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33、忠誠を誓う騎士①

「ああ。なんて素晴らしい日なんでしょう」

 侍女のアンは、朝から7度目の呟きをもらした。


「賢者様は本当に本当に素晴らしい方でございますわね」


「もう、分かったからアン。

 早く適当に結ってくれ」

 ロッテはため息をつきながら鏡の中の自分を見つめた。


「何が適当でございますか!

 何年ぶりかにロッテ様にドレスを着て頂けるのです。

 もう全身全霊、最高級のドレスと化粧をさせて頂きます!」


 鼻息荒く張り切るアンは、先日のルドルフ様の庭園パーティーにも同行していないので、ドレス姿のロッテを見るのは久しぶりだった。


 賢者様に今日1日姫君姿でいろと言われた事を伝えると、アンは血管が切れそうなほどに喜んだ。

 そして朝から着ないままに仕舞われていたドレスを次から次へ着せた。


 そして最終的に選んだのは、純白のドレスだった。


「やはりロッテ様は白がよくお似合いですわ。

 清らかな天女のようでございます」


「もう何でもいいよ。

 それにしてもこれって胸元が開き過ぎじゃないの?」


 男装に慣れていたロッテには、胸の谷間が少し見えるドレスが頼りなくて仕方ない。

 先日の女装は首元までしっかりレースで覆っていたから気にならなかったが、このドレスは肩はふんわりした袖で包まれているものの、胸元が少し開いていた。


「まあ! 何をおっしゃいますか!

 社交界デビューの姫君なんて、肩まで丸出しのドレスを着てますわよ。

 なんでしたらオフショルダーのドレスを……」


「ああ、分かった、分かった。

 これでいいよ、もう」

 本当にどうでも良かった。


 ただ、以前ドレスを着ていた頃と違って、胸の谷間なんてものが出来る自分が嫌だった。


「本当にこんな姿で出会う人物が、私の味方になってくれるんだろうか?」

 どうしても信じられない。


 この姿で出会うという事は、男装をして王宮に仕えるロッテの秘密を共有するという事だ。


(こんな途方もない嘘を共有してくれる貴族なんているだろうか?)


 そう考えると、あの賢者様を信じきってしまっていいのかも不安になってくる。


(本当はすごいインチキ賢者だったらどうしよう……)


 不安顔のロッテをよそに、アンは白のリボンで器用にロッテの金髪を編んでいった。


「お母様はまだ臥せってるの?」


「はい。アイセル様は……その……体調をおくずしになって……」


「いいよ、隠さなくても。

 王宮から逃げ帰ってきた私に失望してるんだろ?

 このドレス姿なんて見たら卒倒するだろうね」


 王宮での娘の出世を夢見ていた母は、早々に逃げ帰ってきたロッテに失望していた。

 戻ってから1度も会っていない。


 フロリスに成り代わるロッテの母として、離れの部屋から大きな居室を与えられた事を喜んでいただけに、また元の生活に戻るのがプライドを傷付けるらしい。


「お父様がフリースラントに外遊中で本当に良かった。

 お父様がいたら私は今頃殴り殺されていたかもしれないよ」


「ま、まさか……」

 でもアンも、あの大公様ならやりかねないと思った。


「とにかく、今日の夜には王宮に向かって出発する。

 お父様に見つからない内に王宮の別邸に戻って病気で臥せっていた事にするよ」


「そ、そうでございますわね。

 女官や従者の口裏合わせは任せて下さいませ」


 あとの問題は……。


(ステファンだけか……)


 賢者様は心配ないと言ったが、何が心配ないのか、どこが大丈夫なのか分からない。

 ステファンには間違いなく女だとバレている。


 ただ、王宮に自分の居場所が残っているというなら、ステファンは誰にも話してないのかもしれない。

 ロッテの知るステファンはそういう人だった。


(ちゃんと話したら黙っていてくれるだろうか……)


 それに賭けるしかなかった。



「やれやれ。本当にこんな事をしていて生涯の味方なんて現れるんだろうか?」


 ロッテは賢者様の指示通り、屋敷の庭園のベンチに座ってチューリップを眺めていた。


 この本屋敷の庭園には実は数えるほどしか入った事がない。

 ロッテはずっと母と共に離れの屋敷で育ったし、フロリスと共に剣の稽古などをするのは裏の中庭の方だった。


 ここは本屋敷の応接間から見える場所にある。

 社交界デビューもしてない姫君が入っていい場所ではなかった。


 好奇心旺盛なロッテが、昔何度かこっそり入り込んでセバスチャンに冷や汗をかかせた場所だった。


「でも、まあ確かに来客があればここから見えるだろうけどね」


 しかし、こうしてベンチに腰掛けて、ずいぶん時間が過ぎた。

 今のところ来客など来る気配もない。


 きちんとした貴族なら、来る前に前触れの使者が来て、応接間で出迎える準備でもするはずだ。

 しかしまだカーテンも閉められたままだ。


「やっぱりインチキ賢者様なんじゃないか」

 諦めて立ち上がったロッテは、突然応接間のカーテンが開いた事に動きを止める。


 女官達が慌ただしくカーテンを両端に寄せ、テラスに出る窓を開けて空気を入れ替えている。


「誰か来たのか?」


 ロッテは食い入るように応接間の中を覗いた。


 女官の1人が頭を下げて誰かと話している。

 ソファを勧めて、誰かを呼びに行ったようだ。


「見えない……」

 ロッテは背伸びをして覗いてみるが、来客はこちらに背を向けて座っているので見えない。


「え? 庭園で待ってていいの?

 私から挨拶に行った方が……」

 ロッテは背伸びをして、少しずつ応接間に近寄って行った。


「いや、でも何て挨拶をすればいいの?

 あなたが私に忠誠を誓う騎士ですかって?

 まさかそんな事、言えるわけ……」


 悩みつつもずいぶん近くまで来た所で、その人物がソファから立ち上がった。

 そして庭園を眺めるように窓に近付いてきた。


(あれ? 若い?)

 そう思ったのと見覚えのある姿に気付いたのが、ほぼ同時だった。


「え?」


 彼もまた、ロッテの姿に気付いた。


 それは紛れもなく……。


「ステファン!!!」


 ロッテは叫んでから慌てて口を押さえた。


「フロ……リス……?」


 ステファンも驚いたようにロッテを見ていた。


(しまった!

 ステファンの名前を呼んでしまった。

 私は今ロッテの姿なのに……)


 フロリスの妹のフリをして、ステファンなど知らないという顔で誤魔化せばよかったのに……。

 もう言い訳のしようもない。


「……」

 両手で口を押さえたまま、しばらく固まってしまった。


「フロリス……なんだね?」

 ステファンは確かめるようにもう1度言ってからテラスに出て来た。


(やっぱりインチキ賢者様だった……)

 ロッテはそう確信すると、ばっときびすを返して走り出した。


「待って!! フロリス!!

 いや、ロッテなのか?

 ど、どっちでもいいから待ってっ!!!」


 ドレスを掴んで逃げるロッテをステファンが追いかけてくる。


(賢者様を信じた私がバカだった。

 あの賢者様はここでステファンに会わせて私を笑い者にするつもりだったんだ!

 ひどい! こんなのひどすぎる!!)


 ロッテは悔しさと恥ずかしさで涙が溢れた。


(ステファンにこんな姿を見られるなんて……)


 ルドルフ様の庭園パーティーでも女装を見られてはいるが、あれは男が女装をするという建前での事だ。


 こんな……。


 こんな胸の谷間まで見える女姿でステファンに会うなんて……。


 死ぬほど恥ずかしい。


 必死で逃げるロッテだったが、ドレス姿ではすぐに追いつかれてしまう。


「来ないで!! 来ないで、ステファン!!」


 しかしステファンは足を止めるつもりはないようだった。


「待って!! 待ってくれ!

 僕の話を聞いて欲しい!!」


「聞きたくない!! 分かってるから!

 呆れてるんでしょ?」


「違う!! 違うんだ、フロリス!!」


「嫌だ! 来ないで! 私を見ないで!!」


「フロリスッ!!!」


 ついにステファンがロッテの腕を掴んだ。



次話タイトルは「忠誠を誓う騎士②」です

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