1-61:78年目の秋は・・・
居留地に住まう者力弱い女性や子供、老人達は、傷つき呻き声を上げる兵士達、走り回る男達、殺気立つ兵士達、どれも日常でない状況にただ怯え縮こまっている。
又、老人の中には森の発する空気が非常にピリピリとしたものを含んでいるのを感じていた。
「おお、この地に怒りの思念が渦巻いている。だめじゃ、このまま此処にいると皆死に絶える。逃げよ!」
突然、一人の老婆が叫び声を上げ倒れ伏した。
余りに突然な事周りにいた者達は呆然とその様子を眺めていた。
しかし、今まで母親の膝の上で眠っていた子供が泣きだし、それにつられて他の子供達も泣き声を上げ始めた。
「ミラ婆様!」
倒れた老婆の側に数人が慌てて駆けつけて様子を見るが、老婆は白目を剥いて息絶えていた。
「そんな!ミラ婆様!起きて!」
必死に呼びかけるが目を覚ます事は無かった。
「誰か、ガゼルさんに知らせて!」
「え、え?でも、ミラお婆さんに何が起きたの?!」
「そんな事わたしに解るはずないじゃない!とにかく誰か男達に伝えてよ!」
「うそ!ミラ御婆さん死んじゃったの?うそでしょ?」
天幕の中で混乱が続く。しかし、この様な状況であっても誰一人として天幕から出て行こうとする者がいない。誰もが今この天幕から出る事を恐れていた。
「何が起きてるの?」
まだ20代前半と思われる若い女性が周りにいる自分より大人の者達に訴えかける。
しかし、誰もその問いかけに返す答えを持っていなかった。
「やはりダルタス達と一緒に此処を出るべきだったのかも・・・」
小さな声でそう呟く女性がいた。
春先から夏にかけて農地開拓を重視した者達を主導していたダルタスは、結局夏の中頃に袂を分けた。
このままこの居留地にいれば自分達がどのような事になるのか、その予想は容易に出来たのだ。
途中まで耕していた農地すら捨てて、別の場所へと居留地を移していたのだった。
しかし集団にいる事の安心感をとる者が多く、結局ダルタス達は人数的には500名程しか集まらなかった。今の場所から移住するその未来に希望を見いだせる者はあまりにすくなかった。
そして今更その事を言い出しても意味が無い事はみんなが解っていた。
それでも、思わずそんな愚痴がついて出てしまうほど今の状況は悪いのだ。
「ねぇ、逃げなくて、良いの?ミラ婆は、逃げろって、言ったよ?」
一人の少女がまだ嗚咽が漏れるのを堪えながら母親に問いかける。しかし、母親はどうすれば良いかの判断が出来ない。その為、周りの者達を見回すが、誰もが下を向いたまま答える事は無かった。
そして、誰も声を出す事すら躊躇う空気の中、子供すら泣くことで何かが壊れる気がして泣く事が出来なくなっていた。まさに静寂が広がる中、天幕の外で人の走り回る音だけが響き渡ってくる。
「ヒヨリの言うとおりね、このまま此処にいれば鬼達が攻めてくるのよ?逃げましょう」
「逃げるって言っても何処へ?」
「故郷に戻るんじゃ?こんな所に来たのが間違いだったのじゃ、どうせ死ぬなら故郷がええ」
「無理よ!ここに来るまでにどれだけの人が死んだと思うの?それに帰るだけの食糧なんてないわ!」
沈黙が耐えられなくなったかの様に、それぞれが思う事を必死で言い始める。
どの意見も今まで何度も話された内容から逸脱する事は無い、その為に結局意見が出るだけで進展は無いのだった。
そんな中、先程まで周りの様子を必死に窺っていた少女の母親が突然立ち上がる。そして、少女の手を引いて天幕から出て行こうとした。
「ミネア!何処へ行くの?」
天幕の出入り口の傍にいた女性が慌てて進路上に立ちふさがり問いかける。
「鬼達の村に行くわ!もっと早くそうすれば良かったの、でもまだ遅くないかもしれない」
「馬鹿なの?!鬼達の村を私達は攻撃したのよ?」
「それでも自分であちらに保護を求めた方が此処にいるより生き残れるかもしれないわ!だからどいて!」
「貴方だけの問題じゃないのよ!」
「だから行くんじゃない!」
もはや感情的な言い争いが始まり、その為また子供達が泣き始める。周りの者達がそれを押しとどめようと立ち上がった時、突然天幕の外から男の悲鳴が響き渡った。
「・・・・な、何今の?」
「わ、わかんない」
「悲鳴みたいだったよね?」
会話の合間にも更に悲鳴が聞こえ始める。
「な、なんなのよ~~」
自然とみんなが天幕の中央へと集まり身を寄り添わせながら天幕の入り口へと視線を向けた。
すると、天幕の外に誰かが近づいてくる気配が感じられた。
「だ。だれ?誰かいるの?」
ミネアが外に向けて問いかけると、天幕の入り口から一人の男が入ってきた。
「急いで逃げるぞ!子供を中心として俺達についてこい!」
「だ、ダルタス!あなた此処にきて大丈夫なの?」
「そんな事は後だ!とにかく急いで逃げるぞ!」
「な、何が起きてるの?って痛い!」
一行に動き出す事のない女達に痺れを切らしたダルタスは、話しかけるミネアの腕を掴み引っ張り上げる。
「急げ!もう時間が無いんだ!」
その様子にようやくミネアや他の女達が慌てて立ち上がる。そして、ダルタスと共に天幕の外へと出た時、森の方向から何かザワザワとした音と、次々に上がる悲鳴や叫び声が聞こえ始めた。
「こっちだ!走れ!」
ダルタスは森と反対の方角へと走り出した。そして、それにつられて他の者達も走り出す。又、その様子を見ていた他の天幕の者達も、慌てた様子で天幕の中へと戻り騒ぎ出している。
それを横目にダルタスは子供を庇いながら、それでいて後方を気にしながら女達を急かし居留地を飛び出して行った。
「ダルタス!こっちだ!急げ、何か変だ!」
「急げ!何かが、よく解らんが何かが起きている!」
居留地を出たすぐの所で、子供達を保護していたダルタスの仲間たちが同様に居留地の外へと走り出していた。その内の数名がダルタスの連れてきたまだ幼い子供を担ぎ上げる。
「走れない子供達は担いで行く!足を止めるな!急げ!急げ!」
ダルタスの声を打ち消すように、今では居留地の全域ではないかと思えるほど至る所で叫び声が響き渡ってくる。
「な、何よあれは!」
突然、傍らを走っていた女が居留地を指さして叫び声を上げた。
ダルタスは思わず振り返り夕暮れの赤焼けた光が差し込める村の中を何かが埋め尽くして行くのが見えた。
光を反射する事無く、ただ蠢く何かの集団が立っている者に纏わりつき、すぐにその者は倒れ黒い何かに飲み込まれていく。黒い絨毯の膨らみから、一瞬人の腕が飛び出し、すぐにまた飲み込まれる。
それはとても現実に起きている光景とはとても思われなかった。
「足を止めるな!走れ!」
何だあれは!俺は何を見たんだ!
そんな思いが心を駆け巡りながらもダルタスは周りの者達を急かせ走り出した。
ただ解っている事は、このまま此処にいては死ぬだけだ、ただその思いに駆られて走り出す。
陽は次第に傾きを大きくしていく。
周りは燃えるような紅色から、光さえ飲み込む闇が訪れようとしていた。しかし、走り続ける彼らにはその事に対応する余裕は何もなかったのだった。
え~~っと、うん、ほら、何って言うか、ほのぼのどこいった?
でも大丈夫!次回は樹が路線を戻すから!
え?無理?




