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31、選びとる未来

 とてもシンプルだけど清潔で居心地のいい部屋に通された。


 暖炉があったが、今の季節は使われてなくて、代わりに天井から下がった4枚の木板の羽がくるくる回って部屋の空気を循環させていた。


 ロッテとフロリスは、出された果実のジュースを一口飲んで目を見合わせた。


「美味しい……」

 今まで飲んだ中で間違いなく一番美味しいジュースだった。


「君達が来るかもしれないと昨日作っておいたんだ。

 無駄にならなくて良かった」


「えっ? 私達のために昨日から?」

「じゃあ、もし僕が行こうと言わなかったら……」


「無駄になっただろうね。

 実際に今まで3回無駄にしている」


「3回?」


「そう。さっきも言ったように未来は幾百通りもあるんだ。

 私に見えるのは幾百もの未来の可能性。

 明日は別の誰かが訪ねて来る可能性が僅かにある。

 その可能性を信じて、私はいつも待ち続けている」


「じゃあ僕達には今日の前に3回来る可能性があったのですか?」


「そう。

 最初は私がこの森にいると君が初めて聞いた日。

 2回目は彼女が王宮に出仕した直後。

 3回目は彼女が謹慎処分になって父に殴られたと聞いた日。

 君は私の元に来ようかと悩んだはずだ」


 フロリスは驚いた面持ちで賢者を見つめた。

「は、はい。確かに……」


「そして今日を逃した未来にも2回の可能性が見えていた。

 でも彼女と共に来る未来は今日だけだった。

 これが良い事だったのか悪い事だったのか……。

 その未来を作るのも君達次第だ」


「僕達次第……」


「とにかく繋がる事が出来た。

 君達が私と出会うチャンスは全部で6回だ。

 それを逃せば、私と出会う事は永遠になかった」


 賢者様の言う事は不思議な話ばかりだった。


 そして更に不思議な事に、ロッテとフロリスは擦り傷の手当てをしてもらったわけでもないのに、ログハウスに入った途端にみるみる傷口が消えてなくなった。


「では、どうしても賢者様に会いたいと思っても、チャンスを逃したらもう会えなかったのですか?」


「そう。誰もが占い気分で来られても迷惑だ。

 私と繋がる必要のある者だけに森の道は開いている」


「あっ! そういえばセバスチャン達は……」

 すっかり忘れていたが、セバスチャン達と森ではぐれたのだ。


「君達の従者は近くの森で君達を探している。

 でもここに入って来る事は出来ない。

 大丈夫。用が済んだら出会えるようにしよう」


「用が済んだら……」


(そう。私達は賢者様に用があるのだ。

 きっと私達の未来に重要な意味を持つ用が……)


「君が女の子で、君が男の子だね。

 双子でもないのに本当にそっくりだ」


「僕は西大公家の嫡男、フロリスです」

「私はフロリスの腹違いの妹、ロッテです」


「ふむふむ。

 そして君には変わった能力があるようだね、フロリス」


「!!!」

 フロリスは図星をさされて、驚いた。

 いや、ここまでの不思議な能力を考えれば、それぐらい簡単に見抜けたのだろう。


「君達が私に6回ものチャンスで繋がっていたのは、非常に振り幅の大きい未来の可能性を持っているからだろう」


「振り幅が大きい?」


「そう。このオレンジ国の未来をも変えるほどの可能性」


「オレンジ国の未来を!!?」

 ロッテとフロリスは同時に声を上げた。


「君達次第で国が変わるという事だよ」


「で、でも……僕は人前に出る事も出来なくて……。

 西大公家の嫡男なのに屋敷から出る事も出来ません。 

 そんな僕が本当にそんな凄い未来を持ってるのですか?」


「私も、男装までして宮仕えをしましたが、何度もバレそうになって、結局友人の1人にバレてしまった。

 今更私が国のために出来る事などあるのでしょうか?」


「なるほど。それで悩んでいると……」

 賢者はすべて知っていたかのように、相槌をうった。


「ではまずフロリス、君はどうしたい?」


「どうしたい?」


 どうすればいいのか悩んでいたのだ。

 その答えを指し示してくれるものと期待していた。


「私がすべての答えをくれるものと思っていたかい?

 そんな事は私にも、神にさえも不可能なのだよ」


「不可能……?」


「人の運命には確かに筋書きがある。

 農民に生まれた者には農民としての人生。

 王として生まれた者には王としての人生。

 農民が努力をしたからといって王になる事など余程特殊な場合を除いてないんだ」


「じゃあ僕達にも決まった運命があるんですか?」


「そう。筋書きがある。

 ただしその筋書きはとてもとてもアバウトで粗い筋書きだ。

 幾百通りの可能性と結末を持っている。選ぶのは本人のみ。

 その意志選択には、私も神すらも介入出来ない。

 君達はとても自由な生き物なのだよ」


「神すらも介入出来ない……」


「そう。私に出来る事は、ここで人々が選びとる未来を静かに見つめる事だけ。

 君達がどの結末を選ぶのか黙って見守る事しか出来ない。

 たとえ人々が争いで殺し合い、国が滅びていこうとも、私は人々の選んだ未来を淡々と受け止めるだけだ。

 もし私が誰かの人生にみずから介入して無理矢理変えようとしたなら、私は命を失う事になるだろう。それが私と大いなる存在との契約だから」


「大いなる存在との契約……?」


「そう。ただしこの世界には大いなる存在に対抗する悪しき存在もある。

 彼らは人々の選択に利己的に介入し、世界を歪めようとする。

 秩序を乱す彼らから人々を守る場合にのみ、私の介入が許される

 私に繋がる者達は、みんな多かれ少なかれ彼らと戦う運命を組み込まれている」


「ぼ、僕がその悪しき存在と戦うという事ですか?

 僕は出来れば、この妙な力を消す方法を教えて頂きたかったのに……」

 フロリスは賢者様の途方もない話に青ざめていた。

 争いと一番無縁に生きてきたし、日常の些細な争いさえ苦手だった。


「君のその力は必要だから備わったもの。

 消す事は出来ない」


 賢者様の断言にフロリスは絶望的な表情になった。

 そのフロリスを宥めるように、賢者様は続けた。


「ただしその力を巧く使いこなす方法を授けよう。

 そして悪しき存在から君の大切な人々を守る方法を教えよう」


「そ、そんな方法が……?」


「人々はそれを魔術とも魔法とも呼ぶ。

 この世界には、怪しく不確かなその力は確かに存在している。

 一部の能力者は、訓練次第で使いこなせるようになる」


「じゃあフロリスがその能力者だと?」

 ロッテは思わず横から口を挟んだ。

 心優しいフロリスには、あまりに重責に思えた。


「で、出来ません。

 僕は人の悪意を感じただけで恐ろしくて逃げ出していた人間なんです。

 そんな僕が悪しき存在と戦うなんて……」

 フロリスは想像しただけでガタガタと震えていた。


「賢者様!

 フロリスの能力を私に移す事は出来ないのですか?」

 ロッテは思わず立ち上がって叫んでいた。


「フロリスには西大公の嫡男としての未来があります!

 でも私には……私には……もう何も……」


「な、何を言うんだ、ロッテ。

 君にだって西大公の姫君としての輝かしい未来があるはずだ」


「ううん。

 私は姫君として生きる未来に何の希望も持ってないんだ。

 私が今日ここに一緒に来たのは、私がフロリスの代わりに悪しき者と戦うためだったんだ。

 そうですよね、賢者様?」


 ロッテは懇願するように賢者を見つめた。

 

 賢者は2人の会話を楽しげに眺めていたが、審判を下すように口を開いた。


「残念ながら違うよ、ロッテ。

 フロリスの能力を君に移す事は出来ない」


 その言葉を聞いて、ロッテは絶望し、フロリスはほっと息を吐いた。


「どうするフロリス?

 君の妹は君の身代わりに悪しき者と戦うとまで言ってのけた。

 それなのに君は今までと同じく、震えながら屋敷に籠もって過ごすのか?」

 賢者は挑発するようにフロリスに尋ねた。


「フロリス、答えなくていいよ。

 こんな話、無茶苦茶だよ。帰ろう!」

 手を引こうとするロッテを遮って、フロリスが強い眼差しで賢者を見つめた。


「分かりました。僕はもうロッテにだけ重荷を背負わせて逃げないと決めてきました。

 どこまで出来るかは分かりませんが、僕にその魔術を指南して下さい」



次話タイトルは「ロッテの未来」です

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