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30、森の賢者

「掴まえたよ」

「掴まえたね」


 小さな2つの生き物は甲高い声で嬉しそうに言い合っている。


「同じ顔、同じ服。僕達と同じだよ」

「同じ顔、同じ服。私達と同じだね」


 その言葉通り、そっくり同じ顔がロッテとフロリスを上から覗き込んでいた。

 ロッテ達は驚いて、2人で寄り添うように起き上がった。


 人間じゃないとフロリスは言ったが、その姿は人間そっくりだった。

 5才ぐらいの子供の姿で、肩ま垂れ下がった緑の耳のようなものが付いているが、髪型なのか耳なのかよく分からない。

 そしてブルマ型の黒のワンピースを着ていた。

 ブルマの後ろにウサギのような丸い尻尾しっぽがついているが、これも服の装飾なのか本物なのかは分からない。


 ぷくぷくした足には黒いブーツを履いているように見える。

 でも、これもブーツなのか、そういう足なのか、よく分からない。


 全体に緑に発光していて、輪郭がぼやけていた。


「生きてたよ」

「生きてたね」


 人間そっくりだけど人間じゃない。

 なぜ分かるのかと言うと……。


「大きいよ」

「大きいね」


 そう。彼らはとても小さい。

 5才の子供のような姿で、そのまま子猫ぐらいのサイズに縮小した大きさだった。


「賢者様よりは小さいよ」

「賢者様よりは小さいね」


 はっと、ロッテとフロリスは顔を見合わせた。


「君達、賢者様を知ってるの?」

「僕達、賢者様に会いに来たんだ。どこに行けば会えるの?」


「!!」


 2つの生き物はとても衝撃を受けた表情になった。


「あ、ごめん。大きな声にビックリした?」

「僕達は危害を加えるつもりはないんだ。ただ賢者様の所に案内して欲しいんだ」


「……」

 2つの生き物は戸惑ったように同じ顔を見合わせている。


「悪人だよ」

「悪人だね」


 2人は確認するように頷き合った。


「森のルールを守らないヤツは殺していいよね」

「森のルールを守らないヤツは殺していいよね」


 2人はそれぞれ両手でツインテールのような耳を掴んで呪文のようなものを呟き始めた。


「え? ちょっと待って。

 私達は悪人じゃないよ」

「森のルールって? 

 お、落ち着いて2人とも」


「ЛШЯЮИЖ……」

「ЛШЯЮИЖ……」


 わけの分からない言葉と共に、緑の耳が光り出した。


「わあああ!!! 待って!」

「お願いだから話を聞いて!」


 ツインテールの耳から体全体が強く発光し始めると、ぶわっと風がうねり出す。

 その風は2人の体を包み、やがてロッテ達に触手を伸ばすように近付いてきた。


 まぎれもなくさっきの竜巻がもう1度起ころうとしている。


「わあああ!! フロリスッ!!」

「ロッテ!!」


 抱き合う2人に、突然「やめなさいっ!!」という声が聞こえた。


 すると、みるみる風が収まって、小さな2人は逃げるようにロッテ達の背後に隠れた。


「賢者様だ。怒ってるよ」

「賢者様だ。怒ってるね」


「え? 賢者様?」


 ロッテとフロリスは、目の前に現れた人物を驚いて見つめた。


「私の精霊が悪さをしたようだね。大丈夫かい?」


 それは……。


 賢者様と聞いて年寄りをイメージしていたが、30前後の長い白髪の美しい男性だった。

 真っ白の裾まであるローブを着ていて、全体に白く発光しているように見えた。


 穏やかな彫りの深い瞳はシルバーだ。

 天使というものが存在するなら、こんな人だろうと思わせる容姿だった。

 背中に羽が生えて飛んでいっても驚かないだろう。


「ああ。2人がそっくりだから興味を持ったんだね」

 賢者様はロッテ達を見て、納得したように背後に隠れる2人の小人を見やった。


「こいつら悪いヤツ。森のルール破った」

「こいつら悪いヤツ。森のルール破った」

 2人はロッテ達を指差して、告げ口するように言い募った。


「同じ顔なのに違う言葉を使った」

「同じ顔なのに違う言葉を使った」


「えっ? 同じ顔だと違う言葉を使っちゃダメなの?」

「そ、そんなルールがあったの?」


 驚くロッテ達に賢者様は、ふふっと笑った。


「ピピ、ラピ。この人達は森の外から来たんだからいいんだよ。

 それにいずれは違っていくつもりなんだ。

 ピピとラピも違っていく覚悟があるなら、違う言葉を使っていいんだよ」


 ピピとラピと呼ばれた2人の精霊は、恐ろしい事のようにブルブルと首を振った。


「僕達は違っていきたくない」

「私達は違っていきたくない」


「でもね、最近少し違ってきてるのに気付いてる?

 ピピは僕、ラピは私って言ってるよ」


 2人の精霊は今更気付いたように口を押さえて驚いている。


「僕は男の子になりたくないんだ」

「私は女の子になりたくないのよ」


 2人は青ざめた顔でもう1度口を押さえ、お互いに睨み合った。


「ラピが違う事を言った」

「ピピが違う事を言った」


 しばし睨み合った後、ふんっとお互いに顔を背け、そのままスッと影が薄くなって景色に溶け込んで消えてしまった。


 ロッテとフロリスはその様子を呆然と見守っていた。

「あの……今の2人は……」


「ははっ。驚いたかい?

 あれは私がオークの葉から作った森の精霊だよ。

 まだほんの数ヶ月前に出来たばかりの幼い精霊だ。

 森で失われた命を集めて出来ている」


「森で失われた命?」


「そう。死んだ鹿、ウサギ、鳥、虫達、草木。

 すべての命が日々失われていく」


「日々失われていく命……」


「そう。生きている時間はとても短い。

 こころざしのない者には長くて長くて途方もない時間かもしれないが、やりたい事がある者にとっては短くて短くて物足りないぐらいの時間しかない。

 君達は長いかい? それとも短いか?」

 賢者様は静かに問うた。


「私には……とても短かったけれど、これからは長くなるかもしれません」

 ロッテは答えてうつむいた。


「僕には……途方もなく長かったです」

 フロリスも答えてうつむいた。


「……」

 賢者はその2人を微笑ましい顔で見つめた。


「君達がここに来る事は、不確かな未来の1つとして私の夢の中に刻まれていた」


「えっ?」

 ロッテとフロリスは同時に顔を上げた。


「幾百通りもある不確かな未来の1つだ。

 だから私は期待せずに待っていた」


「賢者様が私達を?」


「ここに来ようと思い、道を作ったのはどちらかな?」


「ぼ、僕です。どうしようかと迷っていたけど、ロッテが帰ってきたから決断出来ました。

 そういう意味ではロッテが導いてくれたのかもしれません」

 フロリスは緊張した面持ちで答えた。


「ふむ、なるほど。

 2人の勇気と決断がここに1つの道を作った。

 人生とは迷い迷った決断の1つ1つで出来ている。

 よく勇気を出したね。

 君の決断で多くの可能性が今開いた」


 賢者様に褒められて、フロリスは晴れやかな顔になった。


「少し擦り傷が出来ているようだね。

 私の家で手当てをしよう。

 そこで話を聞こう。一緒に来なさい」


 賢者様が視線をやると、すぐそばに居心地の良さそうなログハウスが建っていた。


「いつの間に……」


 さっきまでは全然気付かなかったのに、不思議な事ばかりだった。


次話タイトルは「選びとる未来」です

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