1-72:79年目の夏大騒ぎ!
ゾットル村は今緊張が走っていた。
トールズを中心に5000人近い兵士達が、それぞれの部隊毎に隊列を組む。
今から1時間ほど前、村の周辺を警邏していた者が不審者と遭遇し戦闘になる。しかし、その不審者は明らかに死体が動いているとしか思えなかった。体を細切れにして漸く活動を止めたその死体を検分すると、その死体から幾筋もの細い生き物が地面へと潜って行く様子が見られた。
この警邏隊を指揮していた者が、比較的常識のある者で幸いしたのかもしれない。
又、角が生える前とは違い、比較的感情の起伏が少ない事も幸いした。死人に対しての恐怖より、嫌悪が強かったのだ。これは、普通では有り得なかった事だろう。
そして、死人が歩き回るなど自然に起こりうる事では無いと、この者は冷静に判断をしたのだ。
死人が動かなくなるまで細かく切り裂いたのち、急いでゾットルに報告する。それと共に、巫女へとお伺いを立てた。すると、新たに巫女の一人となった少女がその死骸に対し激しい忌避行動を取る。
もう一人の巫女においても、あまり良い感情を持っていない様子であった。
もっとも、酷い異臭を放っており、これに良い感情を持つなど有り得ないのであろうが。
この為、これは神樹様の敵による攻撃である!との判断を下し、ゾットルは急いで攻撃準備を開始した。
ゾットル達がまだ準備を行っている最中にも、村の近辺に死人達が現れたとの報告が入る。
「真面目かよ!なんで死体が動いてんだ?あれ、どう見ても腐った死体だよな?」
「ああ、すごい臭いだ。これ、ガキの頃に御伽噺でこんなの無かったか?」
「神よ、彼らに安らかな眠りをお与えください」
死人の警戒の為先行していた者達は、ゆっくりとゆっくりとこちらへと進んでくる死人達を発見した。当初半信半疑だった者達は、近づいてくる姿を見て、思わず神に祈る。死して後、自らがこのような物にならないように神樹へと祈りを捧げる。
そして、それぞれに武器を構えて慎重に死人達へと近づき武器を叩きこんだのだった。
「予想以上に脆い、それに動きが遅い、これは脅威になるか?」
「さぁ?ただ死人だけあって生半可な攻撃では動きを止められない」
「とにかく手足を切断して動きを止めろ!」
その後、報告を聞き援軍に訪れた者達と協力し、死人達を倒していく。
死人達は動作が非常に遅いが、手や足、頭などを切り落とされても未だに動き続けている。
「うわぁなんだよ、切り落とした手だけで動くぞ!どうすりゃいいんだ?」
「細かく刻むか、それとも焼くかするしかない」
兵士達には死人は碌な攻撃力がある様には見えず、脅威としてはそれ程高くない様に感じられた。
「とにかく、面倒だ」
皆、当初の緊張や恐怖は既になく、ただ只管続く作業となった事に面倒ながらも安堵の気持ちがあった。
「焼き払いなさい、疫病の方が死人より遥かに恐ろしいです。そもそも、死体が蘇る原因が解っていないのですから。それと、極力触らない様に注意してください」
元々、薬師を生業としていた兵士が、警邏隊に指示をだした。
すでに腐敗した死体は、容易に疫病の感染元となりうる。その伝染を恐れての判断であった。
すると、火を掛けた後突然にその死体から数十本の白い糸が燃えながら飛び出し、地面の上でのたうち回ったのだ。
「こ、これは寄生虫なの?!もしかしてこれが元凶?!みんな、死体に不用意に近寄らないで!動けなくしたら油を掛けて焼き払って!」
警邏隊の面々に緊張が走った。死体に火を放つと、必ず寄生虫の様な生き物が次々と外へ飛び出してくるのだ。
「気を付けろ!地面へと潜ろうとするぞ!」
「切れば体液を流すぞ!とにかく逃がすな!」
辺り一帯が騒然となる。それぞれが少しでも情報を共有する為に感じ、体験した事がらを叫ぶ。そして火の灯された松明をもつ者達が地面に潜ろうとする寄生虫を焼き払い始めた。
「死人を焼き払う際は松明を持ったものと組め!決して逃がすなよ!」
「剣で切り裂いても死ぬ様だぞ!逃がすなよ!」
「駄目だ、逃げられた!」
「慌てるな!少しでも多く殺すんだ!」
一帯が騒然とした雰囲気に包まれる。
そこへ、準備の整った本隊が整然と隊列を組み現れた。
「状況を報告せよ!」
指揮官であるトールズの声が辺り一面に響き渡った。
その声に合わせて、警邏隊隊長がトールズへと状況、対処方法を叫ぶのだった。
「むぅ、火か!誰か、松明を持ってこい!第二分隊は松明が来次第、周辺の掃討を行え」
「了解しました!」
「他の者は埋葬地へと向かうぞ!3名一組で掃討、1名で動きを止めよ、1名は死体を焼け!残り一名は松明で寄生虫を焼き払え」
「はっ!」
トールズの指揮の下、5000名の兵士が一斉に動き出した。そして、方針が決まるった後の動きは恐ろしい程に早かった。次々に目につく死人達が掃討されていった。
そして、トールズ達が埋葬地へと辿り着くと、そこには一体の死人すら存在していない。
「おらんな、どういう事だ?全てを掃討したにしては数が少ない」
トールズの視線の先には、地面を掘り返したような無数の跡がある。その数と比較しても、処理した死人の数は余りにも少なかった。
「なにやら森が騒然としてるな。神樹様が困ってらっしゃる気がする」
この場に来てトールズは森が何か騒然としている事に気が付いた。
そして、森の中心から神樹様の指示のようなものが飛んできている様に感じられた。
「これは、神樹様の危機かもしれん!死人達が神樹様を襲っているのやも!皆、急ぐぞ!」
トールズは、剣を抜き放ち自ら先頭に立ち森の中心へ向かって走り出す。
そして、目に飛び込んできたのは神樹様の使いである人型木の実と寄生虫の壮絶な戦いであった。
「ぬおおおお~~お使い様に加勢せよ!悪しき寄生虫を焼き尽くすのだ!」
「「「「「おおおお~~~~」」」」」
形勢は一気に決した。
トールズ達は棘の生えた人型木の実の存在に驚きながらも、共に協力し次々に寄生虫を屠って行く。
その中で幾名かは棘で傷つくが、彼らはその事を気にする事は無い。
「子供が倒れているぞ!」
「む、ダルタスの村の者か?とりあえず保護せよ!」
戦いの最中、複数の子供を保護しながら、彼らは陽が沈む前に漸く目につく死人の掃討を終えた。
幸いなことに、森の中においては死人に火を放たなくともお使い様のお力(汁)にて死人達は溶けて行ったのだった。
「陽が沈むな、このまま森を抜け神樹様の傍で野営を行う!」
「はっ!」
それぞれの兵士達も遣りきった満足感を全身で示しながら整然と森を抜けていく。
しかし、彼らはこの後に恐るべき敵が待ち構えている事をまだ知らなかった。




