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22、ロッテの女装

「バカバカしいっ!! 帰るっ!!」

 ロッテはルドルフを押しのけ部屋を出ようとした。


 シエル様の前で女装なんて冗談じゃない。

 似合わなければ笑い者だし、似合ってしまったら……。


 その方が問題だ。


「シエル様は君達が登場するのを楽しみにしていらっしゃるのに?

 今日の目玉だと伝えておいた。

 それなのに帰ったとなったら、さぞご機嫌を損なわれる事だろうな」


「なっ……」

 ロッテは蒼白な顔でルドルフを見上げた。


「シエル様は私達が女装すると知ってて参加を許可なさったのですか?」


「ふふふ。別に驚く事でもない。

 年少の者は社交界デビュー直後は余興に借り出される事も多い。

 女装ぐらい、みんな一度はやらされてるよ。

 私もデビュー直後にやった事があるよ。

 なかなか似合ってて今でも語り草になってるほどだ」


「まさか……」


「君だけに恥をかかせるつもりはない。

 我が弟、イザークももちろん女装させるよ」


「ええっ?!!」

 イザークはまったく聞いてなかったらしく驚きの声を上げた。


「この程度のお遊びに目くじら立ててるようでは出世は難しいな。

 近衛騎士だ17騎士だと言っても、酔っ払ったら羽目をはずす野郎どもも多い。

 真面目だけでは男社会を渡っていくことなど出来まい」


「……」

 ロッテにとっては大人の社交界も男社会も未知の世界だ。

 でも確かにこれからもこんな嫌がらせはいくらでもありそうな気がした。


 もっと下品な難題を突きつけられるぐらいなら、女装はマシな方なのかもしれない。


「それとも……女装だけはしたくないという特別な理由でもあるのかな?」

 ルドルフは意味深な微笑みで、ロッテの最大の弱みに付け込む。

 どこまで分かって言っているのか分からないが、ロッテは逃げてはいけないと思った。


「分かりました……」

「ええっ? フロリス、ホントにやるの?」

 ステファンが慌てている。


「ただし、ドレスは自分で選ばせて下さい」

「フロリス……」

 イザークも青ざめている。


「ふふ、いいだろう。

 では、パーティーを始めておく。

 身支度を手伝う女官を数人置いていくから、準備が出来たら知らせてくれ」

 ルドルフはにやりと笑って戻って行った。



「本気なの? フロリス。

 ルドルフ様は僕達をシエル様の前で笑い者にしたいんだよ。

 これじゃ彼の思う壺だよ」

 ルドルフが出て行くと、ステファンが真っ先に口を開いた。


「そうですよ。このまま黙って帰りましょう。

 ウィレム様だって、さすがにこの事態なら仕方ないと理解して下さいますよ。

 ……ったく意地の悪い嫌がらせをするヤツだ」

 セバスチャンは、弟のイザークがいる事も忘れて悪口を叫んだ。


「いや……違うよ……」

 しかしイザークは反論するように呟いた。


「何が違うって言うんですか!

 こんなのタチの悪い弱い者いじめじゃないですか!」

 さらに責めるセバスチャンにイザークは諦めたようにうな垂れている。


「たぶん兄上はフロリスを気に入ったんだと思うよ」


「は? これが気に入ってる人間にする仕打ちなのか?」

 ロッテはいい加減な事を言うイザークに腹が立った。


「兄上に関してはそうなんだよ。

 兄上は昔から好きな相手をいたぶるのが大好きなんだ。

 その一番の被害者が俺だからよく分かる」


「……」

 ロッテとステファンとセバスチャンは、この中で一番女装が似合いそうにないイザークが、これまであの兄にどんな仕打ちを受けてきたのか目に浮かぶような気がして、それ以上イザークを責める気にはなれなかった。

 


 ◇

「失礼致します、お手伝いに参りました」

 すぐに女官5人がわらわらと入ってきて、女装の準備を始めた。


「イザーク様は、背がお高くて筋肉が張っておられますので、一番サイズの大きい首から肩まで出すタイプのドレスしか着れませんわね」

 イザークをよく知っている女官達は、くすくす笑いながら真っ赤なドレスを出してきた。

 その様子だけで、イザークが女官達に愛されているのが分かった。


「ええっ! 

 嫌だよ、こんなの着るぐらいなら裸の方がまだマシだ。

 もっと露出の少ないドレスはないのかよ」


「残念ながら肩幅と筋肉が収まりきれませんわ」

 女官達が笑いながら、まずイザークの着付けをしている。


「えっと……ステファン様。

 こちらのピンクのドレスがお似合いだと思いますの。

 パフの膨らんだお袖が腕の筋肉を隠してくれますわ」

 女官達がきゃあきゃあ言いながら、涼やかな貴公子のステファンにドレスをあてがう。


「えっ! こ、これを着るの?」

 真っ赤になって照れるステファンに、女官達は楽しそうだ。


「あ、あの……フロリス様。

 フロリス様は細身でいらっしゃるので、こちらのシルエットがはっきり出るドレスなどいかがでしょう?」

「まあ、フロリス様はもっと可愛いらしいドレスがお似合いだと思いますわ」

「いえ、フロリス様にはこれを着て頂きたいわ」

 一番女装が似合いそうなフロリスには、女官の思い入れが強く意見がまとまらないらしい。


「悪いけど、これにするよ」

 ロッテは鮮やかなブルーのドレスをクローゼットから選び出した。

 本当はもっと地味な色のドレスが良かったが、そんな事よりも首から胸元までレースで覆われた露出の少ないものを選んだ。

 これなら胸に巻いた布をつけたままでも分からない。


「着替えはセバスチャンに手伝ってもらうから私には構わなくていいよ。

 そっちの2人を手伝ってあげて」

 フロリスはセバスチャンを連れて、着替え室の1つに入って行った。


「まあ、残念ですわ。

 今話題の西大公のご子息のお着替えを手伝ったって自慢したかったのに」

「ホントに噂通り、なんてお美しい方なのかしら」

 女官達はイザークとステファンの着替えを手伝いながら残念そうに話している。


「やっぱり女官の間でもフロリスって話題の人なんだな」

「それはもう、お姿を拝見したというだけで1ヶ月は自慢出来ますわ」

「ははっ。じゃあ女装を手伝ったなんて一生の自慢話だな」

「ホントですわ! お化粧だけでも手伝わせて頂かなくちゃ」

 イザークは女官達の噂話に楽しそうに応じている。

 

(イザークって思ったほど嫌なヤツじゃないのかな?)


 ステファンは着替えながら、意外な一面を見たような気がしていた。

 アカデミーではジル達を従え親分ぶってるが、家では一番の年少なのだ。

 そして本来イザークはいじられキャラがしっくりくるタイプなのかもしれない。


 それに、もっと西大公への敵対心が強いのかと思ったら、女官達もフロリスを歓迎しているようだ。

 世間では仲が悪いように言われているが、仲が悪いのはウィレム公とオットー公だけで、屋敷の内部ではそれほど悪く思っているわけではないようだ。


(次世代になったら、王宮の相関図もずいぶん変わるかもしれない)

 ステファンはいろんな状況を分析してしまうのがクセだった。


「ささ、こちらの化粧台に座って下さいな。

 髪のセットとお化粧をしますわ」

 イザークとステファンは並んで化粧台の前に座らされた。


 鏡ごしにイザークと目が合ったステファンは、似合わないドレスを着て、あまりに隙だらけのイザークに、つい尋ねていた。


「イザークはフロリスが好きなの?」


「ほええっ?!!」

 イザークはどこから出たのか分からない声を上げて、口をパクパクさせた。


「ち、ちがっ……。好きなんかじゃない!

 何を言うんだ!」

 急に立ち上がったので、口の紅が横に大きくはみ出てしまった。


「好きじゃないの?

 じゃあ嫌いなんだ」


「ち、ちがっ! 

 嫌いなわけないじゃないか! 

 大好きだ!」


「え? 大好きなの?」


「わあああ!! 違う! 違う!

 これは変な意味じゃなくて!

 違うんだ」


「変な意味って?」

「そ、それは……うわああ!

 何を言わせるんだ!」


「もう、イザーク様、動かないで下さい。

 お化粧が出来ませんわ」


「ご、ごめん……」

 女官に叱られ、イザークはしゅんとなって椅子に座り直した。


 ステファンは可笑しくなって吹き出してしまった。


「なんだかちょっとルドルフ様の気持ちが分かる気がする」

 こんなにいじり甲斐のある相手だとは知らなかった。


「ど、どういう意味だよ!」


「ふふ。君を少し誤解してたみたいだ」

 ステファンは少しだけイザークが好きになった。




「さあ! 出来ましたわ。

 まあ、お2人とも素敵ですわ!」


 ステファンとイザークは立ち上がってお互いを見て、苦笑した。


 高く結んだ髪に濃いめの化粧で真っ赤なドレスのイザーク。

 頭に大きなリボンを付けられ、ピンクのふんわりドレスのステファン。

 そして2人共、胸とお尻に大量の詰め物をされて膨らませている。

 それがどうにも滑稽だった。


「いっつも秀才ぶってすましてるお前が。

 ははっ! ピンクのドレスだもんな」


「君に言われたくないよね。

 吐き気をもよおすレベルに酷いよ」


「なんだと! 

 お前だってもうちょっと似合うのかと思ったら結構酷いぞ」


「君よりは全然マシだよ。

 鏡を見てみなよ」


「お前こそ、自分の姿をよく見てみろ!」


 ステファンとイザークは化粧台の鏡を振り返って、しばし無言になった。


「……」


 そして2人とも頭を抱えてため息をついた。

「もう少し似合うと思ったけど……」

「やっぱり男が女装するとこんな感じになるんだな」


 大柄で筋肉質なイザークはともかく、スマートなステファンですらやはり肩幅やら首の太さなんかがどうにも違和感があって、不気味な仕上がりになっている。


 顔もいくら化粧をしても、どこかごつごつした骨格が隠せない。


「や、やっぱりフロリスも、どんなに美少年だと言っても、女装するとこんな感じになるのかな」

「そ、それは……ちょっとショックかもしれない」

 何故だか2人とも、女装して自分のように残念になるフロリスを見たくなかった。


「お、俺、やっぱりフロリスの女装は見ない!」

「ぼ、僕もフロリスは見たくない」


 そんな2人に、女官が告げた。


「フロリス様のお化粧が終わりましたわ」



次話タイトルは「3人の美姫」です

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