
ルドルフは隊員の一人に持たせていた箱を開いて見せた。
中には薄紫に光る大小の石が詰まっていた。
「魔法を帯びると物体は紫に色付くと言われている。これは王宮でも僅かにしか手に入らない貴重なものだ。それぞれ一個ずつ受け取り胸のポケットに入れておくがいい。万が一の場合でも一瞬にして息の根を止められてしまうことは避けられるだろう」
ざわざわと隊員の間で箱が回され、一個ずつ護身石を取っていく。
最後にロッテとステファンに回ってきたときには、豆粒ほどの小さな石が二個だけ残っていた。この小ささでは効き目は少なそうだが、ないよりはマシだ。
ロッテはつまみあげた石を眺めて、隣のステファンに囁いた。
「これと同じ色石を王様も持っておられた。肌身離さず懐にしのばせていらっしゃった」
よほど大事な宝石なのかと思っていたが、魔法石だったのだ。
「うん。きっとカタリーナ様とシエル様も身に付けておられるはずだ」
それで辛うじて命を奪われていないが、王様の体調は日ごと悪くなっている。
「勘違いしないで欲しいが、この護身石を持っていれば安全というわけではない。おそらく渾身の魔法を受けたなら、最初の一撃で粉々に砕け散るだろう。この石が守ってくれるのは最初の一撃だけだ。次の攻撃は自分で防がなければならない」
ルドルフの言葉に隊員の不安の色が濃くなる。
「ですが隊長、自分で防ぐってどうやって……」
みんな剣や戦闘の訓練は受けてきたが、魔法など使ったことがない。
「本来魔法とはその能力のあるものだけが使うことが出来る。だが、僅かだが能力がなくともアイテムがあれば使える魔法と攻撃がある。それを今日からこの第二十一部隊では訓練してもらう。そしてカタリーナさまの成人の儀が行われた後は、専属の護衛として後宮の警備につくことになるだろう」
「後宮の……」
本来後宮の警備は聖職だった。
男性の衛兵もいたが、神に生涯仕えると誓った聖職者が選ばれている。
それでも王様がお渡りになられる時にはその側近や従者も付き添うため、完全な男子禁制というわけでもない。思ったよりも男性の出入りは激しい。
ロッテも王の侍従として使いに何度か入ったことはある。
ただし入ってすぐの御用使いの詰所までだが。
だが近衛騎士が王の付き添いでもなく後宮内に入るのは異例のことだった。
それだけ王様はカタリーナ姫の身を案じておられるのだろう。
「ですが目立った動きをして、逆にフアナ姫の反感を買わないでしょうか」
隊員の一人がルドルフに疑問を投げかけた。
「うむ。その通りだ。だから秘かに任務についてもらいたい。フアナ姫に気付かれないように五人体制で秘かにお守りする。危険が迫った時は、身を挺してカタリーナさまをお守りするのだ」
新人にしては荷の重すぎる任務だった。
次話タイトルは「第二十一部隊の鍛錬」です