1-69:79年目の夏です2
サブタイトル間違い、誤字を訂正しました。
ご指摘ありがとうございます。
ダルタスは今村から去って行く者達を眺めていた。
彼らが必死に耕した畑は彼の予想以上に順調に作物が育ち、収穫が今から楽しみであった。
今後の未来に明るい兆しを感じさせた。
それであっても、春に起きた魔物の襲撃は村人達の心に森に対する恐怖を深く刻み込んだ。特に、村から命からがら逃げだした者達は、未だに森へと立ち入る事を非常に恐れる。
そして、自分も、そして村人達も春の襲撃で鬼へと姿を変えた者達が普通に生活している事を知り、心の奥底から湧き上がるような恐怖を感じたのだった。
彼らは人ではない!化け物に取って代わられたのだ!
誰もがそんな思いでいた。
そんな中、春の終わりに鬼の代表者達がこの村に訪れた。
そして、彼らと会話すればする程何か人の形をした化け物である、そんな気持ちが強くなっていった。
ダルタスも同様であった。彼はこの村の代表として直接会話をしていた。
その中で鬼達の代表者ゾットルと話をしている内に、彼らとの認識の差が浮き彫りになって行くのを感じたのだ。鬼にとってこの森は神聖な森、ダルタス達には恐怖の魔の森、まず根本の認識からして違う。
幸いこの会談ではっきりと理解出来たのは、鬼達は彼らを滅ぼすつもりは一切ないとの事であった。
鬼達はダルタス達に本国との交流の中継役を期待していた。鬼の姿である彼らが、本国に行くのは時期尚早との判断を示していた。ダルタスは、本国との橋渡しを行う、その御蔭で食料の援助すら受ける事が出来たのだった。
そして、この食糧が手に入る事がわかると、一部の者達が本国へ帰りたいと言うようになった。
その思いをダルタスは止めることは出来ないし、止めるつもりも無かった。
この場所で生きていくには、常に森の危険と隣り合わせである恐怖、これに打ち勝つ、または気にしないだけの精神力や鈍感力が必要だと思っていた。
それを身に着けられない者は、ここの生活にいずれ疲れて問題を起こす。それくらいなら村を去ってもらった方良い。ダルタスはそう考え、その思いを村の全員に伝えていた。
「最終的には100名近い者が離脱する事になりましたね」
「ん?違うぞ、まだ400名もの仲間がこの地に残ってくれた。そういう事だ」
側近の一人の呟きにダルタスはそう言葉を返した。
「しかし、予想以上に女性と子供が残ったな。子供連れの者ほど去って行くと思っていたのだが」
目の前を本国方面へと歩いていく者達の過半数は老齢の者達であった。彼らは、故郷を離れて改めてどうせ死ぬなら故郷で死にたいと思ったのだ。残りはまだ10代後半から20代の男が圧倒的に多かった。
どの者も、ここで生活していればいずれ死ぬと考えていた。
それに反して、女性、特に子供を連れている女性達はこの地に残ると表明し、実際にこの地に留まった。
これは、現実にこの地で生きて行く為の作物が育っていくのを見、放浪の中死ぬ確率の方が高いと判断した者が多かったのだ。
王都へ無事に辿り着けるか、辿り着いたとしても生きていけるか、確かに非常に厳しい賭けだ。
それに対して、畑では秋の実りに期待できるだけの成果があった。
ならばなぜ危険を冒してまでより厳しい世界に戻らなければならないのか。
女性の強かさを感じられる顛末となったのだった。
「いつの世も、母は強しです。もっとも、昔から女性の方が恐怖に対する耐性が強いと聞いたことがありますが」
「もっともそれが良いかの判断はこれからに掛かっているがな。鬼達を含め、角付とこの地で暮らしていく事は決して簡単ではないだろう。それに、まだ会話が成り立つ鬼と違い、魔の森に対する対処など思いつかない」
先日の居留地が壊滅していく姿を思い出し、ダルタスは思わず身震いをした。
あの時、あの影に覆われた中で突き出された腕、あれが誰かなど解らない。それでも、あのような化け物達に襲われながら鬼になり、その後普通に生きる。そんな事出来るとは思えない、自分であれば狂うだろう。
「少しずつで良い、森から離れた地に畑を作る。そして、出来るだけ魔の森から離れて暮らす。俺に思いつくのはこんな事ぐらいだ」
そう告げるダルタスであったが、その声には決して諦めの色は感じられなかった。
生き残る為に出来る限りの事をする。その考えになんら変わりは無かったのだから。
しかし、その数日後ダルタスは思いもよらない報告を聞く事となった。
「なに?死人が歩いている?」
先の戦いにおいても、それ以前の戦いにおいても、多くの者が命を失ってた。
そして、その死者を火葬するだけの燃料などある訳が無かった。しかし、放置すれば疫病の発生原因になる事は知識として知っていた。この為、彼らは幾度となく穴を掘り死者を埋めていった。前回の襲撃後は、鬼達と共同で行った程だ。
そして、今回の話である。
「貴様、寝ぼけていたのではあるまいな?」
「いえ、見たのは自分だけじゃありません!他の者も目撃しています!」
「なぜ死者だと解った?」
「あ、あんな容貌の者が生きているはずないです!」
その後、他の者達も呼んでの情報収集が始まった。
◆◆◆
彼らが巡回を担当した地域は村から西へ徒歩で3時間程、魔の森の側に作られた埋葬地とされる方角であった。あまり巡回をしたい場所ではなかったが、方角的には鬼達の居留地方向に当たる為、定期的に巡回する事となっていた。
そして、その埋葬地で彼らが最初に気が付いたのは地面から飛び出た何本かの腕であった。
当初、浅めに掘られた穴から死後硬直で腕が飛び出したのだろうか?と彼らは思う、というか思いたかった。又、再度死体を埋めなおすなどしなければならない、ただそれを自分達だけで行う事に非常に躊躇いがあった。
いくつか言い訳を口にしながら、とにかく村へ現状報告に行こうという事になったのだ。
「おい、報告後戻ってこないとならないよな?ならさっさと報告に行こうぜ」
「しかし、他の場所も巡回してからの方が良くないか?」
「いや、異常事態と言えば異常事態だ。死んだ者の腕がこんなに飛び出るものか?」
部隊の一人がその光景を気味悪そうに眺める。
「まるで、這い出ようとしているみたいだな」
「嫌な事言うなよ」
まだ10代と思しき少年兵が発言した者を睨み付けた。しかし、その様子が逆に他の者達の悪戯心に火を付けた。
「おい、今腕が動かなかったか?」
「動いたな!ヤバいぞあれ、急いで報告しないと!」
「いい加減にしろよ!」
「冗談だよ、冗談!死人が動くかよ」
わざとらしい言い方で、ニヤニヤ笑いながら少年兵をからかう。皆が一頻り大笑いし、その中で一人憤慨する少年兵に詫びを入れて巡回を続ける事にした時、彼らの内の一人が視界の隅で何かが動いたような気がした。
「まて、何か動いたぞ!」
「ば~~か、もう冗談は終わりだ。さっさと巡回を終わらせるぞ」
「冗談じゃない!何かいるぞ!」
他の者達と異なり、じっと埋葬地を睨み続ける男を見て、慌てて他の者達も武器を構えて同じ方向を向く。
武器を構え直した彼らの目の前には、先程まで所でなく、その数倍の腕が地面から飛び出してくる。
次々、次々とその本数が増えていく。それはまるで悪夢のような景色だった。
さらには、腕だけでなく体全体が上に載っている土を苦にする事無く起き上がり、這い出してくる。
「な、なんだよあれ!」
墓地の至る所から、まるで糸に操られるかのように有り得ない動きをする死体が次々と次々と湧き出てくる。
外見からして明らかに人ではない、いや、生きてはいないと言った方が良いのか、腐った頬肉、光を失った白い目、折れ曲がった腕、ぎくしゃくと決して速くはないありえない動き。その姿と、関節など無視して動くまるで操り人形のような動きに彼らは恐怖した。
「に、逃げるぞ!」
「村に、村に報告に!」
鋼を打つ心臓が、まるで体から飛び出すのではないか、手も、足も、普段考えられないほど意思に従う事が無い。何度も、何度も転びそうになりながら、ただ悲鳴だけは上げず歯を噛みしめながら彼らは村へと駆け出したのだった。
そして、無謀な疾走によって意識が朦朧としながらも全員でなんとか村へと辿り着く。
息も絶え絶えになった彼らを見て、村の門番たちが駆けより、比較的元気な一人がダルタスの下へと案内されたのだった。
「死人です!間違いなく、あんな生き物がいるはず有りません!」
半泣きになって叫ぶ男を見ながら、ダルタスは急ぎ戦える者達を集めるのだった。