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32、ロッテの未来

「フロリスは今、幾百通りの未来から1つを選びとった。

 さてロッテ、君はこれからどうしたい?」


 賢者は今度はロッテに尋ねた。


「わ、私は……本当は王宮で宮仕えをして、近衛騎士団に入って、それからいつかシエル様の17騎士になるのが夢でした。でももう……」


 叶わぬ夢になってしまった。

 ならばどうするのか……。

 西大公の姫君としてどこかの貴族に嫁ぐのか……。

 たとえ良家との縁談が決まったとしても、ちっとも嬉しくない。


「それでいいのではないかな?」

 賢者は満足げに微笑んでいる。


「えっ? 

 でも、もう女だとバレてしまったし……」


「その事は心配しなくていい」


「え?」


 賢者は何事でもないように答えた。


「ただし、期限は5年だ」


「5年……」


「フロリスが魔術を身につけ、悪しき者に対抗するだけの力を身につけるまで、君はフロリスの身代わりとなって王宮にいるがいい。5年の間にどこまで出世出来るか、君の全力で本物のフロリスのためにいい身分を掴み取ってみるがいい」


「でも私は何度も女だとバレそうになって……とても隠し通す自信が……」


「君にお土産みやげを用意してたんだった」


「お土産?」


 賢者が左手をねじるように開くと、ぽうっと手の平が輝いて、その手に布のようなものが乗せられていた。


「これは?」


「魔術で編んだ下着だ。

 これを身につけている限り、君は決して女に見えない」


「ま、まさかそんな事が……?」


「いくら布で締め付けたとしてもそろそろ限界だっただろう。

 これからますます体は女性へと変わっていき17の年まで隠し通すのは不可能だ。

 だが、これを身につけていれば、魔術で隠す事が出来る」


「ほ、本当ですか?」


 それなら、もう布で締め付けて苦しい思いをしなくて済む。


「ただしこれも17才が限度だ。

 17を過ぎると、心の変化に伴って体も隠しきれなくなる」


「心の変化……?」


「このベストには女性へ変わりゆく心まで隠す魔力は備わっていない」


「女性に変わりゆく心……」

 そんなものが自分に訪れるとは、今のロッテには考えられなかった。


「だからロッテが17になるまでにフロリスが一人前になって入れ替われる事が理想だな。

 それはフロリスのこれからの頑張りにかかっている」


「で、でも僕は何を頑張ればいいんでしょうか? 

 毎日この森に来て賢者様の手ほどきを受けるのですか?」

 フロリスはやると言ってしまってから、不安な気持ちと戦っていた。


「私は忙しい。

 君への手ほどきは、私の精霊がしてくれるだろう」


「賢者様の精霊?」


 ロッテとフロリスは嫌な予感で顔を見合わせた。


「ピピ、ラピ、隠れてないで出ておいで」


 やっぱり!


 賢者様に呼ばれて、テーブルの上がぽうっと光ったと思うと、2人の精霊が姿を現わした。


「この2人は君の為に育てた精霊なんだ。

 精霊の道への入り口を作っておけば、瞬時に行き来が出来る。

 彼らを通じて、必要な魔術を教えて行く事にしよう。

 ここからフロリスのホーラントの屋敷と、ロッテの王宮の別邸に入り口を作っておこう」


「人間の世界は汚いから嫌だよ。行きたくない」

「人間の世界は汚いから嫌だよ。行きたくない」


 ピピとラピは見事なシンクロでプイッとそっぽを向いた。


「あの……なるべく居心地がいいようにするから、お願いします」

 フロリスがなだめるように頼んだ。


「悪人がいっぱいいるんだ。行きたくない」

「悪人がいっぱいいるんだ。行きたくない」


「そう言わずにお願い」

 ロッテも頭を下げた。


「森で遊ぶ方が楽しいもん。行きたくない」

「森で遊ぶ方が楽しいもん。行きたくない」


 こんな子供達に本当に魔術の指南なんて出来るんだろうか。


「ピピ、ラピ。

 人間の世界には美味しいクッキーがいっぱいあるらしいよ」

 賢者が言うと、ぴょこんと2人の精霊の垂れた耳が少し浮き上がった。


「クッキー?」

「クッキー?」


「そう。1度ここへの訪問者が持ってきてくれた事があるだろ?

 2人ともすいぶん気に入って取り合いになってたね」


 どうやらクッキーが好物らしい。


「ホーラントの屋敷にはクッキー作りの名人がいるんだ。

 彼の作るクッキーほど美味しいものはないよ」

 フロリスがここぞとばかりに畳み掛けた。

 そしてそれは本当だった。

 彼の作るクッキーは、いろんなアレンジをして、見た目も味も一級品だった。


「仕方がないから行ってもいいよ」

「仕方がないから行ってもいいよ」



 驚くほど手なずけるのが簡単な2人だった。




「ロッテ様っ!! フロリス様っ!!」

 賢者と別れて森に戻ると、すぐにセバスチャンと出会う事が出来た。


「よ、良かった……。ご無事だったのですね!

 このまま見つからなければどうしようかと生きた心地がしませんでした」

 涙を浮かべてセバスチャンがロッテとフロリスを抱き締めた。


「心配させてごめんね、セバスチャン。

 でも賢者様にも会えたんだ。

 これから忙しくなるよ」


「賢者様に!!? 本当でございますか?」


「馬車に戻って、すぐにホーラントの屋敷に帰ろう。

 やる事がいっぱいある」


「何か良い話が聞けたのですね!」

 セバスチャンは2人の秘密を知る僅かな従者として、心を痛めていた。

 だから何かが吹っ切れたように晴れやかな表情の2人が嬉しかった。


「良い話になるかどうかは、これからの私達の努力次第だ。

 私には夢を叶える僅かな時間が残されているらしい。

 たとえ数年であったとしても……、いや僅かな時間しかないからこそ、全力を尽くしたい。

 私に出来る事があるなら、この身が燃え尽きるまで精一杯の事を……!」


 もし本当に5年の時間が与えられるというなら……。

 一刻も早くシエル様のいる王宮に戻って……。


 少しでもお側近くに仕えられるように出世したい。

 そして1秒でも長くシエル様をお守りしたい。


 神様、どうか私にもう少しだけ時間を下さい。



 でも、その前に……。


 ロッテはこれからの未来を左右する重大な人物に出会う必要があるらしかった。


「王宮に戻る前に、君は明日1日だけ姫君に戻った方が良いだろう」

 賢者様は最後にロッテに指示を与えた。


「姫君に? なぜ?」


「明日、フロリスに成り代わって王宮に仕える君に、忠誠を誓う騎士が現れる。

 生涯、君を真摯な心で支え続けてくれる貴重な味方だ」


「騎士様が? 

 でもロッテを訪ねてくる人など……」

 今まで1人もいなかった。


「とても大切な出会いだ。

 君も嘘偽りのない本当の自分で会うのがいいだろう」


「ロッテの姿で会って大丈夫なんでしょうか?」

 フロリスの味方になってくれる騎士だとすれば、重要な役職につく貴族じゃないかと思われた。

 そんな相手に12の小娘姿で大丈夫なんだろうか? 

 

 賢者様の言葉だと思っても一抹の不安が残る。


「大丈夫。君はドレスを着て庭園で待っていればいい」


 信じられないような指示をする賢者と別れたのだった。



次話タイトルは「忠誠を誓う騎士①」です

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