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異世界オレンジ国 とりかえばや物語  作者: 夢見るライオン
第二章 青年期 社交界デビュー編
36/71

2、シエルのいない王宮


 壇上に社交界デビューの若者が並ぶと、再びラッパの音がして王が重臣を大勢従えて大広間に入ってきた。


 貴族たちは膝をついて拝礼して出迎える。

 フロリスたちも壇上で拝礼して王の到着を待った。


 ロッテがフロリスに成り代わって王宮に初めて来た時、王は二年後に弟の王太子シエルに譲位すると言っていた。

 あれから二年半が過ぎたが、譲位はまだ行われていなかった。


 なぜなら王太子シエルは譲位を避けるように隣国への留学を強行したからだ。

 現在もシエルは隣国ベルギスに行ったまま帰る予定はない。


 一説には譲位と同時に婚約者フアナが正妃になるのを回避するためだとも言われている。


「フロリス・フォン・デル・ホーラント。前へ」


 ロッテは名前を呼ばれ、王の前に進み出る。

 片膝をついて拝礼するロッテに王が金糸で縁取ったオレンジ色のたすきを手ずからかけてくれる。


 この襷は王家に認められた存在であることを証明する重要な証となる。

 襷の端には、それぞれの名が金糸で刺繍されている。

 これからおおやけの場に出るたび必要になる大切なものだった。


(シエルさまの手から頂けるものと思っていたのに……)

 ロッテにとっては、それが残念だった。


 ロッテがシエルに会ったのは、ルドルフの開催したパーティーが最後だった。

 王宮内のアカデミーに通いながら、様々な公務に従事してきたロッテだったが、王宮にいるからといって偶然会えるような相手ではなかった。


 馬番係から図書房、奏楽房、縫務房、式部房、大蔵房とあらゆる部署で下働きを経験した後、現在は王の侍従の一人として雑用係のような仕事をしている。


 王に日々接する立場は、雑用係といえども同年代の中では最高の地位だ。


 だがロッテは王太子のシエルの近くで雑務をこなす友人が羨ましかった。

 たまにお姿を見かけたり、時にはお声をかけてもらえることもある。


 王の侍従であるロッテは、この二年の間、一度もそんな偶然に出くわさなかった。


 そして半年前、突然シエルは側近数名を連れて、留学してしまったのだ。

 会うことはなくとも、同じ王宮内にシエルがいるというだけで幸せだったロッテにとって、それはショックな出来事だった。


 いつ帰るとも分からないシエルを待ちつつも、フロリスは今日成人となった。


 十五で社交界にデビューすると成人と見なされ、これまでの見習いのような公務から離れ、武官か文官として新たな立場を得ることとなる。


 フロリスを名乗るロッテは武官を希望していた。

 武官ならば見習い騎士から近衛騎士、さらには王の十七騎士となるのが目標となる。


 この場でどこの配置になるのか言い渡されるならわしだった。

 武官を目指すなら、貴族の子息はたいてい見習い騎士になる。


「フロリス・フォン・デル・ホーラント。そなたを近衛騎士に任命する」


 大司教の見守る中、たすきをかけた王が告げた言葉に、大広間が騒然とした。


「え?」

 ロッテも驚いて王を見上げた。


「なんと、見習い騎士を飛ばして、いきなり近衛騎士ですか」

「二年前の東大公家の次男イザーク殿が、二ヶ月で昇進したのも驚きましたが、西大公家のフロリス殿はいきなりですか」

「王はフロリス小公子がよほどお気に入りだと見える」


「東大公のオットーさまのお顔をごらんなさいませ」

「息子自慢のお好きな方ですから、ご自分の息子より特別待遇がお気に召しませんのよ」

「こちらの西大公のウィレムさまは勝ち誇ったように胸を張っておられますわ」


 貴族たちがコソコソと噂している。


「フロリス殿、お返事を」

 王の側近が咳払いをして呆然とするロッテにうながした。


「あ、はい! 謹んでお受け致します」


 ロッテは大広間に響き渡る拍手を受けて元の位置に下がった。


 しかし驚くのはそれだけではなかった。


「ステファン・フォン・デル・ミデルブルフ。近衛騎士に任命する」


 これには大広間がさきほど以上に騒然とした。


 西大公の嫡男であるフロリスの大抜擢は分かるが、地方の貧乏貴族にすぎないステファンがいきなり近衛騎士になるのは異例中の異例だ。


「ステファン殿は文官希望かと思っていましたが」

「これは思い切った人事ですね」


「彼は頭の良さばかりが目だっているが、剣の腕もいいようですよ」

「それにしてもいきなり近衛騎士とは……」


「シエル王太子さまのご不在となにか関係があるのでございましょうか」

「近頃は王宮内も混乱が続いておりますからね。ほら先ほどのカール南大公のことも……」


 貴族たちがまたコソコソと話し合っている。


「つ、謹んでお受け致します」

 ステファンも動揺をかくせないまま答え、元の位置に下がった。


 王宮は確かに今、問題が山積みだった。


 一番の問題は王の体調だ。


「王様はこれで退出されるが、みな舞踏会を楽しむようにと仰せです」


 襷を全員に渡すと、王は側近に体を支えられながら退出した。

 

 以前からあまり丈夫な方ではなかったが、シエルがいなくなった半年前からいよいよ寝込むことが多くなり、公務の合間に幾度も休憩をはさまないと体がもたなくなっていた。


 そばで王の世話をするロッテは、日々弱っていく王が心配だった。


 さらには王の一人娘であるカタリーナ姫も病気がちだと言われている。


 そして外部の貴族にはあまり知られていないが、王宮内では不審な死を遂げる者があとを絶たなかった。その原因は恐ろしくて口に出せないが誰もが分かっていた。


 紫の塔に住む王太后。

 前王の后である王太后の周りでばかり不審な死が続いている。


 誰もが恐れて近付きたがらない王太后だったが、好んで近付く者も僅かにいた。

 王国の南の領地ルカセントを治めるカール南大公だ。


 領土のほとんどを森に覆われた南大公家は、四大公家の中でも発展が遅れ最貧の土地であった。それというのも深い樹海の中に魔女の国があるとされているからだ。

 

 ゆえに森を開拓することを恐れ、未開の地ばかりが広がっている。

 しかしそのルカセントが近頃商業都市として活気を見せはじめていた。


 ちょうど王太后が先王に嫁いだあたりから急に活気づいたのだ。

 

 その王太后を先王に紹介したのがカール公だった。

 そして養女フアナもまた南大公家の出身だ。


 王太后が嫁いでから南のルカセントはみるみる発展を遂げ、今では北大公家の領地フリースラントよりあきらかに強大になっている。


 王太后を通して大量の資金がルカセントに流れているという噂もあったが、誰も進んで調べようという者はいなかった。なぜなら先王の時代に調べようとした文官が三人も死んでいるからだ。


 この数年、ルカセントへの道路整備や街の区画整備に法外な国家資金を流用しているが、それを咎めることのできる者がいなかった。


 ロッテの父である西大公ウィレムも、イザークの父である東大公オットーも、危機感をおぼえてはいるものの、手出しできない状態が続いていたのだ。


「シエル様はいつになったら戻られるのだろう」

 お披露目が終わり、歓談の時間になるとロッテはステファンに囁いた。


 王太后の横暴を辛うじて止めていたのはシエル王太子の存在だった。

 王太后の実子とも言われているフアナ姫が執心しているシエル王太子だけはさすがの王太后も手出しできず、対抗できる最後の砦だったのだ。 


「まさか僕まで近衛騎士に任命されるとは思わなかったよ。王様は焦っておられるのだろうね。でも僕たちに出来ることがあるのかな」


「分からないけど私はシエル様が王になられた時には、十七騎士に選ばれるように全力で上を目指すよ。どんな理由であれ近衛騎士に任命されたのはチャンスだ」


 普通は見習い騎士から近衛騎士に昇進するのに、二年はかかる。

 イザークは二ヶ月という異例の昇進だったが、フロリスはそれより早いのだ。

 とにかく時間が惜しかった。

 ロッテが男でいられる時間はあと三年もないのだ。


「じゃあ僕もフロリスに置いていかれないように頑張るよ」


 実際、ステファンほど頼もしい側近はいない。

 頭もいいし、剣の腕もいい。

 医術の心得もあれば、薬草も熟知している。

 その上よく気がついて、細かい気配りもできる。


 そしてなによりロッテを女と知りながら、忠誠を誓ってくれていた。


「とにかく近衛騎士にステファンも任命されて助かった」

「近衛騎士はくせ者ぞろいだからね」

「同じ部隊になれたらいいんだけど」

「それはさすがに難しいかもしれない」


 仲良さげにコソコソと話し合う二人の前に、ふいに美しい姫君が立ちふさがった。



次話タイトルは「アルル未亡人」です

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