15、約束の答え
「私はあの日からそなたが出仕してくるのを待ち続けていた。
だが、此度の出仕は王の要請があっての事と聞いた。
そなたは結局私には仕えられぬと思ったのか?
聞かせて欲しい」
「そ、それは……」
率直に尋ねるシエルに、ロッテは戸惑っていた。
正直に言うと、答えは出ていない。
「何を言っても怒らぬ。
そなたが私に仕えたいと思っているのかどうか聞きたい」
「わ、私は……」
シエルに仕えたいのは間違いない。
でも……。
「早く答えろ! シエル様はお忙しいんだ。
お前ごときにずいぶん貴重な時間を消費している」
なかなか答えないロッテにアベルがいらいらと横から口を出した。
「アベル、そうせっつくな!
お前が恐ろしい顔で睨んでいるから、怖がって答えられぬのだ」
ロッテは悩んだ挙句、今の思いを正直に告げる事にした。
「私は……私は仕える方はシエル様以外いないと思っております」
「ほう。では私のためならそなたの父でも殺せるか?」
「ち、父を?」
「そなたの顔に青アザをつけた事を私は憤慨している。
ウィレム公を捕らえて処刑せよと命じたならどうする?」
「そ、そんなバカな……。
シエル様はそんな事をおっしゃいません!」
「バカな事ではない。
17騎士に選ばれた者は、みなこの問いに答えねばならん。
それが17騎士と私との誓約のようなものだ」
みんな本当に出来るかどうかはさておき、何を問われても『王の仰せのままに』と答えるのが慣わしだった。
「いいえ! シエル様はそんな命令などなさいません!」
ロッテはムキになって答えた。
「だから命じたらどうすると聞いてるんだ!
頭の悪いガキだな!」
アベルがいらいらと横槍を入れる。
「そなたは私の何を知ってるというのだ。
人とは分からぬものだ。
時には憎しみのあまり残酷な命令をする事もあるかもしれぬ。
私はそなたが思うほど完璧な人間ではない。
王家に生まれたら神のように間違いを犯さないとでも思っているのか?」
「はい。シエル様は私の憧れです。
間違いなど犯しません」
シエルはロッテの答えに失望したようにため息をついた。
「ふ……。そなたも私を全能と盲信するつまらぬ人間の一人か……」
興味をなくしたように立ち上がる。
「ですが……」
「?」
シエルは立ち去ろうとして再びロッテを見下ろした。
「私の考えと違う事はあると思います。
私はまだまだ未熟でたくさん間違います。
正しい事が何なのか、分からない事だらけです。
その時は納得するまで質問します。
質問して確かめて出て来た答えがシエル様の真実の言葉です。
私はそれに従います」
「……」
「今はまだそのようにしか答えが出ておりません。
それでは……ダメですか?」
純粋で真っ直ぐな瞳がシエルを見つめる。
シエルはふっと微笑んだ。
「いいだろう。もっと考えるがいい。
そして私と違う考えがあるなら遠慮せずに問うがいい。
そなたに私にいつでも質問する権利を与えよう」
「!」
ロッテは顔をほころばせて深く頭を下げた。
◇ ◇
「久しぶりだね、フロリス」
「フロリス、会いたかったよ!」
「元気だった? ステファン、テオ」
王宮の中には、宮仕えしている子息を対象にした学校、王立アカデミーがあった。
王宮の敷地とは言っても、オレンジハウスや議事堂からは少し離れた場所に宿舎房と共に並ぶ修道院のような建物だ。
ロッテは無試験入学だが、家柄によっては狭き門の難しい試験がある。
貴族の子息は月の半分を公務見習いとして働きながら、残りの半分で剣術や馬術、将来の仕官に必要な知識を学ぶためにアカデミーに通う。
「なかなか宮仕えに来ないから、フロリスはもう来ないのかと思ったよ」
「ずっとフロリスが来るの待ってたんだよ」
初めての音楽会で仲良くなったステファンとテオは、その後1、2回サロンで会って、手紙のやりとりをしていた。
二人はフロリスより一足早く王宮に出仕して宿舎房に入っていた。
「いきなり謹慎処分になったんだって?」
「聞いたよ。イザークと一緒だったんでしょ?」
「ああ、うん」
西大公の小公子の不祥事は、すでに王宮中に知れ渡っているらしい。
父ウィレムがカンカンに怒るのも仕方がなかった。
「またイザークに嵌められたの?」
「僕、あいつら嫌いだよ。
アカデミーでも我が物顔で威張ってさ」
「いや、イザークは関係ないよ」
ロッテも最初は疑ったが、シエル様の話からするとイザークのせいではなかった。
ほんの少しだけ、冷たくし過ぎたかと罪悪感を感じていた。
「おお! 誰かと思ったら謹慎小公子様のおでましかよ」
「てっきりお払い箱かと思ったら、アカデミーにおいでとは恐れ入った」
「泣きべそかいて国に帰ったんじゃなかったのか、残念」
教室の入り口からはやしたてる声がロッテに降りかかった。
テオが震えながらロッテの後ろに隠れる。
教室にいた十人ばかりの子息達もトラブルに巻き込まれないように目を伏せる。
ステファンだけが毅然とした態度でイザーク達四人からロッテを庇ってくれた。
「そういう言い方良くないよ」
「あん? 誰に口をきいてるのか分かってんのか?」
「貧乏貴族のお坊ちゃんがよ」
「ちょっと頭がいいからっていきがるなよ」
ステファンは狭き門の入学試験に首席で合格して入学していた。
「君達の方こそ、アカデミーでは身分の別なく平等だと聞いたよ。
失礼な物言いは謹んで欲しい」
ロッテはむっとして言い返した。
「なんだと? チビのくせに偉そうに!」
「王様直々のお召しだからって調子に乗ってんじゃねえの?」
「なんにも分かってねえな!
お前はすでにエリートから外れてんだよ」
「エリートから外れる?」
ロッテは意外な言葉に思わず聞き返した。
「ここにいる俺たち子息はみんなシエル様の側仕えとして出仕している。
王様は間もなく譲位されるのが決まってるからな。
それなのに王様の側仕えになったって事は、お前は王様の退位と共にお払い箱って事さ」
そんな風に思われていたのかと初めて気付いた。
「お前は見た目だけはいいからな。
退位した後の慰め用に召されたんだよ」
かっと頭に血が上った。
自分の事はともかく、あの弟王子を心配する清廉な王様をそんな風に言うなんて許せない。
「きさま! 王様を侮辱するつもりかっ!」
ロッテは自分よりずっと大柄な相手にも関わらず、掴みかかろうとした。
その腕をひょいと横から掴まれた。
思いがけない方向に引っ張られたせいでひっくり返りそうになる。
その体を抱き止められた。
「邪魔するなっ!」
きっと見上げた先には、戸惑うようなイザークの顔があった。
「フロリス、よせ。また謹慎になりたいか」
「イザーク……」
それから今度は取り巻きに注意した。
「お前も、今のは場合によっては不敬罪になるぞ。
いくら俺でも王様への不敬罪は庇えないからな。
言葉に気をつけろ!」
「ご、ごめん、イザーク。
そんなつもりじゃなかったんだ」
さすがに頼りのイザークに不敬罪と言われて、取り巻きは慌てて謝った。
「フロリスも俺に免じて許してくれ。
君を侮辱するつもりなんかないから……」
「……」
妙に大人なイザークに調子が狂った。
てっきり、先日シエル王太子への男色を疑ったイザークが言わせているのかと思った。
「分かったから……腕を放してくれ」
イザークはまだロッテの腕を掴んだままだった。
「あ、ああ。すまない」
両手を上げて、照れたように顔を背けた。
(また何か企んでいるのか……?)
ロッテにはイザークの態度がよく分からなかった。
次話タイトルは「王立アカデミー」です