白い山、黒い大地
やぁ、また会ったね、いつぶりかな。いや、答えなくてもいいよ、社交辞令として聞いただけで、僕は覚えているからね。しかし物好きだね、君も。こんな奴のつまらない話をまた聞きにきたのかい?うん、語ることは私の楽しみではあるから嬉しい限りだよ。さて、じゃあ今日はある男と女の話をしようか。
その男女は、長い間森の奥深くに住んでいた。夫婦ではないよ、お互いに行くところがなかっただけさ。特徴的なのは女の方でね、背中には大きく黒い両翼が生えていた。
「どうしてそんなものが付いているんだい?」
私は聞いた。すると女は寂しい顔をして、
「これは私の罪の証です、どんな色を重ねようとしても、必ず黒に塗りつぶされます」
罪の証というには、その翼は美しすぎるものだったよ、男もそれを気に入っていたようで、しきりに撫でていたよ。
「罪、ねぇ」
私は周囲を見渡した。おびただしい量の人骨が、彼らの家を取り巻くように積み上がっていたよ。
「用が無いなら、もう帰ってくれないか、ここのことを言いふらすようなら、お前もあの山の材料になるぞ」
男が私に血で錆び付いた鉈を向けた。切れ味は鈍っているようだけど、人間の頭くらい、簡単に砕けるような重さがあって、それを筋骨隆々の大男が振るうんだからたまったものじゃないよね。私だって死にたくはなかったから、その場からすぐに離れたよ。といっても逃げ帰ったわけじゃなくて、みつからないように物陰からこっそり監視していた。
彼らは非常に仲睦まじかったよ、支えあって必死に生きていた。生きるためなら、他者を省みないくらいには必死だったし、日々を積み重ねていく上で増えていく人骨は、彼らの心の重しにもなっていたんだろう。だけど互いがいる限り潰れることはなかった。
そして満月の晩になった。女にはこの日に念入りに水浴びをする習慣があった。それを男も知っていて、なんの気まぐれか、それとも疑ったのか、ベッドから抜け出す女を尾行した。近くの小川で水浴びをする女を見て、男はどうしてか、月明かりに照らされる女の翼が欲しくなった。いつの間にか、手にはあの血に濡れた鉈が握られている。
そうして、男は隠れていた茂みから体を出した。女は一瞬警戒したけれど、人影が男だとわかって息を吐いた。
次の瞬間、男は女に飛びかかった。女に抵抗する術はない。バチャバチャと水音を立てながら女を俯せにした男は、躊躇うことなく鉈を翼に降り下ろした。鈍い音と共に、翼が女の体から断ち切られる。二つ目もそうして切り落とした男は、冷酷な笑みを浮かべながら翼を持ち上げた。そして気付いたんだ、女が、自分の足元で死体になっていることにね。
男はようやくわかったらしい。自分は全て無くしてしまったのだと。彼の心は壊れ、魂は腐っているのだから、体一つあってなんになるだろう。男は涙も流さなかった。ただ無言で、自分の首を裂いただけだった。
その血の色だけは、翼にこびりついて取れることはなかったよ。
ん?その後どうなったか、だって?どうもなってないよ、男女が一組死んだだけだ。彼らを見つけた人物が賞金で大金持ちにはなったらしいけど、特筆すべきことじゃない。
ああ、でも、その森では、誰も見たことのない真っ黒な花が咲くというね。