1-79:79年目の冬です3
サブタイトルの間違いと、誤字訂正です。
ご指摘ありがとうございます。
今まで頂いている本文の訂正は、どこかでまとめて行います。
とりあえず、サブタイトル訂正を><
唐突ですが、生き物の存在意義とは何でしょうか?
人が知恵を身に着け、変質した現在はともかく、基本的には自分の子孫を残す事が第一となる。
もしくは、自分の種族かもしれない。それは本能として刻み込まれている物である。
この本能の無い生き物は自然淘汰され、生き残る事は無い。
なぜ、今この事を態々言うのか、それはこの存在意義が種族繁栄ではない作られた生き物の場合、自己の存在意義を全うする事は本能である。たとえ、その事が非常に困難であっても。
それらは、自分達種族が存在する意味を全うするため、その為にあえて本能を抑制した。
本能を全うするために、本能を抑制する、矛盾と取られても仕方がない。しかし、知恵を身に着けていないその種族において、この行動は等しく奇跡であった。そして、その奇跡の先に彼らにとって最高の意味を実現する。
その意識が、個に発生するのか、種に発生するのかはわからない。
ただ、創造主に与えられた本能のまま、彼らは砂漠を超える。度々訪れる獲物の後を追って。
野生の生き物達は基本彼らに興味を示さないが、時々飢えや乾きによって彼らを捕食する者達が居る。
それ自体を歓迎する為、何ら問題にならない。なぜなら彼らはより多くの生き物に食べられるために存在するのだから、彼らは誰に気が付かれる事無く荒れ地を越え、砂漠を越えた、目的地まであと・・・。
◆◆◆
暗闇に沈む廊下、その隅にいたのはアルバートの一子、ジャクリーン公爵令嬢満6歳であった。
母親から隔離され、それ故に母親恋しさに勇気を振り絞り部屋にあった燭台を持って、暗い廊下を進んだのだ。ただ、暗闇に怯え、手元の不安定な状況下で誤って自らの息で蝋燭の火を吹き消してしまうまでは。
眼前の自分の掌すら見ることの出来ない闇の中、一歩も歩く事の出来なくなったジャクリーンはその場に座り込み、ただ嗚咽を洩らし泣いていた。その後、泣き疲れて眠ってしまうまでは。
そんな中、ロマリエ達が与えられた来客用の部屋へと渡る。その最中に彼らは闇に潜む気配に気が付いたのだった。
「ふ、ふぇ~~~~」
不安の中眠りについたジャクリーンは、次に突然の怒鳴り声に驚いて目を覚ました。
しかし、そこは相変わらず闇に包まれている。そして、唯一明かりに照らし出された男達は、彼女に恐怖以外を抱かせることは無かった。
「な!子供か?なぜこのような所に」
戸惑うロマリエ達を他所に、彼の屋敷中に響き渡るかのような誰何の声に、屋敷内の使用人や警護担当者達が慌てたように駆けつけて来る。
「ロマリエ!何があった!」
駆けつけた者の中にアルバートの姿もある。彼も、打ち合わせを終え、自らの寝室へと向かう途中でロマリエの声を聴いたのだった。
「お、お父しゃま」
顔中をクシャクシャにし、涙を流すジャクリーンは、聞きなれた父親の声に顔を上げ、トテトテと父へと駆け寄る。そして、それに気が付いたアルバートは、とっさに腰を屈めジャクリーンを抱き上げるのだった。
「ジャクリーン、なぜこのような場所に?」
アルバートは周囲を見渡すが、彼女付の女官の姿が見当たらない。
一瞬、怪訝な顔を浮かべるが、とにかくロマリエに顔を向けた。
「すまんな、こんな形での対面で申し訳ないが娘のジャクリーンだ」
「いえ、こちらもつい声が大きくなり申し訳ない。まだまだ私も未熟ですな、この様に可愛らしいお嬢様に怒鳴ってしまうとは。申し訳ありません」
アルバートも縋りつく娘を宥めながら、急ぎ娘付きの女官を呼ぶように指示を出す。
少しずつ落ち着いてきたジャクリーンにロマリエ達へと挨拶をさせるのだった。
「どうやら、蝋燭が消えてしまい動けなくなってしまったようですね」
床に落ちていた燭台に気が付いたロマリエが、それを持ち上げて手近にいた者へと手渡す。そして、とつとつと父へと語るジャクリーンの説明を聞いていた。
「そうか、お母様に会いたかったのだな?」
「うん」
一頻り説明を聞いたアルバートは溜息を一つ吐く。現在、高熱を出し、更には意識を失っている母親の下へ子供を連れていく事は出来ない。伝染の疑いが減少したとはいえ、子供を不安にしかさせない。
その為、ジャクリーンの親しい侍女と女官を付けて世話を任せていた。
夜中に目が覚めても良い様に、就寝時にも傍に必ずどちらかが居るように命令もしていた。
彼女の事は、母親に代わって任せるくらいには信用もしている。その為、ジャクリーンがこの場に一人でいる事は、本来あるはずのない事であった。
「変だな、誰かジャクリーンの部屋へ先程呼びに行かせた者達を追え、あと警備の者達を起こせ!何かが起きている」
アルバートは己の直感の下指示を出す。そして、その様子にロマリエも表情を強張らせる。
「アルバート殿、何が?」
「うむ、娘が一人でこの場所にいるなど有り得ん、であるならば娘が一人になる何かが起きていると考えられる。このご時世だ、慎重にしすぎても困るまい」
アルバートの言葉は、周りにいる者達も納得の出来るものではある。その為、ロマリエも兵士宿舎にいる自分の兵士達へも伝令と、数名こちらへ来させるように伝令を頼んだ。
「とにかく、どこかに腰を落ち着けよう。いや、先程の会議室へ戻る方が良いか、一応だが安全が確認されている」
「お母様に会えないの?」
アルバートが移動しようとした時、ジャクリーンがアルバートへと目を潤ませて問いかける。無言で娘の頭を撫でながら、アルバートは答えることなく会議室へと向かった。
そして、その後に入ってくる情報に、皆の表情が次第に蒼褪めていくのだった。
「馬鹿な!何時の間にこれ程被害が拡大していた!」
「配下の者には、食事には十二分に気を付ける様指示を出しておりました。彼らも危険性は知っていました」
「飲み物はどうだ!」
「同様です。安易に口を付ける事はありません」
ロマリエも、呼びに行かせた配下の兵士達が、宿舎で倒れていたとの報告に、ただ驚き報告を聞いている。
それはアルバートも同様だ。一時は収束したかと思われた病人の数が此処に来て一気に拡大した。
そして、ついにもっとも恐れていた報告が彼らの下に届く。
「領内にて多数の病人が発生、至急薬師の派遣を要望する連絡が届きました」
会議室に新たに駆け込んできた兵士の言葉に、誰もが表情を強張らせる。
「何処からの依頼だ?」
「バルア、ミルト、ケス、ジレク、魔の森方面にある4つの村全てから届いております」
「・・・ロマリエ、赤旗の伝令をだす。ロマリエは王都に戻り準備を頼む」
アルバートの表情は非常に厳しい物であった。そして、赤旗の伝令、即ちポートランド領は戦争状態になったとの伝令だ。そして、ロマリエもアルバートの判断を指示する。
「魔物達からの侵攻、まさかそんなお伽噺の様な事が起きるとは、我が国が戦争状態になった事、わたしも連名で署名いたしましょう」
「すまないな。お前の報告では次に顔を合わせた時、俺が俺であるか解らないのだな?とにかくお前が戻ってくるまで持ちこたえるつもりだが、最悪俺を殺せ」
アルバートの言葉に、ロマリエは一瞬目を閉じる。そして、アルバートへとゆっくりと近づき右手を差し出した。アルバートも、その手を握り返そうとした時、腹部に強烈な痛みが走る。
「かはっ・・・、な、なにを」
「流石はアルバート殿、良く鍛えておいでだ」
アルバートは、次に首筋に痛みを感じたのを最後に意識を失う。一部の者が呆然とする中、ロマリエは崩れ落ちるアルバートを抱え、他の者達へと指示を出す。
「アルバート殿と御令嬢を王都へとお連れしろ!敵が解らん、急げ!荷物の準備など途中途中で行えばよい、とにかく急げ!ここも安全ではないぞ!」
気絶したアルバートと、部屋の隅で眠ってしまっていたジャクリーンが目を覚まさない様に丁寧に持ち上げ、ロマリエは自分の馬車へと二人を乗せる。そして、数名を護衛につけ王都へと走らせる。
「この後は、私が指示を出す!領内に戒厳令を出せ!併せて衛兵と薬師に情報を伝えよ、まず原因を探し出すのだ」
執事たちもロマリエの指示の下、一斉に各々の仕事へと戻って行くのだった。