21、東大公家の庭園パーティー
東大公家の別邸の表玄関は、次々やってくる馬や馬車で賑わっていた。
今日は王宮の制服ではないので、誰がどの階級なのか見分けがつかないが、みな正装をして凝った刺繍のマントや帽子で着飾っている。
そして煌びやかな馬車からは華やかなドレスを身に纏った姫達の姿もあった。
男子15才、女子12才で社交界デビューすると、異性と出会う機会もグンと増える。
フロリス達はまだデビューしていないので、いつもは男子ばかりの集まりだった。
着飾った姫君達を目の当たりにするのは初めてで、つい視線がいってしまう。
ドレスを着なくなってずいぶん月日が経つが、都会のドレスのゴージャスさに目が奪われた。
「あまり姫君達をジロジロ見ちゃダメだよ、フロリス」
隣りで馬を並べるステファンは一度来た事があるので、少し免疫がある。
くすりと笑いながらロッテに注意した。
少年の好奇心で、姫君に興味があると思われたらしい。
セバスチャンを含め数人の従者を連れて訪れたロッテは、今朝のやりとりを思い出していた。
◇
「社交界デビュー前の男子は、姫君に声をかけてはならぬぞ。
これは正式招待ではない。あくまで弟分の扱いだからな。
まあ、姫君達も子供のそなたに話しかけたりはせぬだろうが」
父ウィレムは、東大公家に招待された事を告げると、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「次々面倒事をおこしおって」とブツブツ言いながらも、大人の集まりへの注意点を事細かく教えてくれた。
ステファンはパーティーに出るような衣装を持ってなかった。
前回招待された時は、普段着で行って逆に目立ってしまったらしい。
おかげで衣装を持ってない事を理由に誘いを断り続ける事が出来た。
だから今回は……。
朝、フロリスの別邸に寄って、衣装を借りる事になった。
「そなたはミデルブルフ辺境伯の息子か」
いつも冷静なステファンも、さすがに東大公の父の前で、緊張した面持ちになった。
「はい。ステファン・フォン・デル・ミデルブルフでございます」
「ふむ。執事達もパーティーの中までついて行く事は出来ぬからな。
そなた、フロリスの側を一時も離れず、守り仕えるがいい」
「父上、私は自分の身ぐらい守れます」
ロッテは友人を従者のように言う父に反論したかった。
「バカ者が! オットーのたぬきじじいが何を企んでいるか分からぬのだ」
「オットー様は今ヘルレの領地に帰ってお留守のようですよ」
「それでもルドルフの狡猾ギツネも油断出来ん!
用心に用心を重ね、用が済めばさっさと帰ってくるのだ!
分かったな!」
まだ何か言いたげなロッテの代わりにステファンが答えた。
「必ずや側にいて、フロリス様をお守り致します」
◇
「父が君を私の家来のように言って悪かったね。
ごめん、ステファン」
父は良くも悪くも大公の権威を振りかざす人間だった。
男の中には、支配や権威が大好きな者が多いが、ウィレムはその最たる者だった。
そして女のロッテには、本質的にそういう欲があまり無かった。
だから尚更、申し訳なく思ってしまう。
「ふふ。実際にいずれは君に仕える事になるんだろうし、大公様は間違ってないよ」
ステファンは気にした様子もなく、微笑んだ。
「私は……、たまたま大公家に生まれてきただけで、君より偉いわけじゃない。
こういうのって、なんだか釈然としないんだよ」
「君は大公家に生まれながら、不思議な人だよね。
でも、僕はそういう君だから一層仕えたいと思うのかもしれない」
「私は……」
言いかけたところで「フロリスッ!」と名前を呼ばれて馬上から視線を落とした。
イザークが玄関口から駆け寄ってくる所だった。
「こっちに身内用の馬舎があるんだ。そこに馬を止めるといいよ」
親切にも馬舎に自ら案内してくれた。
「ありがとう、イザーク」
フロリス一行は、来客用より便利な場所にある馬舎に馬を止め、セバスチャンとステファンと共にイザークの後について行った。
「表玄関は、兄上がいて堅苦しいから、こっちの裏玄関から入るといいよ」
今日はルドルフ主催の若者ばかりのパーティーだった。
「え? でもルドルフ様にご挨拶しないと……」
「うん……そうなんだけど……、兄上が君をサプライズで紹介するから呼ぶまで控えの間で待ってもらえって言うから……」
「サプライズ? 私は年少だし、そんな大仰な紹介をしてもらっても……」
「でも君は西大公家の嫡男だし、初出仕からいろいろ話題になっていて……その……、近衛騎士様の間でも興味を持ってる人が多いみたいなんだ」
「近衛騎士様の間でも?」
自分が想像していた以上にフロリスは有名人らしかった。
「まさかまた何か企んでいるんじゃ……」
ロッテの後ろからセバスチャンがギロリとイザークを睨んだ。
あわてて反論するのかと思うと、イザークは意外にも深刻な表情で俯いた。
「兄上が何を考えているのか分からないけど……、気をつけてフロリス」
「気をつける? 何に?」
こちらの味方のように言うイザークが却って不審に思えた。
「そ、それは俺にもよく分からないんだけど、とにかく兄上は恐ろしい人だから、気を許さないようにして欲しい。俺も出来る限り君を守るから……」
「私を守る?」
まるで従者のように言うイザークが怪しい。
「君に守ってもらう必要なんてない。
私が自分の身も守れぬと言いたいのか」
「そ、そうじゃないよ。そうじゃなくって……」
ごにょごにょと口ごもるイザークは、控えの間に辿り着いてロッテ達を招き入れた。
そこは姫君達が衣装直しをするような、化粧台と着替え室の並ぶ控えの間だった。
「ごめん、何でか兄上がここで待ってもらえって言うんだ。
狭いけどソファもあるから、座って待ってて」
ロッテはきょろきょろと部屋を見回した。
ホーラントの実家にも、今の別邸にもこういう部屋があるのは知っていたが、入るのは初めてだった。
パーティーや舞踏会の時に大人の女性が使う部屋だ。
年頃になってからはもっぱら男装のロッテには、縁のない部屋だった。
開いたクローゼットにはたくさんのドレスがかかっているのが見える。
「庭園パーティーだと、途中で衣装を着替える姫君も多いんだ。
でも今日は庭園の横にある控えの間を使うから、こっちに来る姫君はいないと思うよ」
「ずいぶん本格的なパーティーなんだね。
前に招待された時は、もっと内輪のパーティーっぽかったけど」
ステファンも不安げに部屋を見回している。
「うん。実は……急に決まったんだけど……」
イザークは戸惑うように言い辛そうにしている。
「なんですか? はっきり言って下さい!」
セバスチャンが問い詰める。
「シエル王太子様もお越しになられてる……」
「な!」
セバスチャンばかりか、ロッテもステファンも驚いた。
「先日の模擬試合の後で、兄上は直接のお言葉を頂いたんだ。
その時、今日のパーティーの話をしたら、行ってみたいとおっしゃって……」
「じゃあ、今、この屋敷に……」
「うん。早めにおいでになられて、特別室でお休み頂いている」
ロッテの心臓が飛び跳ねた。
(ここにシエル様がおられる……)
フロールの泉で会ってから、まだ僅かしか経ってないが、ずいぶん会ってない気がする。
その名を聞くと、全身から思慕の思いが溢れてくる。
「急遽、正式な社交界パーティーの体裁を整える事になったんだ。
だからみんな正装で来ている」
「じゃあどうして僕達にも教えてくれなかったんだよ」
ステファンが責めるように言った。
ロッテとステファンはきちんとした身なりはしているが、まだ大人の正装服は持っていない。
社交界にデビューしてないのだから当然だ。
そもそも正式なパーティーなら男子は15才以上でなければ参加出来ない。
「僕もそう言ったんだけど、兄上がフロリスとステファンには教えなくていいって言ったんだ」
「教えなくていい? どうして?」
まさかここまで来て追い返すつもりで?
そんなくだらない嫌がらせをするために?
だが、確かにロッテは痛い打撃を負うことにはなる。
こんな近くにシエル王太子様がいるのに会えずに帰るなんて……。
「ここまで来させて追い返すつもりだったんだね。
ルドルフ様もつまらない嫌がらせをする。帰るよ!」
ロッテはむっと立ち上がって、出口に向かった。
ステファンも一緒に付き従う。
「ま、待って、フロリス。そんなつもりじゃ……」
追いかけようとするイザークの前で、突然フロリスが立ち止まった。
「心外だね、フロリス。
私がそんなつまらない嫌がらせをすると思ったのかい?」
戸口にルドルフが立っていた。
「ルドルフ様……」
「君達を追い返すつもりなんて、もちろんないよ。
今日は君達こそが主役だと思ってるんだから」
「主役? 私達はまだ12才です。
シエル様も出席される正式なパーティーには参加出来ない年齢です」
「まあね。でもせっかく招待したのにそれじゃあ気の毒だと思ったのでね。
私からシエル様に特別な許可を頂いたんだよ」
「特別な許可?」
「参加者は男子15才以上の縛りがあるけれど、余興を行う者はその限りではない」
ルドルフはにやにやと続けた。
「余興? まさか私たちに歌でも歌えと?」
「ふふふ、まさか。歌はプロの歌い手を呼んである。
シエル様にそんなお粗末な余興は見せられぬだろう」
「では何を……?」
ステファンは嫌な予感に冷や汗が滲み出た。
「社交界は男子15才、女子12才以上と決まっている。
君達は確か12才だったな。
女装ならパーティーに参加する資格があるという事だよ」
「なっ!!!」
ロッテとステファンはルドルフの言葉に唖然と叫んだ。
次話タイトルは「ロッテの女装」です