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34、忠誠を誓う騎士②

「フロリスッ!!」


 ステファンの右手がロッテの二の腕を掴んだ。

 前に進もうとしていた体がガクンとバランスを失って倒れそうになる。


 慌てて膝をついたロッテは、腕を掴むステファンを見上げる形になった。


「フロリス……」


 ステファンは、前回の女装と違ってきちんと化粧をして本気のドレス姿のフロリスに息を呑む。

 前も充分美しいと思ったが、本当の女性姿は12才のステファンには眩しすぎる。


 言うべき事も忘れて、一瞬フロリスを見つめてしまった。


 そして……。


 決して下心などなかったのだが、自然に視線は胸元に流れた。


「!!!」


 そこに紛れもない女性を感じると、ステファンはカッと体が熱くなるのが分かった。

 血は一気に頭にまで上り、真っ赤になった顔を慌ててそらした。


 ロッテはステファンの視線に気付いて、掴まれたのと反対の手でぱっと胸元を隠した。

 ロッテも恥ずかしいのか情けないのか分からない感情で顔が真っ赤になった。


「ご、ごめん……」

 ステファンは思わず謝った。

 胸元を見ていましたと白状したようなものだった。


「……離して、ステファン……」

 ロッテは恥ずかしさに下唇を噛んだまま告げた。


「離せばまた逃げるんだろう? 僕は離さないよ」

 ステファンは、視線をそらしたまま強く言い放った。


「な、何しにこんな所まで……。

 私が女だと確認するために来たのか?」


「それもあるけど……君に言いたい事があった」


「君達みんなを騙していた事をなじりに来たのか?

 こんな大それた大嘘をつく私を糾弾しに来たのか?

 それともシエル様や王様をもあざむく私を断罪に来たのか?」


 ロッテはステファンに言われるだろうと想像していた事をまくしたてた。

 ステファンに言われる前に自分で言ってしまった方がマシだと思った。


「分かってる。分かってるよ! そんな事!

 私を断罪するならすればいい。

 軽蔑したければすればいい。

 それでも私は……。

 あの場所にいたかったんだ。

 フロリスとして生きる事が出来たならと……。

 うう……うう……」


 自分で言って自分で悲しくなった。

 やっぱりインチキ賢者様の言う事なんて嘘だった。

 こんな姿まで見られたステファンと、元通り王宮で過ごす事なんて出来ない。


 せっかく見えていた希望さえも失った。

 泣き崩れるロッテの背が、ふいに温かいもので包まれた。


「?」


 驚くロッテの体が強い力で抱き締められていた。


「ステファン……?」


「ごめん、ごめんフロリス」

 耳元にステファンの声が響く。


「君がこんな大きな秘密を抱えて苦しんでいたのに、何も気付けなくてごめん」


「ステファン……」


「どうしていいか分からなくて、冷たい態度のようになってしまってごめん」


「なんで君が謝る必要が……」


「僕は、僕は君が女だと分かってどうしていいか分からなかったんだ。

 僕はもともと王宮仕えとか出世とかに興味もなかったし、ミデルブルフの領主として辺境の地を治めながら薬草や医術の研究をして生きていければいいと思っていた。

 誰かに仕えて言いなりになる人生なんてまっぴらだと思っていたんだ。

 でも……でも、音楽会で初めて君を見た瞬間に、君になら仕えてもいいと思った」


「ステファン……」


「だから宮仕えをして、アカデミーの試験も受けた。

 いずれ西大公家を率いていく君の力に、少しでもなれればと思っていたんだ」


 まさかステファンがそんな風に自分の事を思っていてくれたなんて知らなかった。

 でも、じゃあ尚更……。


「君が女だと知ってショックだったよ。

 僕が仕えようと思っていたのは、いったい誰なんだって」


「ごめん……。ステファン……」

 人生を賭けてくれていたステファンをロッテは裏切ったのだと思った。


「誰かにバラすつもりもないし、君を糾弾するつもりもない。

 君にも苦しい事情があったんだろうと分かっている。

 女の身で男装して宮仕えをするなんて相当の覚悟だったのだろうと分かっている。

 君を責めるつもりなんてないよ、フロリス」


「ステファン……」

 ステファンはやはり思った通りの人だった。

 

 ただ……。


 そんなステファンを騙していた事が申し訳ない。


「この数日、僕は事実を知ってどうしたいのか、ずっとずっと考えていた。

 このまま君の秘密を知らないフリをして今まで通り過ごそうか。

 それとも王宮仕えをやめて領地に帰ろうか」


 はっとロッテはステファンが強い決意を持ってここに来たのだと気付いた。

 まさか王宮仕えをやめるつもりで……。


「そ、そんなのダメだ、ステファン。

 君は王宮にとって……シエル様にとって必要な人物だ。

 君が王宮仕えをやめるぐらいなら私が……」


「それこそダメなんだよ、フロリス」

「え?」


 ふいにロッテを抱き締めるステファンの力が強くなった。


「君がホーラントに帰ったと知って気付いた。

 君がもう王宮に戻って来ないかもしれないと知って分かった。

 君のいない未来を想像して答えは出たんだ」


「ステファン……」


 ステファンはロッテの体をぐいっと立ち上がらせると、ぱっと体を離して飛びのいた。

 

 そのまま大きく1歩離れた場所に片膝をつく。


 そしてうやうやしく右手を胸に当てると、頭を下げ騎士の挨拶をした。


「失礼を致しました、フロリス様。

 仕える身でありながら、あなた様の体に触れてしまった無礼をお許し下さい。

 今後は2度と、許可なくあなた様の体に触れないと誓います。

 だからどうかあなた様の秘密を知る僅かな1人として、仕える事をお許し下さい」


「ステファン……どうしてそんな……」


 こんな面倒な秘密を抱えた主君など誰も仕えたいなどと思わないはずなのに。

 こんな自分になど仕えなくても、ステファンならいくらでも上を目指せるのに。


「君を失いそうになって気付いた。

 僕はもう、君のいない未来など描けないんだ」


 ロッテは目の前にひざまずくステファンに目頭が熱くなった。



「ステファン……うう……バカだよ……君は……」



「ステファン・フォン・デル・ミデルブルフは、あなたに生涯の忠誠を誓います」


 ロッテは両手で顔を覆って泣き崩れた。




 12の年に、西大公家の姫君ロッテは秘密を知る有能な友を味方につけ、本格的に王宮での出世争いに身を投じる事となった。


 そしてロッテの兄フロリスは、賢者の精霊ピピとラピによって魔術の練習を始めた。


 ロッテに残された時間は5年。


 敬愛する王太子シエル様の側に少しでも近付けるように、ロッテは残りの時間に人生のすべてを賭けるつもりで王宮に戻ったのだった。


第1部 完結です。

たくさん読んで下さってありがとうございます。

たくさんのブックマーク、評価、そして感想の数々がとても嬉しいです。


突然の完結表示に驚かれたかもしれませんが、もちろん第2部を予定しています。

当初はこれほど長く書くと思ってなかったので、章で分けるつもりもなかったのですが、少年期がつい楽しくて長々と書いてしまいました。

このままでは間延びしてしまいそうだったので部で分ける事にしました。

(イザーク押しの皆さま、登場のないまま第1部を終えてすみません。

第2部で大活躍(?)してもらおうと思っています)


第1部 少年期

第2部 青年期

第3部 恋愛期


という感じになるかと思います。

一応3部構成のつもりでいますが、変更があるかもしれません。


次は少し大人になった皆を描いていこうと思いますが、その前にちょっと約束したまま書けてない作品もありますので、少しばかり小休止させて頂きます。


なるべく早く続きを書こうとは思っていますが、もう少しだけお待ち下さい。


小休止の間に「野球部のエースをアイドルスターにしてみせます」第6章を明日より投稿予定です。

お時間ある方は覗いてみて下さい。



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