16、王立アカデミー
「では次、フロリスとジル、前に出て」
ジルというのはイザークの取り巻きの一人だった。
初めて名前を知った。
彼はもちろんフロリスより頭一つ分背が高いが、横にも大きかった。
つまりちょっと肥満気味の少年だった。
太った人間は穏やかなイメージがあるかもしれないが、ロッテの周りにはタチの悪い男が多かった。
イザークの父オットーも大太りしているし、ロッテの父ウィレムも小太りだ。
そしてこのジルは先ほど王様を侮辱した男だった。
午前の歴史学と政治学の授業の後、午後からは剣術の時間になった。
貴族の子息はみんな、幼少より一通り習っているので、授業はもっぱら練習用の剣での試合形式だ。
そして順番でロッテはジルと対戦する事になった。
「師範代様、ジル相手じゃ勝負になりませんよ」
イザークが言った。
別にバカにするつもりではなく、フロリスが心配だったからだ。
しかし、取り巻きは勘違いして同調した。
「こいつ女みたいな細腕ですよ」
「テオぐらいがちょうどいい相手なんじゃねえの?」
朝の因縁の二人の対決に、みんな興味津々で見守っている。
一人、イザークだけがはらはらと落ち着きがない。
「うむ。しかしこの調書によると、剣術は得意となっているが……」
師範代は手元の資料を見ていた。
「ははっ! 得意って誰を基準に言ってんだよ」
「小公子様相手にみんな気を使って手を抜いてんだろ?」
ロッテはむっとしていた。
だが、言い返すほどの自信もなかった。
ホーラントの屋敷では、もっぱら本物のフロリス相手に試合をしていた。
他に手合わせするとしたらセバスチャンぐらいだ。
フロリスには負けた事がないが、セバスチャンには勝った事がなかった。
自分がどれほどの腕前なのか分からなかったのだ。
「フロリス、相手を変えようか?」
師範代は気遣ってフロリスに尋ねた。
「いえ、自分の腕がどの程度か知りたいので、このままでお願いします」
「ひゃはは、可哀想に。ジルにこてんぱんにやられて終わりだぞ」
「ジルはアカデミーでもイザークとステファンの次に強いからな」
どうやら一番強いのはイザークらしい。
そしてさすが首席合格のステファンは剣術も巧いようだった。
「やめるんなら今のうちだぞ、お坊ちゃん」
「ジル、手加減してやれよ」
みんなに見守られながら、ロッテとジルは向かい合って剣を立てて始まりの合図を待った。
「アッレ(はじめ)!」
ロッテとジルは間合いを測りながらゆっくり近付く。
近付いてみると、体格の違いがはっきり感じられる。
ハタで見ていると、小さな子供をいたぶっているようにも見える。
(フロリス……、なんで他の相手に変えてもらわなかったんだよ。
俺だったらちゃんと手加減したのに……)
イザークは心配で気が気ではなかった。
(ジルのやつ、フロリスの顔に傷でもつけたら許さないからな……)
イザークは祈るような気持ちで見守っていた。
先に攻撃をしかけたのはロッテだった。
ジルの重い剣で払われると、反動で体勢が崩れた。
その顔面にジルの剣が力一杯振り下ろされる。
(わっ!)
イザークは見ていられなかった。
しかし、打たれたと思ったそこに、フロリスの姿はなかった。
あっ! と思った時には、フロリスの剣がジルの脳天を捉えていた。
ギリギリで寸止めして、ジルの降参を待つ。
一瞬の出来事だった。
あまりに簡単な決着に、すっかり顔を潰されたジルは降参せずにフロリスの剣を自分の剣で払った。
「い、今のは無しだ。可哀想だから手加減してたんだ」
「……」
まったく騎士道に反するやり口だったが、ロッテもあまりに簡単過ぎて物足りなかった。
「いいよ。このまま続けよう」
カンッ! ガッ!! キンッ!
剣を重ねる。
そしてロッテは思った。
(隙だらけだ……)
確かに剣は重いが、隙だらけでどこからでも打てる気がする。
(もしかして私は強いのか?)
セバスチャンに勝てない自分はあまり強くないのだと思っていたが、実力で17騎士の座を勝ち取った彼と互角に戦えるロッテは充分に強かったのだ。
カンッ!!
やがてジルの剣を跳ね上げ、ロッテは完全勝利を手にしていた。
わっと歓声が上がる。
「すごいや! すごいや、フロリス!」
「綺麗な剣筋だ。巧いよ」
テオとステファンが駆け寄る。
「うむ。さすが西大公の小公子ともなると、良い師範に教えてもらっているようだ。
剣さばきといい身のこなしといい非常に素晴らしい」
師範代も感心して肯いた。
「見たところイザークといい勝負が出来るかもしれんな。
イザークはアカデミーの中ではダントツで、練習相手がいなかったんだ。
次からはイザークと組むといい」
「イザークと?」
ロッテはチラリと、遠巻きに自分を見ているイザークに視線を向けた。
イザークは目が合って、ドキリとした。
「お、俺は……フロリスとは……」
戦いたくなかった。
だがまた一方でフロリスと近く接する事が出来るのが嬉しくもあった。
「では次の時間は手合わせお願いするよ、イザーク」
にこりと微笑まれて、イザークの心臓がドッカンと飛び出す所だった。
しかしみんなの手前、必死で平静を保って答えた。
「お、おう。わかった」
次話タイトルは「辺境伯子息ステファン」です