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1-60:78年目の秋です

居留地では、逃げ帰ってきた男達と、村に残っていたその家族たちとで争いが起きていた。

しかし、それ以上に今回の戦闘行為が齎した、今後における影響が問題となった。

その事に対し居留地を纏め上げ今回の遠征を指示した男達は、帰って来た者達を罵倒するだけで新たな方針を示す事は出来なかった。


「ガゼル!このまま此処にいると俺達も死ぬんじゃないのか?」


「どうするんだ!明日には攻め込まれて皆殺されるぞ!」


「あんたが奇襲を掛ければ絶対に勝てるって言ったんだろう!」


この組織を纏めていたガゼルを取り巻いて次々に罵倒する男達、しかしこの男達も今回の戦闘を率先して指示していた。

そして、今になって掌を返してガゼルに責任を押し付けようとしていた。


「まさかこれ程こちらの兵士達が役立たずだと誰が思うか!籠城出来るほどの施設もない場所を奇襲して負けるなど有り得んのだぞ!」


ガゼルはそう怒鳴り返しながらも、この後の自分の行動を必死に考えていた。


「おい!本当に鬼どもは碌な被害が出なかったのか?!」


「は、はい。ほぼ無傷と思われます」


「馬鹿な!此方の方が数は多かったのだぞ」


「この責任は誰がとるのだ!」


「そんな事より逃げた方が良いのではないのか?!」


逃げてきた兵士の言葉に、またもや周りが騒ぎ始める。


「静かにせよ!まずはこの地の防衛をせねばならん。おい、貴様は戻ってきた者を纏めて部隊を編制せよ。このままでは戦う事も出来ん」


ガゼルは兵士に指示を出し、天幕の外へと追い出したのだった。

そして、不安そうに自分を見つめる男達に更なる指示を出した。


「まず逃げるにしても他の者達の意識を逸らさねば逃げられん。我々が逃げようとしていると察知でもされれば其れこそ生きてはおれんぞ。追ってくる鬼どもを引き付けても貰わねばならん」


ガゼルは男達を見回しながら、外に声が漏れないように慎重に話を進めていく。


「まずは、森に火を放て。なに、この時期とはいえ油を使えば容易く燃え広がるだろう。そして、皆の意識が森へと向かっている間に逃げる。ただ、無駄な荷物は持つなよ?随伴出来る者も最低限に絞れ」


「しかし、妻や子供を連れて行くなら其れなりの荷物を」


「妻や子供は置いていけ、足手まといになる。行軍速度が落ちるし、今回は馬車は使えん。歩きになる」


ガゼルの言葉に皆驚きの声を上げる。しかし、どの者も馬車が使用できないという言葉の部分に反応しており妻や子供を見捨てる事には躊躇いは感じ取れない。


「本国まで2カ月は掛かりますぞ?それを馬車抜きで進むなど不可能です!」


「そうですぞ、それに本国に戻った際に生きて行く為の金も必要ですぞ」


「先ずは生き残らねばならんのだ!宝石などの貴金属を持てばよい。それよりも水と食料はしっかり持て」


ガゼルの気迫に押されしぶしぶ了承する面々は、その後それぞれの天幕に戻り脱出の準備に取り掛かる事となった。そして、ガゼルは自分の腹心ともいうべきパルサに指示を飛ばす。


「パルサ、お前は数人連れて森にいけ。気づかれずに持てるだけの油を持って火事をおこせ」


「はい、それでその後は?」


「北に数キロ行った先に大岩があったな、あそこで2時間後に合流だ」


「2時間後ですか?そうすると先程の者達は間に合わないと思われますが?」


「あの者達は置いていく、着いてきたとしても不満を言うだけで役に立たん。お前たちがおれば何とでもなるわ」


「お嬢様はいかがなされますか?お連れしますか?」


パルサの問いかけにガゼルは一瞬顔を顰める。しかし、その後は一切の感情を表す事無く淡々と告げた。


「置いていく。あの娘の事だ、知れば騒ぎ立てるだろう。そんな危険を冒す事は出来ん」


ガゼルのその言葉に頷き、パルサは天幕を後にする。


「ふん、パルサのやつ余分な事を言いおって」


ガゼルは何かを振り切るように顔を振ると、逃げる準備を始めるのだった。


◆◆◆


「急げよ!森に火が入った事を確認したら居留地を迂回して北へ逃げるぞ」


パルサは部下の者達に指示を飛ばしながら自分も油を木や草へと振りかけていく。

配下の者達も同様に、目につく木々へと油をまき散らすが、パルサも含め全員の意識は森の中へと集中していた。その為、当初より雑な作業になっている。しかし、彼らが森へと来て作業を始めた途端先程までと明らかに森の様子が変わった事を彼らは肌で感じ取っていた。


「急げ!ぐずぐずするな!巻き終わったらさっさと火を放つぞ!」


パルサは既に自分の持つ松明に火を灯していた。そして、部下達の作業が終わるのを今か今かと待ちわびていた。


「お、終わりました!手持ちの油を全て撒き終わりました」


「よし!火を放つぞ!」


言葉と共にパルサは松明を森へ向かって投げ入れた。そして、撒かれた油に火が燃え移り辺り一面に炎の壁が出来上がった。


「よし!引き上げるぞ!」


パルサ達が急いでこの場所を後にしようとし、森から視線を逸らしたとき背後で何かが大量に落ちる音が響き渡る。


「なんだ?!」


振り返るとパルサ達の目の前では、木々から大量に降り注ぐ液体が燃え上がった炎を消していく情景だった。


「馬鹿な!何が起きてるんだ!」


部下たちも共にその光景を唖然として眺めていた。そして、その事が男達の命運を決めたのだろう。

森から次々に角の生えた狼などの魔物が飛び出して男達に襲いかかった。

そして、ただ立ち尽くしていた男達にその事に対処する事など出来るはずもなかったのだった。


「かふっ」


喉元を食い千切られたパルサは、気の抜けた息を吐き大地へと倒れ伏した。そして、その後もがき苦しみながら息を引き取った。そして、他の男達も誰一人として逃げ切る事の出来た者はいなかった。

男達を倒した魔物達は一旦視線を人族たちの居留地へと向けた後、次々に森の中へと姿を消していった。

ただその姿は誰かの指示でしぶしぶ引き上げるように感じられたのだった。

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