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異世界オレンジ国 とりかえばや物語  作者: 夢見るライオン
第二章 青年期 社交界デビュー編
35/71

1、ロッテ 15才

大変、大変、大変お待たせ致しました。

私もこれほど間をあけるつもりなどなかったのですが、あれやこれやと書いてるうちにすっかり後回し作品になってしまい、お待ち頂いた方には本当に申し訳ないです。


第一部の終わりに三部構成で少年期、青年期、恋愛期にするつもりと書きましたが、基本的にその三部構成であることには違いはないのですが、青年期をいくつかの章に分けようと思います。

ダイジェストのように一気にまとめるのは寂しいなあ、ということで字数制限のないネット小説なのだから、たまには登場人物たちの日常をのんびりだらだら書いてみようかと思いました。


ですので「第二章 青年期 社交界デビュー編」というくくりになります。

先は長いですが、のんびりお付き合いくださいませ。




 色とりどりのチューリップが咲き乱れるオレンジ国の王宮の中庭には、次々に豪華な馬車が停まり、白い礼服の紳士と白いドレスの淑女たちが降りていく。


 黒服の執事たちが丁重に出迎え、宮殿内に案内している。

 頬を紅潮させた晴れやかな若人たちが春を運んでくるような祝日だった。


 オレンジ国では男子は十五才、女子は十二才で社交界にデビューする。

 貴族社会に仲間入りする新成人の祝いは、人生の中でも重要な行事だった。

 そして今日が今年デビューする子息たちのお披露目舞踏会の日だ。 


 お披露目の子息たちだけが白を着用し、他の者たちは色つきの衣装だ。

 だから誰がデビューするのかは一目瞭然だった。


「さっきからそわそわし過ぎなんじゃないのか、イザーク?」

「えっ!?」


 大勢の貴族で賑わう大広間で兄のルドルフに声をかけられて、イザークは思わず大きな声が出てしまった。


「そんなにフロリスの登場が気になるか?」


 にやにやと問いかけるルドルフに、イザークは慌てて平静を装った。


「べ、別にフロリスを気にしているわけじゃありません。今日社交界デビューする中にはステファンだって、他の友人だっていますから」


 ロッテより二才年上のイザークはすでに二年前にデビューしている。

 十七才を過ぎたイザークは、ルドルフよりもいつの間にか背が高くなっていた。

 兄より筋肉質で大柄のイザークだが、長い栗毛を高い位置で結んでいるせいか体格では勝っていても、やはり弟臭さがどこかに残っている。

 屈託のない茶色の瞳が憎めない。


 ルドルフは顔を見るとからかいたくなるのだが、近頃はうまくかわされるようになってきたのが残念だ。狡猾なキツネのような緑の細い目をしかめて、ため息をつく。


「なんだ、最近はフロリスのことで騒がなくなってきたな。つまらぬ」


 東大公家の次男イザークは、ライバルでもある西大公家の長男フロリスにひどく懸想けそうしている時期があったのだが、近頃は落ち着いてしまったようだ。


「あ、当たり前です。フロリスは男ですよ。わ、私は兄上と違ってそういう趣味はないので」

「ふーん、あれほどフロリスを気に入ってたのにな」

「もちろん気に入ってますよ。仲のいい友人として」


 確かに兄の言うように、ちょっとおかしくなっていた時期があった。

 フロリスを見るたび胸が跳ね上がり、気付けば目で追っていた。

 あの頃は自分でも男色なのかと不安になった。


 しかしいつからだっただろうか……。

 そう。二年前、フロリスが突然ホーラントの領地に帰ってしまったと噂になった後、ステファンと共に戻ってきてからは不思議なぐらいそういう気持ちはなくなった。


 今でも金髪碧眼の美しい男には違いないが、それだけだ。

 信頼し、尊敬もしている大事な友だ。


「フロリスがいくら美しくても、私は女性がいいですから」

 今でははっきりと断言できる。

 フロリスへの気持ちは友情だけだと。


 それにイザークには想い人がいた。


 キョロキョロと周りを見回す。


(いた……)


 すでにたくさんの紳士に囲まれているモスグリーンのドレスの姫君。


(アルル嬢)

 王家と縁戚関係でもある元公爵令嬢だ。

 王太子シエルとよく似た黒い瞳と、クセの細かい黒髪の美しい人だった。

 イザークよりも一才年上で、肉厚な唇が妖艶なイメージだ。


 アルル嬢は十四才で一度結婚している。

 相手は五十才も離れた金持ち伯爵だったが、結婚半年であっさり死んでしまった。


 残された莫大な遺産はアルル嬢の手に転がり込み、跡継ぎのいない伯爵家の主となった。

 アルルが伯爵を毒殺したのではないかなどという黒い噂も飛び交う中、本人は潤沢な資金を得て自由な恋愛を存分に楽しんでいる。


 後腐れのないさばさばとした性格といい、妖艶な美しさといい、たいていの男たちにとって浮気するには魅力的な存在だった。


 だがイザークは他の男のように一時のアバンチュールを楽しみたいわけではない。

 本気で恋していた。


 イザークは元来、強い女性が好きだった。

 独立心があって男性とも対等に渡り合えるような女性が好みだ。

 それはかつて男のフロリスに夢中になった影響かもしれない。


 簡単に言いなりになるような姫君よりも、絶交だと啖呵を切るような強さにトキめいてしまう。フロリスへの執着はなくなったが、変わった趣向だけが残ってしまった。


 モテ過ぎるのもよくなかったのかもしれない。


 東大公の次男で剣の腕もよく、すでに見習い騎士を経て近衛騎士に昇格していた。

 最年少の抜擢であり、逞しい肉体に人懐こい容姿とくればモテないはずがない。


 だがかつてフロリスに感じたようなトキめきは、どの姫君と付き合っても得られなかった。

 そんな中で「あなたは好みではないわ」とアルルにはっきり言われたのが胸に響いた。


 フロリス以来、初めて本気で夢中になった姫君だったのだ。


 軽くあしらわれるのを覚悟でアルル嬢に話しかけにいってみようかと思案していたイザークは、ラッパの音が鳴り響いたことで大広間の入り口に目をやった。


 集まっていた貴族たちが広間の中央を開けて、入ってくる若者を出迎える。


 だがまずは見届け人として、四大公と高級官僚が姿を現わした。

 西大公ウィレム、東大公ヘルレ、南大公カール、北大公マッカム。

 それから五人の大臣、そして最後に王都に聳え立つドム教会の大司教さま。


 そうそうたる顔ぶれに貴族たちも緊張した面持ちで頭を下げて拝礼で出迎える。


 重鎮たちはゆっくりと広間を縦断して壇上へと進み、中央から順に並ぶ。

 だがここで少し問題が起きた。


 最後に中央に立つ大司教さまの位置を開けてその両脇に西大公、東大公が並び、さらにその隣に南大公、北大公が並ぶのがならわしであったが、あろうことか南大公のカールが大司教さまの位置に立ったのだ。


 緊張で間違えたのかと、ウィレム西大公とヘルレ東大公が咳払いをしてみたが、カール南大公は堂々と出っ張った腹を突き出し、謙虚さを欠いた偉そうな口髭を揺らしながら立っている。


 広間の貴族たちも、その不遜な態度にざわつき始めた。


 最後に壇上に上る大司教は自分の立つべき場所が南大公に占領されていることに気付き、困ったような顔をしたものの注意することもなく、とても入れそうにない隙間に無理矢理入り込んで立った。


 それによって西大公のウィレムが少し左にずれることになってしまった。

 短気なウィレムの顔が怒りで紅潮するのが誰の目にも分かった。


 そしてカール南大公に大司教の隣の位置を奪われたヘルレ東大公の顔もこわばっている。


 大公家はもともと公爵の位で、東西南北の四つの大公は特に実権を持つ公爵家として遠い過去に四ヶ所の領地を任された。その当時から王都に近い東西の大公は抜きん出た実権を持ち、北と南は格下の扱いが暗黙の了解だった。


 まるでその二人より格上であるかのようなカール大公の態度に全員が違和感を感じていた。

 

 もともとカール大公は気分屋ですぐに増長するタイプだったが、昨年までは東西の大公には一歩引いた態度で横に並んでいたはずだ。


 それがこの変化は何を意味するのか。

 イザークをはじめ、広間の貴族たちは不穏な空気を感じ取って首を傾げた。

 そしてイザークの隣のルドルフもチッと小さく舌打ちをしていた。


 だがそんな困惑をよそに、いよいよ社交界デビューの若者たちが入場となった。

 楽隊の奏でる音楽と共に、白い服の紳士淑女が姿を現わす。

 その華やかさに、貴族たちは一旦興味をそちらに戻した。


 一歩一歩左右の貴族に印象を残すように、ならわし通りゆったりと歩く。

先頭を歩くのは、今回のデビュー子息の中で最も身分の高い西大公家の嫡男フロリスだった。


 艶やかな金髪を背で結わえ、真っ白な礼服姿のフロリスが現れると、大広間全体がほうっというため息で溢れた。


 今までの少年服から大人の正装をするフロリスは、誰の目にも好ましかった。


「あれが噂のフロリス小公子さま」

「噂で聞いてた以上に美しい」


「あの堂々とした足取りを見てくださいな」

「なんてステキなんでしょう」


 貴族たちは口々に囁き合った。


 イザークも美しいフロリスに目を細めたが、それだけだ。

 以前感じた中性的な危うさのようなものは消え去ってしまった。

 不思議なほど男性にしか見えない。

 

(うん。大丈夫だ。俺はもうすっかりまともになったんだ)


 久しぶりにフロリスを見て再度確認した。


 今回デビューするのは男女合わせて二十人ほどだった。

 男子の最後尾にはステファンが歩いていた。


 身分的には貴族社会では最下層になるが、おそらく同年代で一番頭がいい。

 その秀才ぶりは貴族の間でも話題になるほどで、彼を軽んじる人間はいない。


 何よりフロリスの側近として、すでにその地位を確立していた。


「あの坊やは結局フロリスに取られてしまったか。あれほどステファンを味方にしろと言っておいたのに」

 ルドルフは腕を組んでステファンを残念そうに見送った。


「同級生ですしあの二人の仲に割って入るのなど無理ですよ」

 いつからかステファンは疑いようもないほどフロリス一筋になっていた。

「でも俺だって別に敵対しているわけじゃない。仲はいいですよ」

 近衛騎士になってからは、アカデミーも卒業してすっかり会う機会は減っていたが。


「誰が仲良しごっこをしろと言った。友達と味方は同じではない。味方とは絶対裏切れない強い主従関係を持つということだ」


 狡猾な兄は、友人関係も損得で考えるようなところがある。

 まっすぐな性格のイザークには、それは受け入れられなかった。


「相手の弱みを握って従わせろと言いたいのですね。何度も言いますがそういうのは性に合いません」


「お前は本当に甘いな。今に友人と思っていた者たちに足を引っ張られ痛い目をみることになるぞ」


「考え過ぎですよ兄上は」


「バカだなお前は。見ていて分からないか。フロリスとステファンはちゃんと主従関係を築いているぞ。ステファンはフロリスを友人だなどと思っていない。生涯仕える主人だと思ってそばにいる」


「まさか……。じゃあフロリスはステファンの弱みでも握っているというのですか」


 イザークの問いに、ルドルフは珍しく首を捻って考え込んだ。


「それがよく分からない。聡明なステファンがあそこまで強く服従しているのはどういう理由があるのか。金銭的なことや地位の約束でそこまで強い関係を築けるものなのか」


「俺には仲のいい友人同士にしか見えませんが」


「いや、あの二人には何かあるはずだ。人に言えない秘密のようなものが」


 妙に勘のするどいルドルフだったが、さすがにそれがどういう秘密かまでは知らなかった。




次話タイトルは「シエルのいない王宮」です

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