23、3人の美姫
「フロリス様のお仕度が整いましたわ」
「さあ、どうぞこちらへ……」
着替え室から出て来たフロリスに、思わずイザークとステファンは背を向けた。
見て失望するのが怖かった。
しかしイザークはふと気付いた。
(いや待て、俺。ここで女装のフロリスに失望出来たら、このもやもやとした気持ちが消えてくれるんじゃないのか? そして晴れて俺が男色じゃないという証明になる。
そうだ。フロリスが男だと実感するいい機会じゃないか!)
「どうなさったんですか? お2人とも」
「とても素敵に仕上がりましたよ」
「ああ、出来れば髪もお化粧ももっとさせて頂きたいのに」
「髪を高く上げてきちんとお化粧すれば、王宮一の美姫になりますのに」
「髪もそのまま、薄い紅しか入れさせて下さらないんですもの、残念だわ」
口々に誉める女官達の言葉に、イザークとステファンはおそるおそる振り向いた。
そして……。
「!!!」
2人はしばらくフロリスを見つめたまま放心した。
赤ドレスとピンクドレスの男2人が、あんぐりと口を開けている。
「そんなに変か?」
「い、いや……」
「変だなんて……」
「ぷぷっ! 2人とも相当酷いぞ。
イザークは似合わないだろうと思ってたけど、ステファンも結構ひどいね」
フロリスは可笑しそうに笑っている。
そのフロリスにステファンとイザークは同じ事を思った。
(か、かわいい……)
金髪は後ろに流したまま、うなじも隠れたままで首から胸元までレースで隠れて見えない。
おまけに胸に詰め物をしなかったのか真っ平らに落ちている。
でも、大人の色っぽさはないかもしれないが、無垢な少女のような可憐さがある。
それにこうして見ると、顔の骨格も、体のラインもどこか自分達と違って丸みを帯びている。
「そ、そうか。女装しても似合う男もいるんだな」
「うん。フロリスは変じゃないよ。可愛い」
「そ、そう? でもほら胸もお尻もドレスが余っちゃって、逆に腰や肩はちょっときついね」
ロッテはあわてて言い繕った。
本当は胸もお尻も布できつく巻いて、腰と肩には余分なリネンを詰めている。
これでもセバスチャンと相談して女に見えないようにしたつもりだった。
それでもやっぱり本物の男2人よりは似合ってしまうらしい。
「では姫君のご挨拶をお教えしますわ。
ドレスの両端をつまんで膝を曲げて、男性のように頭は下げませんのよ。
小首を傾げる感じで傾けて下さいな」
女官が最後に挨拶の仕方を指導してくれた。
「まじかよ。シエル様にこんな恰好で挨拶するのかよ」
イザークはぎこちなくドレスの両端をごっそり掴んで頭を傾けた。
余興としては見事な完成度で笑いをとれる事だろう。
「僕なんかシエル様に直接お会いするのは初めてなんだよ。
もっとまともな姿でお会いしたかった」
ステファンは恥ずかしがって、すべてが小ぶりな動作でこれも結構笑える。
そしてロッテは……。
ぎこちなくするつもりでも出来てしまう。
長年やっていた挨拶は体が覚えてしまっていた。
ドレスをつまんで軽く小首を傾げると、女官達からきゃああ! という悲鳴がこぼれた。
「なんてお上手なんでしょう」
「可愛らしい良家の姫のようでございますわ」
「フロリス様は本当になにをなさってもお上手ですわね」
そしてイザークとステファンはまたしても、放心したように見入っていた。
(か、かわいい……)
◇
庭園では大勢の正装した男女が語り合っていた。
数段高くなった来賓席が設けられ、日よけの屋根と垂れ布で飾られ、丸テーブルには花瓶の花と見た目にも鮮やかな料理の数々。
そして真ん中に置かれたクッションのきいた広い椅子には、シエル王太子が座っていた。
シエルの両脇には側近アベルとホスト役のルドルフが立っている。
さらに黒地にオレンジの護衛騎士が来賓席の周りの各所を警護していた。
そして庭園の真ん中は広く開いて余興や催しが出来るようになっている。
今は近衛騎士が剣術試合をして、少しでもシエルの目に止まろうと白熱していた。
「近衛騎士はこの間の騎馬試合といい、活気があっていいな」
シエルはぶどう酒を手に、隣りのルドルフに話しかけた。
「はい。みな野心家でございます。
少しでもシエル様のお側近くに仕えたいと思っている者ばかりでございます。
シエル様、こちらの鹿肉の燻製は美味でございますよ」
ルドルフは料理を勧めながら、そつなくホスト役をこなす。
「そなたは近衛騎士の間でも人望が厚いようだな。
東大公家だからといって、これだけの人脈はなかなか作れるものではない」
近衛騎士団の若手のほとんどが集まってると言ってもいい。
「恐縮でございます。
我が父は敵を作りやすい所があって、いろいろ苦労したようでございますが、私は平和主義の博愛主義でございます」
「ふん。口先では何とでも言えるがな」
横から口を出したのは、反対隣のアベルだった。
「ふふ。そなたと正反対の男がこっちにいたんだったな」
シエルは可笑しそうにアベルを見た。
「アベル殿は昔から私の事が大嫌いのようでございますね。
ですが私はそういうアベル殿も愛しておりますよ」
「愛とか言うな! 気色悪い!!」
ムキになって怒るアベルに、シエルは笑いをこらえている。
アベルとルドルフは同じ年で、シエルより3才年上の22才だった。
昔、シエルの学友選びで上がった候補の中に、この2人の名前があった。
2人とも文武に優れ、シエルとの仲も良好でどちらも選ばれる予定だった。
だが、アベルとルドルフの仲が非常に悪く、顔を合わせると喧嘩をするのでどちらかを外す事になった。……と言っても一方的にちょっかいをかけるルドルフと一方的に毛嫌いするアベルというワンパターンの争いだったのだが、見過ごす事が出来ないような事件も起こしたため、結局アベルだけが学友として残り、ルドルフは外されたという経緯があった。
ルドルフの父オットーはいまだにそれを根に持って、アベルを嫌っているのだが、当のルドルフはアベルに対して、今も少し歪んだ愛情を持っているらしい。
そしてシエルはこの2人が絡むのが、結構好きだった。
ずっと学友から側近として間近にいたアベルと違って、公務見習いから徐々に昇進してきたルドルフと、久しぶりに3人で顔を合わせる機会が出来た事を嬉しく思っている。
だからこのパーティーにも行きたいと無理を言った。
月日が経って、この犬猿の2人も大人の付き合いが出来るだろうと思ったが、どうやら2人の因縁はもっと深いのかもしれない。
だがまあ、この2人はこれでいいような気もする。
「シエル様、先ほどから姫君達がご挨拶をしたそうな顔でこちらを窺っておりますよ」
ルドルフに促されて周りを見ると、遠巻きにこちらをチラチラ見ている姫君達が来賓席の周りをうろうろしている。
こういうパーティーに来るのも久しぶりだったので忘れていたが、王太子に見初められる事を夢見る姫君達には滅多にないチャンスだった。
だが……。
「いや、婚約者のいる身だ。
遠慮しておこう」
決して堅物という訳ではないが、フアナと婚約してからは一切断っていた。
「フアナ姫でございましたか。
お美しい方のようでございますね。
王太子様の心を独り占めにするとは、さぞ魅力的な方なのでございましょう」
「ああ。私には勿体無いような完璧に美しい人だ」
「羨ましい事でございます」
「まあな」
言葉とは裏腹にシエルの表情は優れない。
「ですが、今日はどうしてもシエル様に3人の美姫に会って頂きとうございます」
ルドルフは、そんなシエルに申し出た。
「いや、悪いが姫君の挨拶は受けぬ」
「そう言わずにどうかお受け下さい。
今日が社交界デビューの新人なのです」
「新人?」
「先日許可を頂きました、我が弟イザークと、その学友2人でございます」
「そなたの弟か……」
何か余興をすると言うので許可したが……。
「ははっ。そういう事か。
ははは、なるほど。
ならば、その美姫3人の挨拶は受けよう。
フアナ以外の姫君の挨拶を受けるのは久しぶりだ。
これは楽しみだな」
「お前の考えそうなくだらぬ余興だな」
アベルが呆れたように隣りで悪態をつく。
ルドルフはさっそく執事達に指示を与え、剣術試合を終わらせ庭園の真ん中を空けさせた。
「これより3人の美姫がシエル様にご挨拶をする!
みな拍手で出迎えてくれ!」
ルドルフの発表に、みんなシンとなって屋敷から中庭に出る扉に注目した。
次話タイトルは「フロリス姫」です