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異世界オレンジ国 とりかえばや物語  作者: 夢見るライオン
第二章 青年期 社交界デビュー編
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4、妖精ラピ


「ははは、今日のオットーの顔を見たか? お前が近衛騎士と聞いて、すっかり顔色をなくしておったわ。これほど愉快な気分になったのは久しぶりだ」


 西大公家の別邸に戻り、父へ今日の報告をしにいくと、二人を上機嫌で迎えた。

 カール南大公の無礼への怒りは、フロリスの近衛騎士の任命で帳消しになったようだ。


「ステファンもフロリスのおかげで身に余る昇進をしたな」

「はい。ウィレムさまのお引き立てのおかげと感謝しております」


 ステファンは素直に応じたが、ロッテはステファンを従者のように言うのがいつも気に入らなかった。父にとってはステファンも息子のための便利な駒のようなものなのだろう。


 そしてロッテもまた、本物のフロリスのための捨て駒なのだ。

 今は大事に扱ってもらっているが、本物のフロリスが小公子らしく成長すれば簡単に切り捨てられることだろう。

 分かっていても、もうロッテにはこの道を進む以外選択肢はなかった。


「今日は二人とも疲れただろう。ゆっくり休むがいい。ステファンの部屋は分かるな?」

「はい」

「そのことですが父上、もう少しいい部屋にして頂けませんか?」

「フロリス!」

 ステファンが慌ててロッテの言葉を遮ろうとした。


「私と同じ階にも一部屋余ってるではありませんか。あんな使用人のような部屋にしなくてもいいではないですか」


 ステファンにあてがわれた部屋は、使用人たちの一つ上の階で、住み込みの家庭教師などが一時的に宿泊するベッドと机とクローゼットがあるだけの寮のような部屋だ。

 天蓋のあるベッドルームと広いリビングルームに、大きなクローゼットや侍女の部屋まであるフロリスの部屋とは比べものにもならない。


「まさかそれはステファンが言わせた言葉ではないだろうな」

 それまで上機嫌だったウィレムが一転して鬼のような形相になった。


「いえ、ステファンはそんなことは言いません。ですが私が……」

 ロッテは慌てて弁解した。


「お前はまだ自分の立場がよく分かってないようだな。西大公家の小公子と辺境のミデルブルフの跡継ぎごときが同等の扱いになるわけがないだろう。成人となってそれぐらいの知識はあるものと思っていたが、まだまだ子供だな」


「ですがステファンは頭も良く、人としては私よりも上だと……」

「黙らぬかっっ!!」


 父は叱責と共に手を振り上げた。

 久しぶりの癇癪かんしゃくだ。

 だがそれでもステファンを軽んじる父が許せなかった。

 殴られても言い返したかった。


「お待ち下さい! ウィレム様」

 今にも殴りかかりそうなウィレムの前にステファンが立ちふさがった。


「わたくしがアカデミーの友人関係のままに、あまりに自分の立場をわきまえなかったからフロリスさまに思い違いをさせてしまいました。申し訳ございません。罰するならどうぞわたくしを殴って下さい」

 ステファンは膝をつきウィレムに頭を下げた。


「ステファン……」


「確かにそうだな。そなたが分をわきまえぬからフロリスがくだらぬ考えを持つようになったのだ。わしが取り立てているからといって増長するでないぞ、ステファン。もしも主人をないがしろにするような言動があれば、お前なぞ、こうだっ!」

 ウィレムは言って、ひざまずくステファンを足で蹴り飛ばした。


「ステファン!!」


 蹴られて床に転がるステファンにロッテが駆け寄った。


「いいから、フロリス。何も言わないで」

 ステファンは体を起こしながらロッテに小声で囁いた。

「でも……私のせいで……」

「いいから、僕に任せて」


「言っておくがステファン。この屋敷に住むことを許したとはいえ、フロリスの部屋に行くことは許さぬ。本当は女と知っているお前だから尚更、必要以上の接近は控えよ。お前は女であるフロリスの一番身近な用心棒だと心得るがよい」


「はい。フロリスさまにお仕えすると決めて以来、指一本触れておりません」

「うむ。それでよい。もういい、二人ともさがれ!」


 ウィレムの部屋を辞した二人は、しばらく無言で歩いていた。

 そして別れ道となる階段まできて、ようやくロッテが口を開いた。


「ごめん……。ステファン。私が余計なことを言ったせいで……」

 泣いてしまいたいほど落ち込んでいた。

 あの父に逆らうなんてバカだった。

 自分が殴られるよりも、ずっと心が痛い。


「確かに余計なことだったね」

「ステファン……」

 やっぱり怒っているのかと見上げると、温かな笑顔がそこにあった。


「君が僕を大事に思ってくれているのは充分分かってるよ。だから物や形で表わす必要なんてないんだ。君より粗末な部屋だったとしても、寮暮らしの僕には充分すぎる部屋だ。不満になんて思ってない。僕は君の一番近くで守れる側近として選ばれたことこそが嬉しいんだ」


「ステファン。でも私は君と対等に……」


「ウィレム公の言うことは間違ってないよ。君はいずれ西大公となって多くの領民を治める立場なんだ。成人となった今日から、君は主君になる自覚を持たなくてはダメだ。それが僕たち下の者を守ることにもなるんだ」


「ステファン……」

 確かにステファンの言う通りだった。

 ロッテの軽率な言葉がステファンを傷つけた。

 自分への罰は、自分に返ってくるとは限らない。

 主君の失策は、臣下が負うことだってあるのだ。

 それを強く心に刻む出来事だった。


「……」

 うつむいて涙をこらえるように唇をかむロッテに、ステファンは思わず手を伸ばしそうになった。出来ることなら弱々しい背中をさすってやりたい。うなだれる頭を撫ぜてあげたい。

 だが、伸ばした手をぎゅっと握りこみ、元の位置に戻した。


 この二年、何度同じように拳を握ったことだろう。


 決して自分からロッテに触れないと誓った。

 時には嬉しいことがあってロッテの方から抱きついてきたり、手を握ってくることはあったが、やんわりとその手をふりほどいて距離をとった。


 日に日に強い理性を上乗せしないと追いつかなくなっている自分と戦いながら、二年前のあの日誓ったことを後悔はしていない。


「さあ、もういいから部屋に戻ろう。明日から近衛騎士として忙しくなる」

「うん。ありがとうステファン」


 ロッテは吹っ切ったように鮮やかな笑顔を向けた。

 この笑顔があれば、どんなことにも耐えられる。

 ステファンはうなずいて階段を下りていった。



 部屋に戻り侍女のアンに着替えを手伝ってもらってベッドルームに入った。

 一人になると一日の疲れがどっと出た。


 寝る時だけは賢者さまにもらった魔法の下着を脱ぐ。

 本当に不思議な下着で、来ている間は胸板が厚くなって肩幅まで広がる感じがする。

 背丈すらも実際より高く感じて、女っぽさが皆無になった。


 でも一旦下着を脱ぐと、十五の少女の体に戻ってしまう。

 男物の夜着を着ていても、胸のふくらみや腰の丸みが隠せない。

 一気にたよりなくなるような気がして嫌だった。


 だが夜だけは脱ぐようにと賢者さまに言われていた。

 着ている間は月のものさえ止まる下着は、着すぎると体調を崩すらしい。


 ロッテはベッドに腰掛けて、サイドテーブルに置かれた緑の石を取り上げた。

 表面は宝石のような光沢があるのに、奥はくすんだ質感を持つ不思議な石だ。


 その石を両手で包み「ラピ、出てこれる?」と問いかけた。

 するとすぐにぽわっと石が光り始めた。

 石の中に広がる深い空間から溢れ出るように緑の光を放つと、パッと消えた。

 そして石の代わりに小さな子供が姿を現した。


 ブルマ型の黒いワンピースにウサギのような丸いしっぽ。

 長く垂れた緑の耳に、黒いブーツ。

 ふわふわした手触りだが、いまだにそういう服なのか、皮膚なのか分からない。


「フロリスがずっと呼ばれるのを待ってた」

「フロリスがずっと呼ばれるのを待ってた」


 目の前の妖精は二回同じ言葉を繰り返した。

 だが二回目の言葉はラピの言葉ではない。


 ホーラントの領地にいる本物のフロリスの手の中にいるピピの言葉だ。


「フロリス、そこにいるの?」

 ロッテは手の中の妖精に向かって尋ねた。


「うん。今日は社交界デビューの日だよね。無事終わったか心配だったんだ」

 ラピは今度はフロリスの声音で答えた。


 ホーラントと王都に離れているロッテとフロリスだったが、賢者さまが開いてくれた『精霊の道』のおかげでピピとラピを通していつでも話が出来るようになっていた。

 ロッテはアンに用意してもらったクッキーを取り出し、ラピに渡す。

 クッキーはラピとピピの大好物だった。

 ラピは幼い目を輝かせて受け取ると、すっかり上機嫌で協力してくれる。


「近衛騎士に任命されたよ」

「近衛騎士? 見習い騎士を飛ばしていきなり?」

「うん。ステファンも一緒なんだ」

「ステファンも? それは良かった」


 ステファンは本物のフロリスからも信頼されていた。


「それでね、ちょっと父上を怒らせてしまって、またステファンに迷惑をかけたんだ」

 ロッテは先ほどの顛末てんまつを語ってきかせた。


「そうか。大変だったね。でもステファンがロッテのそばにいてくれて本当に良かった。僕が早く一人前になったら君を辛い目に合わせなくて済むのに……」


「そっちはどう? 魔術は使えるようになった?」

 フロリスは賢者さまの手ほどきを受けて、いくつかの呪文を習っていた。

 そしてロッテの執事だったセバスチャンも、ホーラントに残ってフロリスに剣の手ほどきをしている。二人が元に戻った時に実力の差が目立たないようにするためだ。


「うん。防御の魔法はかなり形になってきた。今、防御の下着を魔法で編んでるんだ。完成したら君に送るよ。身につけていればたいていの魔法は跳ねつけられる」

「へえ。すごいね。さすがフロリス」


「う……ん。防御の方は得意なんだけど……。攻撃の魔法は全然ダメなんだ」

「フロリスは優しいものね」

「怒りが足りないのだろうって賢者さまには言われてる」

「怒り?」

「うん。きっと臆病で屋敷にこもってきた僕には怒るほどの経験がないんだ」

「でも怒らずに生きていけるなら、その方がいいよ」


 日々、理不尽な世の中や不遇な自分の未来に憤りばかりを感じているロッテにとっては羨ましいことだった。だがいつか、その自分と本物のフロリスが入れ替わらなければならない。

 ロッテはこの優しすぎるフロリスに耐えられるだろうかと心配だった。



次話タイトルは「近衛騎士、初日」です

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