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17、辺境伯子息ステファン

「なんかね……、イザークの様子がおかしいと思うんだ」


 アカデミーに数日通うようになって、今日は放課後、宿舎房のステファンの部屋に遊びに来ていた。


「イザークの様子が?」

 ステファンの言葉にロッテは首を傾げた。


「そういやあ、最近大人しいよね」

 テオは自分の部屋からおやつを持ってきて、さっそく頬張りながら相槌をうった。


「この2週間……そういやあ君が王宮に来てからかな?」

「フロリスが謹慎中の時なんて自分の事みたいに落ち込んでたよね」

「そうそう。てっきりいい気味とか言うのかと思ったら」


 宿舎房はベッドと机とクローゼットだけの質素な部屋だったが、狭い空間に自分の好きな物だけを集めたおもちゃ箱のようなワクワク感があった。

 ステファンの部屋は仕掛けパズルや、世界地図、薬草の標本などが綺麗に飾ってある。


 ロッテも女でなければ、宿舎房で生活してみたかったと思った。


 宿舎房の難点は、離れの大浴場しかない事だった。

 個別の浴場などという贅沢な物はなかった。


 それから夜着に着替えた後も友人同士で夜通し語り合ったり、泊まりあったりする者も多い。

 ロッテもそんな風に過ごしてみたかったが、さすがに出来ないだろう。


 つくづく女に生まれた事が悔しかった。


「ねえ、フロリス。今度こっそり僕の部屋に泊まりにおいでよ。

 みんなやってるから大丈夫だよ」

 テオはまだ10才で屈託がない。

 慣れない宿舎生活で淋しいのかもしれない。


「そうしたいけど、外泊は禁止なんだ。父が厳しくてね」

 姫の外泊など許されるわけがなかった。


「その頬も大公様が殴ったんだってね」

 ロッテの頬には、まだ青アザが少し残っていた。


「あーあ、つまんないな。

 でもウィレム様は恐ろしい方だものね」

 ホーラント領内のテオにとっては恐ろしい主君だった。


 ステファンの家も一応ホーラント領内には分類されるが、辺境のため、あまり強い主従関係ではなかった。田舎貴族ゆえに貧乏ではあるが、自由でもあった。


「ところでさっきの話に戻るけどさ、イザークには気をつけた方がいいよ」

 ステファンは再びイザークの話題に戻した。


「気をつけるって?」


「イザークというよりは、兄のルドルフ様?」


「ルドルフ様?」

 東大公家の長男ルドルフは、若くして近衛騎士に昇格したと聞いた。

 東大公家は代々武道に優れた家系だった。

 現大公のオットーだけが、太り過ぎて才能を発揮出来なかったらしい。


「うん。とにかく遊び人らしくてさ。女遊びに飽きて最近は男色にはまってるらしい」

「男色に?」


「僕も聞いたよ。美しい公務見習いの子息を部屋に呼んでは手篭めにしてるって」

「手篭め?」

 幼いテオがどこまで意味を分かって言っているのかは分からない。

 そして実は本来姫であるロッテもその辺の知識が曖昧だった。

 いくら男のフリをしているからといって、元来女であるロッテにその手の話題を教える事にみんな抵抗があったのだ。


「君はその……ルドルフ様の好みだろうと思うからさ」

「うん。フロリスは女よりも美しいものね」


「まあ、でも近衛騎士様と接する機会などないし……」

「僕もそう思ってたけど、一度断りきれずにイザークに誘われて東大公の別邸に招待されたんだ。

 そしてルドルフ様に目を付けられた」

 ステファンの告白にフロリスばかりかテオも驚いた。


「え? まさかステファン……」

 

 ステファンは確かに金髪のおかっぱ頭が優雅な美しい少年だった。

 切れ長の茶色の瞳は利発そうで、ロッテと同じ年とは思えない落ち着きがある。


「いや、なんとか機転をきかせて逃げたよ。

 でもしょっちゅう誘いの手紙を頂いている。

 そのたびにどうやって断ろうかと苦心している。

 僕のような貧乏貴族は、東大公の嫡男で近衛騎士でもあるルドルフ様を邪険に断るわけにはいかないからね」


 多くの人が働く王宮では、思いもかけない心配事があるものだと思った。


「じゃあ、イザークの別邸には行かないようにするよ。

 そうすればルドルフ様に会う機会もないだろうし……」


「うん。でもルドルフ様にも気をつけないとダメだけど、イザークにも気をつけて」

「イザークにも?」

 ロッテは怪訝にステファンを見つめた。


「ルドルフ様と兄弟だからってわけじゃないけど、イザークの君を見る目は変だよ。

 イザークも男色の気があるのかもしれないよ」

「まさか……」

 思いもかけない話だった。


「でもイザーク達ってこの間まで『飾り窓地区』で女遊び三昧だったって聞いたよ」

 またしても幼いテオらしくない言葉にロッテは苦笑した。

 宿舎房で暮らしていると、そういう知識が豊富になるのかもしれない。


「僕の勘違いならいいけど、その……フロリスって少しそういう危機感が足りない気がするからさ……」

 確かに危険だと感じた事などない。

 女である時の危険に比べたら、男の恰好をしているだけでその手の危険はすべて回避できるような万能感があった。


 それに自分はもうお酒を飲んでしまって淑女ではないと思っていた。

 公爵家の姫としてのまともな結婚など出来ないと思っている。

 守らなければならない貞操など女の自分にはもうない。


 では男のフロリスとして守らなければいけない貞操とは?


「ねえ、ステファン。ちょっと聞きたいんだけどさ。

 男色ってつまりは何をする事なの?

 ルドルフ様は君を部屋に呼んで何をしたいの?」


「え?!」


 ロッテの無邪気な問いにステファンは驚きの声を上げた。


「フロリス、そんな事も知らないの?」

 言ったのはステファンではなく、テオだ。


「僕が教えてあげるよ。

 ルドルフ様はステファンと夜通し二人きりでボードゲームをやって、それから最後に……」

 テオは意味深に言葉を途切れさせた。


「最後に?」

 ロッテは年下のテオの言葉を真剣に聞き入った。


 そしてテオはとんでもない秘め事を告白するように神妙に告げた。


「……キスするんだ」


「テオ、なにいって……」

 得意満面なテオに訂正しようとしたステファンは、フロリスの叫び声に遮られた。


「キ、キス?! うわああ、信じられない!

 そんな事されたらもう外を歩けないよ。

 ステファンだって逃げたくなるよね」


「……」


「うん。もう恥ずかしくてアカデミーにも来れないよ」


 すっかり盛り上がって騒いでいる二人を、ステファンは呆然と見つめていた。


「絶対部屋に行ったりしたらダメだよ、ステファン!」


 フロリスは心配そうにステファンに忠告する。

 そのフロリスに何を言っていいか分からなかった。


「フロリス。君って博識だと思ってたけど……」


「え?」


「いや、何でもない。

 僕には教える勇気がないよ」


 ステファンは驚くほどウブな二人の友人に、ため息をついて頭を抱えた。


次話タイトルは「イザークの悩み」です

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