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異世界オレンジ国 とりかえばや物語  作者: 夢見るライオン
第二章 青年期 社交界デビュー編
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3、アルル未亡人


「はじめてお目にかかります。フロリスさま。アルル・フォン・デル・ビンネンと申します」


 突如目の前に現れた美しい貴婦人にロッテとステファンは戸惑いの表情を浮かべた。

 こんな風に貴族の令嬢から淑女の礼を受けたのは初めてだった。


 なにせ二人共今日が成人の日だ。

 初めて一人前の男として挨拶を受けるのだ。


「は、はじめまして。フロリス・フォン・デル・ホーラントです」

 ロッテは真新しいオレンジの襷に右手を添え紳士の挨拶を返した。

 自分が一人前の男になったようでくすぐったい。


 ステファンはさりげなく脇に引いて二人を見守った。


「お噂はいつも聞いておりましたわ。成人なされたら一番にお声をかけようと思ってましたの」

「あなたのように美しい方にそのように言われると嬉しいです」


 姫君に返す言葉の数々はステファンと練習してきた。

 だがお世辞ではなく本当に美しいと、ロッテはその漆黒の瞳を見つめた。

 目を黒く縁取った濃いアイラインは、不思議に妖艶にも知的にも見える。

 豊かに広がる黒髪といい、心惹かれる容姿の姫君だった。


「フロリスさまのようなステキな方がデビューされて楽しみが増えましたわ。わたくしこれでも社交界では古株ですの。分からないことがあれば何でもご相談下さいませ」


「ありがとうございます、アルル様」


 アルルはにこやかに微笑むと、慣れたように一礼してするりと行ってしまった。


「古株って……未婚の令嬢じゃないのかな」

 ロッテは隣のステファンにそっと尋ねた。


「アルル嬢といえば確か四年前に夫を亡くされて、若くして未亡人になられた方だよ」

 ステファンはすでに社交界のメンバーの名前は頭の中にすべて書き込んでいた。


「四年前って何才で結婚したんだよ」

「十四だったと思う。もとはシエル様とも縁戚の公爵令嬢だ。でも公爵さまは早くに亡くなられ、没落寸前のところを老伯爵に拾われたといったところかな。今はその遺産を手に社交界の常連のようだよ。顔も広いから仲良くなっておいて損はない」


「さすがステファン……うわっ!」

 ロッテが言いかけたところで、ガッと太い腕が首に回された。


「おい! 今アルル嬢と何をしゃべってたんだフロリス」

「イザーク?」


 イザークがフロリスの首を抱き込むようにしていた。


「お前は社交界にデビューしたと思ったらこれだからな。フロリスがこんなに手の早い男だとは思わなかった」

「そんなんじゃない。苦しいよイザーク。離せ!」

「いーや離さないぞ。何をしゃべってたか吐け」

 イザークはふざけたようにぎりぎりとロッテの首を締め付ける。


「はじめましての挨拶をしただけだ! うぐっ……離せって! 怒るぞ!」

「へっへ。自分で俺の腕を解いてみろ。お前も今日から成人だからな。手加減はもうしないぞ」

「前から手加減なんかしてないだろ!」


 イザークはロッテが賢者さまからもらった魔法のベストを着けて以来、ふっきれたように気遣いがなくなった。ロッテとしては、その方が気楽でいいのだが、悪ふざけの腕力が度を越していて、時折迷惑をしていた。


「イザーク。そのへんでやめろ。フロリスに挨拶したい姫君たちが待ってる」

 憮然としたステファンの言葉で周りを見渡すと、アルルの次に挨拶しようと待ち構えていた姫君たちの遠巻きの輪が出来ていた。


「見て、イザークさまとフロリスさまがじゃれあってるわ」

「仲がいいって本当でしたのね」

「西の小公子さまと東の小公子さまだけど、あんなに打ち解けあってらっしゃるなんて」

「わー、どちらもステキだわ。迷っちゃう」

「私はあのフロリスさまと一緒にいらっしゃるステファンさまもいいと思うの」


 おそらくロッテたちよりも若い姫君たちがコソコソとこちらを見て囁き合っている。

 若い姫君たちにとっては十二才の社交界デビューと共に、結婚相手探しが始まる。

 すでに許婚がいる姫君はともかく、それ以外は壮絶な恋愛バトルの会場なのだ。


 小公子であるフロリスとイザークを射止めたものは最大の勝ち組といっていい。

 注目されるのも当然だった。


「フ、フロリスさま! お、お、お初にお目にかかります」

「わたくし城内を馬で駆けていらっしゃるお姿を見たことがありますの」

「わたくしも初めて王宮に来られた時の馬車を見ましたわ」

「フロリスさまが社交界に来られるまで、すべての縁談を断って待ってましたの」

「わ、わたくしだってもう五人もお断りして待ってましたのよ」


 一人が話しかけると、次々に姫君たちがロッテの周りを取り囲んだ。

 そしてどんどん内容が過激になっていく。


 だが女として生きる道の難しさを身をもって知っているロッテにとっては、必死になる気持ちがよく分かる。いい結婚相手を必ず勝ち取って来いと家運を賭けて送り出されてきている。

 ここは姫君たちの戦場なのだ。


「私も美しい姫君たちに会えて光栄です」

 フロリスが人懐こく微笑むと、みんな安心したように笑顔になった。


 とりあえず笑顔と言葉を返してもらえただけで、姫君たちはよくやったと褒められることだろう。そんな切羽詰った思いも本来そちら側であったはずのロッテは知っていた。


(女としての私は、この姫君たちの心配をしている場合じゃないんだけどね)

 姫君たちと歓談してダンスの相手をしながら、心の中で呟いた。


 女としては出遅れまくってるロッテだった。


 侍女のアンはいつも女であるロッテの縁談を心配していた。

『いつまで男の恰好をなさるおつもりですか? 良家の姫君は十五には結婚していますわ。十七になって縁談もなければ完全な嫁き遅れですのに。大公さまはフロリスさまの将来ばかりを心配なさってロッテさまの将来をまったく考えていらっしゃらないのだわ』


 確かにそうかもしれないけれど、すでに男のフリをして王宮に来た時から女としての人生など捨てている。フロリスと入れ替わってロッテに戻ったとしても良縁などあるはずがない。

 おそらく父に命じられるままにどこかの年寄り貴族の後妻にでもなるのだろう。

 アルル嬢のように……。


(そうか。あの方に心惹かれるのは私と似ているからか)


 一日いろんな姫君に会い、ダンスも踊ったけれど、一番心に残ったのはアルルだった。


(それにシエルさまに似た黒髪と黒い瞳にも……)


 そんなことを考えていたせいか帰り際にイザークがアルルの名を出した時はドキリとした。


「フロリス。アルル嬢はダメだからな。ずっと目で追ってたみたいだけど」

「イザーク。もしかして君の恋人なのか?」


 嫉妬というよりは大人びたアルルには合わない気がした。


「それは……これから恋人になる予定なんだ。俺が先に想ってたんだからな」

「なんだ片思いか。だろうな」

「だろうなって何だよ! お前は今日初めての社交界で知らないだろうが、俺は結構モテるんだからな」


「でもフロリスの方がモテてたよね」

 ステファンが横からからかった。


「それは珍しいからだよ。今日はお前のデビューだから花を持たせてやったんだ」

「どうだかね」

「うるさい、ステファン。お前こそ誰か気に入った姫君はいたのか?」

 イザークはいつもすましているステファンをからかいたくて尋ねた。


「僕は……すでに決めている人がいるから」


「えっ!? そうなのか?」

 イザークと同時にロッテも声を上げた。


 ずっと一緒にいたけれど、そういえばそういう話はしたことがなかった。


「なんだ。もう許婚がいたのか」

「許婚……ではないけど、まあそんなようなものかな」


「そうなんだ……」

 ロッテは少しだけショックを受けた。


 ステファンを取られてしまうような淋しさというのだろうか。

 それほど今ではロッテにとってなくてはならない存在だった。


「もう帰るのか? これからアカデミーの卒業生で集まるんだがフロリスたちも来ないか?」

 男たちは舞踏会のあとも仲のいい者同士でサロンで飲み直すことが多いと聞いている。

 そちらはくだけた会になって、酒癖の悪い連中もいるから気をつけるように父から言われていた。


「今日はもう帰るよ。父上に挨拶しないとダメだし」

 父ウィレムももちろんフロリスの晴れの姿を見ていたが、屋敷に帰ってもう一度父に報告しなければならない。


「そうか。じゃあまた今度な。ステファンは来いよ」


「いや僕もウィレム公にご挨拶するから」

「え? なんでお前まで?」


「言ってなかったっけ? 今日からステファンも私の屋敷に住むんだ」

 ロッテが答えた。


「え? フロリスの屋敷に? 武官の寮じゃなくて?」

 

 成人と共にアカデミーを卒業すると、寮を出なければならない。

 ロッテのように宮殿近くに別邸がある大貴族はいいが、それ以外の貧乏貴族はアカデミーの寮から武官か文官の寮に移ることになっていた。

 しかしステファンは寮ではなく西大公家の別邸に住むことになったのだ。

 それはロッテではなくウィレムの命令だった。


 フロリスとロッテが入れ替わっていることをステファンが知ってしまったのは、ウィレムも知っていた。というかホーラントの屋敷に迎えにきたことでバレてしまった。


 激しく怒られることを覚悟していたロッテだったが、ウィレムは忠誠を誓うステファンに、よい駒が出来たと喜んだ。そして命を賭けて偽フロリスを守れと命じた。

 もしバレた時は二人一緒に死刑だとまで言った。


 それでもステファンは怯むことなく受け入れてくれたのだ。


 この二年のステファンの忠誠ぶりを見て、ウィレムの信頼はいよいよ厚くなっていた。

 とにかくフロリスが外出する時は、常にそばにいて守れと命じるウィレムは、別邸にステファンの部屋を用意すると言ったのだ。


 ステファンはどう思っているか分からないが、ロッテは単純に嬉しかった。


「なあ、ステファンってなにかフロリスに弱みを握られてるのか?」

「えっ?」


 突然イザークが鋭いことを言ったので、ステファンとロッテはぎくりとした。

 まさかとは思うが、昔も妙に勘のいい時期があった。


「なんでそんなことを聞くんだ?」

「いや。二人の親密さに友人以上のものがあるって兄上が……」


「ああ。ルドルフさまか……」

 ロッテとステファンは納得した。

 そして気をつけなければと身を引き締めた。


 実際には弱みを握られているのは、ステファンではなくロッテの方だったのだが。



次話タイトルは「妖精ラピ」です

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