悪夢、でも大切な思い出
今回でアイの過去編を全て書くか書かないかで散々悩んだ結果、数回に分けて書く事にしました。
これからもアイの夢として過去編を書いていこうと思います。
「元気な女の子よ。メア。」
「はぁはぁ。可愛いわ…。今日は手伝ってくれてありがとう。ベス。」
「友達が子供を産むのですもの、ほっておける訳がないでしょう?ダイさんを呼んでくるわね。」
「メア!大丈夫か!」
「ええ、平気よ。ねぇ、ダイ見て。」
「あぁ、可愛いな。名前はどうしようか。」
「…アイ。アイはどうかしら。」
「あぁ、いいな。でも、なんで?」
「私の孤児院にいた頃のお友達がね。今はサミオ国にいるの。その子がね言ってたのよ。サミオでは、アイ、は、愛する、て意味なんですって。」
「そうか、アイ、か。皆に愛される子に、皆を愛す子になってほしいな。」
「えぇ。だから、貴方はアイ・クリスティンよ。皆に愛される子に、皆を愛す子に育ってね。私達――メアリー・クリスティンとダイ・クリスティンの自慢の娘。まずは私達が貴方を愛すわ。」
・・・
「あびゃー。」
見えるのは天井と何かを話している五人の小人。
聞こえるのはその五人の会話と外の騒音、話し声。
生まれたばかりのアイには全部何が何だか分からない。
ただ、生まれながらについていた【獣神・ジュナミード】の加護と【天才頭脳】と【知神・ミルスウェル】の加護を駆使して外の騒音を聞き、言葉を理解し、学ぶだけ。
だんだんと意味が分かるようになってきた。
ただ、何故か上の五人の会話は最初から分かっていたが。
『てっきり、子を見つけたらなかなか出てこられないものだと思ってたよ。』
『そうなのよ。私もそうだと思ってたんだけど、私の子は何か特別なスキルでも持ってるんじゃないかと思うわ。』
『まぁ、命精さんがまた出てこられて皆で話せるんだからいいんじゃなぁーい。なんでも。』
『そうだね!火精さんのいうとおりだよ!』
『…私も嬉しい。』
これは五人の会話。
「ねぇ、アイの成長速度、早いと思わない?」
「あぁ、俺も思ってた。まだ生まれてから数時間しか経ってないのにもう首がすわって、今にも歩きだしそうだ。」
これがお父さんとお母さんなのだろうか。
行ってみよう。
「おとーさん。おかーさん。」
アイは成長してきた体を使ってベットから飛び降りると赤ちゃんの頃のアイを巻いていたタオルが肩に引っかかったが、それを引きずりながら声のする方、扉の向こう側へ歩く。
最初はよろけたがちゃんと足だけで歩くことができた。
「ダイ、やっぱり…。」
「あぁ、俺達のアイは【忌み子】だ。」
歩いてきたアイを見てメアリーと、ダイはそんな事を言う。
「でも、嫌よ!私達の手で殺すなんて!私はアイを愛してあげるって決めたの!」
「俺も嫌だ。」
「…でも、この国が滅ぶのも嫌だわ。」
「……逃げよう。俺の剣術とメアの精霊魔法があればきっとなんとかなる!」
「でも…いや、そうね。それしかないわ。」
「じゃあ、とりあえず俺はアイの服を買ってくる。」
ダイは肩に布を引っ掛けただけのアイを見て言った。
「お願いね。」
「おとーさん?おかーさん?」
深刻な顔をしたダイとメアリーを見てアイは心配そうに言う。
「アイ…。平気だよ。アイはお母さんと一緒に待っていてくれるかい?」
「わかったの!あい、おかーさんといっしょにまってるの!」
満面の笑みでそう答えたアイにダイは頬を緩ませる。
「まず、アイはちゃんと布をまきましょう。お父さんとお母さんとはいえ女の子がずっとそんな姿をしていてはいけないわ。」
メアリーはそういうとアイにかかっていた布を取り、アイに巻いた。
「ありがとうなの!」
「じゃあ、ダイ。私はアイと一緒に荷物をまとめてるわ。」
「分かった。だけど、無理するんじゃないよ?まだアイを産んでから少ししかたってないんだから。」
「平気よ。子のためなら母は強いのよ。だけど、ダイを心配させたくないから無理はしないわ。」
「じゃあ、行ってくるよ。」
「いってらっしゃい。」
「いってらっしゃい、なのー!」
メアリーの真似をして、アイも元気にダイを見送る。
「じゃあ、私は必要な物を探してくるわ。アイはここで待っていてね。絶対に外に出ては駄目よ。それとできればあまり大きな声をださないでね。」
外に出ればアイの異常な成長速度がバレる可能性があるし、大きな声をだせばそこからもアイの異常な成長速度がバレる可能性があるのだ。
「わかったの!あい、ここでしずかにまってるの!」
「いい子ね。」
メアリーはそう言うと一つの部屋に入っていった。
アイが待っていてと言われた場所は始めアイがいた場所だ。
つまり、あの五人がいる部屋である。
『さっきの会話からすると命精さんの子は旅をするみたいだね。』
『当然、水精さん達も付いて来てくれるでしょう?』
『ついていけるかぎりついていきたいけど、やっぱりこうせいまほうをつかってくれるひとがいないとわたしはきえちゃうからずっとはむりかもしれないな。それにわたしは光がないとまりょくをむだにつかっちゃうし。』
静かに待つ様に言われたアイはしばらく頑張って無視していたが、好奇心が打ち勝ってしまった。
「だーれ、なの?」
アイがそう言った瞬間五人の肩がビクッと震える。
「どうしたの?」
そんな五人をアイは心配するが、五人はアイを無視して何かヒソヒソと話し始めた。
『ねぇねぇ、あれってわたしたちにはなしかけてるのかな?』
『それ以外にないでしょ、この部屋には私達と私の子以外はいないんだから。…もしかして私の子って天才!?』
『でもなんだか私、あの子好きな気がする。』
『…私も。』
『あたしもそうかもぉー。』
『ちょっと私鑑定してみるわ。』
『まだやってなかったの!?』
『いいじゃない。それくらい。…えーっと、あ、これね。【精霊感取】と【精霊魅了】それに…【従精】!?なにこれ私の子天才じゃない!しかも可愛いし!完璧よ!』
『はいはい、でも【精霊感取】と【精霊魅了】はなんとなく名前で分かるけど【従精】って何?』
『それは見れば分かるわよ。』
純白のワンピースを着た小人はそう言うとアイの方に飛んでくる。
「どうしたの?」
アイは再び同じ質問を繰り返した。
『私に名前、つけてくれないかしら?』
「なまえなの?えっと、うーんと。そうだ!《メイ》なの!」
急に名前をつけろと言われてアイは悩んだ結果、この小人が、命精さん、と呼ばれていたのを思い出し、メイ、と名付ける。
アイがメイの名前を言った瞬間言葉を覚えようとしていた時(【天才頭脳】に精神力を使い、さらに処理能力や思考速度を上げていた時)の様なちょっとした疲労感がアイを襲い、目の前に、メイ、と書かれた白い紙が現れた。
アイには何となくそれが何だか分かる。
契約書、だ。
『そうそう!そのまま自分の思う様に言ってみて!あ、でも契約内容変にしないでね?』
「わかったの。うーんと《我、汝を従精とする。我は、我が死ぬ、又は汝が名を捨てる、などがない限り魔力を与え、汝を決して消滅させない事を誓う。汝は、我が助けを求めた時、汝の出来る範囲、助けることを誓うか?誓うならばこの契約書に印を示せ。》たぶん、しるしはてのひらをけーやくしょにおしつければいいの。」
《【精神・ニャーシテール】から加護を与えられました。》
突然頭に響いたそんな声にアイは首をかしげた。加護?
『お母様から加護を与えられたのね!流石アイだわ!スキルが得やすくなるわよ。…はい、終わったわ!どう?分かった?』
だが、メイにそんな風に片付けられ、興味は再び五人の方へと向いた。
『えっと、つまりその子、えっとアイだっけ?が魔力をくれるって契約してくれたら名前も貰えるし、消える事もないって事?』
『そう言う事よ!』
『なにそれ!すごい!』
『…いい。』
『いいねぇー。でも命せ、メイはアイの命精何だし従精になる意味ないんじゃないのぉー?』
『名前が貰えるじゃない!』
『まぁそうだけどぉー。』
『じゃ、つぎわたしー。なまえ、つけてー。』
『その前に何か自分が出来る事やって見せた方がいいと思うよ。その方がアイも名前、つけやすいと思うし。』
『そうだね!えっとアイ、まりょくちょうだい?』
「まりょく、なの?」
『自分の中に何か湧き上がる力、みたいなの感じない?』
『それが魔力だよぉー。』
『それをわたしにわたしてくれればいいよ!』
「うーん。えっと、わかったの!これをわたすの?うーーん。こうなの?」
『そう、そう。アイはすごいね。ほかのひとはもっとかかるんだけど。じゃ、いくよ!』
薄黄色のワンピースを着た小人がそう言うとアイの目の前に薄黄色の陣が現れ、そこから光の玉が出てくる。
それらはしばらくアイの周りを回ると姿を消した。
「すごいの!えっとなら、《我、汝を従精とする。名は『ピピ』。我は、我が死ぬ、又は汝が名を捨てる、などがない限り魔力を与え、汝を決して消滅させない事を誓う。汝は、我が助けを求めた時、汝の出来る範囲、助けることを誓うか?誓うならばこの契約書に印を示せ。》できたの!」
今度は名前も一緒言う。
するとやはり白い紙が現れ、アイの言葉が勝手に書かれていった。
因みにメイの契約書はアイが持っている。
ピピの契約書が書き終わるとそれもアイが持った。
『…次は私。魔力、頂戴?』
そう薄緑色のワンピースを着た小人に言われたのでアイは魔力を渡す。
「はい、なの!」
『…ありがとう。はい。』
薄緑色のワンピースを着た小人がそう言うとアイの横に薄緑色の陣が現れ、そこから風が吹いてきた。
「すごいの!これがかぜなの?きもちいの!」
アイはまだ家の外に出た事がないので風を知らなかったのだ。
「なら、《我、汝を従精とする。名は『フウ』。我は、我が死ぬ、又は汝が名を捨てる、などがない限り魔力を与え、汝を決して消滅させない事を誓う。汝は、我が助けを求めた時、汝の出来る範囲、助けることを誓うか?誓うならばこの契約書に印を示せ。》できたの!」
アイは書き終わったフウの契約書も持つ。
『じゃあ、次は私。アイ、魔力頂戴?』
「はい、なの!」
『ありがとう。じゃあ、はい。』
薄青色のワンピースを着た小人が手を叩くとアイの目の前に薄青色の陣が現れ、そこから水の魚が出てきてアイの周りを暫く泳ぐと消えていった。
「すごいの!なら、《我、汝を従精とする。名は『スウ』。我は、我が死ぬ、又は汝が名を捨てる、などがない限り魔力を与え、汝を決して消滅させない事を誓う。汝は、我が助けを求めた時、汝の出来る範囲、助けることを誓うか?誓うならばこの契約書に印を示せ。》なの!」
アイはスウの契約書も持つ。
『じゃあ、次はあたしぃー。魔力ちょうだぁーい。』
「はい、なの!」
『ありがとぉー。じゃあ、いくよぉー、とう!』
薄赤色のワンピースを着た小人が腕を振るとアイの目の前に薄赤色の陣が現れ、そこから炎の鳥が出てきた。
「すごいの!なら、《我、汝を従精とする。名は『ヒナ』。我は、我が死ぬ、又は汝が名を捨てる、などがない限り魔力を与え、汝を決して消滅させない事を誓う。汝は、我が助けを求めた時、汝の出来る範囲、助けることを誓うか?誓うならばこの契約書に印を示せ。》なの!」
『…私は風を起こす以外にも物をしまう事も出来る。だから、それ、しまってあげる。魔力、頂戴?』
アイがヒナの契約書も持ち、この五枚を何処に入れるか悩んでいると、フウがそんな事を言ってくる。
「そうなの?すごいの!はい、なの。」
『…はい。』
フウがそう言うと五枚の契約書の下に薄緑色の陣が現れ、そこに契約書達が入っていった。
「ありがとう、なの。」
「…アイ、誰と話しているの?」
そう言ったのはメアリー。
さっきはなかった透明なブレスレットを二つずつ両手の手首につけ、首には透明な紐と透明な玉を使って作られたネックレスをさげている。
メアリーはアイがヒナに魔力を渡している辺りから準備が終わり見てしまったのだ。
話しかけられなかったのはただ、何やら魔法を扱い始めたアイを見て話しかけるのを躊躇ってしまい会話が終わったらしい今、やっと口を開く事が出来たのだ。
「あ!おかーさん。ごめんなさい、なの。あい、しずかにまってるっていったのにはなしちゃったの。」
「それはいいのよ。あまり大きな声でもなかったし。それより誰と話していたの?」
「めいとぴぴとふうとすうとひな、なの。あのね!みんなすごいの!あいがまりょく、わたすといろいろなものだしてくれるの!」
アイの言葉はまだ平仮名である。
スキルを使っている時は漢字も言えるのだが、普通の時は何故か言えないのだ。
「やっぱり精霊…?」
そうアイに言われて感覚を研ぎ澄ましてみるとやはりアイの周りには命精、光精、空精、水精、火精、がそれぞれ一匹ずついる。
命精はきっとアイの命精だろう。
メアリーは宮廷魔導師で、精霊魔法が使えるので見る事は出来なくても感じる事は出来る。
大体の精霊魔導師はメアリーの様に感じる事が出来るだけだ。
アイが話しかけたとき五人が驚いた理由はここにある。
話しかけられるなど思わなかったのだ。
「せいれい、なの?そういえば、めいせいさんってよばれてたの。」
「そう、アイには精霊が見えるのね。それに話す事も出来るのね。」
「?おかーさんにはできないの?」
「ええ。感じる事は出来るのだけれど…。それよりアイ?精霊が見える事は信用出来る人だけにしか話しちゃ駄目よ?人前で話すのも駄目。精霊が見える事がバレてしまうと国の者が調査しに来てしまうかもしれないし、何よりいい特徴になってしまうわ。約束してくれる?」
「?…よくわからないけど、わかったの!やくそくするの!」
「今は分からなくてもその内分かる様になるわ。だから、覚えておいてね。」
「わかったの!」
『キィ』
「た、ただいま。」
その時玄関から声がした。ダイだ。少し様子がおかしい。
怪訝に思いながらもメアリーはダイを迎えに行く。
勿論、アイもついていった。
待っていろとは言われていないのだから。
「おかえりなさい。ダイ。え?師長?」
ダイの後ろから現れた自分の上司、宮廷魔導師長にメアリーは驚きの声をあげる。
自分に期待し贔屓してくれている宮廷魔導師長だ。
よくよく考えればメアリーの子供が産まれたと聞けば師長が様子を見に来るに決まっていた。
駄目だ、アイをこっちに来させてはいけない。
そう思いアイを止めようとするがもう後ろにアイはいなかった。
子供の好奇心である。
「このおじさんだぁーれ?」
そう言ってアイは宮廷魔導師長の服を引っ張った。
「ん?…この子、は?」
服を引っ張られた宮廷魔導師長は当然アイを見る。
誰だ?この子は。
メアリー達に家に入れる程仲が良い子供はいなかった筈だ。
しかも、よく見ると目はメアリーと同じ桃色だし顔つきもメアリーとダイによく似ている。
二人を合わせて割った様な可愛い女の子だ。
しかし、子供は数時間前に生まれたばかりの筈だが…。
「アイ!早くこっちへ!」
メアリーは宮廷魔導師長がアイを見てしまったのを見ると、もう今すぐ逃げるしかない、と判断しアイを呼ぶ。
転移するのだ。
転移は自分が見える範囲(実際には精霊が知っている範囲、という条件で見える範囲だと楽に場所の指定ができるというだけで見えない範囲でも精霊が知っていれば転移出来るのだがそれには精霊との正確な意思疎通が必要であり、それには見る、話すしかないため一般的には知られていない。)でないと出来ないのだがメアリーには【千里眼】という一般的に魔眼と呼ばれるスキルがあった。
効果は名の通り遠くを見る事が出来る、だ。
これにより行きたい所を見、転移する事が出来る。
だからと言って遠くなればなるほど魔力を多く使うので転移するのは王都外までだが。
ダイは転移する事を知り、リビングにかけてあった剣を取ると(王都外には魔獣がいる可能性がある。更に忌み子であるアイもいるのだから当然戦いはあるだろう。)アイを引き寄せようとしたがそれより先にアイは【獣神・ジュナミード】の加護により二歳児、ましてや産まれて数時間の子供がだすにはあひえない速度でメアリーに飛びついていた。
メアリーから緊迫したものを子供なりに感じ取ったのだ。
思っていたより強い威力で飛びつかれたメアリーは少しよろけてしまったが、きちんと【千里眼】を発動させる。
ダイもちゃんとメアリーについた。
メアリーが【千里眼】を発動させるとメアリーの右目が赤くなり、渦を巻く。
「転移!」
『…魔力をもらった。転移する。メイは命精の権利でアイの元に行けるけど皆は置いてかれちゃうからきちんとつかまって。』
あの後もアイに付いてきていた五人の中の一人、フウがそう言うと四人はアイにつかまった。
メイは命精の権利があるがのんとなく皆と移動したかったのだ。
『…転移する。』
フウがそう言うと薄緑色の陣がアイ達の足元に現れ、次の瞬間にはアイ達は消えていた。
宮廷魔導師長はしばらく呆然としていた。
理解が追いつかないのだ。
頭が混乱してどうなっているのか分からない。
その時耳に鐘の音が入った。
『ゴーン、ゴーン、ゴーン』
魔獣大群が接近中である事を知らせる鐘だ。
その音により宮廷魔導師長の頭の中で全てが結びついた。
「…メアリー達から【忌み子】が生まれ、た…?
い、急いで王に報告せねば!」
・・・
アイ達が現れたのは城壁から少し離れた所。
そして、見えるのは魔獣大群の先頭。
『ゴーン、ゴーン、ゴーン』
聞こえるのは魔獣大群が来た事を知らせる鐘。
ダイは魔獣大群の先頭を見て思った。
なめていた。
お伽話通りだ。
ただ、忌み子が魔獣を操っている、という部分は確実に違うが。
だが、忌み子が生まれれば大量の魔獣が押し寄せてくる、というのは真実だった。
お伽話が本当ならばアイが魔獣を操って襲わせる事など絶対にしないし嘘ならばそもそも魔獣がこない、もしくは来るとしても少数だと思った。
思い返せばいつか見た古い資料にも
その赤子誕生から一日、その国に魔獣大群が押し寄せてきた。
理由はその赤子の魔力。
その国は一日で滅び、赤子も食われた。
と書いてあった。
馬鹿だった。
俺にはもう妻と娘がいるのだ。きちんと考えて行動しなければいけなかった。
だがもうこうなってしまったからには死に物狂いで逃げるのみ。
幸いいつか見た古い資料に出てくる滅びた国は小国で、今はもう昔と違い他の国との協力関係もあるし何より小国同士結びつき大国になった。
魔獣大群が襲ってきても滅んだりはしない筈だ。
ただ何人かは死んでしまうかもしれない。
それは俺の責任だ。
アイが生まれてきた時点で魔獣大群がくる事が決まっていたのだとしても何か対策はできた筈だ。
これはもう俺が背負って生きていくしかない。
「あっ…。」
「大丈夫か!メア!」
ダイはそう言ってよろけたメアリーに駆け寄った。
「ごめんなさい。ちょっと魔力を使い過ぎてしまったみたい。ちょっとまって…これで平気よ。それより早く逃げましょう。魔獣大群がきてしまうわ。」
そう言うメアリーからは透明のブレスレットが二つ消えている。
その事を不思議に思いながらもアイはそれより気になっている事を聞いた。
「ねぇねぇ、おとーさんおかーさん。あのこたちってだぁーれ?」
そう言ってアイは魔獣大群を指差す。流石に人々の日常会話に、魔獣大群が襲ってくる、などというものはなかったのだ。
いや、あってもそれとこれとは結びつかなかっただろうが。
何故なら普通にやってくる魔獣大群は約百匹から千匹、それに対して今やってきているのは約二万匹程。
規模が違い過ぎる。
「あれはね。アイ。私達を食べようとしてくる魔獣っていう子なの。だからね。逃げないといけないのよ。分かる?」
「うん!わかったの!」
本当はよく分からない。だが、取り敢えず今は逃げれば良いのだ、と言う事は分かった。
「俺はお母さんを背負わなくてはいけないんだ。俺と一緒に走れるかい?」
ダイがそう言ったのは転移する時のアイの速さから平気なのではないか、と思った事、それに加えてメアリーがアイを産んだばかりで体力がない事、魔法を使った事により回復したとはいえ魔力不足になった事、また、逃げる際にどうしてもメアリーの魔法に頼らなければならない事、からこの判断が適切であると判断したからだ。
「ダイ!いいのよ。私も走るわ。ダイはアイを背負ってあげて。」
「いいの!あい、はしるの!」
アイがそう言ったのはさっきよろけたメアリーを見たから。
「ありがとう!アイ。それじゃあメア、乗ってくれ。」
ダイはそう言って持っていた剣を腰につけ、かがむ。
抱くのではなく背負うのは万が一の時、剣を抜き出すことが出来ないと困るからだ。
メアリーは渋々とダイの上にのる。
剣が抜けるように右手は自由にしてあるので必然的に片手おんぶになった。
「じゃあ、走るぞ!」
「わかったの!」
そう言ってアイとダイは二人並んで走る。
方向は左斜め前。
これはまっすぐだと魔獣大群に突っ込む形になるし反対方向だと王都だからだ。
だが魔獣大群はアイ達が移動するとそっちの方向に進行方向を曲げる。
やはりこれもアイが忌み子だからだろう。
『バシュン』
「ひっ。」
アイに噛みつこうとした魔獣が水の刃にやられた。
メアリーがスウに頼んで出してもらったものだ。
だが流石に目の前に牙が迫り、血が飛び散ったアイは小さな悲鳴をあげてしまったが。
「アイ、大丈夫よ。あまり慣れて欲しいものではないのだけど、慣れて。そうしないとこの先やってられないわ。
ねぇ!ダイ!なんで忌み子がいると魔獣がくるのか知らない!?」
メアリーはダイの背に乗りながらアイを励まし、それからダイに聞いた。
一般的なお伽話に出てくるものは大体が忌み子が魔獣を操り、人を襲わせているのだというもの。
しかし、アイがそんな事をするはずがないし、それに
魔獣達はメアリー達や王都の人々というよりアイを狙っている。
さっきの魔獣もそうだ、今もまた。
『バシュ』
「ひっ、な、なれるの!もうこわくないの!」
アイは必死に怖さに耐えている。
年の割にしっかりしている(しっかりしているどころではないが)ため忘れがちだが、アイはまだ生まれてから数時間しかたっていないのだ、当然襲われそうになるのも初めて、血を見るのも初めて、目の前で生き物が死ぬのも初めて、怖いのも当然だ。
「知るわけが…。そういえば!」
「何!?何か思い出したの!?」
「いつか見た古い資料に、魔獣は忌み子の魔力を狙っている。と書かれていた。アイが操っているわけでもなく、しかし魔獣大群が襲ってきている今、それの確率が高い!でも、今アイは魔法を使っている訳でもないのになんで…。」
「きっと命精が使っている魔力よ!命精は私達が呼吸するのと同じように内部魔力を使っているわ、そこから漏れでた魔力よ!でもそんなもの止められないわ!そんな事したらアイが死んでしまう!」
「ちょっとまつの!あいのまりょくをそとのまりょくにかえるのでもいいの!?」
怖さに耐えながら大人であり更に騎士であるダイと同じ速さで走っていたアイがそう叫んぶ。
なんだかそれならば出来る気がしたのだ。
これはアイが生まれながらにもつ【魔力高速変換】のスキルがあるから。
メイに教えてもらった訳でもないのに分かった。
殆どの人は精霊魔法など使えずもちろん鑑定も出来ない、そして新たなスキルを得た(そう簡単に得られるものではないが)時に聞こえる声も精霊の声が聞こえなければ聞く事は出来ない。
なのに何故スキルが使えるのか。
それは感覚だ。
それをしなくてはいけない時、出来る、という気がする、それだけだ。
ただ鑑定をした方が正確に使う事が出来るし、気付かなかったスキルがある事もあるが。
どちらにしろアイには分かった。
自分には魔力を変える事が出来る、と。
「出来るのか!」
「やってみるの!」
そう言ってアイは走りながら目を閉じた。
自分の周りに漂う漏れでた魔力を感じるために。
これこそ火事場の馬鹿力。
自分の中にある魔力ならともかく空気中にでた魔力を感じるには何年もの修行が必要だ。
しかし、アイは分かった。
《スキル【気配察知 上級】を手に入れました。》
いきなり上級を手に入れたのは魔力の察知は上級でないとできないからだ。
また、火事場の馬鹿力とはいえ普通こんなにも早く手に入れられないスキルを手に入れる事が出来たのはさっき与えられた【精神・ニャーシテール】の加護があった事も影響している。
「わかったの!こうすれば…たぶんできたの!」
アイがそう言い、漏れ出る魔力を空気中の魔力に変換すると一時的に魔獣の勢いは治った。
混乱しているようだ。
だが、魔獣もそれ程馬鹿ではない。
匂いはしなくてももう誰からその匂いが発せられていたかは覚えている。
再び襲ってきた魔獣からダイとメアリーは必死にアイを守った。
守られて走りながらアイは必死に考える。
言葉を覚えようとした時のように全てを駆使して。
「そうなの!まりょくをおうならこうすればいいの!」
アイはそう言って魔力を五人の誰かに渡すのではなく、出来るだけ外に出すと自分の反対方向(右)に飛ぶようにイメージする。
すると大量の無属性の魔力が反対方向に飛んでいき、魔獣達もそれにつられるように走り去った。
アイは減った魔力を本能で【魔力高速変換】により補助すると漏れ出る魔力は変換し続けたままへたりこんだ。
流石に生まれたばかりの体には辛かった。
それを見たメアリーはダイの背中から降り、アイに膝枕をする。
そのままアイは眠り込んでしまった。
【魔力高速変換】により不足した魔力を補いまた、漏れ出る魔力を変換し続けたまま。
これがとんでもない事だという事にアイは気がついていない。
寝ながらも常時発令でないスキルを発動し続けるという事は、寝ながらも意識し自分から漏れ出ている魔力だけを指定して変換させ続けている、という事。
しかもこのスキルは精神力を使い、ずっと使っていると精神的に疲れるのだ。
メアリー達は一回やればずっと続くスキルなのだろうかとアイの凄さに気がついていない。
とにかくアイはそんな事をしながら眠りについた。
お読みいただきありがとうございました。